美しい海を埋め立てて日本の金でアメリカの基地をつくるのは、「唯一の解決策」どころか「最悪の解決策」です。
 
辺野古の海に土砂の投入が始まった翌日の1214日、岩屋防衛相は「移設は日米同盟のためではない。日本国民のためだ。日本の守りの最前線は南西地域であり、抑止力を減退させるわけにはいかない」と語りました。
この発言に対して沖縄からは「『日本国民』の中に沖縄県民は入っているのか」という声が上がっています。
「日本国民のためだ」という言葉には、明らかに沖縄県民のことを無視した差別意識が感じられます。
 
私自身は、「日本の守りの最前線は南西地域であり、抑止力を減退させるわけにはいかない」という言葉のほうが問題だと思います。
この言葉は、地域の防衛力と戦争抑止力を混同しています。
 
辺野古移設賛成派はみな同じようなことを言います。辺野古ないしは沖縄に海兵隊がいることが抑止力になるというのです。
 
しかし、「抑止力」というのは次のようなことです。
 
安全保障分野で、侵略を行えば耐え難い損害を被ることを明白に認識させることによって、侵略を思いとどまらせることをいう(デジタル大辞泉の解説)
 
攻撃してくればダメージを与えるという姿勢を事前に示すことで、相手に攻撃を思いとどまらせるという軍事力の役割。相手に抑止を効かせつつ不測の事態を防ぐには、軍事的対応を実行する「意図」と「能力」を相手に正確に認識させることが必要とされる(朝日新聞掲載「キーワード」の解説)
 
海兵隊が沖縄でなくグアムにいれば、移動に数日よけいにかかるかもしれませんが、それは抑止力とは関係ないことです。
「意図」と「能力」という言葉でいえば、アメリカに圧倒的な軍事力があることはどの国もわかっているので、「能力」の認識に問題はありません。
問題は「意図」ないし「意志」です。
相手国に「日本を攻撃するとアメリカは参戦する『意志』がある」と思わせることが抑止力になります。
 
アメリカ政府にその「意志」があるとは、日本人にも確証が持てません。
しかし、日本国内に米軍基地があれば、日本への攻撃は自動的に米軍への攻撃になり、アメリカは参戦するに決まっているので、抑止力になります。
 
今の日本は、米軍基地にいてもらうことで抑止力を得ています。
辺野古に新基地をつくってもつくらなくても抑止力は同じなので、岩屋防衛相の発言は間違いです。
 
ただ、抑止力を得るために米軍基地にいてもらわないといけないというのが日本の決定的な弱みになって、アメリカが辺野古に基地をつくれと言えばつくらなければいけないし、思いやり予算も出さなければいけないし、日米地位協定の改定もできないということになっています。
日米通商協議も対等ではないはずです。
 
冷静に考えれば、日本は島国で、強力な自衛隊があるので、アメリカの力がないと国を守れないということはありません。
日本人のアメリカ依存は心理的な問題です。
 
日本はアメリカに対して、南方の島では各地で玉砕し、全土が空襲され、原爆も落とされて、圧倒的な力の差を見せつけられて敗北しました。それがいまだにトラウマになっています。
日本は真珠湾攻撃について謝罪したこともありませんし、アメリカの原爆投下について非難したこともありません。
国内では、東京裁判は不当だとか、占領軍は日本人の洗脳工作をしたとか言う人たちがいますが、彼らがアメリカに向かって言ったことはありません。
アメリカに対して戦争のことを話題にすることもできないのです(中国や韓国に対しては南京事件とか慰安婦問題を話題にできます)
 
当然、基地問題についてアメリカと議論することはできず、辺野古問題は日本政府対沖縄県で議論されています。
 
日本人がアメリカに対する“負け犬”心理を克服しない限り、基地問題は解決できません。