文部科学省の前事務次官である前川喜平氏が記者会見し、加計学園問題で「総理のご意向」と書かれた文書は確実に存在していると述べました。
元事務次官とはいえ、一個人が政権と対峙するのには、相当の覚悟がいったでしょう。
 
もともと前川氏は水面下でメディアに文書を提供していたようですが、読売新聞に出会い系バーに通っているという記事を書かれました。官邸が情報を提供して書かせたものでしょう。
出会い系バーに通ったからといってなにも問題はありませんし、個人のプライバシーに属することです。読売新聞はそれを記事にしたのです。いかがわしい人間だと思わせるイメージ操作であり、人格攻撃です。
前川氏としては、このままおとなしくしていると一方的に攻撃されると思って、反撃に出たのでしょう。
 
その後も菅官房長官は「前川氏は責任を取らずに地位に恋々としがみついていた」などと人格攻撃を続けています。
 
人格攻撃という点では、森友学園の前理事長の籠池泰典氏も安倍首相から「しつこい」と言われ、その後も嘘をつくいい加減な人物というイメージ操作(実際に嘘をついていますが)をされています。
 
人格攻撃をされると、人間は意地でも反撃したくなるものです。
そのため、安倍政権は籠池砲と前川砲の十字砲火を浴びています。
 
 
「思考のトラップ」(デイヴィッド・マクレイニー著)という認知バイアスに関する本に、「人身攻撃の誤謬」という項目があります。そこから一部を引用します。

 
どんな人物かとか、どんなグループに属しているかによって、相手の主張が正しくないと決めつけるとき、人は人身攻撃の誤謬(ad hominem fallacy)におちいっている。この「アド・ホミネム」というのは、ラテン語で「人に向かって」という意味である。つまり、議論が手に負えなくなってきたとき、矛先を「人に向ける」ということだ。
たとえば、自動車を盗んだと告発されている人の裁判で、陪審員を務めていると想像してみよう。検察側は、被告の過去を持ち出して前科があることを示したり、昔の知り合いに被告は嘘つきだと証言させたりする。こうして種がまかれる――この男は嘘つきで泥棒だという――と、現在の議論についての意見がそれに左右されるようになる。その男がなんと言おうと、頭のどこかで人はそれを疑い、こいつは嘘つきだから信用できないと思うのだ。
 
 
安倍政権は政権を挙げて国民を「人身攻撃の誤謬」に陥らせようと操作しているわけです。
 
そもそも人格攻撃というのは、するほうも品位に欠ける行為として批判されるので、公の場ではあまり行われませんでした。
しかし、インターネットの中の議論では、人格攻撃は当たり前に行われていますから、今では一般の人もあまり抵抗は感じないようです。
安倍政権はそれに便乗しています。

安倍総理は、国会で民進党議員から批判されると、逆に民進党を批判するというのを得意技にしています。
  
トランプ大統領も同じです。批判されると、決まって人格攻撃とメディア攻撃で反撃しています。
 
人格攻撃には一定の効果がありますが、攻撃されたほうも反撃しますから、泥仕合になります。
今は籠池砲と前川砲対安倍砲と菅砲の撃ち合いです。
そのため、政治の世界から品位も権威も失われました。
いや、それ以前に、議論によってものごとを決めるということがおろそかになりました。
すべては安倍政権の傲慢な政権運営のせいです。