震災から5年がたちましたが、死者、行方不明者約2万人という重みはなかなか受け止めきれません。原発事故も継続中です。そんな中で原発が稼働しているのはなんとも奇妙なことです。
 
政府主催の追悼式で天皇陛下の述べられたお言葉の中にこんなくだりがあります。
 
日本は美しい自然に恵まれていますが、その自然は時に非常に危険な一面を見せることもあります。この度の大震災の大きな犠牲の下で学んだ教訓をいかし、国民皆が防災の心を培うとともに、それを次の世代に引き継ぎ、より安全な国土が築かれていくことを衷心より希望しています。
 
このお言葉が反原発を意味するとは必ずしも言えませんが、少なくとも原発稼働が「より安全な国土が築かれていくこと」に反することは明らかです。
 
 
高浜原発は大津地裁により運転差し止めの仮処分がくだされましたが、おそらく上級審でひっくり返されるでしょう。原発稼働は「国策」で、司法当局は「国策」を推進する側ですから。
 
「国策」を決めるのは誰でしょうか。ネットで検索していたら、
「国が一度やろうと思ったことは、戦争もダムも必ずやる」
という言葉を見つけました。60歳になってから初めてカメラを手にして、ダムで沈む予定の岐阜県徳山村を撮り続けて「カメラばあちゃん」と呼ばれた増山たづ子さんの写真集にある言葉です。
「戦争もダムも」に「原発も」という言葉をつけ加えてもいいでしょう。
 
「国策」ですから、時の政権や内閣や与党が決めそうなものですが、そうではありません。「国策」は「政」ではなく「官」が決めるのです。
 
あの十五年戦争は、政党内閣ではなく軍官僚が勝手に始めて、どんどん暴走していったものです。
 
ダム建設については、「コンクリートから人へ」を掲げる民主党政権が止めようとして、八ッ場ダムを巡って国交省とバトルを繰り広げましたが、結局民主党政権が敗れました。
 
私はそれを見て、この国の真の支配者は誰かわかった気がしました。
ただ、わからない人も多いでしょう。マスコミも官僚と利益共同体なので、官僚が内閣の方針に従わないことの異常さを指摘しないからです。
 
 
明治政府は最初、元勲たちが郷里の人間を取り立ててつくったので藩閥政府と呼ばれました。その後、帝国大学を出た人間がどんどん政府に入ってきましたが、彼らはなにしろ優秀で、欧米の学問や行政のノウハウを学んでおり、さらに天皇の権威を利用して(とくに統帥権)、政府における主導権を握りました。政治家は彼らに太刀打ちできません。
 
そのときからずっと日本は官僚の支配する国です。
戦後、昭和天皇がマッカーサーとバトンタッチし、官僚の利用するのが天皇からアメリカに変わっただけです。
 
官僚には思想や目標があるわけではなく、ただ自分たちの利権を第一に行動しているだけです。司令塔もなく、つかみどころがありません。
 
ただ、先兵としての役割を担っているのが検察であり裁判所です。
アメリカの意に反して独自の外交をした田中角栄首相、外務省で権勢をふるった鈴木宗男議員、原発稼働を認めなかった佐藤栄佐久福島県知事らはみな逮捕され、有罪となりました。
 
小泉純一郎首相も構造改革を進め、官僚の利権を脅かすようになってきたので、小泉首相の要請で郵政選挙に立候補したホリエモンが逮捕されました。これは次は小泉首相をやるぞという検察による警告です。その警告を受けて、まだまだ人気のあった小泉首相はあっさりと引退しました。
 
官僚の支配はきわめて巧妙です。鳩山由紀夫元首相と菅直人元首相はいまだに人格攻撃をされますが、野田佳彦元首相にそうしたことがまったくないのを見てもわかります。
 
今の安倍政権は官僚にもアメリカにも逆らいません。菅官房長官はコワモテで、官僚を支配しているようですが、官僚のいやがるような改革はやりません。
 
原発を止めようとすれば、官僚に打ち勝つような政治力が必要です。
民主党と維新の党が合併した新党が目指すのはそこでしょう。