中島哲也監督の「来る」を観ました。
 
中島哲也監督というと、最初に「下妻物語」を観て、こんな映画の撮り方があるのかと、不思議なおもしろさに魅了され、それから注目しています。
今回の「来る」は、予告編の映像が半端ないので、おもしろいに違いないと思いました。
 
観始めて30分ぐらいまでは、俳優の演技が嘘っぽくて、演出も空回りしている感じがして、この映画は外れだったかと思いました。
しかし、それは登場人物がいつわりの人生を生きているからなのでした。
 
田原秀樹(妻夫木聡)はそこそこの会社に勤めるサラリーマンで、香奈(黒木華)と結婚し、祝福してくれる友人もたくさんいて、子どもができると子育てブログを始め、自分のイクメンぶりと幸せな家族のあり方をブログに書き綴ります。いかにも幸せそうな生活です。
しかし、実際は妻には冷たく、子どもの世話もせず、ブログに書かれているのは嘘ばかりです。友だちともうわべだけのつきあいです。
ですから、演技が嘘っぽく見えたのは当然です。田原は“幸せ芝居”を演じていたのです(とはいえ、一時的にせよつまらない感じがするのは作品としてマイナスです)
 
今の世の中、ママタレなど幸せな家庭生活をブログに書く人がいっぱいいますが、あれはほんとうのことかと誰もが疑問に思うでしょう。この作品はその裏側を描いているので、実に現代的です。
 
“幸せ芝居”が崩壊していくのは、それ自体がホラーです。
 
そのような家庭生活や人間関係が物語のひとつの軸で、もうひとつの軸になるのが田原の故郷に伝わる物の怪です。
田原はなにかにとりつかれ、身の回りで怪しいことが起こるので、友人の民俗学者、霊能力のあるキャバ嬢、オカルトライターなどの協力を得て立ち向かいます。
この物の怪は、原作では民俗学的な意味づけがあるのかもしれませんが、映画ではあまり描かれません。どうやって退治するかも、結局霊能力に頼るだけですから、物語としてはイマイチです。
ただ、スプラッターシーンもふんだんにあり、除霊の仕方も大がかりなので、ホラー映画としてもかなりの水準です。
 
なお、原作は日本ホラー小説大賞の「ぼぎわんが、来る」(澤村伊智著)で、ホラー小説として高く評価されています。
 
この作品のおもしろさは、もうひとつの軸の人間関係のほうでしょう。
田原の“幸せ芝居”が崩壊したあと、香奈は娘とともに“現実の幸せ”を目指しますが、シングルマザーの生活はきびしく、自分はろくでもない母親に育てられたので娘との関係もうまくいかず、結局“現実の幸せ”のほうも崩壊していきます。
 
霊能者のキャバ嬢(小松菜奈)も、実はたいした霊能力がなく、本物の霊能者の姉(松たか子)の真似をしているだけです。結局、除霊を中心になってするのは姉です。
 
オカルトライターの野崎(岡田准一)も、子どもをつくって家族を持つということができない人間です。
 
このように書くと、ずいぶんと暗い話のようですが、最終的に家族の崩壊と再生が描かれることになります。
また、テレビで見慣れた柴田理恵、伊集院光が出ていることも安心感につながって、うまいキャスティングだと思いました。
 
ホラーのいいところは、人間の暗部を描いてエンターテインメントにできるところです。この映画はそのホラーのよさが遺憾なく発揮されています。