米フロリダ州オーランドのナイトクラブで銃乱射事件があり、49人が死亡、50人以上が負傷しました。
射殺されたオマル・マティーン容疑者(29)は、両親がアフガニスタンからの移民ですが、本人はアメリカ生まれなので、ホームグロウン型のテロリストだとされます。
 
「シャルリー・エブド」襲撃事件、パリ同時多発テロ、今年3月のブリュッセル連続テロなどの容疑者もヨーロッパ生まれの若者で、やはりホームグロウン型のテロリストです。
 
ホームグロウン型のテロリストとはなにかについて、たまたまつい先日の朝日新聞に専門家のインタビューが載っていたので、その一部を引用します。
 
 
(インタビュー)過激派のイスラム化 欧州大学院大学教授、オリビエ・ロワさん
 
「彼らは往々にして『謎めいた存在』と思われがちです。しかし、実際には、彼らに関する捜査当局やメディアの情報は多い。それを検証する限り、過激になる前から敬虔(けいけん)なイスラム教徒だった若者は全くいません。布教にいそしんだ人、イスラム団体の慈善活動に従事した人も、皆無に近い。イスラム教徒への差別に抗議の声を上げもしなければ、学校での女生徒のスカーフ着用を巡る議論に関心も持たなかったのです」
 
 「彼らは礼拝もせず、逆に酒や麻薬におぼれ、イスラム教が禁じる食材も平気で口にしていました。例えば、昨年11月のパリ同時多発テロ現場にかかわったとされるサラ・アブデスラム容疑者はその数カ月前、酒場で酔っ払ってどんちゃん騒ぎをしていたことが、映像から確認されています」
 
 「彼らの多くはまた、自動車盗やけんかや麻薬密売といった犯罪に手を染め、刑務所生活を経験しています。つまり、ごく平凡な『荒ぶる若者』に過ぎません」
 
 ――でも、その多くはイスラム教徒の家庭の出身ですよね。
 
 「データによると、こうした若者の6割以上が移民2世です。移民1世や3世はほとんどいない。残りは、キリスト教家庭からの改宗者が多く、全体の約25%に達します。テロが起きたフランスやベルギーに限らず、欧州各国で同様の傾向がみられます」
 
 「フランスを例に取ると、移民1世が信じるイスラム教は、彼らの出身地である北アフリカの農村部に根付いた共同体の文化です。しかし、1世はそれを2世に引き継げない。フランスで育った2世たちは親たちの言語を話せず、仏文化を吸収しているからです」
 
 「親の宗教文化が伝わらないのは、改宗者も同じです。改宗という行為そのものが、引き継ぎを拒否する姿勢なのですから」
 
 ――親子間の断絶ですか。
 
 「今起きている現象は、世代間闘争です。若者たちは、自分たちを理解しない親に反抗し、自分探しの旅に出る。そこで、親のイスラム教文化とは異なるISの世界と出会う。その一員となることによって、荒れた人生をリセットできると考える。彼らが突然、しかも短期間の内にイスラム原理主義にのめり込むのはそのためです」
 
 「彼らが魅せられるのは、ISが振りまく英雄のイメージです。イスラム教社会の代表かのように戦うことで、英雄として殉教できる。そのような考えに染まった彼らは、生きることに関心を持たなくなり、死ぬことばかり考える。自爆を伴うジハード(聖戦)やテロは、このような個人的なニヒリズムに負っています」
 
 
マティーン容疑者は離婚歴があります。イスラム教徒として差別もされているでしょう。警備員として勤務していますが、あまり将来の希望もなさそうです。妻に暴力をふるったという報道があるので、本人も親から虐待されていた可能性が高いと思われます。
彼は同性愛者の集まるクラブを襲撃したわけですが、彼自身がそのクラブの常連で、同性愛者だったという報道もあります。自己嫌悪の現れでしょうか。
人生に希望をなくし、怒りや不満が極限まで高まったとき、イスラム過激思想がちょうどつごうがよかったのでしょう。
 
昔の日本なら、そういう若者は左翼過激思想にはまりました。今は右翼的な排外主義思想や、在日が“特権”をほしいままにして裏で日本を支配しているという妄想にはまるのでしょう。
 
もちろんなんの思想にもはまらない者もいます。たとえば、秋葉原通り魔事件の加藤智大や池田小事件の宅間守です。彼らは自分の人生と世の中に絶望し、親から虐待されて育ったという点で共通しています。
マティーン容疑者は宅間守に似ているのではないでしょうか。ただ、マティーン容疑者はイスラム過激思想で自分を飾ることができました。
 
ですから、イスラム過激思想というのは、ホームグロウン型テロリストにとって表面的なものということになります。
ただ、表面的なものでも、それが犯行に踏み切らせるということがあります。
 
なぜイスラム過激思想が若者にとって力を持ってしまったのかというと、アメリカがテロへの対応を誤ったからです。
.11テロのあと、アメリカはビンラディンらの主張を論破するのではなく、もっぱら軍事力でテロに打ち勝とうとしました。そのため過激派の主張が力を持ってしまったのです。
 
もちろん正面から論争すると、アメリカが論破されてしまうかもしれません。そうならないためには、自身の誤りを正す必要があります。
つまり、テロリストの主張に向き合うことはアメリカのためにもなるのです。
 
今のアメリカは言論でテロリストに負けています。
 
フランスも同じです。テロリストに対して、「シャルリー・エブド」のムハンマドの冒涜みたいなことしかできません。
今回のテロに対しても、パリの市長はこんなことを言っています。
 
 
 パリでは13日、市議会の冒頭に犠牲者らへの黙祷(もくとう)を捧げた。イダルゴ市長は性的少数者が集うナイトクラブが標的になったことを挙げて、「攻撃されたのは『自由』だ」と述べた。
 
 
どんなテロリストも「自由を攻撃する」とは言っていないはずです。
「民主主義への攻撃」とか「文明への挑戦」とかもよく使われる言葉ですが、これもテロリストの主張ではありません。
相手の言い分を聞くという姿勢が最初からないのです。
 
イギリスはIRA(アイルランド共和国軍)と話し合うことでIRAのテロを終わらせました。
テロの解決策は簡単なことです(話し合いをしたのはブレア首相です。サッチャー首相は強硬路線をとってこじらせました)。
ただ、IRAはカトリックで、同じキリスト教です。
 
キリスト教同士は話し合えるがイスラム教とは話し合えない――こういう姿勢がテロをこじらせているのです。