インターネットが普及したことで、言論のレベルはきわめて低下しました。以前なら相手にされなかったような愚論が大手を振ってまかり通っています。
 
日本維新の会の丸山穂高衆院議員の暴言などはその典型です。
丸山議員は北方領土を訪れた際、「戦争でこの島を取り返すのは賛成ですか、反対ですか」「戦争しないとどうしようもなくないですか」などと発言しました。
丸山議員は批判されて維新の会を除名され、今は辞職勧告決議をするか否かという段階です。
 
丸山議員は戦争というものをどう考えているのでしょうか。
戦争は日本の平和主義に反し、領土のための戦争は国際法違反でもありますが、丸山議員にとってそういうことはどうでもいいのでしょう。
では、戦争そのものについては深く考えているかというと、そんなこともありません。
戦争には当然ながら、勝ち負けがあるからです。
 
将棋の世界では、初心者に「三手の読み」ということを教えます。「自分がこう指す。すると相手はこう指してくる。そこでこちらはこう指す」と、三手を読みなさいということです。
なぜこんなことを教えるかというと、初心者は自分の手だけ考えて、相手が次にどう指してくるかを考えないからです。
丸山議員は、こちらが戦争することだけ考えて、相手が反撃してくるということを考えないのでしょう。
超初心者レベルです。
 
こういう超初心者レベルの言論はインターネットと密接な関係があります。
 
もう20年以上前ですが、2ちゃんねるで右翼的な人と議論をしたことがあります。
私の認識では、右翼というのは国益を第一に考える人で、だったら議論が成立すると思ったのです。
しかし、現実にはすぐに「中国と断交しろ」と言うような人がいっぱいいました。
当時の中国の経済規模は今よりうんと小さいものでしたが、それでも断交することは日本の国益を考えればありえないことです。超初心者レベルの言論です。
しかし、同じ意見の人がいっぱいいると、それが正しいような感じになってくるのです。
 
「中国と断交しろ」と言う人は、「強いことを言う自分はかっこいい」という意識なのでしょう。右翼思想とも無関係に、会社で弱い立場にいる不満をネットの書き込みで解消している感じです。
「経済制裁しろ」とか「戦争だ」という意見も同じです。
 
それから、ネットの中ではヘイトスピーチも増えました。
これは想像するに、人間は日常生活ではいい人らしくふるまって、みにくい感情を隠しているので、匿名で発信できるネットの中でみにくい感情を吐き出してしまうのでしょう。
 
こうした「勇ましい主張」や「みにくい感情」はネット上から現実に出て、政治家にも広がってきました。
たとえば、韓国の徴用工判決を巡って、自民党の政治家から「韓国に経済制裁だ」という声が上がったのもその例です。実現するかどうかなど関係なく、「勇ましい主張」がしたいだけです。
丸山議員の「戦争」発言もその流れにあります。
 
これは世界的規模で起こっていて、その典型はトランプ大統領です。「制裁だ」とか「移民は犯罪者だ」といった未熟な主張がそのまま国の政策になっています。
 
 
こうしたネット上の未熟な議論は、「経験知」という言葉でも説明できます。
「経験知」というのは、「経験で身につけた知恵で、言葉でうまく説明できないもの」のことです。
たとえば「あまりに正義を追求すると、かえって事態が悪くなる」とか「あまりに利益を追求すると、かえって利益を失う」といったことなどがそうです。
これは言葉で説明できなくはありませんが、説明するには言葉がたくさん必要です。
「寛容のたいせつさ」というのも、自分は経験でわかっていても、相手に言葉で説明するのはたいへんです。
 
一方、「制裁だ」「戦争だ」「やつらが悪い」といった主張には説明がいりません。
その結果、ネット上では経験知がしりぞけられ、未熟な主張ばかりになり、現実にも影響するまでになったのです。
 
ですから、この事態の解決策は、時間がたってみんなが経験知を身につけることです。
「制裁だ」「戦争だ」と叫んでいるだけではなにも解決しないし、いくらヘイトスピーチをしても世の中はよくならないということを学べば、ネット上の議論も成熟します。
 
世の中が丸山議員の「戦争」発言にうんざりした気分になっているのも、成熟のきざしと思われます。