都知事選には21人が立候補していています。マスコミは主要3候補ばかり取り上げますが、テレビの政見放送では、どの候補もけっこうまじめに主張をしていて、ユニークな意見がおもしろいので、ついつい見てしまいます。
やはり多様性というのはたいせつだと改めて思います。
 
そういう意味では、小選挙区制というのは最悪の制度です。二大政党制がいいというのは、一神教からくる二元論的世界観ではないでしょうか。それに、小選挙区制にすると、二大政党制ではなく一大政党制になるはずです。
 
それにしても、供託金300万円を払い、泡沫候補と言われても立候補する人というのは、やはりちょっと変わった人です。
いや、立候補はしなくても、真剣に政治を考えている人というのは、やはりちょっと変わっているはずです。
自分の一票で当選者が変わる確率というのはひじょうに少ないですし、自分の政治活動で日本の政治が変わる度合いというのも極小です。それでも投票したり熱心に政治活動したりするのは、あまり合理的とはいえません。
 
ですから、政治的な人が非政治的な人に向かって、もっと政治に関心を持つべきだと言っても、まったく説得力がありません。
18歳選挙権実施に伴って、主権者教育ということで若者にいろいろな働きかけが行われましたが、これも同じです。
 
では、どんな働きかけがいいかというと、「政治は“まつりごと”というぐらいでお祭りと同じだから、お祭りには参加したほうが楽しいよ」ということでしょう。
「同じアホなら踊らにゃ損々」というわけです。
 
アメリカ民主党大会が725日から始まり、サンダース氏がクリントン候補支持の演説をしましたが、サンダース人気は相変わらずで、会場は大いに盛り上がっていました。
アメリカの大統領選挙は長いお祭りみたいなものです。
 
日本の選挙運動はひじょうに窮屈で、期間も短いですが、選挙運動を担う人たちや熱心な支持者にとってはやはりお祭りです。先の参院選のときも、最終日は大いに盛り上がっていました。
もちろんデモなどは祭りそのものです。
 
1人がデモに参加したところでどれだけの意味があるのかということもいえますが、野球やサッカーのファンがスタジアムに足を運んで応援するのも同じことです。
スタンドから声援を送る人間が1人ふえたところでほとんど違いはありませんが、本人は少しは違いがあると思っており、なによりそうして参加するのが楽しいからしているのです。
 
したがって、若者に対しては、「好きな政党や好きな政治家を見つけて応援すると、世界が広がるよ」という言い方がいいのではないでしょうか。
 
だいたい政治的な人間というのは、自分の考えが正しいと思い込みすぎるきらいがあります。私もそうなので自戒したいと思います。