座間市9人遺体事件でおやっと思ったのは、白石隆浩容疑者(27)と2、3か月いっしょに暮したという女性が「学校の教員になりたいと言っていて、教師の資格を取ったとか勉強していた」と語っていたことです。
相模原市やまゆり園19人殺害事件の植松聖被告も、父親が小学校の教員だったこともあって、教員志望で教育実習もしていました。
白石容疑者の父親ももしかして教員だったのかと思ったら、そうではありませんでした。
 
今のところの情報では、白石容疑者の家族は両親と妹がいて、座間市に実家があり、父親は自動車の設計の仕事をしているということです。白石容疑者は20歳ごろに実家を出て、以来一人暮らし。数年前には母親と妹が実家を出ていったということです。離婚したという情報もあります。白石容疑者は今年上旬まで池袋に住んでいて、座間市に戻ってきましたが、実家には住まず、アパートを借りました。
 
こうした情報から察するに、実質的に家族は崩壊しているようです。
もちろん崩壊するまでの過程には壮絶なことがあったと思われます。
 
座間市9人遺体事件といい相模原市やまゆり園19人殺害事件といい、このような異常な事件を起こした犯人は、人格の中心的な部分が大きくゆがんでいるものです。
そして、人格の中心的な部分を大きくゆがめるものがあるとすれば、それは幼児期からの家族関係しかありません。
 
相模原市やまゆり園事件の植松被告も、実家から両親が出ていって、一人暮らしをしていたということですから、完全に家族が崩壊していたわけです。
 
もっとも、家族崩壊といっても実態はさまざまですから、具体的にどうだったか知りたいところです。
しかし、マスコミはそういう報道はしません。植松被告の家族関係のこともまったく報道されませんでした。
 
もちろんこんな事件を起こした犯人の家族がマスコミに出にくいのは当然ですが、マスコミのほうに問題意識があれば、周辺の取材からも真実を浮かび上がらせることは可能です。
しかし、マスコミはそうした真実を逆に隠蔽する傾向があります。
 
たとえば、清水アキラ氏の三男である清水良太郎容疑者(29)が覚せい剤取締法違反容疑で逮捕されたとき、清水アキラ氏は「私の育て方がダメだったんだと思います。他人の家以上に厳しくて、何かあればひっぱたいたりもしたけど、それが逆にうそつきにしてしまったのかもしれないです」と反省の弁を述べましたが、そのあと「面会する気はない。話もしたくない」と、父親としてはありえない冷たいことを言いました。
 
そして、清水良太郎容疑者は1027日に起訴され、裁判所から150万円の保釈金で保釈許可が出ましたが、清水アキラ氏は31日に報道陣に対して、「保釈させる気はない」「勾留されている期間が反省するにはまだ短い」などと語りました。
 
これもまた冷酷な言葉です。薬物依存から立ち直るには家族の支えが必要ですし、アキラ氏は自分自身の責任はなかったかのように、良太郎容疑者を一方的に批判しています。
世間がいかに批判しても、自分だけでも子どもの味方になるのが親というものです。
 
ところが、ワイドショーなどは、このアキラ氏の態度を逆に絶賛しています。
マスコミは「親の愛」のたいせつさをまったく理解していないのでしょうか。
 
凶悪犯罪者の動機を「心の闇」でごまかすのは、もうそろそろ終わりにしないといけません。