明けましておめでとうございます。今年もこのブログをよろしくお願いします。
 
年が改まったのを機会に、このブログの基本的立場を説明しておきます。
 
人間性について性善説と性悪説とふたつの考え方があって、どちらが正しいか結論が出ていません。
なぜこんな単純なことがわからないのかというと、実は性悪説が正しいのですが、人間は自分が悪い人間だとは認めたくないからです。
 
世の中には性悪説を唱える人もいますが、そういう人は自分のことを棚上げにして主張するので、論理性がなく、説得力もありません。
また、性善説を唱える人もいますが、性善説は現実となかなか合致しません。
ですから、たいていの人は、そのときの状況に合わせて性善説を唱えたり性悪説を唱えたりしているのが実情です。
 
性悪説が正しいといっても、人間性は全面的に悪だというわけではありません。ほんのちょっと悪いだけです。
 
「ちょっと悪い」というのは、利己性と利他性の差から生じます
人間を含めた動物は、自己の生存を優先するという利己的性質を持っています。一方で、子どもの世話をしたり仲間を助けたりする利他的性質も持っています。利己的性質と利他的性質を比べると、利己的性質のほうがちょっと強いというわけです。
 
たとえば、なわばりを持つ動物は、ほかの個体のなわばりを尊重する性質を持っていて、それによってむだな争いを回避しています。しかし、自他のなわばりを完全に公平に判断できるわけではありません。少し自分に有利なように判断するので、多少のなわばり争いが生じます。
 
それは人間も同じです。完全に公平であるよりは少し自分に有利に判断する性質を持っています。
たとえば、買い物をして釣銭が少なかった場合、ほとんどの人はすかさず指摘しますが、釣銭が多かった場合は、そんなにすかさず指摘しませんし、中には黙っている人もいます。
 
ただ、動物の場合は同じレベルでとどまっていますが、人間の場合は文化が進化していきますから、悪も進化していきます。そのため人間社会には動物社会にはない悪があふれることになりました。
 
もっとも、それも自然の摂理として肯定すればいいという考え方もあるでしょう。ただ、戦争は肯定するわけにいきません。
国と国が領土問題で争うのは、動物のなわばり争いと同じです。しかし、人間の場合は、戦争のやり方と兵器がものすごく進化したので、戦争による不利益はたいへんなものです。ここは知恵を出して戦争を回避しなければなりません。
 
それから、親が子どもに対してしつけ・教育をするのは人間だけです。これも親の利己的行動の進化したものではないかと想像されます。
どんな人間になるかは子ども自身が決めることです。しつけ・教育は子どもの自己決定権の侵害ですから、しつけ・教育についても見直していかなければなりません。
 
人間性悪説の立場に立ち、自分は生まれつき利己的だと思っていれば、夫婦喧嘩も回避できて、離婚という不幸に至ることも少なくなるはずです。
 
 
日めくりカレンダーに書いてあった名言に「他人の罪はとがめるが、自分の罪は気づかない」というのがありました。
これは自分のことを棚上げにする「偽の性悪説」をうまく表現しています。
「真の性悪説」は他人の罪も自分の罪も同等に認めるものです。
この立場に立てば、すべて論理的に明快になり、争いも避けられ、なにより家庭が平和になります。
 
そういう「真の性悪説」を完成させ、普及させるのがこのブログの目的です。