菅ブログ
すが義偉オフィシャルブログより

次期総理大臣として本命視される菅義偉官房長官は、これまでの言動を見ていると、これといった政治理念のない人のようでした。
しかし、菅氏は総裁選出馬表明の記者会見とそのあとのテレビ出演で、何度も「自助・共助・公助の国づくりをしていきたい」と語りました。
「自助・共助・公助」というのが菅氏の政治理念のようです。

菅氏は9月5日、自身の公式ブログで総裁選の政策発表を行い、その見出しも「自助・共助・公助、そして絆 〜地方から活力あふれる日本に!〜」となっています。

「自助・共助・公助」というのはよくできたキャッチフレーズだと思ったら、防災対策の基本理念にある言葉でした。
それを丸パクリしたようです(防災の基本理念をつくるのに菅氏がアイデアを出したという可能性もないではありませんが)。

「自助・共助・公助」というのは、災害時にはこの三つがうまく機能することがたいせつだということです。とりわけ大規模災害時には、行政の「公助」が迅速には対応できないので、みずから行動する「自助」と、地域で助け合う「共助」がたいせつになります。


菅氏は災害時の理念を平時の理念に転用しています。
「絆」という言葉も、東日本大震災のときによく言われたものです。

菅氏は災害時と平時の区別がつかないのかというと、そんなはずはありません。
要するに国民は災害時のつもりで、できる限り「公助」を当てにせず「自助」と「共助」でなんとかしろと言いたいのでしょう。
為政者としてはなんとも虫のいい考えです。


菅氏を擁護する人もいるでしょう。
「自助」も「共助」もたいせつなことだから、菅氏が主張するのは当然だという具合です。

しかし、たいせつなことは国民もわきまえています。政治家に言われる筋合いはありません。
政治家の役割は、「公助」の部分です。政策として掲げるのは「公助」をどうするかということで十分です。


「自助がたいせつ」というのは要するに道徳です。
政治家が国民に道徳を説くのは自民党の伝統です。

菅氏は秋田県の農家に生まれ、高卒で集団就職で上京してきたと自身の経歴を語りましたが、新潟県出身の田中角栄首相を連想した人も多いでしょう。
田中角栄首相は首相になるとすぐ、「五つの大切、十の反省」なる道徳を国民に提示しました。
これは「人間を大切にしよう」「 自然を大切にしょう」とか「 友達と仲良くしただろうか」「 お年よりに親切だったろうか」といった、当たり前すぎるというか、あまりにくだらないものだったので、国民の総スカンを食い、たちまち葬り去られてしまいました。

田中首相は教育勅語を真似したのでしょう。
自民党はずっと教育勅語の復活を目指してきました。

西洋社会では、道徳はキリスト教と結びついていました。
明治政府はそれを真似て、天皇と結びついた教育勅語をつくりました。
現人神の権威で国民に道徳を説いたわけです。
そのため、道徳と宗教が結びつくのは普通のことですが、日本では道徳と国家が結びつくという奇妙な伝統ができました。

戦後、教育勅語は失効しましたが、自民党は為政者が国民に道徳を説いた時代が忘れられず、教育勅語の復活と道徳教育の復活を目指してきて、道徳教育の教科化までこぎつけました。

菅氏もこうした自民党の伝統にのっとっているのでしょう。
しかし、民主国家の政治家のあり方ではありません。

ですから、菅氏が「自助・共助・公助」や「絆」を説くのを見て、「立派なことを言っている」などと反応するのは愚かです。
「国民をバカにするな」とか「何様のつもりだ」というのが正しい反応です。