平成の30年を振り返ると、日本人がひたすら自信を失っていった30年だった気がします。
 
バブル崩壊から経済はずっと低迷し、冷戦崩壊から外交軍事ではますますアメリカに依存し、文化面では「クールジャパン」などを発信してもうまくいかず、国内で「ニッポンすごいですねえ」番組を見て自己満足にひたるだけです。
しかし、GDPでは世界第3位ですから、もう少し大国らしくあってもいいはずです。自信喪失には考え方の間違いもあるのではないでしょうか。
 
たとえば安倍首相は「美しい国」とか「新しい国」ということを標榜してきましたが、これは単なるお国自慢かファンタジーです。
自民党の2012年の改憲草案前文は、書き出しが「日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって」とあり、これもお国自慢です。
お国自慢を世界に発信しても、表向きは合わせてくれるかもしれませんが、内心では小ばかにされるのが落ちです。
 
世界になにかを発信するには、人権や平和という普遍的価値を踏まえないといけませんが、自民党にはそういう感覚とか能力がありません。
そのため最近の日本外交は、格下の韓国を相手に強がるだけです。
 
日本は国際捕鯨委員会(IWC)脱退を表明しましたが、これも外交で強がってみせたのでしょう。
 
反捕鯨国の言い分は、「クジラを食べるのは野蛮だ」とか「知能の高いイルカを殺すのはかわいそうだ」といった非論理的なことですから、脱退せずに内部で議論したほうが日本に有利なはずです。
しかし、自民党にはそういう議論をする能力がないようで、自民党の二階俊博幹事長の次の発言からもそれがうかがえます。
 
「鯨はわれわれの食生活に欠かせない。変なことばかり言う国(の人)が日本に来たときには、鯨をどっさり食わせる」
 
これは2014年とちょっと古い発言ですが、二階幹事長の地元には捕鯨業で知られる和歌山県太地町があり、二階幹事長は捕鯨復活運動を中心になってやってきた人です。
 
二階幹事長は論理的に反論するのではなく、「やられたらやり返す」とか「言われたら言い返す」といった頭のようで、これでは相手と同レベルになってしまいます。反捕鯨国のほうが多数派ですから、多勢に無勢でIWCを脱退する判断になったのでしょう。
 
反捕鯨国はなぜ非論理的な主張をするかというと、キリスト教の食のタブーからきているという説があります。
 
旧約聖書レビ記にこうあります。
 
水の中にいるすべてのもののうち、あなたがたの食べることができるものは次のとおりである。すなわち、海でも、川でも、すべて水の中にいるもので、ひれと、うろこのあるものは、これを食べることができる。
すべて水に群がるもの、またすべての水の中にいる生き物のうち、すなわち、すべて海、また川にいて、ひれとうろこのないものは、あなたがたに忌むべきものである。
https://ja.wikisource.org/wiki/レビ記(口語訳)#11
 
日本捕鯨協会のサイトを見ると、ヨーロッパで捕鯨支持国は4か国に対し反捕鯨国は27か国もあり、キリスト教文化の影響が感じられます。
いずれにしても、反捕鯨国の主張に非合理的なものがあることは間違いありません。
 
食についてのタブーは日本人にもあって、犬や猫を食べることはタブーです。
イスラム教徒においては豚肉を食べることはタブーです。
しかし、日本人にしてもイスラム教徒にしても、自分のタブーを人に押しつけることはしません。
ところが、欧米人は自分たちの文化を至上のものとして押しつけてきます。ここに根本的な問題があります。
 
白人至上主義は人種差別として否定されます。
しかし、ヨーロッパ文化至上主義はいまだに生き続けています。
 
「日本人とドイツ人」の著者雨宮紫苑氏がたまたまこんな文章を書いておられました。
 
わたしのイメージでは、「アジアから来たの?ハハン(半笑い)」「アジア人は出てけよ」「日本人がドイツに何しに来たんだよ」みたいなのが人種差別だと思っていました。アジア人だとあからさまに冷たくされるとか、無視されるとか。
 
幸いそういう経験はなかったけど、差別って、そういうあからさまな行為だけを指すんじゃないんですよね。
 
仲いい人たちが笑顔で、「アジア人でも日本人なら不利にならないよ。君はドイツ語もできるし」「日本人なら大丈夫さ」「日本は先進国なんだから差別されることはないと思うよ」と言ってくるんですよ。
 
本人に悪意はないし、なんなら親切なことを言っている、くらいの意識だと思います。でもこっちとしては、「そもそもアジア人が不利になる前提がムカつくし、日本人なら大丈夫ってなんであんたらに認めてももらわなきゃいけないの?」って感じなわけです。
 
好きでもない男に「お前は女としてアリ」って言われる違和感っていうか。「お前に評価されずともこっちはこっちでやってるんで!」みたいな。
 
こういった発言を『差別』の区分に入れていいかはわかりません。でも「その言い方はアジアを見下してる感じがしてイヤだからやめて」と言っても、たいてい「なんで? 俺、差別なんてしてないでしょ?」って返事が返ってくるんですよ。
 
あーちがうなぁ。と思いました。心の底から。
 
これは人種差別ではなく文化差別ですが、根がつながっていることは明らかです。
 
「クジラを殺すな」とか「クジラを食べるな」という主張も文化差別で、自文化の押しつけです。
それに対して日本は「日本の食文化を守れ」という反応をしています。
二階幹事長も「鯨はわれわれの食生活に欠かせない」と言っています。
これは日本中心の発想なので、世界にアピールできません。
 
日本としては「欧米人の人種差別と同根の文化差別は許さない」とか「ヨーロッパ文化至上主義反対」と主張すればいいわけです。
これは日本文化やヨーロッパ文化を超越した普遍的な視点から、世界をよくしようという主張なので、世界にアピールできます。
 
日本文化をよりどころに主張しようとしてもうまくいきません。
日本文化が特別に優れているということはないからです。
安倍首相は百田尚樹氏のお国自慢本「日本国紀」を読んでいるようですが、そんなものを読んではますます世界に主張できなくなります。