テロというとイスラム過激派のイメージがありますが、ニュージーランドのクライストチャーチで起きた銃撃で50人が殺されたテロは、モスクを標的にしたもので、殺されたのはイスラム教徒です。
犯人として逮捕されたのはオーストラリア国籍のブレントン・タラント容疑者(28歳)で、犯行声明には、「普通の白人」を名乗り、白人至上主義、反イスラム、移民排斥の主張が書かれていました。
 
イスラム過激派のテロとはベクトルが逆なので、妙なことが起きています。
 
タラント容疑者は頭部にカメラを取り付け、銃撃の様子をフェイスブックで生配信していました。この映像はある程度拡散しましたが、警察の警告で多くは削除され、テレビのニュースでも犯行の初めの部分が紹介される程度で、犯行の実際の様子は見ることができません。この点は日本もニュージーランドも同じです。
犯行の映像を流すと犯人の思うつぼになり、同様の行為を助長するかもしれないので、こうした対応は当然のことかなと思っていました。
 
ところが、トルコでは犯人の撮った映像をニュースで流し、さらに与党の公正発展党が選挙集会でテロの映像をスクリーンに流しました。これに対してニュージーランドのピーターズ副首相兼外相が抗議しています。
 
イスラム教の国であるトルコが反イスラムテロリストの思うつぼになるとは妙なことです。
 
そして、さらに妙なことがありました。
ニュージーランドのアーダーン首相は議会で、「男はこのテロ行為を通じて色々なことを手に入れようとした。そのひとつが、悪名だ。だからこそ、私は今後一切、この男の名前を口にしない」と演説しました。
 
日本では少年法により少年事件の実名報道は禁じられています。これはもちろん少年自身のためです。
そうすると、アーダーン首相が犯人の名前を口にしないというのは、犯人のためでしょうか。
犯人の名前を口にしないで犯人を批判するのは容易ではありません。これから犯人を批判しないつもりでしょうか。
 
アーダーン首相はイスラム過激派のテロが起こったとき、犯人の名前を口にしないと言ったことはないはずです。今回のテロだけ別の対応になっています。
 
タラント容疑者は白人でキリスト教徒です。同じ白人でキリスト教徒のアーダーン首相は無意識にタラント容疑者を擁護しているのではないでしょうか。
まさか十戒の「主の名をみだりに唱えてはならない」を意識したということはないでしょうが。
 
犯人の撮ったテロ現場の映像は当然悲惨なものでしょう。そうした映像を流すことによってテロへの怒りや批判を高めることができます。
イスラム過激派のテロの場合は、さすがに死体の映像こそまず出てきませんが、爆発シーンや血を流して運ばれる人やベッドに横たわる人などがいっぱい出てきます。そうしてテロを批判する国際世論が高まります。
しかし、今回のニュージーランドのテロでは、私の見た限りそうした映像はほとんどなく、50人も亡くなったというのに悲惨さがまったく伝わってきません。ニュージーランド当局とメディアが規制しているものと思われます(トルコは規制を無視したわけです)
 
タラント容疑者については、白人至上主義者とか反移民主義者とか右翼過激派とか過激思想の持ち主とかの呼び方がされています。「普通の白人」である容疑者は当然キリスト教徒と思われますが、キリスト教の言葉は出てきません。
 
イスラム系テロリストの場合は必ず「イスラム過激派」ないし「イスラム原理主義」の呼び方がされます。
そのためイスラム教のイメージが悪くなり、大きなテロが起こると、一般のイスラム教徒は「イスラム教は平和な宗教で、暴力を肯定するものではない」などと弁解に追われます。
 
ニュージーランドのテロは、キリスト教徒がイスラム教徒を狙ったものですから、「キリスト教過激派」のテロと呼ばれていいはずです。
 
「イスラム過激派」のテロも「キリスト教過激派」のテロも同じように扱われるべきです。