高市早苗総務相は2月8日の衆院予算委員会で、放送局が政治的な公平性を欠く放送を繰り返したと判断した場合、放送法4条違反を理由に電波停止を命じることもあると言いました。
 
政治的な公平性を欠くと誰が判断するのでしょう。高市総務相が自分で判断するのでしょうか。高市総務相はもちろん自民党の人間で、しかも自民党の中でも右寄りです。そんな偏向した人間が、放送法にある「政治的に公平」とか「不偏不党」とかを判断できるわけがありません。
 
いや、誰であっても「政治的に公平」や「不偏不党」を正しく判断することはできません。
ですから、どうしてもやるなら有識者会議をつくらなければなりませんが、その人選に偏りをなくすこともほぼ不可能です。
 
そもそも「政治的に公平」や「不偏不党」というのはあいまいな概念ですから、そんなことで電波停止という重大事を命じるのにはむりがあります。これは倫理規定と見なす法解釈が妥当でしょう。
 
 
自分が偏向した人間であるという自覚のない高市総務相も問題ですが、それに対して、相変わらず「メディアが委縮する」という理由で批判するマスコミや有識者や野党も情けないものです。
「メディアが委縮する」という言い方に対しては、「そんなことで委縮するほうが悪い」とか、安倍首相のように「そんなこと言うのは報道機関に失礼だ」と言い返されて終わりです。
 
「メディアが委縮する」という言い方は、高市総務相を直接批判することを避けた、腰の引けた言い方です。昔はこれでもよかったのかもしれませんが、今はまったく通用しません。今も言い続けるのは思考停止です。

高市発言は「放送局に対する脅迫」というべきです。
放送法には「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによつて、放送による表現の自由を確保すること」とありますから、高市発言は「自律を保障する」に明らかに反します。
 
今や世の中は、私の言う「道徳という棍棒を持ったサル」が殴り合う様相をますます強めています。
こういう世の中では正しく相手を殴らなければなりません。