安倍政権のマスコミに対する攻撃がますますひどくなっています。
安倍首相といい高市総務相といい、自民党の人間だから政治的に偏向しています。政治的に偏向した人間が放送法にある「政治的に公平」を求めるのは、それ自体がマンガです。
いや、安倍首相も高市総務相も「政治的に公平」を求めているのではありません。「自分に有利」な報道を求めているのです。
そのことは、2月29日の衆院予算委員会での安倍首相の報道についての発言からも明らかです。
 
安倍首相「隠し子がいると断定された」「総裁選でイメージ操作があった」 質疑応答詳報
 
首相という立場から報道のあるべき姿を述べているのかと思いきや、もっぱら自分がマスコミからひどいことをされたといううらみつらみを述べています。
テレビのテロップにまで抗議しています。
 
「例えば、私が米国で講演したときに、英語で講演したのですが、日本語のテロップ、私の講演に対して聴衆がコメントを述べているんですが、大変、私自身が言うのもなんなんですが、『思慮深い方だ』というコメントをしたんですが、(笑いながら)『短気で怒りっぽい』、どういうわけか、訳が出た。しかし、音はちゃんと録っていましたから、その番組を見た人が違うと、私は見ていなかったのですが、おかしいという指摘があり、私も調べたところ、真逆の訳が出ていた。これは報道ステーションだったと思います。その後、私は抗議をしました。そういう抗議もいけないんでしょうか」
 
これは要するに否定と肯定を取り違えて訳したのでしょう。意図的でないのは明らかです。もし意図的なら、音を消して、わからないようにするはずだからです。
こんなことまで抗議する首相というのも情けない限りです。
 
また、週刊誌にも文句を言っています。
 
私はもう週刊誌によっては、例えば隠し子がいるということを、実は週刊誌に断定されたことがあります。そういうことに対して抗議をしていました。週刊誌も事実と違うことを書くことは、まぁまぁ、あります。
 
隠し子がいると書かれて抗議したのはかまいせんが、あくまで個人的な問題です。
ところが、この記事にはこう書かれています。
 
安倍晋三首相は29日の衆院予算委員会で、自身が過去に週刊誌で「隠し子がいると断定された」と“嘘”を書かれたと主張し、誤った報道に訂正を求めるのは政府・与党であっても当然との考えを示した。
 
個人が報道に訂正を求めることと、政府・与党が報道に訂正を求めることはまったく違います。政府はテレビ局に対して、免許を認可する立場だからです。

それに、マスコミに間違ったことを書かれるのは安倍首相だけのことではありません。弱い立場で反論できない人もいます。そういう人のことを考えるのが首相の役割というものですが、安倍首相は自分のことしか考えられないようです。
 
安倍政権は、週刊誌などには多少批判的なことも書かれますが、読売新聞や産経新聞から過分な支援を受けています。週刊誌に文句を言うなら、読売と産経に対する感謝も同時に言うのが「公平」というものです。
 
また、NHKはまったくと言っていいほど安倍政権批判をしません。内閣支持率を見ると、支持と不支持はそれほど違わないのですから、批判的なことを言わないのは明らかに不公平です。安倍首相や高市総務相がほんとうにテレビ局に「政治的に公平」を求めるなら、テレ朝やTBSに抗議するよりもNHKに抗議するべきでしょう。
 
「偏向した人間が公平を求める」という矛盾をついて、マスメディアはもっと安倍政権に反撃してほしいものです。