俳優の高畑裕太容疑者(22)がホテル従業員の女性に対する強姦致傷の疑いで逮捕されました。
高畑裕太容疑者の母親が女優の高畑淳子さんなので、例によって「親の責任」が問題になっています。
「子どもが20歳すぎれば親に責任はない」というのが今の主流の考え方ですが、それは子どもが自立していればの話です。
次の記事を読むと、果たして自立していたのか疑問です。
 
 
坂上忍、高畑容疑者を「ガチで怒った」過去明かす
 
 俳優の坂上忍が24日、フジテレビ系「バイキング」で、強姦致傷の容疑で逮捕された高畑裕太容疑者に対し、番組で共演した時に「ガチで怒った」ことがあったと明かした。高畑容疑者は昨年8月、同局系「ダウンタウンなう」に出演した際、「僕、性欲が強くて」などと下ネタや奔放発言を連発。ダウンタウンらをあきれさせ、坂上は「オレ、親だったら絶対ブン殴ってる」と怒りモードになっていた。
 
 この日の「バイキング」では、高畑容疑者逮捕について冒頭から特集。坂上は「残念というよりとんでもないニュースが飛び込んできました」と番組を始めると、高畑容疑者の人となりについても言及。以前、ダウンタウンとともにバラエティ番組で高畑容疑者と共演した時の話として、「その時に怒ってるからね、俺。どこからが天然で、どこからがキャラ作りなのか、見えないんだよね。悪い子じゃないけど、ガチで怒った」と、芸能界の先輩たちに“失礼”な物言いがあったことを明かした。
 
 これを受け、高畑淳子の親友でもあるピーターは、裕太容疑者が小学校4年生の頃、母親と一緒に舞台に出ていたピーターの楽屋を訪れ「ピーター、よかったよ」と、呼び捨てで肩をたたかれたエピソードを明かした。
 
 「小学生に肩たたかれてね。こいつなんだと思ったけど、すごいのはそれが本気でそう思ってくれた感じがしたこと」と、失礼な言い方も、純粋さの裏返しだったのかもという見方を示したが、坂上は「俺だったら、ちょっとこっち来いってなってる」とコメントしていた。
 
 結局怒った数日後、その後に、母の淳子が坂上のもとを訪れ、「ご迷惑を掛けました」と謝ってきたといい、「お母さんは本当にちゃんとした人だから」と話していた。
 
 
高畑容疑者が坂上忍氏に失礼なことを言ったあと、母親の淳子さんが謝りにきたというのはおかしな話です。ほんとうに失礼なことを言ったのなら、淳子さんは息子に「今度会ったら謝っておきなさい」と言うべきです。おとななのですから、本人が謝るのが当然です。
母親がこんなことをしていては、いつまでたっても子どもは自立しません。
 
そういう意味では、このケースは母親に大いに責任があるというべきでしょう。
 
 
ところで、「子どもが20歳すぎれば親に責任はない」ということは、裏を返せば「子どもが20歳未満であれば親に責任がある」ということになるはずです。
 
8月23日に埼玉県東松山市の河川敷で16歳の井上翼さんが半ば砂に埋まった遺体で発見された事件で、知人の16歳の少年が父親に付き添われて警察に出頭し、警察は25日、殺人容疑で少年を逮捕しました。そして26日、警察はさらに少年4人を殺人容疑で逮捕しました。
 
容疑者はみんな20歳未満ですから、親の責任を問う声が沸き起こっていいはずです。
しかし、今のところそういう声は聞きませんし、おそらくこれからも聞かないでしょう。
要するに子どもが20歳以上であろうと20歳未満であろうと、親の責任が問われることはないのです(民事裁判では親が賠償責任を負ったりしますが、子どもに責任能力がないので親が肩代わりするだけで、親の行為の責任が問われるわけではありません)
 
オリンピックで選手がメダルを取ると、その選手を育てた親にも脚光が当たり、称賛されます。
だったら、若者が犯罪をすれば、その若者を育てた親が批判され、責任が問われるのは当然のことです。
 
この責任というのは「教育責任」のことです。
この責任が曖昧なために、かえって親への批判が陰湿化しています。
 
子どもが懲役10年の罪を犯した場合、親と子で折半して5年ずつ服役するというのがひとつのやり方です。
こうすれば親はいい加減な教育ができなくなり、真剣に教育に取り組むはずです。
あるいは、子どもの世話だけをして教育はしないというやり方もあります(これは結果的に子どもの人格を尊重することになります)
いずれにせよ、無責任な親が横行する今よりよくなることは確実です。