籠池夫妻が10か月ぶりに釈放され、記者会見をしましたが、久しぶりに“人間”を見たような気がしました。
というのは、森友加計問題で佐川氏や柳瀬氏は完全な“嘘つきマシーン”と化していたからです。
籠池夫妻はいかにも大阪のおっちゃん、おばちゃんという感じで、言うことも官僚答弁とは違います。
籠池泰典氏は昭恵夫人から100万円の寄付金をもらったと繰り返し言っていて、一方昭恵夫人はフェイスブックの文章で一度それを否定したきりです。両者を比較すれば、どちらが正しいかおのずとわかってきます。
 
とはいえ、籠池氏もいろいろ問題のある人で、もともと安倍首相と思想的に近い人です。保釈されての会見でも「小学校建設についてはまだあきらめておりません」と言っています。まだ日本会議的な学校をつくりたいのでしょうか。
 
森友問題は、国有地の不正払下げという問題と同時に、教育思想の問題でもあります。
塚本幼稚園では教育勅語暗唱、五箇条の御誓文暗唱、論語唱和、国歌斉唱、整列行進などの軍国主義的教育をしていましたが、昭恵夫人はその教育を見て、このように語りました。
 
「この幼稚園でやってる事が素晴らしいが、それがこの幼稚園で終わってしまう。ここから公立の学校へ行くと、普通の公立小学校の教育を受ける。せっかくここで芯ができたものが、学校に入った途端に揺らいでしまう」
 
この発言は、首相夫人が公立学校を否定しているということで、当時問題になりました。
しかし、この発言のいちばんの問題は、このような教育で「芯ができる」と見ているところです。
 
なお、昭恵夫人は森友学園のホームページに名誉校長として次の文章を載せていたことがあります。
 
「瑞穂の國記念小學院は、優れた道徳教育を基として、日本人としての誇りを持つ、芯の通った子どもを育てます」
 
ここでも「芯」ということを言っています。
 
しかし、塚本幼稚園でやっていたのは、子どもの外側に関することだけです。
つまり「型にはめる」教育です。
これでは人間の芯はできません。型にはめることをやめれば、本来の姿に戻ってしまうのは当然です。
 
「型にはめる」教育は塚本幼稚園だけでなく、程度の違いはあれ、広く行われています。服装や頭髪に細かい校則をつくって守らせているなどもその一例です。
 
 
そもそも人間の「芯」の部分を教育によってつくろうとか変えようとかいうのが間違いです。
DNAを変えられないのと同様に、人間の「芯」も変えられません。

文部科学省の認識も問題です。2008年に改訂された学習指導要領では『子どもたちの「生きる力」をよりいっそう育むことを目指します』とうたわれています。
「生きる力」は生物ならすべて持っているものです。ゴキブリは誰にも「生きる力」を育んでもらわなくてもたくましく生きています。なぜ人間だけ「生きる力」を育む必要があるのでしょうか。
 
熱血教師が生徒の心を変えるというのはフィクションの中の話です。
ほんとうによい教師というのは、生徒を尊重する教師です。
教育にできることは、知識と技術を教えることぐらいです。
教師はそういう謙虚さを持たないといけません。
 
もっとも、富国強兵時代の教育は、「型にはめる」ことで内面までも支配し、お国のために死ねる人間をつくることを目指しました。
軍国主義の時代にはそれがうまくいったように見えたかもしれませんが、人間の「芯」が変わったわけではないので、戦争に負ければ一瞬にして崩壊してしまいます。
 
安倍夫妻や日本会議が理想とするのは、軍国主義時代の教育です。
塚本幼稚園にその理想の姿があったので、次に同じような小学校をつくりたいというのが安倍夫妻や日本会議の目標でした。
そのため安倍夫妻が関係して国有地の不正払下げが行われたのです。
 
今後、国有地不正払下げの実態が明らかになると思われますが、教育思想の間違いも明らかにしていかないといけません。