お笑いコンビ・ウーマンラッシュアワーの村本大輔氏が終戦記念日に「僕は国よりも自分のことが好きなので絶対に戦争が起きても行きません」とツイートしたことが話題になっています。
 
そもそもは村本氏が811日の「朝まで生テレビ!」に初出演し、司会の田原総一朗氏が「国民には国を守る義務があると思う」と発言したことに対し、村本氏が「絶対に戦争に行くことがない年寄りに言われてもピンともこないわけですよ」と反論する場面があり、それを踏まえてのツイートです。そのときよりも考えを深めたものと思われます。
 
「国より自分が好きなので戦争に行きません」というのは最強の論理です。「好き嫌い」を言う人間を論理的に説得することはできないからです。
「好き」を「愛する」に換えて「国より自分を愛しているので戦争に行きません」と言えば、「愛国心」にも勝てます。
「国を守る義務はある」と言われても、「義務より自分の命のほうがたいせつです」と言えばいいわけです。
 
 
しかし、戦争主義者にとってはこんな言い分が通ると都合が悪いので、いろいろ反論がなされています。「なぜ『戦場へ行く』という発想になるのか。今住んでいる町が戦場になると思わないのか」とか「家族や故郷を守ろうと思わないのか」といった具合です。
 
しかし、こんなことを言う人の戦争のイメージはどんなものでしょうか。イラクの民兵組織みたいなことを考えているのでしょうか。
弥生時代には外敵を防ぐ環濠集落があって、そのころなら家族や共同体のために戦いました。しかし、武士の時代になると、武士は自分の領地のために戦ったので、郷里や共同体のために戦ったのではありません。西洋の騎士も同じで、戦争は基本的に傭兵がするものでした。
近代国民国家では、国民は国家のために戦います。自衛隊に入っても、自分の故郷防衛の任務につくなんてことは、奇跡でもない限りありません。むしろ家族を置いてどこかへ行くわけで、しかも死んでしまう可能性があるので、家族を守りたければ自衛隊に入ってはだめです。
 
戦争に負ければ家族が守れないから戦争に行くべきだという意見もあります。
しかし、1人の人間が軍隊に入っても、たとえば10万人の軍隊であれば、10万分の1の戦力強化にしかなりません。いや、今の自衛隊ならイージス艦や戦闘機の性能などが戦力の大きい要素を占め、上層部の作戦指揮能力も重要ですから、1兵卒の戦力が勝敗を左右するなどということはほとんどありません。
 
つまり自分と家族の幸せを考えれば、軍隊に入って戦争に行くという選択肢はありません。
 
 
したがって、個人が戦争に行くには非合理的な理由が必要です。
昔の日本は天皇を神格化して、天皇のために戦うという理由をつけました。
今の日本は、国旗国歌、靖国神社、教育勅語などを活用して、国家そのものを神格化しようとしています。
 
誰であれ自分の生き方としては、戦争に行くという選択肢はありません。
しかし、国家規模で考えると、他人を戦争に行かして自分は戦勝国の国民として利益を得るという選択肢があります。冒頭の田原氏の主張がそうです。安倍首相などもそう考えているに違いありません。
戦いは国と国だけではなく、国内の個人と個人でも行われているということを認識して、だまされないようにしないといけません。
 
 
ところで、村本氏は「ファンの女の子に手を出した」というような自分のゲスぶりをさらして笑いを取るという特殊な芸風で、さまざまな問題発言をするので“炎上芸”とも言われています。
「国より自分が好きなので戦争に行きません」というのも炎上覚悟の勇気ある発言です。
平和主義者は戦いを好まないので、「憲法9条を守れ」というような守りの姿勢になりがちですが、平和を守るにはこのように戦う姿勢も必要です。