埼玉県朝霞市の女子中学生が2年間にわたり監禁されていた事件で、どうして女子中学生は逃げ出さなかったのかという議論が起きています。

これについて尾木ママが自身のブログで「テレビの関心ズレているのではないでしょうか!?」「なぜ積極的に逃げなかったのか!? 検証するかのような報道間違いじゃないでしょうか!?」とマスコミを批判しています。

確かに「なぜ逃げなかったのか」という問いは、どうしても被害少女を非難する意味合いを帯びてしまいます。
 
被害者を非難するのはおかしなことです。これではセカンドレイプと同じです。
 
とはいえ、少女を監禁していたのは寺内樺風容疑者1人です。寺内容疑者は普通に大学に通い、就活もしていました。アパートは壁の薄い、普通のアパートだったといいます。引っ越しもしています。寺内容疑者と少女が手をつないで外出していたという報道もあります。
 
どうして逃げなかったのかという疑問を持つのは当然ですし、マスコミはその疑問に応える必要があります。
とはいえ、被害少女を非難する形になるのは好ましくありません。
ジレンマです。
 
なぜこんなことになるかというと、マスコミが重要な問題を放置しているからです。
それは被害少女の家庭環境はどうだったのかという問題です。
 
寺内容疑者は少女の自宅前でフルネームで名前を呼び、「両親が離婚することになった。弁護士のところに行こう」と話しかけたそうです。ということは、両親は離婚が秒読みの段階にあったのかもしれません。
もしそうなら、少女にとって家庭環境はよいものではなかったでしょう。
 
寺内容疑者は少女に「お前は捨てられた」と言って、少女も少しそれを信じてしまったようです。しかし、パソコンで両親が自分を探しているというニュースを見て、「逃げ出す決意をした。両親と会いたい気持ちが高まった」ということです。
 
親子に信頼の絆があれば、「お前は捨てられた」という言葉を信じるわけがありません。
 
それに、少女の手紙に「習い事とか勉強が大変だったので休みたい」と書かれていたので、そういうこともあったかもしれません(この手紙は寺内容疑者に書かされたものですが)
 
一方、寺内容疑者はそれなりに少女にやさしかったのでしょう。
 
ですから、少女としては、家庭と寺内容疑者の部屋を比べたとき、寺内容疑者の部屋を選ぶことは合理的な行動であったのです。
そのように考えると一応説明がつきます。
 
しかし、いつまでも寺内容疑者のところにいても人生の先が見えません。そういうこともあって、家に帰ることにしたのでしょう。
 
 
以上のことは、ほとんど私の推測です。
 
マスコミは少女の家庭がどうであったかとか、夫婦仲はどうであったかとかはまったく報道しません。少女の家庭環境はブラックボックスになっています。
ですから、少女の行動が不合理に見えてしまうのです。
 
少女はなぜ逃げなかったかという検証をやめろと尾木ママは主張しますが、反対に、少女の置かれていた環境をすべて検証するというやり方もあります。こっちのほうがいいはずです。