企業の広告がジェンダーの観点から炎上するということがよくあります。

東洋水産のインスタントラーメン「マルちゃん正麺」の公式ツイッターが公開したプロモーション漫画に、夫と子どもが食べたあとの食器を妻が洗うシーンがあって、「ほのぼのした漫画が最後のシーンで台無しだ」などの批判が殺到し、炎上しました。
しかし、「こんなささいなことでたたくのは行き過ぎ」と擁護する声もあります。

実際の漫画がこれです。

まるちゃん1
まるちゃん2
まるちゃん3
まるちゃん4
まるちゃん5
まるちゃん6
まるちゃん7
まるちゃん8
マルちゃん正麺公式ツイッターより


この漫画の炎上を伝えるのが次の記事です(タイトルに「カップ麺」とありますが、正しくは袋麺です)。

「最後の場面で台無し」「妻にやらせるな」カップ麺のPR漫画に批判
東洋水産の人気インスタントラーメン「マルちゃん正麺」の公式ツイッターが公開したプロモーション漫画が、物議を醸している。

 問題となっているのは、11日に公式ツイッター上にアップされた全8ページの漫画。(中略)「親子正麺」というタイトルがつけられている。漫画の中では、父が幼い子どもの昼食のためにマルちゃん正麺を作って食べており、子どもが「とんこつラーメン」を「ぽんこつらーめん」と言い間違えるという可愛らしい場面もあった。

夜になって母が帰宅すると、子どもと父はそれぞれ「しろいちゅるちゅるめんめんたべた」「ぽんこつらーめん」と報告し、母は一瞬疑問に思うものの、台所に置かれたマルちゃん正麺の袋を見て、「ああ ぽんこつラーメンね」と納得。最後のコマでは、母が台所に置かれたままだった昼食の器と鍋を洗い、その隣で夫がお皿を拭いているという場面が描かれていた。

 しかし、この漫画についてマルちゃん正麺の公式ツイッターには、「途中まではほっこり読めたのに最後の場面で台無しになった」「食べてもないものの片付けを妻にやらせるなよ…」「ご飯作って“くれた”、子どもにご飯食べさせて“くれた”っていうやつ?」といった批判が集まってしまっていた。

 批判の一方では、「フィクションに怒らなくても…」「夫も一緒にお皿拭いてるし問題ない」という擁護も集まっていたものの、男性が家事をすることが当たり前になっている今、帰宅した妻に後片付けをやらせる夫の描写に残念がるネットユーザーが多くいたようだった。
https://www.excite.co.jp/news/article/Real_Live_200071136/?es=true

私の感想を言えば、お昼に使った食器を洗わずに流し台に放置していた夫は批判されて当然です。
リモートワークをやっていた様子もないので、洗う時間は十分にあったはずです。
妻といっしょに食器を拭いているからいいというものではありません。

こんなささいなことを批判するべきではないという意見もあります。
確かにこれ一件はささいなことですが、こういうことが日常的に繰り返されると、ちりも積もれば山となります。

ただ、この漫画は続きものの一編でした。
この夫婦が主人公の「夫婦正麺」という漫画が12話あって、「子どもができました」という会話で終わります。
そして、その夫婦に子どもが加わった「親子正麺」という新シリーズが始まって、これがその第1話なのです。
ですから、シリーズの全体を知った上で評価しなければなりません。

「夫婦正麺」12話はすべてこちらで読めます。

そのページに『「夫婦正麺」並びに「親子正麺」の原作は弊社責任の元に制作し、作画のみ作画者の方に依頼しております』と記載されています。

この夫婦はそんなに仲がいいとは言えません。
第3話には、夫の浮気を疑わせるような会話が出てきます。
妻「マルちゃん正麺ができる3分の間に聞きたいんだけど、みゆきって誰?」
夫「それは3分では説明できないな~」
夫「お、1分たった。ひっくり返さないと」
(この日の3分間は永遠のように感じられた)
第5話では、「妻とケンカした」という言葉が出てきて、夫婦ともに顔を腫らしているので、暴力沙汰があったと想像されます。

第6話では、「世の中には二種類の夫婦しかいない。仮面夫婦と正麺夫婦だ」という言葉が出てきます。
この夫婦は、マルちゃん正麺がなければ仮面夫婦になっていそうです。


つまりこの夫婦は、仮面夫婦になりかねない、ちょっと問題のある夫婦です。
しかし、だからといって、「旦那が浮気しているのはけしからん」とか「顔を殴り合うケンカをするような夫婦なんか出すな」とかの批判が殺到して炎上したということはなかったわけです。
おそらく「夫婦に問題があるのは当たり前」といった認識が世の中にあるからでしょう。

この原作者は、理想的な夫婦よりもちょっと問題のある夫婦を描いたほうがリアルで、共感してもらえると思ったのでしょう。
実際、狙い通りになっていたと思います。


しかし、この夫婦に子どもができて、親子3人を描く漫画になったとたんに炎上しました。

夫は子どもの世話をちゃんとやっていて、問題はありません。
夫が食器を洗わなかったために妻が洗うというシーンはありましたが、もともとこういうことのありそうな夫婦でした。

世の中の価値観として、夫婦に問題があるのは許せても、子どものいる夫婦に問題があるのは許せないということがあるのでしょう。
確かに夫婦二人のときの浮気と、子どもができてからの浮気では、深刻さが違います。

つまり「正麺夫婦」は夫婦漫画、「正麺親子」は家族漫画で、形態が進化したのです(厳密には夫婦も家族ですが)。
家族漫画というと「サザエさん」みたいにほのぼのしたものという固定観念があるため、それに外れるこの漫画は炎上したのかなと思います。

それから、これは新シリーズの第1話なので、前のシリーズを知らない人が多かったことと、最初はツイッターで公開されて拡散しやすかったことも影響したでしょう。


もともと問題のある夫婦だったのですから、子どもができたとたんに仲良し夫婦になるのもおかしなことです。
企業のPR漫画だからといって、理想的な家族を描かなければならないということはありません。
第2話以降に、「なんで私ばっかりがお茶碗を洗ってるの?」ということから夫婦ゲンカが始まって、そこに子どもが起きてきたことでピタッとケンカをやめて、親子3人で仲良くマルちゃん正麺を食べる、というような話があってもいいわけです。


結論を言うと、東洋水産がこの漫画を理想の家族のつもりで出したのなら炎上もしかたありませんが、ちょっと問題のある、ありがちな家族として出したのなら批判されるべきではなく、いずれ問題を回収してくれることを期待したい、というところです。



東洋水産は今のところこの漫画を削除していませんし、マルちゃん正麺公式ツイッターで次のような発表をしています。

スクリーンショット 2020-11-16 143320

ちょっと問題のある家族を描く漫画として継続していってほしいと思います。