4月18日、財務省の福田淳一事務次官が辞任を表明しましたが、自身のセクハラ行為についてはなお否定していますし、裁判をするとも言っています。
それでいて、公開された録音の声が自分のものかどうかという肝心のことについては、「よくわからない」ということです。
被害女性に名乗り出るように求めたり、報道各社に調査への協力を求めたりしたことについても、反省や謝罪の言葉はありません。
 
しかし、18日深夜にテレ朝が記者会見し、セクハラ被害にあっていたのはテレ朝社員であることを公表しましたから、福田次官が裁判に訴えることはもうむりでしょう。
 
どうやら福田次官は倫理観が根本的に壊れた人であるようです。
決裁文書の改ざんや佐川局長の虚偽答弁など、最近の財務省がむちゃくちゃになったのは、福田次官が主導していたからかとも思えます。
 
 
福田次官が辞任表明に追い込まれたのは、やはり世論の盛り上がりがあったからです。
森友や加計の問題でも世論が盛り上がれば、展開は変わってくるはずです。
 
たとえば佐川宣寿氏は証人喚問において、「刑事訴追のおそれがあるため答えは差し控えさせていただきます」を連発して証言拒否をしました。
憲法でも議院証言法でも黙秘権が認められているからと、これについてはほとんど批判されませんでした。
しかし、黙秘権があるからといって行使する必要はなく、あの状況で黙秘権を行使するのは道徳的に批判されるべきです。
 
「法律は最低限の道徳」という言葉があります。「法に触れなければなにをやってもいいのか」ともよく言われます。
早い話が、法律と道徳は別です。
 
佐川氏の証言拒否は、森友問題の解決を長引かせ、さらなる国政の停滞を招きます。自分個人が刑事訴追を免れるために国益を大きく損なっていいのかというと、だめに決まっています。
 
取調官は容疑者に黙秘権があることを告げますが、そのあとは「洗いざらい吐いちまえ」など容疑者を責め立てて自白に追い込もうとします。
国民も、佐川氏の黙秘権は認めつつ、証言拒否をする佐川氏を「嘘つき」「自分さえよければいいのか」「いさぎよく罪を認めろ」などと責め立てればいいのです。
 
佐川氏の証人喚問はすんだことですが、次は柳瀬唯夫元首相秘書官の参考人招致ないし証人喚問があるはずです。
佐川氏を批判することは、柳瀬氏への圧力になります。
 
愛媛県の職員は柳瀬氏に会ったと言っているのに、柳瀬氏が認めないのはおかしなことです。今の時点で、柳瀬氏に「嘘つき」という批判が殺到してもいいはずです。
安倍首相も「嘘つき」と言われることを異様にいやがっていますが、嘘を連発しているのですから、明らかに「嘘つき」です。
 
大阪地検特捜部は佐川氏に対する虚偽公文書作成罪での立件を見送ったという報道がありました。
法律で裁けないなら、道徳で裁くしかありません。