川崎市登戸のスクールバス襲撃事件の影響か、このところ引きこもりにまつわる事件が連続して発生し、話題をさらっています。
2、3か月前は千葉県野田市の栗原心愛さんが虐待死した事件を中心に、幼児虐待が話題になっていました。
家族関係の問題というのは、論じるほうも感情的になり、極論や暴論が出がちなので、議論が盛り上がります。
 
暴論の代表的なのは、松本人志氏がフジテレビ系「ワイドナショー」において川崎市登戸事件の犯人を「不良品」呼ばわりしたことです。
 
 
番組では、528日に川崎市で小学生ら20人が殺傷された事件を特集。自殺した容疑者に対する「死にたいなら1人で死ぬべき」という意見の是非に触れた。その際、松本は以下のように持論を展開した。
「僕は、人間が生まれてくる中でどうしても不良品って何万個に1個、絶対これはしょうがないと思うんですよね」
東野幸治(51)が「なんか先天的、とかいう、犯罪者になるという……」と口を挟むと、松本は続けて「それを何十万個、何百万個に1つぐらいに減らすことは、できるのかなあって、みんなの努力で。正直、こういう人たちはいますから絶対数。もうその人たち同士でやりあってほしいですけどね」と語った。
 
 
人間を「不良品」と呼ぶことも問題ですが、「不良品」になる理由をなにも示していないのがいちばんの問題です。工場から不良品が出る場合も、調べれば不良品になった理由はわかります。
最低限、遺伝か環境かということを議論しなければ話になりません。
「不良品」という言葉を思いついて、自分で気に入って使っただけでしょう。
 
 
一方、橋下徹氏は、元農林水産事務次官の熊沢英昭容疑者が長男英一郎を殺害した事件について、殺人を肯定するという暴論を述べています。
 
 
橋下徹氏、長男殺害容疑の元農水次官に「同じ選択をしたかも」「責められない」
 前大阪市長の橋下徹氏(49)が3日、自身のツイッターを更新。元農林水産事務次官の熊沢英昭容疑者(76)が東京・練馬区の自宅で長男(44)を殺害したとされる事件に私見をつづった。
 
 橋下氏は、熊沢容疑者が川崎の20人殺傷事件を踏まえて「長男も人に危害を加えるかもしれないと思った」などと供述したとする報道に関し「何の罪もない子供の命を奪い身勝手に自殺した川崎殺傷事件の犯人に、生きるための支援が必要だったと主張する者が多いが、それよりももっと支援が必要なのはこの親御さんのような人だ。自分の子供を殺めるのにどれだけ苦悩しただろうか」とツイート。
 
 さらに「自分の子供が他人様の子供を殺める危険があると察知し、それを止めることがどうしてもできないと分かったときに、親としてどうすべきか?今の日本の刑法では危険性だけで処罰などはできない。自殺で悩む人へのサポート体制はたくさんあるが、このような親へのサポート体制は皆無」とした。
 
 続けて「他人様の子供を犠牲にすることは絶対にあってはならない。何の支援体制もないまま、僕が熊沢氏と同じ立場だったら、同じ選択をしたかもしれない。本当に熊沢氏の息子に他人様の子供を殺める危険性があったのであれば、刑に服するのは当然としても、僕は熊沢氏を責められない」とつづっていた。
 
 
橋下氏の論は、松本氏の論と一見違うようです。
しかし、根は同じです。どちらも引きこもりを「不良品」と見ています。
橋下氏は「不良品」を出荷する前に処分したのはよかったと言っているのです。
 
引きこもりを犯罪者予備軍のように見るのはまったくの偏見です。内閣府は40歳から64歳までの中高年の引きこもりを61万人と発表しています。犯罪発生率で見ると、きわめて低いといえます。ほとんど家のなかにいるのですから当然です。
 
川崎殺傷事件の岩崎隆一容疑者は、一般的な引きこもりとは区別したほうがいいと思います。
岩崎容疑者は、幼くして両親が離婚、伯父夫婦のもとで育てられ、伯父夫婦の子どもはカリタス学園に通っていたということです。「まま子いじめ」があって、その恨みをカリタス学園のスクールバスに向けたのかと想像されます。「虐待の連鎖」があらぬ方向へ飛び火した格好です。
 
とはいえ、一般的な引きこもりも、家の外に出て働くという普通のことができないのですから、人間的に問題があり、その表現はともかくとして、「欠陥品」といえなくもありません。
しかし、「欠陥品」が「欠陥品」になったのは、当人の責任ではありません。
世の中には「製造物責任」という概念があり、製品の欠陥は製造者が負うことになっています。
子どもが「欠陥品」になったら、教育やしつけをした親の責任であり、さらには学校や社会の責任です。
 
「欠陥品」を排除するのではなく、同じ人間として抱合していくことは、共生社会実現の第一歩です。