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読書感想文は必要か――という国語教師らしい人物の問いかけをきっかけに、ツイッター上で必要派と不要派が議論を繰り広げたそうです。

この問いは、学校は必要か、教育は必要かという大きな問いにつながっているので、簡単には答えられませんが、読書感想文のあり方を改革するという答えなら簡単に示せます。

とりあえずどういう議論があったかの記事を示しておきます。


「読書感想文は必要か?」国語教師の問いかけが議論呼ぶ…「強制がよくない」「自分の意見を持つ訓練になる」 
読書感想文は必要か——国語の教員だという人物からの問いかけを発端にTwitterで議論が交わされている。

学生時代、夏休みの宿題やコンクールへの応募のために提出が求められた読書感想文。その必要性に疑問を投げかけている投稿者は、本来、読書は「知りたいから」「自分が好きだから」読むもので、強制されるものではないとしている。そして、感想文を書かされることで「読書が憂鬱になる」「日本人の読書嫌いと作文嫌いを助長している」と語っている。さらに、「原稿用紙はこう使いなさい」「作文はこう書きなさい」という形式的指導のせいで「メッチャ堅苦しい、つまらないものになっている」とも述べている。

この投稿がきっかけとなり、読書感想文は不要か必要かの議論に。読書感想文が嫌いになった子どもの頃の体験や、大人になってどう役立つのかの解説など、様々な意見が寄せられていている。

■不要派

「頑張って書いた読書感想文を授業参観の日に『ただのあらすじで感想文になってない』と担任に言われてから文章書くのが暫く嫌いになりました」

「そもそも読ませる相手が明確になってないから、小中学生にとっては超絶難しい作文」

「強制でやらせるものではないですね。本嫌いの一因になっている」

■必要派

「読んだだけで終わりになることの方が勿体無い。読んで、様々な角度から感想を考えてみることで逆に楽しみ方が増える」

「自分の意見を持つ訓練になるから必ず将来に役立ちます」

「自分の気持ちを明確に理解し他者へ可能な限り正確に伝えるという、人間として大事なコミュニケーション能力を鍛える大事なもの」

「医師として思うのは、『問題点を集約せよ』『それに対しどう思ったか』の能力は大変重要で、出来ない人間の相手は困難を極めます。重要」


議論は、「不要」「必要」に留まらず展開。「内容を誉めなきゃいけないようで大嫌いでしたが、あるとき酷評したら愉しかった」「ちゃんと授業として少なくとも1時間は『読書感想文の書き方』を指導して欲しい」「教師の指導力と人員を割けるかの問題」といったコメントも寄せられている。
https://news.biglobe.ne.jp/trend/0629/blnews_200629_9132066413.html


読書感想文を書くことには当然意味があって、とりあえず一冊の本を読んでなにがしかの知識が得られますし、感想文を書くことで文章力も鍛えられます。
教師もそれを狙って読書感想文を書かせるのでしょう。

しかし、「感想」を書くことに意味があるのかというと、これがよくわかりません。
普通の人はありきたりの「感想」しか書けません。当然、教師にいい評価をされるとは思えません。それがわかっているので、読書感想文を書くのがいやになるのです。

そこで、改革案を考えました。
「感想抜きの読書感想文」にすればいいのです。


一冊の本を読んで、その内容を要約した文章を、たとえば原稿用紙三枚で書きなさいといった課題にします。小説であれば、そのあらすじを書きます。
その本を読んでいない人に、どういう内容の本であるかを理解させる文章を目指します。

内容を要約するには、その内容をよく理解しなければいけないので、自然と読解力が鍛えられます。
もちろん文章力も鍛えられます。
頭の筋トレみたいなものです。
10冊ぐらい書けば、かなり鍛えられるでしょう。

読解力と文章力が鍛えられたら、国語教育の目的はほとんど達成できたも同然です。


現在の国語教育は「文学」に寄りすぎていると思います。
作文教育は、「枕草子」や「徒然草」みたいな文章を書くことが理想になっているのではないでしょうか。
読書感想文で「感想」を書かせるのも、それに近いものがあると思います。

しかし、子どもが書いた「感想」を教師は評価できるでしょうか。
「こんな普通の感想じゃだめだ。もっと独自の考え方を示しなさい」と言われても、子どもは対処しようがありませんし、傷つくだけです。

「文学」を教えるのは、教師の個人的な力量に依存する要素が大きいので、全国一律にすることではないと思います。
学校では「文学についての知識」だけ教えればよく、これならテストで評価できます。



とはいえ、当面読書感想文を書かせるという今のやり方が続いていくことになりますから、それにどう対処するかを考えなければなりません。

読書感想文を評価するのは担任の教師だとします。
その場合、「担任の教師に評価される感想文」を目標にします。
そのためには、担任の教師の趣味嗜好、思想傾向を知り、それに合わせて書かなければなりません。
これはむずかしいことですが、このスキルは必ず役に立ちます。
「読者を念頭に置いて、読者に理解される文章を書く」というのは文章の基本だからです。
これは「国語の成績を上げる」ということに直結するので、モチベーションアップにもなります。


今回、「読書感想文の書き方」で検索してみると、いろいろなアドバイスがありますが、「教師に合わせて書く」というアドバイスは見当たりません。
教師目線で子どもにアドバイスするものばかりです。

「その本のどこに心を動かされたかを書こう」というアドバイスがあって、教師はこういうことを求めているのだなと思いました。
しかし、こうした内面を表現するには教師と子どもに信頼関係がなければいけません。
たいていそういう信頼関係はないので、子どもは困惑するばかりです(そもそもなぜ教師は子どもの内面をのぞきたがるのかという問題もあります)。

教師も子どもも、読書感想文を読解力と文章力を鍛えるための手段ととらえると、すっきりします。