道徳の教科化が小学校では2018年度から始まることもあって、道徳教育についてさまざまな議論が起きています。
道徳の教科書検定によってパン屋が和菓子屋に変えられたということも話題になりました。
 
朝日新聞の「声」欄には、12歳の中学生が「答えがないのが道徳では」という意見を投稿し、それに対してさまざまな意見が出ました。
48歳の主婦は「道徳とは教えられる前にみんなでつくっていくもの」と言い、81歳の元小学校校長は「道徳とは善悪を判断する心を育むこと」と言い、83歳の無職は「道徳は大人から教えられる必要はない」と言い、22歳の大学生は「道徳とは評価にとらわれずに『私の意見』を言うこと」と言い、政治学者の姜尚中氏は「大人も子どもも答えのないものについて考えていくことがたいせつ」と言いました。
 
みんな言っていることがバラバラです。
以前、若者が「なぜ人を殺してはいけないのか」と発言し、それに対する有識者の答えがバラバラだったのと同じです。
 
なぜこんなことになるのかというと、みんな道徳について根本的な勘違いをしているからです。
 
今の考え方は、子どもには「よい子」と「悪い子」がいるというものです。子どもを「悪い子」にせず「よい子」にするというのが道徳教育の目的です。
 
しかし、赤ちゃんに「よい赤ちゃん」と「悪い赤ちゃん」がいるというふうには誰も考えません。
生まれたばかりの子どもには善も悪もないというのが常識です。
 
そして、小学校に入る6歳ぐらいになると、さまざまなことの影響で「よい子」と「悪い子」に分化していくというふうに考えられます。
たとえば、いじめっ子になる子どもと、いじめっ子にならない子どもがいるという具合です。
 
そうして子どもが成長し、大人になるとどうでしょうか。
これはもう歴然と「よい大人」と「悪い大人」がいます。
「悪い子」よりも「悪い大人」のほうがはるかに悪いことをしています。
 
たとえば、少年が殺人事件を起こすと大きく報道されますが、実際のところは10代前半までの子どもはめったに殺人を犯しません。10代後半になると殺人を犯すようになりますが、それでも成人よりは少ない数です。
 
2005年のデータですが、人口10万人当たりの殺人事件の検挙人数は、
14-19歳 0.91
20-29歳 1.62
30-39  1.64
40-49 1,39
 
詐欺、贈収賄など知恵を使った犯罪は大人のものですし、テロのような思想犯罪も大人のものです。
 
つまり人間は、生れたばかりは善も悪もないのですが、だんだんと「よい人間」と「悪い人間」に分化していくのです。
 
そうすると道徳教育というのは、まだ悪くなっていない子どもに、もう悪くなっている可能性のある大人が「悪いことをしてはいけない」と説くことになり、わけのわからないものになるのです。
こんな道徳教育はまったく無意味です。
 
 
ただ、有用な道徳教育もありえます。
それは、世の中には「よい大人」と「悪い大人」がいるので、それを見きわめなさいと教えるものです。
 
たとえば、「よい親」と「悪い親」がいて、「悪い親」は子どもを虐待します。虐待されたときはどうすればいいかを子どもに教えることはとてもたいせつです。
また、「よい教師」と「悪い教師」がいて、「悪い教師」は教え方も下手ですし、クラスにイジメがあっても対処しません。下手をすると教師が子どもをイジメることもあります。そんな教師への対処法も教えなければなりません。
社会に出れば、ブラック企業がありパワハラ上司がいますし、詐欺商法もあります。若者はこれらの被害にあいやすいので、それらも教えなければなりません。

親に虐待された子どもは自分も虐待する親になりやすく、ブラック企業に適応した若者は自分もパワハラ上司になります。振り込め詐欺で最初は出し子に使われた若者はいずれ犯罪グループを担うようになります。つまり「悪い大人」の影響でまだ悪くない子どもも「悪い大人」になっていくのです。
このような「悪の連鎖」を断ち切る道徳教育なら意味があります。