「シン・ゴジラ」(庵野秀明総監督・脚本)を観ました。
庵野監督というと「新世紀エヴァンゲリオン」シリーズですから、なんとなくオタク的な人かと思っていましたが、本作は国の統治機構のあり方に迫る骨太な作品です。
 
今回のゴジラは、一言でいうと東日本大震災と原発事故そのものです。暗喩という言葉がありますが、そういうレベルを超えて、なにもかもが東日本大震災と原発事故を想起させます。
 
国の統治機構がリアルに表現される中で、リアルでは存在しえないゴジラが出現することにそれほど違和感がありません。「個体が進化する」という一応の理論づけ()がされていることに加えて、私たちは東日本大震災と原発事故という「想定外」のことを目の当たりにしたので、ゴジラという「想定外」が出現してもおかしくないという気持ちになるからでしょう。
 
主役は内閣官房副長官役の長谷川博己、ヒロインは日系人の米国大統領特使役の石原さとみです。長谷川博己はあまり政治家っぽくないし、石原さとみは大統領特使っぽくありません。この2人は「進撃の巨人」でも重要な役でしたから、東宝がイチ押しの俳優なのでしょうか。あるいは、庵野監督があえてそれらしくない俳優を起用したのでしょうか。
有名俳優が多数、ちょい役で一瞬だけ出てくるのも見どころです。
 
ストーリーを説明するわけにはいきませんが、東日本大震災と原発事故を体験した日本人には必見の映画だと思います。
日本とアメリカの関係にも踏み込んでいて、「属国」という言葉も出てきます。
 
人間は衝撃的な体験をすると、繰り返し思い出したり夢に見たりします。その体験を心におさめるためにそうした作業が必要なのです。肉親を亡くしたときに“喪の仕事”といわれる心の作業が必要なのと同じです。
東日本大震災と原発事故はあまりにも衝撃的な体験なので、日本人はまだ心におさめることができていないはずです。追体験するには恰好の映画です。
 
 
考えてみれば、初代「ゴジラ」や多数の怪獣映画も、戦争体験、とりわけ空襲体験を追体験するためにつくられたようなものです。
ゴジラが東京の街に現れると、人々はリヤカーや大八車を引いたり、また荷物を背負ったりして逃げまどいます。ゴジラに対して自衛隊の戦車や戦闘機が雨あられと砲弾、ロケット弾を浴びせかけますが、ゴジラに傷ひとつ負わせることができません。これはB29の編隊に対して日本軍が無力だったことの再現です。そして、東京の街は破壊されます。
 
怪獣は繰り返し日本の都市を破壊してきました。それを見ることで日本人は戦争体験を心におさめてきたのでしょう。
 
「シン・ゴジラ」はそうした過去の怪獣映画を踏まえていますから、必然的に戦争を想起させる映画でもあります。
自衛隊の全面協力を得て、さまざまな兵器が出てきます。そして、自衛隊がゴジラを攻撃しますが、通常兵器はすべて無力です。むしろ自衛隊の兵器でないものを使っての攻撃が有効だったりします。
 
牧悟郎というゴジラを研究していた異端の学者がいるのですが、すでに死んでいて、写真のみの出演という形になります。その写真が故・岡本喜八監督です。
「シン・ゴジラ」は岡本監督の「日本のいちばん長い日」を意識しているのかもしれません。また、岡本監督は「肉弾」など戦争の愚かさを描く映画を多数つくってきました。
 
牧悟郎は暗号化された謎の資料を残していて、それを読み解く方法は、その紙を折り鶴の形に折り曲げることでした。
「折り鶴」も平和のメッセージでしょう。
 
東日本大震災と原発事故を追体験でき、戦争についても考えさせられるということで、日本人なら誰が見ても損はない映画だと思います。