6月23日は「沖縄慰霊の日」でした。
今年は20歳の女性が米軍属の男に殺害された事件もあり、日米地位協定にスポットライトが当たっています。
朝日新聞に前泊博盛教授のインタビューが載っていましたが、日米地位協定について、まったく新しい角度からの事実が述べられていて、驚きました。その部分だけ引用します。
 
 
■動かぬ地位協定、抗うには 前泊博盛さん(沖縄国際大学教授)
 
 いま、地位協定の改定を求める声が高まっていますが、実現性は極めて低いと思います。日本もまた同じように不平等な地位協定を海外で結んでいるからです。
 
 2003年に自衛隊を派兵したイラクの隣国クウェートと、さらに自衛隊が拠点を置くアフリカのジブチとも結んでいます。隊員が現地で罪を犯した場合、公務中か否かに関わらず裁判権を日本がもつなど、日米地位協定と同様の内容です。「ドラえもん」でジャイアンにいじめられたスネ夫がのび太をいじめるようなものでしょう。このため日本は米国に地位協定の改定を求められない。自衛隊の海外派兵・駐留も、地位協定改定を阻む壁になっています。
 
 
アメリカに対して「不当だ」と言っているのに、日本も同じことをしていたのでした。
 
たぶんこのことは一度も報道されていないでしょう。相手がクウェートとジブチですし、ほとんど官僚レベルで決められることですから。
 
とはいえ、明治維新のころから不平等条約に苦しめられてきた日本が、相手を弱いと見るや同じことをしたのでは、人の道に外れますし、「国のかたち」の根幹にもかかわることです。
こういうことは大きく報道して、果たしてこれでよいのか、国民的な議論を巻き起こさないといけません。
 
日本の言い分としては、クウェートやジブチのような、司法制度も人権意識も遅れた国の裁判で自衛隊員を裁かせるわけにはいかないということでしょう。しかし、これこそ帝国主義や植民地主義の発想です。そんな遅れた国に軍隊(自衛隊)を常駐させるのはなんのためかということです。その国に貢献しているなら、その国の裁判を恐れる必要はないはずです。
 
安倍首相の「美しい国」とか「新しい国」とかの観点からはどうなのでしょうか。大東亜戦争はアジア解放の戦争だったとか言っている立場からは許せないはずです(朝鮮や中国への植民地主義を正当化する立場からは許せますが)
 
ともかく、今からでも遅くはないので、国のあり方の根幹にかかわることとして、クウェートやジブチとの地位協定はこれでいいのか議論しなければならないと思います。