村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

カテゴリ: 岸田文雄政権

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立憲民主党ホームページより

立憲民主党代表に泉健太氏が選ばれました。
このまま自公政権が続けば日本は没落していくだけなので、野党第一党の立憲民主党にはがんばってもらわねばなりません。

前代表の枝野幸男氏は、10月の総選挙の公約にも「まっとうな政治」という言葉を挙げていました。
「まっとうな政治」というのは、立憲民主党が結成された2017年に枝野氏自身が言い出したものです。当時は安倍政権が安保法制や共謀罪法案をごり押ししていたので、それに対抗する意味がありました。
しかし、今は岸田政権に変わっていますし、「まっとうな政治」という言葉がアピールするのは、今の政治がまっとうでないと思っている人に対してだけです。
政治に興味がない若い人にとっては、「まっとうな政治って、なに当たり前のこと言ってるんだ」というだけのことでしょう。
枝野氏には“新規顧客”を獲得しようという意欲が感じられませんでした。


野党に対しては「反対ばかり」「批判ばかり」という批判があり、それに対して「賛成や政策提案もしている」とか「野党は政府を批判するのが仕事だ」という反論がありますが、どちらも的を外しています。
今までの野党は、表面的な批判ばかりで、核心をついた批判がありませんでした。そのため「批判ばかり」という印象になるのです。

たとえばコロナ対策において、PCR検査数がふえないとか、コロナ患者用の病床数がふえないという問題がありました。
これを批判するのが表面的な批判です。そんな批判なら誰でもできます。

PCR検査数やコロナ用病床数がふえないのは「目詰まり」などと説明されていましたが、おそらくは医師会や製薬会社や感染症専門家集団の利権があるのでしょう。そして、与党も利権でつながっているので、「目詰まり」を解消することができなかったのです。

こうした実態を解明するのは、本来はマスコミの役割ですが、今のマスコミは政府の痛いところをつく報道をしません。例外は週刊文春ぐらいです。
断片的なことは報道されます。たとえば去年の夏ごろですが、日本でPCR検査を大量に早く処理できる機械が開発されたが、なぜか日本では採用されず、外国に輸出しているというテレビの報道がありました。
日本で採用されないことについては、たぶんなにかの利権があるのでしょうが、そこは報道されません。

マスコミが追及しないのなら野党がするしかありません。
「調査報道」という言葉がありますが、野党がよく調査して「調査質問」をするわけです。
野党には調査権も捜査権もありませんが、そこはやる気と実力が試されるところです。

ちなみに共産党は調査力がすごくて、政権を揺るがすような事実をいくつも突きつけてきました。
立憲民主党も共産党に負けないぐらいに調査力を発揮しないといけません。

なお、政策提案型の野党になれという意見がありますが、政策提案で問題が解決するならもうとっくに解決しています。愚かな意見というしかありません(泉健太代表は「政策提案型を目指す野党は与党のシンクタンクでしかない」と言っていますが、的確です)。


それから、立憲民主党はもっと“思想闘争”をしないといけません。

野党はモリカケ桜問題の追及に力を入れてきました。国有地不当値引きとか虚偽答弁とか公文書改ざんとかは、決して小さな問題とは言えませんが、国の進路に関わるようなことではありません。そのため「批判ばかり」と感じる人もいたでしょう。
そして、検察が動かなかったので、すべての追及は無意味になってしまい、「嘘をつき通せばいいのだ」という風潮まで生まれました。
検察の判断も問題ですが、野党が「不正」の追及に焦点を当てたのも問題です。

森友問題は、教育勅語を暗唱させるような軍国主義教育を行う小学校設立に安倍首相が特別な援助を行ったのが発端です。
森友学園傘下の塚本幼稚園では、園児に軍歌を歌わせて整列行進させ、教育勅語や五箇条の御誓文を暗唱させ、水を飲む回数やトイレの回数を制限するなど(日本海軍で水を飲む回数を制限していたからだということです)、園児の発達を無視した教育を行っていました。また、運動会の選手宣誓で「安倍首相がんばれ」と言わせるなど、園児を政治利用していました。
野党は、こうした教育方針を支持した安倍首相を批判して、教育論議をするべきでした。
教育論議なら建設的なものになる可能性があるので、「批判ばかり」とは言われないでしょう。

軍国教育は徹底した管理教育です。リベラルは自由教育の立場ですから、そこで議論が起こって当然です。
教育問題には誰でも興味がありますから、立憲民主党は管理教育か自由教育かの議論を通して支持を拡大することができたはずです。

ところが、ブラック校則の問題にしても、これを追及しているのはもっぱら共産党で、立憲民主党の存在感はありません。


教育は国の根幹に関わる大問題ですから、政治家も大いに議論しなければなりません。
立憲民主党の泉健太代表は幹事長に西村智奈美氏を起用し、さらに執行役員の半数を女性にする方針を示して、「ジェンダー平等を具現化したい」と語りました。
これによって自民党との争点をつくるというのは正しい方針だと思いますが、もうひとつ、教育でも争点をつくるべきです。

ベストセラーとなっているブレイディみかこ著『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』を読むと、イギリスの中学校にはライフ・スキル教育ないしシティズンシップ・エデュケーションというものがあって、「子どもの権利を三つ書け」というような試験問題が出されるなど、子どもの権利について繰り返し教えられ、子どもの権利条約が制定された歴史的経緯なども教えられているということです。

日本も子どもの権利条約は批准しているのですが、学校で子どもが子どもの権利について学ぶということはほぼ皆無です。
日本の教育がだめなところは多々ありますが、そのいちばんの根幹は、子どもの権利が尊重されていないことです。
言い換えれば、子どもが尊重されていないのです。そのため子どもはもちろん若者の自己肯定感が低くなって、日本全体に元気がなくなっています。

子どもに自分の権利を教えることが教育改革の第一歩です。
幸い小中学校には「道徳科」が存在しているので、そこで教えることができます。
自民党は「子どもに権利など教えるとわがままになる」などと言って反対しそうですが、論争すれば権利尊重の側が勝つに決まっています。

ジェンダーとともに教育についても立憲民主党は論争を挑むべきです。
これはかりに票に結びつかなくても、日本をよくすることにつながります。


立憲民主党は外交力がまったくありません。これも支持が得られない大きな理由です。

鳩山政権のとき、普天間基地の辺野古移設を巡って迷走し、それが政権の大きなダメージになりましたが、その後、このことについて明確な反省が示されたことはありません。

10月の総選挙の公約にはこう書かれています。
○在日米軍基地問題については、抑止力を維持しつつ地元の基地負担軽減や日米地位協定の改定を進めます。
○沖縄の民意を尊重するとともに、軟弱地盤等の課題が明らかになった辺野古移設工事は中止します。その上で、沖縄の基地のあり方について見直し、米国に再交渉を求めます。
https://cdp-japan.jp/news/20211014_2344
辺野古移設工事の中止を言っていますが、鳩山政権のときとどう違うのでしょうか。
日米地位協定の改定も、これまでの政権にできなかったのに、立憲民主党政権になればどうしてできるようになるのでしょうか。
この公約を見ると、立憲民主党には政権を獲るつもりがないのだなと思えます。

これらはアメリカと交渉することですが、はっきり言って日本の交渉力はゼロです。
なぜかというと日米同盟を絶対化しているからです。
日本は同盟離脱カードを持たないと、対等な交渉ができません。
こんなことは交渉のイロハです。
ところがこれまでの日本外交は、「日米同盟は日本外交の基軸」と称し、安保条約を「不磨の大典」としてあがめてきたので、アメリカから離脱カードをちらつかされると、なんでも言うことを聞かざるをえませんでした。

冷戦時代は、日本は西側にいたいし、アメリカも日本に東側に行かれては困るので、双方は一致していました。
冷戦が終わると、「日米安保の再定義」ということが言われましたが、なにも議論がないまま日本は「北朝鮮の脅威」や「中国の軍拡」を理由に惰性で同盟関係を続けてきました。
そのためアメリカだけが離脱カードを手にして、日本は高い兵器を買わされたり、思いやり予算の増額を飲まされたりしてきたわけです。

私は『防衛費という「聖域」』において、防衛費を大幅に削減して、その分を文教科学振興費に回すことが日本経済回復の手っ取り早い処方箋だと述べましたが、アメリカは日本の防衛費削減を許さないでしょう。
日本経済のためにも対米自立は必要です。

しかし、今では日本人は心理的にもアメリカに依存するようになっているので、「日米基軸外交の見直し」などと口にしただけで日本人から猛批判を受けそうです。
ですから、当面野党として「対等の日米関係を構築する」といった立場から、政府の外交を批判するという作戦になるでしょう。

「子どもの人権」もそうですが、国民の意識を変えていくのも政党の重要な役割です。


以上のことをまとめると、立憲民主党の再生のためには、

1.表面的な批判でなく核心をついた批判
2.教育、人権、ジェンダーなどで争点づくり
3.対等な日米関係の模索

といったことが重要です。

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日本維新の会ホームページより

総選挙で躍進した日本維新の会は「身を切る改革」をキャッチフレーズにしていますが、こんな言葉を信じる人がいるのでしょうか。

人間は誰も「身を切る」ことなどしたくありません。するのは、心を病んでリストカットする人か、ハラキリする侍ぐらいです。
「身を切る改革」なんていうのは、詐欺師が「出資者には毎月10%の利息を支払います」と言うのと同じくらいあやしい言葉です。
大阪の人はこんな言葉を信じているのでしょうか。
政治家が「身を切る改革」をやるのは、世論に追い詰められたときぐらいだと思って間違いありません。


国会議員には歳費のほかに毎月100万円の「文書通信交通滞在費」が払われるのですが、先の総選挙で当選した議員は投開票日の10月31日から議員になったと見なされ、10月分の100万円が支払われました。
1日議員であっただけで1か月分もらうのはおかしいと新人議員がツイートしたのをきっかけに「文通費」のことが話題になっています。

とくにそのツイートをしたのが維新の議員だったので、維新の会がここぞと「身を切る改革」のアピールに利用しました。
維新の代表である松井一郎大阪市長や副代表である吉村洋文大阪府知事は「1日議員であっただけで100万円もらうのはおかしい。一般常識とかけ離れている。国庫に返納できないなら、どこかに寄付するべきだ」と主張して、「身を切る改革」に不熱心な他党を攻撃しました。

ところが、吉村知事が衆院議員を辞めて大阪府知事選に立候補した2015年、10月1日に議員辞職して10月分の100万円を丸ごともらっていた事実が発覚し、“ブーメラン”と批判されたのはお笑いです。
生活保護受給で批判された大阪の芸人が「もらえるものはもらっとけ」と言ったそうですが、吉村知事も同じなのでしょう。
ただ、「もらえるものはもらっとけ」というのは普通の感覚です。
「身を切る改革」が詐欺師の言葉なのです。

結局、1日在職しただけで1か月分もらえるのはおかしいということで、どうやら文通費を日割り計算で支払うことにするという法案が提出されるようです。


しかし、これは所詮小さな問題です。
こんなことで「改革」をやった気になられては困ります。

今回の総選挙で当選した新人議員と元議員の合計は120人です。この全員が文通費を返納したところで1億2000万円です。
前職の当選者は345人で、10月14日まで在職していたことになるそうで、日割り計算して100万円の半分とすると、1億7250万円です。
合計しても3億円になりません。


国会が召集され、国会議員が集まって、最大の話題が3億円のことです。日割り計算もせこい話です。
日本の政治の劣化を象徴しています。

しかも、この3億円がむだかというと、そうとは限りません。
車の通らない道路をつくったり、配布されないアベノマスクをつくったりするのはむだですが、国会議員に配られて、ちゃんと政治活動のために使われるならむだではありません。

名目は「文書通信交通滞在費」ですが、領収書は必要とされないので、使途は自由です。
サラリーマンの給料には基本給のほかに住宅手当や家族手当などがありますが、住宅手当だからといって住宅費にしか使えないとか領収書が必要だとかいうことはありません。
国会議員は歳費という基本給に「文書通信交通滞在費」という手当てがついていると考えればいいわけです(ほかに1人当たり月65万円の「立法事務費」もついてきます)。

いったんもらった文通費は国庫に返すことができないそうで、維新は所属議員から回収して、まとめてどこかに寄付すると言っています。
どこに寄付するのか早く明らかにしてほしいものです。
たとえばどこかの被災地の復興のために寄付するのであれば、自分たちの政治活動にお金を使うより被災地の復興に使ったほうがいいということで、自分たちの政治活動の価値を低く見ていることになります。

いや、自分たちの政治活動にはそんなにお金が必要ではないということかもしれません。
だったら、文通費を国庫に返納できるように法律を改正して、維新の国会議員は全員、文通費を国庫に返納すればいいのです。
日本維新の会の国会議員は衆参合わせて56人なので、年間6億7200万円を国庫に返納できることになり、これはバカになりません。
これこそが「身を切る改革」ですから、維新の議員は率先して行うべきです。

政党助成金は年間総額317億円です。
共産党は政党助成金を受け取っていません。これこそ「身を切る改革」です。
維新は受け取っています。これのどこが「身を切る改革」でしょうか。

要するに維新の「身を切る改革」は、文通費を日割り計算するだけですから、単なる見せかけ、パフォーマンスです。


いや、これから文通費を廃止し、歳費を減額し、さらに政党助成金の減額も主張していくのかもしれません。
しかし、それはそれで困ったことになります。
というのは、もともと政治資金には「与野党格差」があるからです。

企業団体献金は圧倒的に自民党に多く入ります。
さらに政治資金パーティも、与党議員のパーティと野党議員のパーティでは、パーティ券の売れ行きが全然違います。

自民党は資金が豊富なので、たとえば2019年の参院選で広島選挙区に立候補した河井案里氏に自民党本部から1億5000万円が贈られたりします。
また、自民党は選挙区の情勢を詳細に調査して、解散時期を決めたり選挙戦術を決めたりしますが、資金のない野党にはそういうことはできません。
政権交代を考えるなら、こうした与野党格差の解消をはかることも重要です。

ともかく、与野党格差があるときに、たとえば一律に文通費100万円を返上したら、与党はたいして痛くありませんが、野党はかなり痛いことになり、格差は拡大します。

維新の会のことを「自民党維新派」と言っている人がいました。つまり自民党の別動隊みたいなものだということです。
与野党が同じように「身を切る改革」をしたら、野党が先につぶれます。
もしかするとそれが維新の狙いでしょうか。

維新の「身を切る改革」にだまされてはいけません。

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第49回総選挙の結果は、自民党の絶対安定多数確保、日本維新の会の躍進、立憲民主党と共産党の敗北という結果となりました。
これは直接には「コロナの風」のせいです。

衆院解散には「バカヤロー解散」とか「郵政解散」といった名前がつけられますが、今回の解散にはとくに名前がついていないようです。
あえて名前をつければ「コロナ解散」でしょう。
コロナに負ける形で菅義偉首相が政権を投げ出して、岸田政権が成立し、解散となったからです。


コロナの全国の新規感染者数がピークをつけたのは8月26日の約2万6000人でした。
菅首相が辞意(総裁選不出馬)を表明した9月3日には新規感染者は約1万6000人で、減少傾向が見え始めていました。
ですから、もう少し菅首相が低支持率に耐えて首相の座に留まっていれば、感染者がへるとともに支持率も上向きになり、総裁選で再選されて、今も首相の座にいられたかもしれません。

株式投資の初心者は、自分の保有株の株価が下がると、そのうち上がるだろうと思って、がまんして保有を続けます。しかし、それでも下がり続けると、ある時点でがまんの限界に達して株を売ってしまいます。すると、そのときから株価が上昇トレンドに反転するということがよくあります。
菅首相も感染者の増大と内閣支持率の下落が続くのに耐えられなくなり、政権を放り出したら、実はそこが“底値”だったというわけです。
ワクチンの効果を信じていたはずなのに、信念が足りませんでした。


それにしても、感染者数の急速な減少には驚きます。11月になってからの全国の新規感染者数は200人前後で、ピーク時から100分の1になっています。
8月から9月、10月にかけてなにがあったかというと、ワクチン接種率が60%から70%に増えたぐらいです。人流などはほとんど変わっていません。
まったく「謎の減少」というしかありません。


自公政権のコロナ対策は一貫してお粗末で、国民の怒りは高まり、安倍首相も菅首相もそれで政権を投げ出しました。
コロナ禍が政権への逆風になっていたわけです。
しかし、総選挙の投票日にはコロナ禍はほぼ収まっていました。

これは「謎の減少」ですから、政権の手柄とはいえません。
岸田首相や自公の候補者も「コロナ対策の成果」を誇るということはなかったと思います(菅前首相は自分の手柄を誇っていましたが)。
それでも、コロナ禍の収束は岸田政権への追い風になりました。

選挙情勢の序盤の世論調査では、自民党はかなり議席をへらすとされていましたが、「コロナの風」が順風となったことで、ある程度盛り返しました。

維新の会ももろに「コロナの風」に助けられました。
大阪府は一時期、感染者数も病床使用率も全国最悪となりました。その状況で選挙があれば、とても勝利はおぼつかなかったでしょう。
コロナ禍が収束したおかげで吉村洋文大阪府知事は「自分でやらないのに文句ばっかり言われる。感染者が増えたら知事のせいだって。誰とは言わないけど枝野さん」と言って立憲民主党の枝野幸男代表を攻撃しました。
「コロナの風」をもっともうまく利用したのが維新の会です。


立憲民主党と共産党は、政権のコロナ対策の失敗に国民の怒りが高まっているので、つまり「コロナの風」が追い風なので、労せずして勝てるだろうという甘い読みがあったと思います。
ところが、選挙期間になると「コロナの風」はぱったりとやみました。
そうすると、国民にアピールすることがなにもありません。

立憲民主党は「分配」重視でしたが、岸田政権も「分配」重視を打ち出したので、違いが見えなくなりました。
立憲民主党は安倍政権の新安保法制への反対や、モリカケ桜などの追及に存在感を出してきました。「まっとうな政治」というのも、安倍政権の政治がまっとうでないということでしょう。
しかし、岸田政権は安倍路線とは違いますし、岸田首相自身はリベラルな人です。
「アンチ安倍」という立憲民主党の存在意義も失われました。
それが立憲民主党敗北の理由です。


「コロナの風」以外の要因もあります。

昔の社会党や共産党は、国会で3分の1の勢力を確保して改憲を阻止することが最大の目標で、政権を取るよりも政権の横暴に抵抗することに存在価値を見いだすという“野党根性”にどっぷりとひたっていました。
それが細川政権の成立や民主党政権の成立によって変わったはずですが、強力な安倍長期政権と対峙するうちに、また昔の“野党根性”に戻ってしまったようです。
とくに昔の社会党の流れをくむ人たちにその傾向があると思います。
立憲民主党が共産党と組むことで、さらにそのイメージは強くなりました。
国民はそれも嫌ったのではないかと思います。

維新の会やれいわ新選組は、そうした“野党根性”とは無縁です(NHKなんとか党もそうです)。
「抵抗」するのではなく「闘争」するというイメージがあります。
政権を取るには「抵抗」ではなく「闘争」が必要です。

「野党は反対ばっかり」という声に対して、「賛成することも多いし、政策の提案もしている」という反論がありますが、そういうことではなく、政権を取りにいくという闘争心の欠如を指摘されていると思うべきでしょう。


立憲民主党は枝野代表が辞任表明し、次期代表選びになっていますが、れいわ新選組の山本太郎代表のように“野党根性”に染まっていない人がいいと思います――と書いて、今思いついたのですが、山本太郎代表をヘッドハンティングして、立憲民主党の代表になってもらうというのはどうでしょうか。
これはまじめに検討する価値があると思います。

今、代表候補として名前が挙がっている人は誰も魅力的ではありません。
立憲民主党の代表選に友好関係の政党からも立候補できる制度にして、そこに山本太郎氏が立候補すれば、大いに盛り上がるはずです。

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自民党公式ホームページより

10月4日、岸田文雄氏が100代目の内閣総理大臣に就任しました。

私は岸田氏によい印象も悪い印象もありませんでしたが、人事を見て一気にイメージダウンしました。
金銭スキャンダルで経済担当相を辞任したままなんの説明もしない甘利明氏を幹事長にしたのが最悪ですし、閣僚の顔ぶれを見渡しても、目玉になるような人が誰もいません。
岸田新首相は安倍元首相のあやつり人形だという説がありますが、人事を見ると、そうかもしれないという気がします。

マスコミの岸田内閣に関する世論調査も、毎日新聞は内閣支持率49%、不支持率40%、朝日新聞は支持率45%、不支持率20%、読売新聞は支持率56%、不支持率27%と、スタート直後にしてはパッとしません。

しかし、今からだめだと決めつけるのは早計です。
あえて岸田首相のいいところを探してみました。


岸田首相は「人の話をしっかりと聞く」ということを売りにしていますが、就任の記者会見を見ると、「しゃべるほうもしっかりしてるじゃないか」と思いました。言葉が明瞭で、力強さがあります。
もっとも、それは首相としては当たり前のことです。菅義偉前首相があまりにも「しゃべれない人」だったので、岸田首相がよく見えるだけです。
それにしても、国民に向かって語りかけることのできない人が1年間も首相を務めていたのですから、ひどい話です。

ですから、岸田首相は菅前首相を徹底批判して、違いを強調すれば、支持率はもっと上がったはずです。
もっとも、それができないのが岸田首相であり、自民党なのでしょう。


しゃべれるのは当たり前のこととして、私が評価したいのは、岸田首相には改憲への熱意があまりなさそうだということです。
岸田首相は総裁選のときに改憲を「重要な課題」と言いましたが、「やりたい」とは言いませんでした。政策パンフレットには「新しい時代の変化に対応した憲法改正を目指す」と書かれている程度です。

安倍元首相はきわめて改憲に熱心でしたが、第二次政権の7年半をかけてもついに達成できませんでした。
岸田首相が安倍元首相のあやつり人形だとしても、「熱意」まで人形に吹き込むことはできません。
いや、かりにできたとしても、安倍元首相と同じ程度の熱意ではやはり改憲はできないわけです。

総裁選の候補の中で、改憲に熱心なのは安倍元首相の支援を受けた高市早苗氏だけです。河野太郎氏も野田聖子氏もたいして熱心ではありません。
菅首相も改憲にはまったく興味がなかったので、不要不急の改憲問題は放置されました。

昔の自民党には中曾根康弘氏のように改憲に熱心な人がいくらでもいましたが、さすがに世代交代が進みました。
私は第一次安倍政権が終わったときに、もうこれで改憲(九条の改憲)は不可能になり、改憲問題は政治の世界から消えていくだろうと思いました。
ところが、安倍氏は奇跡の復活を遂げて、強力な政権を築いたために、改憲問題が復活しました。
しかし、結局それは一時的なことでした。


そもそも改憲問題とはなんでしょうか。
日本が戦争に負けたとき、「これで命が助かった。負けてよかった」と思った人たちもいますが、国家と一体感を持っていた人たちは、負けて心に痛手を負いました。
そのトラウマを解消するために、政治学者の白井聡氏は「敗戦の否認」をするのだと言っています。
占領下でつくられた戦後憲法は敗戦の象徴で、さらに九条は戦後憲法の象徴ですから、九条改正をすることで「敗戦の否認」をしようというわけです。

こうして、負けてよかったと思う人は九条を受け入れ、負けを認めたくない人は九条改正を主張して、これが戦後政治の最大の争点だったわけです。

改憲派というのは「戦後否定、戦前肯定」なので、慰安婦問題、徴用工問題、靖国参拝、教育勅語など、こだわるのはすべて戦前のことです。
戦後七十何年たって、さすがに国民も国会議員もこうした戦前のことにこだわりを持つ人は少なくなり、改憲問題はフェードアウトしつつあります。
安倍元首相の政治力が衰えれば、改憲問題は完全に消滅するでしょう。

そうすれば日本会議などの右翼やネトウヨなどは目標を失い、また護憲派も存在意義がなくなり、政治の世界から最大の争点がなくなります。


岸田首相は、そこに新たな争点を提起しました。
「令和版所得倍増計画」を掲げたのです。もちろん池田勇人首相の「所得倍増計画」をまねたものです。
池田首相は激しい60年安保闘争のあとに登場し、「所得倍増計画」によって政治の争点を安全保障から経済にシフトさせることに成功しました。
岸田首相がどこまで戦略的に考えているのかわかりませんが、改憲のようなイデオロギーに代わる争点として経済を提起したのだとすればたいしたものです。

もちろん所得倍増がうまくいくとは思えません。
岸田首相は成長戦略と分配戦略ということを言っていますが、成長戦略はこれまでずっとだめだったので、これからもだめでしょう。
とすると、問題は分配戦略です。岸田首相も「分配なくして成長なし」と言って、分配に軸足を置いています。
「新しい資本主義」とも言っています。新自由主義から転換して、格差社会を是正していくということのようです。もしかすると「社会主義的」という意味で「新しい資本主義」と言っているのかもしれません。

つまり岸田首相の経済政策は立憲民主党や共産党の政策を取り込んだものです。それによって選挙に勝利しようという戦略です。


しかし、そうはうまくいかないでしょう。
岸田首相は子育て世帯への住居費や教育費の支援、医療や介護、保育で働く人たちの賃金アップを言っていますが、これではただのバラマキで、財政赤字がふくらむだけです。

もっとも、岸田首相はその対策も言っています。それは金融所得課税の増税です。
富裕層に増税し、貧困層に分配するというなら筋は通っています。

問題はここです。
自民党が富裕層に増税できるでしょうか。
金融所得課税の増税には証券業界が強く反対して、エコノミスト、経済学者、マスコミなどを動かして反対の論陣を張りますし、自民党に巨額の献金をしている経済界も強く反対します。

岸田首相が反対を押し切って増税できればたいしたものですが、これまでのやり方を見ていると、とうていできそうにありません。
戦略はよくても実行力がないために政権運営に失敗する――という道を岸田首相はたどりそうです。


とはいえ、岸田首相が「分配」の問題を争点化したのは正しい方向です。

最近、「親ガチャ」という言葉が問題になっているのも、格差が拡大して、貧困層から上昇するのが困難になっているからです。
高市早苗氏は総裁選において、「結果の平等反対、機会の平等賛成」ということを主張しました。これがまさに新自由主義の発想です。人間は生まれ落ちたときに不平等であるという「親ガチャ」の現実を無視して、全員を同じ土俵で戦わせて、その結果を受け入れろというのです。

ところで、もともと「分配なくして成長なし」と言っていたのは立憲民主党の枝野幸男代表です。
枝野代表は、そうしたバラマキの財源はどうするのかと記者に聞かれて、「国債に決まっているではないですか」と答えていました。
富裕層への増税を実行できない点では岸田首相と同じかもしれません。


成長できればそれに越したことはありませんが、成長できないとなると、パイをどう分配するかが問題になります。
きたるべき総選挙ではそれが争点になるはずです。


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