平成から令和に変わって、世の中はなんとなくめでたい気分になっています。
日本の現状を考えると浮かれている場合ではありませんが、30年ぶりの改元ですから、これはこれでいいのでしょう。
 
めでたい気分になれたのも、前の天皇が元気なうちに生前退位をされたからです。
もし天皇が亡くなったことをきっかけに改元していれば、そんなめでたい気分になっていられません。
 
生前退位は明仁天皇の意向によるものです。安倍政権や日本会議など保守派は、これに反対でした。自分の意志で辞められるなら天皇は「役職」になり、「現人神」でなくなってしまうからということのようです。
体が弱って公務ができなくなっても摂政を置けばいいというのが保守派の言い分です。しかし、摂政が公務を代行すると、国民は摂政を見るたびに病床の天皇を思うことになり、気分が晴れません。いや、そもそも天皇と別人を天皇と見なせというのもむりな話です。
 
明仁天皇の生前退位の意向は、2016年7月にNHKがスクープして表面化しました。それまでにその意向を安倍政権に拒否されていて、やむなくNHKにリークしたものです。世論を味方にすることでやっと実現した生前退位です。
 
今回は、明仁天皇が最後まで公務をまっとうしての退位もめでたいし、徳仁天皇の即位もめでたいと、ひじょうにうまくいきました。
もし安倍政権や日本会議の考えの通りに天皇を終身制のものとしていたら、いずれ天皇は病に臥せるか衰弱して公務ができなくなり、死が近いとなると国全体がいつ終わるとも知れない自粛ムードに支配されるという、昭和天皇の最期のときのようになった可能性が大です。
 
保守派は天皇制を尊重しているのに、天皇自身のことは考えていません。これは矛盾しているではないかと思っていましたが、よく考えると、そうではありませんでした。
鎌倉幕府成立以来、日本は幕府と朝廷の二重権力下にあり、両者は基本的に対立していました。
安倍幕府が天皇家と対立関係にあると考えると、よくわかります。
安倍幕府は天皇の権威だけ利用し、天皇家が権力や独自性を持とうとすると、反対してつぶします。その際は、天皇の権威をおとしめることも平気です。利用できない権威は必要ないからです。
 
たとえば、秋篠宮さまが昨年の誕生日の記者会見で、大嘗祭について「宗教色が強いものを国費で賄うことが適当かどうか」と発言されたことが保守派の怒りを買ったらしくて、秋篠宮さまは現在猛烈なバッシングにさらされています。秋篠宮さまは皇位継承順位一位ですが、だからこそよけいにバッシングされるのでしょう。
 
 
さて、新天皇が即位されて、めでたいところですが、いちばんの懸念は雅子皇后が元気に公務を果たされるかということです。
かなり健康を回復されているという報道があり、表情も明るそうですが、皇后になったことでプレッシャーが強くなり、また悪化するかもしれません(雅子さまが適応障害になられたのは、周りからの、男子を生めというプレッシャーと、女子が生まれたことに対する批判のためと推察されますが、周りにそんな人間がいたら適応障害になるのは当たり前です)
天皇皇后両陛下が幸せそうでないと、国民の幸福感にも響いてきます。
 
皇族というのは人権が制限される特殊な立場ですが、制限されるのは表現の自由とか参政権とかの限られた部分だけで、それ以外の人権、たとえば自己決定権とか幸福追求権は基本的にあるはずです。
 
明仁天皇は自己決定権を行使して生前退位を実現し、自身の幸せをつかみ、国民にもよい影響を与えました。
 
新しい天皇皇后も、自身の幸福を追求して実現する姿を見せて、国民によい影響を与えてほしいものです。