麻生財務相は4月9日、紙幣のデザインを刷新すると発表しました。
4月1日の新元号の発表と日が近いこともあって、どうしても両者を比較してしまいます。
そうすると、そこに日本のかかえる問題が浮き彫りになってきました。
 
新元号「令和」は、それまで漢籍を典拠としてきたのと違って、初めて万葉集という国書を典拠としたことが売りです。
もっとも、万葉集の典拠となったその部分は漢文であり、しかも漢籍の名文とされる表現をなぞったものでした。そもそも元号制度も漢字も中国からきたものです。
それでも、安倍政権は“国書”にこだわることで、日本文化のすばらしさをアピールしたかったようです。
 
新紙幣のデザインに採用された人物は、1万円札が渋沢栄一、5千円札が津田梅子、千円札が北里柴三郎でした。
この人選には、日本文化のすばらしさをアピールするものがまったくありません。
というか、むしろ日本文化の否定です。
 
渋沢栄一は幕末の1867年に将軍の名代である徳川昭武の随員としてパリ万博に行き、その後もヨーロッパ各国を歴訪して産業・軍備を学び、帰国後はフランスで学んだ株式会社制度を実践するなどして実業家として成功し、「日本資本主義の父」とも呼ばれます。
 
津田梅子は1871年に6歳にして岩倉使節団に随行して渡米、語学のほか自然科学、心理学、芸術を学び、1882年に帰国しますが、そのときは通訳が必要なほど日本語ができなくなっていたといいます。英語教師や通訳として働いていましたが、1889年に再び渡米、生物学、教育学などを学び、そのときに日本の女性教育に関心を持ったとされます。1892年に帰国し、1900年に現在の津田塾大学の前身の女子英字塾を設立して、日本における女子教育の先駆者とされます。
 
北里柴三郎は東京医学校(現在の東京大学医学部)を卒業して、内務省衛生局に勤務、1886年から6年間ドイツに留学、ローベルト・コッホに師事し、破傷風に対する血清療法を確立して世界的な名声を博し、のちにはペスト菌も発見、伝染病研究所や北里研究所などを設立して、「日本の細菌学の父」とされます。
 
要するに3人とも、欧米に行って向こうの文化や学問を学び、日本に広めた人です。その業績は日本にとっては価値がありますが、世界的に見ると、右のものを左に移しただけのことです。
したがって、世界に対して誇れる人ではありません(北里柴三郎の業績は別ですが)
 
日本人が海外旅行をしたときもそうですが、その国の紙幣に出ている人物は誰かということには興味があるものです。どこの国でも“建国の父”みたいな人か、世界的に知られる偉人を紙幣にしています。ベトナムだとホーチミン、イギリスだとダーウィンという具合ですが、世界的な偉人もいないし、“建国の父”も有名でない国の紙幣は、「これ、誰?」ということになります。
そういう意味で、紙幣の肖像を見るとその国のレベルがわかります。
軍人風の人物か文化人風の人物かで、その国の思想も少しはわかります。
 
外国人観光客が日本に来て、紙幣の渋沢栄一、津田梅子、北里柴三郎を見たとき、知っているという人は誰もいないでしょう。こういう人物だと説明を聞かされれば、日本人は日本文化よりも欧米の文化を尊重しているのかと思うはずです。
 
紙幣の肖像は、外国人に日本文化をアピールするのに格好の手段です。
ただ、日本に世界的に知られる偉人はあまりいません。葛飾北斎か黒澤明監督ぐらいでしょうか。
しかし、ビジュアルでアピールすることを考えれば、たとえば相撲の横綱とか、歌舞伎役者とか、三百年の平和を築いたショーグンの徳川家康とか、ラストサムライの西郷隆盛とか、柔道の嘉納治五郎とかでいいわけです。その人物のことを説明すれば日本文化のアピールができます。あるいはゴジラとか鉄腕アトムといった手もあるかもしれません。
 
渋沢、津田、北里の人選には、日本文化をアピールするという要素がまったくありません。
そういう意味では、新元号が国書典拠をアピールしたのとまったく逆です。
 
いや、元号の場合は、日本対中国の問題でした。
紙幣の肖像は、日本対欧米の問題です。
つまり安倍政権は、中国に対しては日本文化を誇りますが、欧米に対しては日本文化を誇らないのです。
 
これは安倍政権だけでなく、日本の右翼とか保守派に共通する問題です。中国韓国には優越感、欧米には劣等感を持っています。
そのため、中国韓国には歴史認識などでトラブルを起こしますが、アメリカには従属するだけです。ロシアにもなにも言えません。
 
新紙幣の渋沢、津田、北里を選んだ人たちの頭の中には、鹿鳴館時代の価値観が今も生き続けているようです。