knife-316655_1280


法律の世界に「予防拘禁」という言葉があります。犯罪をしそうな人間をあらかじめ拘禁するというものです。
もろんあってはならないことで、日本では戦前の治安維持法のもとで一時的にあっただけです。

元農水省事務次官の熊沢英昭容疑者が長男を殺害した事件で、熊沢容疑者は「川崎市で小学校児童など20人が死傷した事件が頭に浮かんだ。自分の息子が第三者に危害を加えるかもしれないと思った」と殺害理由を供述しました。
殺人事件を防ぐために殺人をしたという、いわば「予防殺人」の論理です。

もちろん自分の殺人を正当化するために言っているだけです。
ある人間が将来殺人事件を起こすかどうかは神でなければわからないことで、「予防殺人」など認められるわけがありません。

ところが、テレビのコメンテーターなどでこの論理に共感を示す人が少なくありません。
その筆頭が橋下徹氏です。弁護士でもある橋下氏はいったいどういう理屈で「予防殺人」を正当化しているのでしょうか。


橋下徹氏、長男殺害容疑の元農水次官に「同じ選択をしたかも」「責められない」
 前大阪市長の橋下徹氏(49)が3日、自身のツイッターを更新。元農林水産事務次官の熊沢英昭容疑者(76)が東京・練馬区の自宅で長男(44)を殺害したとされる事件に私見をつづった。

 橋下氏は、熊沢容疑者が川崎の20人殺傷事件を踏まえて「長男も人に危害を加えるかもしれないと思った」などと供述したとする報道に関し「何の罪もない子供の命を奪い身勝手に自殺した川崎殺傷事件の犯人に、生きるための支援が必要だったと主張する者が多いが、それよりももっと支援が必要なのはこの親御さんのような人だ。自分の子供を殺めるのにどれだけ苦悩しただろうか」とツイート。

 さらに「自分の子供が他人様の子供を殺める危険があると察知し、それを止めることがどうしてもできないと分かったときに、親としてどうすべきか?今の日本の刑法では危険性だけで処罰などはできない。自殺で悩む人へのサポート体制はたくさんあるが、このような親へのサポート体制は皆無」とした。

 続けて「他人様の子供を犠牲にすることは絶対にあってはならない。何の支援体制もないまま、僕が熊沢氏と同じ立場だったら、同じ選択をしたかもしれない。本当に熊沢氏の息子に他人様の子供を殺める危険性があったのであれば、刑に服するのは当然としても、僕は熊沢氏を責められない」とつづっていた。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190603-00000107-sph-soci

「もっと支援が必要なのはこの親御さんのような人だ」と支援の必要性を訴え、現状では「このような親へのサポート体制は皆無」と言っています。
しかし、引きこもりをかかえる親や家庭内暴力に悩む親へのサポート体制は、十分とはいえなくても、ちゃんとあります。
では、橋下氏はどんなサポート体制が皆無だというのでしょうか。
それは、「自分の子供が他人様の子供を殺める危険があると察知し」て悩む親へのサポート体制のことです。
そんなサポート体制があるわけありません。
そういう人がいるとすれば、必要なのは妄想性の精神病へのサポートです。
橋下氏は、「予防殺人」を正当化するために、「サポート体制の不備」という問題をでっちあげているだけです。


「他人様の子供を犠牲にすることは絶対にあってはならない」というのが橋下氏のもっとも強く主張することのようです。
しかし、「他人様の子ども」を犠牲にしないために「自分の子ども」を犠牲にするというのは、ありえない理屈です。

人の命に軽重をつけるのは安易にやってはいけないことですが、はっきりとやれる場合もあります。それは「自分の子ども」の命にかかわる場合です。
たとえば、暴走車が突っ込んできて、自分の子どもか他人の子どもかどちらかしか救えないというとき、誰でも自分の子どもを救うに決まっています。
自分にとっていちばんだいじなのは自分の子どもの命です。これは自分の遺伝子を残したいという生物のもっとも基本的な本能です。

ところが、橋下氏は他人の子どもを救うためなら自分の子どもを殺すべきだという考えなのです。
自分の子どもの命をたいせつにしない人間が他人の命をたいせつにするわけがありません。
私は橋下氏のこの主張を聞いただけで、橋下氏のすべての主張が信じられなくなります。

橋下氏はどうしてこういう考え方をするのでしょうか。
軍国主義の時代には、自分の子どもの命を国家に捧げることが称揚されました。そうした価値観の影響を受けていることが考えられます。
それから、自分の体面ばかり考えている人間、つまり外づらのいい人間は、自分の家族をないがしろにします。それが極限までいってしまったのでしょう。

ちなみに熊沢容疑者も外づらのいい人間でした。長男が家庭内暴力をするようになっても、そのことを隠し続けました。外部に助けを求めていれば、まったく違っていたでしょう。

橋下氏には7人の子どもがいます。どういう父親であるかというと、プレジデントオンラインの「橋下徹通信」で「僕は子育てを妻に任せっきりにしてきた。今の風潮からすれば、完全に父親失格である」と書いて、さらにこう書いています。

うちの子供たちだって今後、他人様を傷つけることがあるかもしれない。子育てには常にそのようなリスクが付きまとう。だからこそ、「他人様を絶対に犠牲にしちゃいけない。それはたとえ自分が死を決意したときでも」と、僕はうちの子供たちに言い続けていく。
https://president.jp/articles/-/28837?page=4

自分の子どもが人を殺すかもしれないと思っているのです。
熊沢容疑者と同じです。
橋下氏が熊沢容疑者と同様に「予防殺人」を肯定するのも納得です。