ハノイでの米朝首脳会談が決裂に終わったことは大きな驚きでした。合意文書まで用意されていたとされるのに最後の段階で決裂するなど、外交の常識ではありえないことです。
 
こんなことになった理由についていろいろ議論されています。
しかし、私の見るところ、理由は実に単純です。
 
そもそも米朝合意を目指そうとするのはトランプ大統領だけであって、ホワイトハウスのスタッフのほぼ全員が反対です。トランプ大統領は金正恩委員長をやたら信頼していますが、スタッフは北朝鮮の核放棄を疑っています。米朝の平和協定や戦争終結宣言に意欲を示しているのもトランプ大統領だけです。米韓合同軍事演習中止を決めたのもトランプ大統領ですし、トランプ大統領は米軍を韓国に駐留させていることも無駄遣いだと思っています。
 
こうしたトランプ大統領の考えに反対するホワイトハウスのスタッフの背後には、アメリカの覇権主義思想があり、そこから利益を得ている軍産複合体の存在があります。
 
ともかく、ホワイトハウスで米朝合意をしたがっているのはトランプ大統領一人と言っても過言ではなく、よく言えばトランプ大統領のリーダーシップによって、悪く言えばトランプ大統領の独裁性によって、米朝合意一歩手前までこぎつけたわけです。
 
そして、2月27日、28日に米朝首脳会談が行われましたが、27日は会談、夕食会が予定通り行われ、トランプ大統領は「あすは忙しくなる。多くのことが解決されると期待している」と語るなど、順調に運んでいました。
ところが、28日になると、通訳だけの一対一の首脳会談は30分で終わり、そのあと予定になかったポンペオ国務長官らを含めた拡大会合になり、そして、昼食会と署名式は中止と発表されました。
 
つまり27日と28日の間になにかがあったのです。
なにがあったかというと、米下院の公聴会でトランプ氏の元顧問弁護士だったマイケル・コーエン氏が証言したことしかありません。
コーエン氏はトランプ氏のことを「人種差別主義者、詐欺師、ペテン師」とののしり、ポルノ女優への口止め料支払いを依頼されたこと、選挙期間中もモスクワにトランプ・タワーを建設しようとしていたこと、納税額を少なくするために資産を過少報告したことなどを証言しました。これはテレビ中継され、アメリカ国民の関心はすごかったようで、朝日新聞の28日付夕刊は一面トップの見出しを「米朝会談よりロシア疑惑一色」としています。
コーエン氏は10年間にわたってトランプ氏の顧問弁護士を務め、「私がトランプ氏の代わりに銃弾を受ける」と語ったというほどの腹心でした。その証言でトランプ氏の弾劾が現実味を帯びてきたと言われます。
 
トランプ氏は27日の夜にハノイのホテルでテレビ中継を見ていたということで、28日の朝の会談冒頭には「終始、疲れた表情を浮かべ」と朝日新聞に書かれています。
コーエン氏の証言内容にショックを受けて、精神的に落ち込んでいたのでしょう。
 
トランプ氏の権力の源泉は、いつでも「お前はクビだ!」と言える動物的迫力です。トランプ氏が精神的に落ち込んで迫力が失われた瞬間に、ポンペオ国務長官らが強引にトランプ氏から主導権を奪い、会談を決裂に持っていったのです。
 
前回の米朝会談のあとの記者会見はトランプ氏が一人で務めましたが、今回の記者会見ではポンペオ氏が横に立ち、二人で質疑に答えるという形になりました。ポンペオ氏はトランプ氏が勝手なことを言わないように抑える役割だったのでしょう。
 
今回の会談の決裂について、北朝鮮が制裁の全面解除を求めたからだとか、アメリカが寧辺の核施設廃棄だけでは満足しなかったからだとか、いろいろ言われていますが、実際はそういう米朝間の問題ではなく、アメリカ内部の問題です。
おそらく合意文書には戦争終結宣言への道筋などが書かれていて、反トランプ派はどうしても阻止したかったのでしょう。
 
 
問題はこれからどうなるかです。
トランプ氏は決裂後の記者会見の質疑応答でこのように言っています。
 
――大統領の決断でこのようになったのか。
 私の決定とは言いたくない。正恩氏と昨夜に話した際、彼はロケットの実験や核実験は行わないと言った。私は彼を信用する。
 
トランプ氏が今回の決定に納得していないことがうかがえます。
今後、トランプ氏が精神的に回復して主導権を取り戻すか否かが焦点です。
 
 
今回のことでトランプ大統領とアメリカ体制派が別物だということがよくわかります。
安倍首相は「安易な合意を見送ったトランプ大統領の決断を全面的に支持する」と語りましたが、アメリカに追随するのか、トランプ大統領に追随するのか、どちらでしょうか。