森友学園問題は、籠池泰典理事長が「安倍首相から100万円の寄付を受けた」と言ったことから、安倍首相と籠池氏とどちらの言い分が正しいのかという新しいステージに入りました。
それに対して、問題の本筋は国有地払下げと学校認可に不正があったか否かだということが言われています。
また、教育勅語を暗唱させ軍歌を歌わせる“愛国教育”はいいのかという問題もあります。それ以前に、水を飲ませない、トレイに行かせないなどは幼児虐待ではないかということも言われています。
 
このように問題を複雑化させた張本人は、最初は塚本幼稚園の幼児虐待疑惑を追及していたのに、突然籠池理事長のスポークスマンのように変身してしまった著述家の菅野完氏です。
菅野氏はいったいどういうスタンスなのでしょうか。彼はツイッターで次のように発言しています。
 
『僕は、「役所VS籠池なら、籠池側。籠池VS子供・保護者なら、子供・保護者側」です』
 
要するに弱いほうの味方をするということでしょう。
右翼対左翼という図式がほとんど無意味となった今、これがいちばん明快なスタンスです。
菅野氏は自分のスタンスに自信があるので、日本全体を揺るがすような問題の真ん中に突っ込んでいけるのかと思われます。
 
 
私たちは、なにかの対立関係を見ると、どちらが正しいのだろうかと考えます。しかし、夫婦喧嘩や暴力団同士の抗争を思い浮かべればわかりますが、たいていはどちらも正しくないのです。
アメリカ対イスラム系テロリストの対立でも同じです。
正義対悪というのは、ハリウッド映画などのフィクションの世界だけです。
 
籠池対安倍首相の対立は、要するに日本会議の内ゲバです。
ですから、どうでもいいようなものですが、安倍首相のほうがより“巨悪”ですから、とりあえず籠池氏の味方をするのは正しい戦略です。
 
 
ただ、菅野氏は「籠池VS子供・保護者なら、子供・保護者側です」と言っていますが、この言い方では、子供と保護者の区別がついていません。
ここはけっこう重要なところです。
 
塚本幼稚園では、園児をたたくなど明らかに虐待をしていました。しかし、それを承知で子どもを通わせていた親もいるわけです。きびしい教育がいいのだという考え方の親でしょう。
こういう親がいるので、マスコミも塚本幼稚園は幼児虐待をやっていると明確に批判できませんでした。
つまりマスコミは、子供対保護者なら保護者の味方なのです。
 
菅野氏はもともと塚本幼稚園の虐待問題を追及していたので、そのへんは大丈夫だと思いますが、もし子供対保護者で保護者の味方をしていたら、スタンスが揺らいでしまいます。
 
たとえば、日本会議の主要メンバーでもある高橋史郎明星大学教授が提唱している「親学」というのがあって、安倍首相など多数の国会議員による親学推進議員連盟が組織され、家庭教育支援法案なるものの制定が進められています。「親学」については、日本の伝統的な子育てをすれば発達障害が治ってしまうという非科学的な部分が批判されていますが、もっと根本的な批判が必要です。
これも右翼対左翼という図式ではとらえられず、親対子供という図式が必要です。
 
ともかく、森友学園問題のような複雑な問題を考えるとき、菅野氏のように弱い者の味方をするというやり方は大いにためになります。