一度は退治したと思ったゴキブリが猛暑に乗じてわき出てきた感じです。
東京五輪大会組織委員会の森喜朗会長がオリンピックの暑さ対策としてサマータイム制度の導入を口にしたとたん、安倍首相が自民党に指示するなどして、実施への動きが加速しています。
 
サマータイムを導入したがるのはろくでもない人たちです。
というのは、2004年から「北海道サマータイム特区構想」として実験が行われていましたが、サマータイム実施国のほとんどが緯度の高い国です。つまり成功しやすいところで実験したのです。北海道で実験するなら同時に九州か沖縄でもするべきですし、どうしても一か所でしかしないなら、中部地方でするべきです。最初から「導入ありき」のインチキな実験でした。
 
しかし、そういうインチキな実験をしても反対論がどんどん強くなり、最終的に2012年に日本睡眠学会がサマータイム導入で健康障害が起こる可能性があるとの報告を出して、これでサマータイム導入の動きは息の根を止められました。
 
日本睡眠学会の一般向けの報告はこちら。
 
「サマータイム―健康に与える影響―」
 
これで終わったと思っていたら、森喜朗会長の一言からまたぶり返しました。
もともとサマータイム導入は経済界と経産省が望んでいたものですが、よほど大きな利権があるようです。
 
しかし、反対論も強力です。健康問題に加えて、IT関係で膨大なコストがかかるとも言われています。アジアで導入している国はないということや、ヨーロッパでも反対論が強まっているということなども紹介されています。
ただ、反対論は出尽くしているようでも、文化的な面については意外と誰も指摘していないので、それについて書いてみます。
 
たとえば、日本人特有の季節感の問題です。
日本人が秋の訪れを感じるのは、虫の声とか紅葉とかうろこ雲とかいろいろありますが、いちばんわかりやすいのは、「秋の日はつるべ落とし」というように、日が短くなったなあということです。ところが、サマータイム制になると、日没時刻や日の出時刻で季節の変化を感じるということができなくなってしまいます。
日本文化における季節感の重要性を思えば、季節感を狂わせるだけでもサマータイム制を否定する十分な理由になるのではないでしょうか。
 
それから、「時間を変える」あるいは「時間を支配する」ということは、本来人間にはできないことで、“神の領域”です。
こういう発想はキリスト教特有のものです。キリスト教では、神と人間の間に葛藤があり、人間はつねに“神の領域”を侵そうとして、ときに神から罰せられたりします。
サマータイム制がもっぱら欧米で行われているのもそのためです。
サマータイム制では、時間を決める権力者がまるで神のように民衆を支配している格好になります。
 
別の例をあげれば、ニワトリは日照時間の長くなる春によく卵を産んで、日照時間の短くなる秋にはあまり卵を産まないという性質があるので、養鶏場では人工的な照明で秋を感じさせないようにしています。サマータイム制はそれに似ています。労働者を家畜のように管理して、よく働かせるための制度です。
 
 
日本で政治家や官僚が執拗にサマータイム制の導入をはかるのは、そういう支配者気分を味わいたいということもあるのかもしれません。
 
ともかく、今回のサマータイムの話はあまりにも唐突だったため、たぶんうまくいかないと思いますが、自分たちの利権のことしか考えない人たちが日本にいかにたくさんいるかということを思い知らされました。
そういう利権屋は、安倍政権の今こそチャンスだと思って、ゴキブリのようにはい出てきたのでしょう。