12月6日は、世界が戦争に近づいているのではないかと予感させるニュースが相次ぎました。
 
国際オリンピック委員会(IOC)は国家ぐるみでのドーピングを理由としてロシアの平昌冬季五輪への参加を禁止すると発表しました。
ロシアは潔白を主張していますが、かりにIOCの言い分が正しいとしても、国単位の参加禁止はやりすぎでしょう。そもそも参加禁止にする理由がよくわかりません。
 
IOCのトーマス・バッハ会長は、ロシアの国を挙げてのドーピングは「五輪とスポーツの高潔性に対する前代未聞の攻撃」だと言いました。
 
「高潔性」という言葉もへんですが、「攻撃」という認識は間違っています。
 
オリンピックでメダルを取ると大きな富と名誉が約束されます。ドーピングは多少健康にマイナスですが、両者を天秤にかけると、ドーピングに走る人間が出てくるのは当然です。つまりこれは経済合理的な行動で、「攻撃」ではありません。ですから、これを阻止するには、厳格な検査を実施し、発覚した場合には大きな罰を与えることですが、もちろん罰は恣意的なものではなく、あらかじめ罰則は決めておかなければなりません。
 
ロシアが大規模なドーピングをしていたとすれば、それを取り締まる体制に不備があったわけで、IOCはむしろ批判される側です。
試合で反則を見逃した審判が批判されるのと同じです。
 
スポーツの世界のいいところは、正義だの悪だのがないところです。
サッカーの試合で反則をすれば、相手方にフリーキックやペナルティーキックが与えられ、反則した選手にはイエローカード、レッドカードが与えられ、出場停止になったりしますが、それ以上のことはありません。
もし反則行為を悪と見なし、反則した選手に謝罪や反省をさせるという制度になったらどうなるでしょうか。
「あの選手は心から謝罪してない」とか「向こうが先にラフプレーをしたからだ」とか言い合いになって、チームもサポーターも感情的になり、サッカーの楽しさが大幅になくなってしまうと思われます。

ジャイアンツとタイガースが正義と悪の戦いだとされたら、わけがわかりません。
北朝鮮のチームとも対等であるのがスポーツのいいところです。
だからこそオリンピックは「平和の祭典」と言われるのです。

ドーピングは反則として対処するべきものです。
ところが、今回、IOCはスポーツの世界に刑事司法と同じ“正義の裁き”を持ち込みました。
「高潔性」と「攻撃」という言葉によってロシアを「悪」と認定しているのです。

そもそもIOCに“正義の裁き”を行う資格があるとは思えません。
冷戦時代のイデオロギーにとらわれているのかもしれませんが、IOCはスポーツの精神を破壊しているといえます
 
 
IOCがロシアの出場禁止を決めたのと同じ日に、トランプ政権はイスラエルの首都をエルサレムと認めた上で、アメリカ大使館をテルアビブからエルサレムに移転すると決めたということです。
エルサレムはイスラム教にとっても聖地なので、イスラム世界の反発を招くことは必至です。
 
それにしても、トランプ大統領はなにを目指しているのでしょうか。
今回の決定は、テロの危険性をふやすだけで、アメリカの国益になることはなにもないと思われます。
アメリカファーストにも反します。
ということは、トランプ大統領の宗教的信念というしかありません。
 
この決定が原因でアメリカ人をねらうテロが起きたら、多くの人はトランプ大統領よりはやはりテロリストを非難するでしょう。
こうしてどんどんテロ戦争が激化していきます。
 
この決定に対して、菅官房長官は「重大な関心をもって注視している」と述べただけです。
毎度のことながら、情けない限りです。キリスト教とイスラム教の対立の外にいる日本は、こうしたときこそ果たす役割があるはずです。「反対」とか「世界にとって好ましくない」と言えないなら、せめて「理解できない」くらいは言うべきです。
また、安倍首相がトランプ大統領と親しい関係なら、考え直すように忠告するべきです。
 
今回のふたつの決定は、ロシアやイスラム世界に屈辱を与えることで戦争の危機を高めるものです。
テロよりもこういうことのほうが非難されるべきです。