フロリダ州の高校で17人が死亡する銃乱射事件があり、改めて“銃社会アメリカ”の病理に注目が集まっています。
 
逮捕されたニコラス・クルーズ容疑者(19)は、幼少時に養子となり、養父はその数年後、養母は昨年11月に亡くなり、友人の家で暮らすようになりました。うつの症状があったため、事件の5日前には心理カウンセリングを受けたということです。また、白人至上主義者の団体に所属し、軍隊式の訓練に参加したこともあったそうです。
 
動機の解明はたいせつですが、容易でないこともわかります。
とりあえず有効な対策は銃規制です。
 
しかし、巧みに問題をすり替える人がいます。
 
たとえばケンタッキー州のマット・ベビン知事(共和党)は、この事件に触れたとき、暴力的なビデオゲームを槍玉に上げました。
 
「年齢制限のかかったビデオゲームを、年齢が満たない子どもたちもプレイしていて、皆が見て見ぬふりをしている。子どもたちが遊ぶのを阻止する方法もない」
「子どもたちは(ゲームの中での)殺人を楽しんでいる。学校内での乱射事件とそっくりなシチュエーションでスコアを稼ぎ、倒れて命乞いをする人にとどめを刺すとさらにボーナスポイントを獲得できるようなゲームが存在する」
 
なお、ベビン知事は、全米ライフル協会の支持を受け、ライフル協会関連の集会でスピーチを行ったこともある人物だということです。
 
 
トランプ大統領はこの事件に関し、ツイッターで「容疑者は精神的に不安定だったという多くの兆候があり、素行が悪く退学になっていた」「近所の人やクラスメートは、彼は大問題だと分かっていた。そうした事例は何度も当局に通報しなければならない」などと主張しましたが、銃規制については触れませんでした。
 
 
また、クルーズ容疑者に近い人物がFBIに対して「学校を銃撃する可能性」について情報を提供していたにもかかわらずFBIがなんの手も打たなかったことが判明し、FBIへの批判が高まりました。
 
同様のことはよくあります。テロ事件が起こったあとで、治安当局は犯人を監視対象にしていたにもかかわらず事件を防げなかったとして当局が批判されるなどです。
しかし、まだなにもしていない人間に対して当局が打てる手は限られています。説教や警告をするぐらいです。監視するといっても限度があります。
FBIへの批判も問題のすり替えに近いものがあります。
 
 
しかし、銃規制を主張する人たちも問題のすり替えを行っているきらいがあります。
彼らは、全米ライフル協会とそこから献金を受ける政治家を槍玉に上げます。
しかし、ライフル協会がそれほど力を持っているのは、それなりの土壌、つまり銃を許容するアメリカ文化があるからです。
問題はライフル協会でなくアメリカ文化です。
 
銃を許容するアメリカ文化を象徴するような言葉が、乱射事件後も銃の見本市が盛況であることを伝えるニュース記事の中にありました。
それは、
「銃を持った悪いやつを止められるのは、銃を持った良いやつだけだ」
という言葉です。
 
この言葉には根本的な間違いがあります。銃を持った良いやつが悪いやつを止められるとは限りません。やられてしまうこともあります。
ですから、正しくはこう言うべきです。
「銃を持ったやつを止められるのは、より強力な銃を持ったやつだけだ」
 
良い悪いは関係ありません。どちらの銃が強力かということがすべてです。
 
これがアメリカの根本的な思想です。銃を持った入植者が銃を持たない先住民を虐殺しながら建国したのがアメリカです。
そのため、現在も銃規制をしませんし、軍備規制も核兵器規制もしません。
 
二度の世界大戦をしたのに世界平和が実現しないのは、アメリカがいつまでも建国以来の考えを捨てないからです。
アメリカの銃規制の実現は、決してアメリカの内政問題ではなく、世界平和の実現のためにも必要なことです。