北朝鮮が7月4日に発射したミサイルはICBMとわかりました。
これまで北朝鮮がミサイルを発射するたびに、挑発だとか牽制だとか、その意図についていろいろな解説が行われてきましたが、実際はなんの意図もなく、ただミサイル開発を続けてきただけなのでしょう。
そのうちさらに長い射程のICBMもでき、搭載可能な小型の核弾頭もできるはずです。
 
こういう事態を倫理学的に考えるとどうなるでしょうか。
 
北朝鮮のような貧しい国が核ミサイルを開発するというのは愚かなことですが、北朝鮮にも自衛権があって、核武装する権利もあります。北朝鮮は核拡散防止条約を脱退しており、法的にやめさせることはできません。国連は非難決議をしますが、国連にも国家の自衛権を侵すことはできないはずです。
 
アメリカや日本は北朝鮮の核開発を非難しますが、これは「俺たちは核武装するが、お前が核武装するのは許さん」という理屈で、これが間違った理屈であることは、子どもでもわかります。
というか、子どものほうがよくわかります。おとなはおかしな理屈をいっぱい知っているので、かえってわからないのです。
 
北朝鮮を非難する人が、安倍政権の防衛費増大やトランプ政権の国防費増大を非難しないのもおかしなことです。両方非難するならわかりますが。
 
ともかく、アメリカや日本が自分勝手な理屈を主張している限り、世界が平和になることはありません。
 
 
とはいえ、各国の国家主権を尊重し、核武装も国家の権利であるとすると、核武装国がどんどんふえていき、最終的に筒井康隆氏の「アフリカの爆弾」みたいなことになるかもしれません。
ちなみに「アフリカの爆弾」というのは、アフリカの原始的な部族までがギガトン級の核爆弾を持ってしまった未来社会を描いたドタバタ小説です。
 
そうなってはいけないということは誰でもわかるので、国連によって国家主権を制限し、核兵器を含む軍備も管理して、最終的に国連軍が各国の安全を保障するという体制に向うことになるはずです(もともとそのために国連はつくられたのです)
 
実際にそうなるかはわかりませんが、「俺たちは核武装するが、お前が核武装するのは許さん」というアメリカや日本の自分勝手な理屈がだめなことは明白です。