村田基の逆転日記

親子関係から国際関係までを把握する統一理論がここに

カテゴリ: セックスとジェンダー

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松本人志氏は文藝春秋と週刊文春編集長を訴えた裁判を前にして、みずからの心境を文書にして発表しましたが、これがなんとも情けないものでした。
このところ松本氏を擁護する声が盛り上がっていましたが、擁護派の人たちもこの文章を読んでがっかりしたのではないでしょうか。
短い文章なので、全文を引用します。

人を笑わせることを志してきました。

たくさんの人が自分の事で笑えなくなり、

何ひとつ罪の無い後輩達が巻き込まれ、自分の主張はかき消され受け入れられない不条理に、ただただ困惑し、悔しく悲しいです。

世間に真実が伝わり、一日も早く、お笑いがしたいです。

 ダウンタウン松本人志
「自分の主張はかき消され」といいますが、松本氏が主張したのは「事実無根なので闘いまーす」ぐらいです。
「何ひとつ罪のない後輩達」のことを思うなら、自分が沈黙せずにどんどん発言するべきです。
「一日も早く、お笑いがしたいです」といいますが、そもそも芸能活動休止を決めたのは自分です。法律の専門家はみな、芸能活動をしながら裁判をすることは十分可能だと言っていました。

この文章でただひとつ評価するところがあるとすれば、「家族」を持ち出さなかったところです。「家族がつらい思いをしている」ということで同情を誘うのがありがちな手法です。

文章の全体が「泣き言」か「繰り言」です。
裁判が始まる直前の文章ですから、本来なら裁判闘争に向けての決意表明をするところです。

この文章を「負け犬の遠吠え」とたとえようと思いましたが、「負け犬の遠吠え」は表面的に強がっているときの表現です。
松本氏の文章には強がっているところがまったくなく、悲観一色です。

松本氏はおそらく裁判で訴えるべきことがないのでしょう。
訴えるべきことがあるなら、最初から記者会見などをしているはずです。
裁判を始めたのも、記者会見をしない口実にするためでしょう。
お笑いをしたいなら裁判などするべきではありませんでした。

それに加えて、Xで「とうとう出たね。。。」と「事実無根なので闘いまーす。それも含めワイドナショー出まーす」と発信したところ、世の中から圧倒的に否定されてしまいました。
そのため松本氏は自分が世の中からずれていることを認識し、発信する自信を失ったのでしょう。

松本氏は裁判に備えて弁護士と何度も打ち合わせをしたでしょう。
それによってどの程度勝ち目があるかもわかったはずです。
その結果がこの文章です。


松本氏がこれほど弱気になっているということを世間はまだ理解していないかもしれません。
松本氏は圧倒的な力を持っている人というイメージだからです。
実際、お笑い界に第一人者として君臨し、吉本興業の力もあって、テレビ界にも圧倒的な存在感を示してきました。
体を鍛えてマッチョでもあり、写真ではいつも人をにらみつけるような顔をしています。
長者番付(高額納税者名簿)が発表されていたころ、松本氏と浜田氏はつねに芸能界の一位、二位を争っていましたから、松本氏はお笑い界だけではなく芸能界でもトップの存在です。
安倍首相も松本氏の番組であるワイドナショーを選んで出演していましたから、松本氏は最高権力者にも近いところにいました。

松本氏はあまりにも力を持ったのが間違いのもとでした。
自分の力を過信したため、女性から性加害を告発されたとき、簡単にはね返せると思って、「事実無根なので闘いまーす」と言ってしまったのです。
吉本興業も「当該事実は一切なく、本件記事は本件タレントの社会的評価を著しく低下させ、その名誉を毀損するものです」と松本氏と同一歩調をとって、松本氏の勘違いを助長しました。

現状を見ると、松本氏の応援団は声を上げていますが、松本氏本人が闘志を失っている状況です。
被害女性が声を上げる#MeToo運動の力は偉大です。
アメリカでは大物映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインも#MeToo運動で告発されたことがきっかけで失脚しました。
日本で芸能界トップの松本氏が失脚しても不思議ではありません。


ところが、ここにきて急に週刊文春に対する批判が強まりました。
最初のきっかけは、松本氏の性加害告発の最初の記事が載った週刊文春45万部が完売したとして竹田聖編集長がコメントを発表したことです。
ここから週刊文春はもうけ主義だという批判が強まり、週刊誌は嘘を書いて訴訟で負けてももうかるのだといったことが言われました。
たとえば堀江貴文氏は自身のYouTubeチャンネルで「週刊文春はいろんな偉そうなことを言ってますけど、金のためにしかやってません。正義感とか1ミリもないと思います。記事になって自殺した人がいてもしょうがねえって言ってるんですよ。それぐらいのほんとうにクズみたいな組織なんで」と語りました。

それから、文芸春秋の新谷学総局長がYouTubeのある企画で「これを刑事事件として立件するのははっきり言って不可能だと思うんですよ」と述べ、その理由を「彼女の証言だけで、客観的なそれを裏付ける証拠もないわけですよね。それで被害届を出して警察で事件にできるかと言うと、不可能」と語りました。
そうすると、刑事事件にならないものを週刊文春が裁くなら、それは「私刑」ではないかという批判が上がりました。
幻冬舎編集者の箕輪厚介氏は週刊文春のインタビューで「SNSでは毎日のように“ネット生贄ショー”が繰り広げられています。今、文春はこのゲームの旗振り役と化している。文春が『この人だ!』と指差せば、世間は生贄を社会的に抹殺すべく暴走してしまう」と語りました。
古市憲寿氏はワイドナショーで「世の中の受け止め方が今すごい真面目になりすぎてる。週刊誌がなんかもう警察兼、検察兼、裁判所みたいな」と語りました。


メディアの現状を見ると、新聞、テレビが当たりさわりのない報道しかしない中で、週刊文春だけが気を吐いています。
こんな週刊文春批判によって週刊文春の力がそがれてしまったらたいへんです。日本はほんとうにだめな国になってしまいます。
なぜ週刊文春批判が高まったのでしょうか。


松本氏は「男らしさ」を一身に背負ったような人です。その松本氏が#MeToo運動とその背後のフェミニズムに負けるというのは多くの男にとって耐えがたいことです。
かといって、声を上げた被害女性を批判するとセカンドレイプと言われます。
そこで、代わりに週刊文春を批判しているのでしょう。

したがって、ここで週刊文春を批判するのはセカンドレイプも同然の行為です。
しかも、週刊文春は巨悪を撃ってきた唯一ともいえるメディアですから、週刊文春批判は亡国の道です。


松本氏が追い詰められているのは、週刊文春のせいではなく、#MeToo運動のせいであり、声を上げた被害女性のせいです。
松本氏が一日も早くお笑いをしたいなら、一日も早くみずからの罪に向き合い、被害女性に謝罪することです。

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松本人志氏の性加害問題は、週刊文春の続報や過去の発言の掘り起こしによって松本氏が窮地に追い込まれています。
最初に被害女性に謝罪しておけばこんなことにはなりませんでした。

もし松本氏の行為が犯罪だったら謝罪だけではすみませんが、今のところ報道された限りでは、松本氏が抵抗する女性を押さえつけてむりやり性交したとか、ケガさせたとかいうケースはありません。
女性が抵抗を続けると、怒って「出ていけ!」と言って部屋を追い出すか、「本番」以外の行為をさせて妥協しています。
今の時代はこれも犯罪ですが、10年ほども前のことですから、検察は「本番」行為がなければ起訴しても有罪にならないと判断したでしょう。
ですから、松本氏も自分の行為は非難されるものではないと思っていた可能性があります。

しかし、法律的に罪にならないとしても、女性の心を傷つけたのですから、謝るのは当然のことです。
「自分としては傷つけるようなことをしたつもりはなかったが、相手が傷ついたと言うなら、そうなのだろう。自分が間違っていた。申し訳なかった」と言えばいいわけです。

松本氏は謝罪しなかったために、「事実無根です」などと逆方向に暴走しました。
そのおかげでいろいろな問題が見えてきたということがあります。
たとえば、松本氏の女遊びの実態と後輩芸人との関係、吉本興業の問題対応能力のお粗末さがあらわになりました。
そして、なによりも性加害の実態が広く知られるようになりました。


松本氏はなぜ謝罪しなかったのでしょうか。

謝罪というと普通は、親が子どもに「謝りなさい」と言って謝らせるか、会社で失敗した部下が上司に謝るということが思い浮かぶでしょう。
たいていは下の人間が上の人間に謝るものです。「謝らされる」といったほうがいいかもしれません。
上司が部下に謝ることもありますが、それは上司が心の広い人間である場合だけです。パワハラ上司が部下に謝るということはありません。ガミガミ怒ってばかりいる親が子どもに謝ることもまずないでしょう。
つまり上の立場の人間が下の立場の人間に謝るのは心理的抵抗があるものです。


松本氏は女性を性の対象としてしか見ていなくて、女性が傷つくことに無頓着であるようです。
男性のこうした態度をミソジニーといいます。
ミソジニーは「女性嫌悪」とも「女性蔑視」とも訳されますが、嫌悪と蔑視では意味がかなり違います。
私としては「女性蔑視」とするのがいいと思います。
ミソジニーの男は女性を自分より下の人間と見ているのです。
そのためミソジニーの男は「謝れない男」でもあります。

松本氏は芸人の後輩に女性の調達をさせていることから、後輩も見下しているようです。また、体罰肯定論をずっと主張していたので、子どもも見下しています。
松本氏は女子ども後輩を見下しているわけです。


もっとも、松本氏は昔からそうだったわけではありません。
ダウンタウンは1980年代後半から頭角を現し、まったく斬新な漫才で人気を博しました。20代半ばの彼らは若者のヒーローでした。
当時の若者は、今も松本氏に特別の思い入れがあるようで、『松本人志”逆告発”ムーブが増大…「14歳の春に」「私も。まだ中1の春でした」 ネット賛否』という記事に、若いころにファンだった人がその思いをXに投稿しているということが書かれています。
 連発する週刊誌の告発の文体を意識するような「ある告発」が24日、X上に投稿され、注目を集めた。「私も匿名だけど告発します」の書き出しで「『松本人志さんから13歳の夏に...』生きる力を貰いました」と続く。「ダウンタウン」と松本を肯定的にとらえた”エール”だった。

 それらに準ずるように「松本人志さんから14歳の春に、、、友人をつくる術を教えてもらいました」と感謝したり、「私もです。まだ中1の春でした」と書き出した「笑いはキレイなものばかりではない。哀愁や悲しさでも笑えると、教えてもらいました」といったものも…。日を追うことにこうした同様の文体で訴える投稿は数を増し、一種のムーブメントとなりつつある。
私がこれを読んだときに思い出したのは、神戸児童連続殺傷事件の犯人であった酒鬼薔薇聖斗こと少年Aが『絶歌』という著書の中で松本氏について書いた文章です。松本氏のことを深いレベルでとらえているのに感心して、かつてこのブログで引用したことがあります。それをここで再録しておきます。
ダウンタウンは関西の子供たちにとってヒーローだった。「ダウンタウンのごっつええ感じ」が放送された翌日には、みんなで彼らのコントのキャラを真似して盛り上がった。
他の同級生たちがどう見ていたのかは知らないが、僕がダウンタウンに強く惹きつけられたのは、松本人志の破壊的で厭世的な「笑い」の根底にある、人間誰しも抱える根源的な「生の哀しみ」を、子供ながらにうっすら感じ取っていたからではないかと思う。にっちもさっちもいかない状況に追い詰められた人間が「もう笑うしかない」と開き直るように、顔を真っ赤にして、半ばヤケっぱちのようにギャグを連射する松本人志の姿は、どこか無理があって痛々しかった。彼のコントを見て爆笑したあとに、なぜかいつも途方もない虚しさを感じた。
若者は親、教師、権威、権力に抑圧されているので、必ず葛藤を抱えています。松本氏は若者の葛藤を誰よりも体現していたので、若者のヒーローになったのでしょう。

「笑い」の芸能は、権威や権力も笑いの対象にするので、必然的に反権威、反権力の面があります。
ツービートが出てきたときなど、典型的な反権威、反権力の笑いでした。ビートたけし氏は今もそのころと基本的に変わっていません。
浜田雅功氏もずっと“悪ガキ”のままです。

しかし、松本氏は反権威、反権力からどんどん権威、権力の側にシフトしていきました。
今ではほとんどのお笑いコンテストで審査員を務めるなどして、お笑い界の最高の権威になっています。
また、安倍首相と会食し、安倍首相を自分の番組に呼ぶなどして、国家権力に接近しました。
このようなお笑い芸人は過去にいなかったでしょう。

なお、吉本興業も安倍政権と菅政権に接近し、大阪の維新の会とも連携して、国や大阪の仕事を受けるようになっています。


松本氏は自分が権威、権力になったので、ますます「謝れない男」になりました。
とりわけ安倍首相に接近して、“アベ友”になったのは最悪です。
安倍首相を中心とした保守派は最悪のミソジニーだからです。

慰安婦問題では、名乗り出た元慰安婦の女性を保守派は嘘つき呼ばわりしていました。相手が韓国人なので日本国内ではあまり問題にされませんでしたが、国際社会から見たらひどい話です。結局、安倍首相はオバマ政権の圧力で慰安婦問題に関して「おわびと反省」を口にせざるをえませんでした。

伊藤詩織さんをレイプした山口敬之氏もアベ友でした。保守派はこぞって被害者として名乗り出た伊藤さんを誹謗中傷しました。山口氏は伊藤さんがレイプされたあとに出したメールを公開して、レイプがなかった証拠だと主張しましたが、松本氏が被害女性のLINEを引用して「とうとう出たね。。。」とポストしたのが、それとまったく同じ手口です。

松本氏は安倍首相に接近したためにミソジニーを強めて、よりいっそう「謝れない男」になったに違いありません。


私自身は、ダウンタウンが出てきたころはほとんどテレビを見ない生活をしていたので、当時のことはよく知りません。印象に残っているのは、2000年から始まった「松本紳助」です。松本氏と島田紳助氏が向かい合ってしゃべるだけの番組ですが、これが驚くほどおもしろいものでした(最初の1、2年だけですが)。「すべらない話」も最初のうちはおもしろく、芸人が実際にあったことをおもしろく語るという“エピソードトーク”を始めたのも松本氏ですから、お笑いの能力は傑出していたと思います。

しかし、松本氏が権力の側に傾斜するとともに(マッチョになったのもそのころ?)、世の中の常識を揺さぶるような笑いはなくなり、強い者が弱い者を笑う笑いに変化しました。
“悪ガキ”のままの浜田氏が横にいるので救われていますが、松本氏一人のときは権力者くささが鼻についてまったく笑えません。若い人に支持された昔の松本氏とはまったく違います。

お笑い芸人なら、スキャンダルが出てきたときは、認めることは認めて、笑いに変えなければなりません。実際、「まつもtoなかい」で松本氏は「文春が来た時の一言目はもう決めてるんだけどね。『とうとうバレたか~』って言って逃げたろうかなって思ってる」と言っていました。
ところが、実際はまったく笑いのない方向に逃げたのですから、お笑い芸人として終わっています。
認めることのできないようなことをしていたのなら、やはり終わっています。

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松本人志氏の性加害に関する文春砲の第二弾は、「三人の女性が新証言」「恐怖のスイートルームは大阪、福岡でも」という見出しで、C子さん、D子さん、E子さんの3人がそれぞれに体験したことを語りました。
3人とも松本氏の後輩芸人に誘われ、飲み会に行ったりしたあと、最終的に高級ホテルの一室に誘われました。すると、そこに松本氏がいます。
C子さんは自分が松本氏とセックスをします。
D子さんは松本氏と二人きりになるのを拒み、D子さんの友人が部屋に残りました。
E子さんも松本氏と二人になるのを拒み、結局友人が松本氏に“献上”され、エッチをしたとあとで友人から聞きました。

3人の女性が松本氏とセックスをしたと見られますが、どれも「合意」の上のことですから、文春砲第二弾は拍子抜けです。

ですから、今のところ松本氏にとって問題なのは、文春砲第一弾のA子さんとB子さんのケースだけです。これは性行為の「強要」があったとされるので、深刻です。
とはいえ、刑事事件にはなりそうにないので、松本氏がすぐに反省の態度を示して謝罪すれば、大きな問題にはならなかったでしょう。
ところが、松本氏は「事実無根」と言ったために、A子さんは怒って「今後、裁判になったとしたら証言台で自分の身に起きたことをきちんと説明したいと考えています」と今回の文春の記事の中で言っています。
今後の裁判というのは、性行為の「強要」があったか、それとも「合意」があったかということが争点になると思われるので、A子さんが毅然とした態度で証言すると松本氏は苦しくなります。


ただ、謝罪会見というのはむずかしいものです。
これまで企業や個人が数々の謝罪会見を行ってきましたが、謝罪のしかたによってはかえって炎上します。
松本氏の場合、性格的に「真摯に謝罪する」ということができません。これまでそんな場面を一度も見たことがありませんし、真摯になるべき場面でも必ず笑いを入れてごまかしてきました。

しかも、この場合は女性に対して謝罪するわけです。
松本氏は女性を見下してきた人ですから(とくに性的な場面で)、「女性に対して真摯に謝罪する」というのは、松本氏においては不可能の上に不可能を積み重ねた行為です。

本来なら吉本興業が松本氏に謝罪会見をさせるところですが、吉本興業と謝罪会見というと、闇営業問題で宮迫博之氏と田村亮氏が真摯な会見をしたことが思い出されます。
そして、吉本の岡本明彦社長はなんと5時間半にも及ぶグダグダの会見をして、世の中をあきれさせました。
ただ、そのときに岡本社長は宮迫氏と田村氏の処分を撤回すると発表しましたが、宮迫氏はいまだにテレビに出られず、田村氏もほとんど“干された”状態になっています。
真摯な謝罪会見をした宮迫氏と田村氏が日陰に追いやられ、グダグダの会見をした岡本社長は今も芸能界の支配的立場にあります。

吉本興業がテレビ局に対して圧倒的な力を持っているのは旧ジャニーズ事務所と同じです。
これを機会に吉本興業のあり方も正常化してほしいものです。


今後行われる裁判で松本氏が勝訴しても、松本氏が今まで通り活躍できるようになるかというと、そうはいかないでしょう。
文春のふたつの記事は新たな問題をあぶり出しました。

文春の記事によると、松本氏はしょっちゅう女性との飲み会をして、その中から一人の女性を選んでセックスをしていることになります。
既婚者の身でそういうことをしているのを不愉快に思う人が多いでしょう。
そして、毎回違う女性を選んでいるのも不愉快に思う人が多いでしょう。
浮気や不倫は多少なりとも恋愛の要素がありますが、松本氏の場合は女性を性の対象としてしか見ていません。

それから、飲み会に女性を集めるのを後輩芸人にやらせ、セックスの対象に選んだ女性を口説くのも後輩芸人にやらせています。
文春が「SEX上納システム」と書いたのはそういうことです。
女性を集め、口説くといういちばんむずかしいところを後輩にやらせ、自分はおいしいところだけいただくというやり方です。
まるで大奥で女性を選んだ将軍です。


「SEX上納システム」は後輩芸人の働きによって成り立っています。
今回の記事には、福岡ではパンクブーブーの黒瀬純氏とその後輩芸人、大阪ではクロスバー直撃の渡邊センス氏とたむらけんじ氏がその役割をしていたと書かれています。前回の記事では小沢一敬氏でした。
ほかにもいっぱいいそうです。というのは、「人志松本のすべらない話」に出演した博多大吉氏も、女性を集めて松本氏を接待したという話をしているのです。
YouTubeからその話を要約して紹介します。

「ぼくら福岡で先輩芸人がこられたときにおいしいお店に連れていったり、女性をセッティングしたりというのを15年ぐらいやってたんです。十何年前、松本さんが初めて福岡にこられたとき、今田さんらと5人ぐらいでくると。で、わかってるかと、ちゃんと女の子を用意するようにと。正直言って、人気のない先輩だと女の子はあんまり集まらないんですけど、松本さんなら余裕で集まると思ってたんです。しかし、女の子に声をかけると、松本軍団が全国を飲み歩いているというのがへんな感じで伝わっていて、みんな飲み会は行きたくないと。なぜならなにされるかわからないと。いただける笑いよりも、のちに与えられる暴力のほうが上回るだろうと。前日か前々日に、飲み会に行ってもいいよという女の子は一人だったんです」

このあと、多方面に声をかけまくったら50人の女の子が集まって、飲み会の費用が33万6000円になり、松本氏の顔が青くなったというオチになります。
この話には「SEX上納」は出てきませんが、「いただける笑いよりも、のちに与えられる暴力のほうが上回る」という言葉は重いものがあります。

たむらけんじ氏は飲み会のあったことは認めていますし、LINEが流出したことで小沢氏の飲み会があったことも確かです。「SEX上納」の部分については女性の証言だけですが、松本氏の過去の行状などからもあったことは間違いないでしょう。

後輩芸人は、松本氏のために女性を集め、松本氏とセックスするかどうかまで確かめているわけで、こんなことはしたくないに決まっています。
松本氏が権力を持っているから、後輩はしかたなくしているのです。後輩にすればパワハラです。
いずれ後輩からパワハラを告発する声が上がっても不思議ではありません。


私は性加害の問題が発覚する以前から、松本氏の人間性を嫌っていました。

松本氏は体罰賛成論者で、テレビで何度も体罰賛成論を述べていました。
橋下徹氏も昔は体罰賛成論を盛んに主張していましたが、時代の流れを読んで、あるときから体罰否定論に転換しました。
しかし、松本氏は2017年にトランペット奏者の日野皓正氏が男子中学生にビンタするという事件があったときも体罰賛成論を言っていたので、おそらくテレビで最後まで体罰賛成論を言った人間です。

また、松本氏は赤ん坊や母親にもきびしいことを言ってきました。
かつてツイッターに「新幹線で子供がうるさい。。。子供に罪はなし。親のおろおろ感なしに罪あり。。。」と投稿したことがあります。つまり泣いた赤ん坊の親を責めたのです。
また、やはり新幹線の車中で、母親が1歳未満の赤ん坊に話しかけているのがよほど気にさわったらしく、「2時間半もずーっとしゃべってんねん、まだしゃべれん子に」と言い、それで赤ん坊が言葉を覚えると指摘されると、「家でやったらええやん。新幹線はそういう場所じゃないやん」と主張を曲げませんでした。

子どもや赤ん坊や母親にきびしいということは、要するに弱い者にきびしいということです。
松本氏の笑いは弱者をバカにしていて、学校でのいじめにつながっているという批判が前からありましたが、もっともなことです。

女性をとっかえひっかえして性欲のはけ口にし、後輩芸人を女性調達係として使い倒すというのは、人として許されません。
松本氏がそんな人間だとわかったら、裁判がどうなろうと、もう笑えないのではないでしょうか。

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(「週刊文春」1月18日号より)

1月8日、吉本興業は松本人志氏の芸能活動休止を発表しました。
あくまで「活動休止」であって、「活動自粛」でも「謹慎」でもありません。つまり悪いことはしていないというスタンスです。

吉本興業としては、松本氏へのスポンサーや国民の風当たりが強いので、松本氏に謝罪の言葉を述べさせてしばらく謹慎させたかったでしょう。そうすれば半年ぐらいで復帰できるかもしれません。
しかし、松本氏は「謝罪しない人」です(杉田水脈議員もそうです)。これまで謝罪するべき場面でも笑いを混ぜてごまかしてきました。
今回は「自分は悪くない」という態度を貫いていて、活動休止発表と同じ日にXへ「事実無根なので闘いまーす。それも含めてワイドナショー出まーす」と投稿しました。

吉本興業は松本氏の意向を尊重して、「裁判に注力するため」という理由をつけて「活動休止」としました。
裁判といっても実務は全部弁護士がやるので、松本氏は裁判しながら芸能活動をすることは十分に可能です。「裁判に注力するため」というのはあくまで口実です。

週刊文春編集部もその日のうちに「一連の報道には十分に自信を持っており、現在も小誌には情報提供が多数寄せられています。今後も報じるべき事柄があれば、慎重に取材を尽くしたうえで報じてまいります」というコメントを発表しています。
そして、次号に掲載される記事の見出しが明らかになりました。それがこの冒頭に掲げたものです。
それによると、新たに3人の被害女性が証言しています。

これから起きる裁判は、松本氏が名誉棄損で週刊文春を訴えるものになると思われますが、被害女性の証言の信憑性が問題になります。写真や録音の証拠がないのが弱みでしたが、何人もの証言がだいたい一致していれば、それが信憑性を保証することになります。
裁判はどう考えても松本氏が不利です。


松本氏は世の中の変化がまるで見えていなくて、ドン・キホーテのように世の中に向かって突進しています。
Xへの「事実無根なので闘いまーす。それも含めてワイドナショー出まーす」という投稿にも、世間の風は完全に逆風です。「ワイドナショーで後輩芸人相手にしゃべっても意味はない。記者会見をしろ」「フジテレビは公共の電波を一人の男の弁解のために使わせるつもりか」などの声が上がっています。
「事実無根なら記者会見で説明しろ」という声はもっともなもので、松本氏の欺瞞を浮き彫りにしています。

なお、松本氏はXを更新して、「ワイドナショー出演は休業前のファンの皆さん(いないかもしれんが💦)へのご挨拶のため。顔見せ程度ですよ」とトーンダウンしました。
「事実無根」であることをテレビで説明できないのであれば、裁判闘争もまともにできるとは思えません。


松本氏はまた、1月5日にXに「とうとう出たね。。。」というコメントとともにあるLINEの画像を貼り付けました。
その画像は「週刊女性PRIM」が報じたもので、被害女性A子さんが小沢一敬氏に宛てたものとされます。文面は「小沢さん、今日は幻みたいに稀少な会をありがとうございました。会えて嬉しかったです。松本さんも本当に本当に素敵で、●●さんも最後までとても優しくて小沢さんから頂けたご縁に感謝します。もう皆それぞれ帰宅しました ありがとうございました」というものです。
性加害にあった女性がこんなLINEをするはずがないと松本氏は主張したいのでしょう。
しかし、レイプされた被害者が加害者に迎合するのはよくあることです。

伊藤詩織さんが山口敬之氏にレイプされた事件において、伊藤さんはレイプされた日の3日後に山口氏にあてて「山口さん、お疲れ様です。無事ワシントンへ戻られましたでしょうか?VISAのことについてどのような対応を検討していただいているのか案を教えていただけると幸いです」というメールを送っていました。
山口氏はこれを性行為に合意があった証拠だとし、山口氏の応援団もこぞって、「レイプされた人間がこんなメールを送るはずがない。伊藤詩織はうそつきだ」と言い立てました。
しかし、人間の心理として、あまりにも衝撃的な出来事があって、心がそれを受け止められないとき、あたかもそれがなかったかのようにふるまうということがあるものです。これがひどくなると、解離性障害といって、記憶が飛んだり、人格が変わったりします。
東京地裁は2019年12月の判決で、このメールに関して「同意のない性交渉をされた者が、その事実をにわかに受け入れられず、それ以前の日常生活と変わらない振る舞いをすることは十分にあり得る」「メールも、被告と性交渉を行ったという事実を受け入れられず、従前の就職活動に係るやり取りの延長として送られたものとみて不自然ではない」と明快に判断しました。
私はこの判決を見て、ほっとしたのを覚えています。当時の常識からは、このメールがレイプのなかった証拠とされることもありそうだったからです。

当時は伊藤詩織さんへの誹謗中傷が激しく、伊藤さんは日本を脱出してイギリスに移住せざるをえませんでした。
しかし、伊藤さんの奮闘のあと、#MeToo運動が起こり、自衛官の五ノ井里奈さんの告発があり、ジャニー喜多川氏の性加害の被害者が声を上げて、世の中の価値観が変わってきました。
ところが、松本氏はこうした世の中の変化を理解していなかったようです。
松本氏から性加害を受けたという女性が次々と出てきたのは誤算だったでしょう。


松本氏は時代が読めないドン・キホーテであるだけではありません。

松本氏の周りの芸人たちは、この問題に関してほとんどコメントしていません。
12月29日の「ワイドナショー」で、東野幸治氏は「ちょっとびっくりしましたけど」と言い、今田耕司氏は「僕が知ってる松本さん、小沢君がとても言うとは思えないです、記事に書かれているようなコメントを。合コンとかしたこと、何度もありますけど」と言い、あと、ほんこん氏は自分のYouTubeチャンネルで「俺の子を産めとか言うかな?」「俺は相当、(松本氏は)自信があるのではないかなと思いますけどね」と言いましたが、3人とも松本氏と直接話はしていないわけです。
親しい関係なら「文春の記事、ほんまでっか?」と聞いて、その返事をみんなに伝えます。
おそらく松本氏は周りの芸人からも超越的な存在なので、おそれ多くて誰もなにも聞けないのでしょう。


吉本興業の経営陣も同じです。
活動休止を発表した前日、日本テレビ「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」の放映があり、冒頭でダークスーツ姿の藤原寛吉本興業副社長が「番組を始める前にわたくしのほうから謝罪とお知らせをさせていただきたいと思います」と切り出し、「2023年、弊社所属芸人が皆様に多大なご迷惑、ご心配をおかけしまして、本当に申し訳ございませんでした」と頭を下げましたが、なにについて謝罪しているのかは言いません。
隣の松本氏が「誰のことやねん。いっぱいいるからわからへん」などと突っ込んでいました。

松本氏の性加害問題を笑いにしてごまかすのかと驚きましたが、どうやらこの番組が収録されたのは文春が性加害を報道する以前のことだったようです。ですから、謝罪の対象は“当て逃げ”の藤本敏史氏のことだったと思われます(ほかに浜田雅功氏の“パパ活”などもありました)。
しかし、冒頭場面をカットするか撮り直しすることもできたはずです。そのまま放映したのは、吉本興業はやはり松本氏の性加害問題を笑いでごまかしたかったのでしょう。

吉本興業の岡本昭彦社長も藤原寛副社長も、今は万博催事検討会議共同座長をやっている大崎洋前会長も、みんなダウンタウンのマネージャーだった人です。つまりダウンタウンのマネージャーをやることで出世して経営の中枢に上り詰めたのです。
経営陣と松本氏は一体です。
経営陣も「事実無根」という主張は無理筋だと思っていても、松本氏にはなにも言えないのでしょう。

松本氏はお笑い芸人として圧倒的権威となり、吉本興業においても稼ぎ頭となったことから、誰も意見できない「裸の王様」になりました。


裸の王様はいずれ恥をかくことになりますが、このままでは吉本興業もいっしょに恥をかいてしまいます。
裁判のゆくえ以前に、吉本興業と松本氏の関係に注目です。

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2023年はジャニーズ事務所と宝塚歌劇団という芸能界の権威の中の闇があばかれた年でしたが、最後に松本人志氏の性加害スキャンダルが出て、芸能界に激震が走りました。
松本氏は吉本興業のタレントの中心的な存在であり、ダウンタウンとして大阪万博のアンバサダーも務めています。
今は週刊文春の第一報が出ただけですが、今後の展開から目が離せません。

『《参加女性が続々告発》「全裸の松本人志がいきなりキスしてきて…」「俺の子ども産めや!」1泊30万円の超高級ホテルで行われた「恐怖のゲーム」』という文春オンラインの記事で概略が読めますが、これは無料版なので詳しくありません。
「松本人志の性加害疑惑内容まとめ」というまとめサイトはもう少し詳しいですが、正確なまとめとは限りませんし、焦点もはっきりしません。
そこで、私が「週刊文春1月4・11日新年特大号」の記事から、重要な部分を紹介します。
重要な部分というのは、松本氏の行為は犯罪に当たるのか、犯罪でなくても倫理的に許されず芸能界を引退するレベルのものか、謝罪すればすむレベルのものか、そもそも記事内容はどの程度確かなことなのか、といったことです。


2015年の冬、A子さんはスピードワゴンの小沢一敬氏から飲み会に誘われます。A子さんは小沢氏の飲み会に何回か参加したことがあります。ただ、そのときは小沢氏から「VIPをお呼びするから絶対ドタキャンはしないように」と言われます。
飲み会の場所は六本木のグランドハイアット東京の「グランドエグゼクティブスイートキング」という一泊約三十万円の部屋です。女性の参加者はA子さんを含めて3人、男性は小沢氏と放送作家X氏、そこにA子さんには「ものすごいVIP」としか知らされていなかった松本氏が現れます。
松本氏は飲むとだんだん饒舌になり、「日本の法律は間違ってると思うねん。俺みたいな金も名誉もある男が女をたくさん作れるようにならないとあかん。なんで嫁を何人も持てないんや」などと言います。
女性の一人が「素敵な奥様がいらっしゃいますよね」と言うと、松本氏は「女は出産すると変わんねん」と言い、女性たちに向けて「俺的には三人とも全然ありやし。で、俺の子ども産めるの? 養育費とか、そんくらい払ったるから。俺の子ども産まん?」などと言います。
夜10時すぎ、小沢が「さぁ、みんなでゲームを始めよう」と言います。グーチョキパーによって男と女がペアになり、松本氏が寝室、X氏が浴室、メインルームのソファに小沢氏がいて、15分ほどで女性は部屋を移動するというゲームです。

A子さんが寝室で松本氏と対面したときの様子を記事から引用します。

A子さんが恐怖の体験を振り返る。
「いきなりキスされ、混乱していると、松本さんは『さっきの話や。俺の子ども、産めるの?』と迫ってきた。またキスされそうになったので、しゃがんで抵抗したところ、足を固定されて三点止めの状態にされてしまった。その日、私はボタン付きのシャツを着ていましたが、松本さんが無理やり上から脱がそうとしたため、ビリッと破れてしまった」
いつの間にか松本は全裸になり、身体を押し付けてくる。A子さんは唖然と佇立するしかなかった。
「松本さんは『俺の子どもを産めや』と呪文のように唱えてきて、それでも拒否していると大声で『なぁ! 産めへんのか!』と。恐怖で震えている私を見て、ますます興奮しているようでした。私は『このまま本当に殺されるかもしれない』とパニック状態になりました」(同前)
A子さんの右手を掴んだ松本は、股間を触るように誘導してきたという。
「私は『ホント、すみません、すみません』と必死に拒否しながらも『一度射精させれば襲われなくなるかもしれない』と防御策を考えました。何度も抵抗した後、右手だけで応えるようにしていたんですけど、しゃがみ込んだ途端に口に押し入ってきた。そして最後は口内に出されました。その瞬間、頭の中が真っ白になってしまった」(同前)
それから約十秒と経たないタイミングだった。
「はい、終了~!」
隣室から小沢が嗄れ声で叫んだのだ。
「あまりのタイミングの良さに『相当慣れてるな』と思ったんです。口の中の精液を目の前で吐き出すと怒られるかもしれないと思い、松本さんがリビングに行った瞬間を見計らい、ベッド右脇の床に吐き出してしまいました」(A子さん)

被害者はA子さんだけではありません。

A子さん参加の飲み会の3か月ほど前、B子さんはやはり小沢氏に誘われて飲み会に参加しました。場所は同じグランドハイアット東京の「グランドエグゼクティブスイートキング」で、参加者は男性4人、女性4人でした。そして、飲んでいると“ゲーム”が始まります。
B子さんが松本氏の部屋に入ると、松本氏は全裸になってベッドに引きずり込んできました。そのときに言われた「君みたいな真面目な子に俺の子どもを産んでほしいねん。君の子どもがほしい」という言葉がB子さんの脳裏に焼きついています。
B子さんが必死に抵抗すると、「セックスがだめなら口でやって」と言い、B子さんが「むりです」と断ると、「口がだめなら手でやって」と言い、ベッド上の攻防は十数分続き、心が折れて、「最後は私の手の中で果てていました」(B子さん)ということです。
それから数年間、B子さんはPTSDに悩まされ続けました。


これらの行為は法的にはどうなのでしょうか。
「口淫」と「手淫」であって、「挿入」はありません。
かつて強姦罪は姦淫すなわち性交のみが処罰対象でした。
しかし、2017年の刑法改正により「強姦罪」は「強制性交等罪」と名前が変わり、性交のほか、肛門性交、口腔性交も処罰対象となりました(男性の被害も認められ、非親告罪となりました)。
ただ、松本氏の行為は2015年のことですから、処罰対象にはなりません。
それに、当時この事件が発覚して、検察がむりやり起訴に持ち込んだとしても、裁判所は「性交していない」ということのほかに、「被害者は拒否しようとすればできたのにしなかった」という論理で松本氏に強姦罪を適用しないでしょう。

松本氏の行為に刑法上の罪は問えないと思われます。
しかし、それはA子さんとB子さんに「性交」がなかったからです。
飲み会に参加したほかの女性には「性交」をした人もいるはずです。
「三人中、二人が生理やん。どないなってんねん!」と松本氏が怒ったとA子さんは言っています。性交できない女性を「生理」という隠語で呼ぶそうです。
松本氏と性交した女性が被害を訴えたら、強姦罪の時効は10年なので、即「松本アウト~」となります。
今回の文春の報道が呼び水となって、被害を訴える女性がさらに出てくるかもしれません。

もっとも、松本氏は「証拠がない」と主張して争うかもしれません。飲み会参加の女性は松本氏がくる前に携帯電話を預けさせられています。ですから、証拠の写真や録音はないはずです。
しかし、「証拠がない」と言って無実を主張するのは、今では裁判所はともかく世の中が許しません。


性交に関して、同意があったか強制だったかということはしばしば問題になります。腕力が強い男、権力を持った男に女性は強く抵抗できませんが、そうすると「合意があった」と見なされがちです。
そこでさらに法律が改正され、2023年7月に施行された改正法では「強制性交等罪」は「不同意性交等罪」という名前に変わり、成立要件がより明確になりました。
たとえば「暴行又は脅迫」「アルコール又は薬物の影響」「 経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力による不利益の憂慮」などで「同意しない意思を形成したり表明したりするのが困難な状態」であれば、不同意性交等罪が成立します。

松本氏は芸能界の大物で、筋肉ムキムキです。A子さんは小沢氏から「くれぐれも失礼のないように。怒らせるようなことをしたら、この辺、歩けなくなっちゃうかもしれない」と言われます。スイートルームにいる男たちはみな「セックスするのが当たり前」という認識でいます。この状況で拒否するのはたいへんです。
もし当時に「不同意性交等罪」があったら、松本氏は完全に有罪です。
「昔はそんな法律はなかったからいいんだ」という言い訳は、やはり世の中が許しません。


この7年間に2度も「強姦罪」に大きな変更が加えられたのは、強姦に関する世の中の価値観が大きく変わってきたからです。昔の法律はあまりにも男に都合よくできていました。
もしA子さんとB子さんの事例だけなら、刑法的にはセーフです。しかし、世の中の価値観からはアウトです。
ほかの事例が発覚すれば刑法上もアウトです。


吉本興業は週刊文春の記事に関して「当該事実は一切なく、本件記事は本件タレントの社会的評価を著しく低下させ、その名誉を毀損するものです」「厳重に抗議し、今後、法的措置を検討していく予定です」という声明を発表しました。
この時点では、文春記事は事実か否かが問題になりそうな感じでしたが、その後、松本氏も小沢氏もノーコメントを貫いているので、松本氏を擁護する声はなくなりました。
松本氏のキャラクターや日ごろの言動から、文春の記事のようなことはあったに違いないと思う人が多いように思えます。

松本氏は沈黙したままこの問題から逃げきることはできません。
自分は無実だと主張すると、被害女性は嘘つきだと決めつけることになり、非難の火に油を注ぐようなものです。
松本氏が芸能活動を続けたければ、罪を認めて、謝罪し、被害者に補償することです。
松本氏のお笑いの才能は多くの人が評価しているので、真摯に謝罪すれば世の中も許してくれるかもしれません。
テレビに出られなくてもYouTuberとして活躍することはできます。

問題は吉本興業です。
松本氏全面支持の声明を出してしまったので、路線転換できるかです。
松本氏が反省の態度を示さない場合、島田紳助氏のように切り捨てられるかが問われます。


「俺の子どもを産めや」というのは奇妙なセリフです。セックスしたい男は「ちゃんと避妊するから」と言って口説きます。
小沢氏は「松本さんの性癖って本当に凄く変わってるの。AV女優とかプロの女性はダメで、ファンの子もダメなのよ。そこに価値を感じないわけ」と言います。
松本氏も「最近は俺、図書館にいる司書さんみたいな人と付き合いたいねん」と言います。

松本氏の立場なら、あと腐れなくセックスさせてくれる女性を見つけるのは容易なはずです。しかし、そういう女性では満足できないのでしょう。
「俺の子どもを産めや」と言って、相手の女性の拒否感を強めておき、そういう女性を支配することに喜びを感じるのです。
ただ、腕力や暴力を行使せずに、心理的に屈服させ、支配するのです。
そのため、「ほとんど強制だが、完全に強制とはいえない」という微妙な状況になって、気の弱い女性はレイプされ、気の強い女性はレイプを免れることができるというわけです。

松本氏はきわめて支配欲、権力欲の強い人です。
松本氏はほとんどのお笑いコンテストで審査員を務めています。そのためお笑い界で権威になり、それはお笑い界にとってよくないことだと、オリエンタルラジオの中田敦彦氏が松本氏を批判しました。まっとうな批判でしたが、逆に中田氏がたたかれました。松本氏の芸能界における支配力が強すぎたのです。
松本氏はカリスマといってもいい存在になり、女性蔑視発言やさまざまな問題発言をしても謝罪せずに許されてきました。
こういう権力欲の強い人は、謝罪することを人よりも屈辱的に感じるのでしょう。

今後は、松本氏がどれだけ真摯な謝罪をするかが問題になると思われます。

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ジャニーズ事務所は10月2日、性加害問題への対応について2回目の記者会見を行いましたが、NG記者リストの存在が明らかとなって、事態は反転しました。

記者会見直後は、指名されないことに不満を言う記者や、指名されないのに発言する記者がいるなど記者のマナーの悪さが指摘され、井ノ原快彦副社長が「落ち着きましょうよ。子どもたちも見ています」などと言って記者たちをいさめたときには会場から拍手が起きるなど、「一部の記者が悪、ジャニーズ事務所が正義」みたいな図式でした。
ところが、NG記者リストがあるとなると、指名されなくて不満を言った記者のほうが正義ということになり、オセロゲームのようにすべてがひっくり返りました。
さらに、ジャニーズ事務所は指名OKの記者リストをつくっていたことも判明しました。
つまりジャニーズ事務所に批判的な記者は指名しない一方、ジャニーズ事務所に都合のいいことを言いそうな記者を指名して、記者会見をしゃんしゃん大会ならぬ“しゃんしゃん記者会見”にするつもりだったようなのです。

おそらく官房長官や首相の記者会見で指名される記者も質問内容も最初から決まっているのを見て、真似したのでしょう。


私は念のためにYouTubeで約2時間の記者会見をすべて見てみました。

司会者は記者を指名するとき、決まって20秒から30秒ぐらい時間をかけます。勢いよく手を挙げた、いちばん目立つ記者を指名すれば時間はかからないはずです。NGリストとOKリストの顔写真と、手を挙げている記者の顔を脳内で照合しているから、指名するのに時間がかかるのでしょう。

それから、井ノ原副社長が「落ち着きましょうよ。子どもも見ています」と言った場面をニュース番組で見て、会場が騒然としたから、それを収めるために井ノ原副社長がそう言ったのかと思っていましたが、実際は多少騒然としたときがあって、それが収まったタイミングで言っていました。
つまり必ずしも言う必要はない場面でした。
実は井ノ原副社長は質疑応答が始まって25分ほどしたところでも、「落ち着きましょう。落ち着きましょう」と言っていました。
どうやら井ノ原副社長はそういう役回りをすると最初から決まっていたようです。

最初はNG記者を指名しないことでしゃんしゃん会見にするつもりだったかもしれませんが、指名されない記者が騒ぐに違いないと思い直して、「騒ぐ記者対冷静なジャニーズ経営陣」という図式を描く作戦にしたのでしょう。

NG記者リストに入っていた鈴木エイト氏がX(旧ツイッター)に次のような投稿をして、その手口の一端をあばいています。

鈴木エイト ジャーナリスト/作家
ジャニーズ事務所会見当日、私が抱いた最も大きな違和感は”客席”上手側の後ろの方に座っていた男性の存在とその言動だ。大柄なこの男性は質疑応答の際も手を挙げることなく、NGリストの記者が質問者指名選別に異論を唱えていた時、被せるように「捌けよ、司会がぁ!」「司会がちゃんと回せよ!」などと罵声を浴びせていた。私の直感だが、この男性はメディア関係者ではない。各報道において「指名されない記者からの不満の声が~」「加熱する記者に~」というイントロダクションでこの怒号が流れるのは当日の会見場で起こっていたこととは反する。本日の日本テレビの報道では『ジャニーズがコンサル会社に相談「会見が荒れないように手立てを考えて」』とあった。敢えて主催者側が場を荒れさせ、それを“回収”していた疑惑も浮上する。この男性の人物特定が“謎”解明のポイントになるのではないか

ジャニーズ事務所は「騒ぐ記者」まで仕込んでいたようです。
これはかなり悪質です。
これが事実と認定されれば、ジャニーズ事務所の名誉回復は困難です。


ジャニーズ事務所がちゃんと反省していれば、記者会見でなにを質問されても対応できるはずです。
NG記者リストをつくるのは、なにかやましいところがあるからです。

記者会見を聞いていると、いろいろお粗末なところがありました。たとえば被害者への補償のやり方が具体的にはまったく決まっていないようでした。質問したのがきびしい記者でなくて幸いでした。
しかし、その程度のことなら、批判されても低姿勢で切り抜けられるでしょう。

ジャニーズ事務所がいちばん追及されたくないことはなにかと考えると、ジャニー喜多川氏の性加害を東山紀之社長以下の新しい経営陣が知らなかったはずはないだろうということです。このことはこれまで一応否定されてきましたが、あいまいでした。

ジャニーズ事務所の「外部専門家による再発防止特別チーム」の調査報告書によると、「ジャニー氏の性加害は、1950年代から2010年代半ばまでの間にほぼ万遍なく認められた」とされ、その間の被害者の数は「少なく見積もっても数百人がいるという複数の証言が得られた」ということです。

被害者が多数であれば、そのことは隠しようがないはずです。
文春オンラインの記事がその状況を描いています。

 ジュニア時代は豊川誕やJOHNNY'S ジュニア・スペシャルなどのバックダンサーを務めていたという杉浦氏。朝早い番組収録がある日には、麻布十番にあったジャニー氏の自宅兼合宿所のマンション「ドミ麻布」に泊まりに行っていた。150平米ほどの広さで、デビューしたタレントの部屋に加えて、大勢のジュニアが雑魚寝する部屋があった。

 杉浦氏はそこで被害に遭った。

「(雑魚寝部屋で寝ていると)大好きな麻雀を終えたジャニーさんが夜中に帰ってくる。そしてみんなが寝ている場所にやってくる。まず真ん中に入ってきて、そこから右に行くか、左に行くかはわからない。真ん中は基本的に(何も知らない)新しい奴。俺は(被害に遭わないように)端っこで壁にへばりついていました。それでも普通に(パンツの中に)手をいれてくる」(杉浦氏)
(中略)
「『トイレ行ってきます』と言って、朝まで出てこない奴もいました。ジャニーさんがいるから怖くて戻って来られない。そいつはその後すぐ辞めていました」(同前)

 ジュニアたちは皆、ジャニー氏の性加害を怖れていた。しかし、我慢してやり過ごしていたという。

「ジャニーさんに嫌われたら、その先がない。そう考えたら、もうそれしかないわけです。ジャニーさんのやりたいようにやらせるしかない。だって、みんなデビューして名を馳せたいんです。だから逆らえない。一切逆らえない。実力社会じゃなく、やっぱりそこはおかしいよね」(同前)

ジュニアのほとんどは性被害にあっていたようです。

このあたりのことは東京新聞がいくつもの記事を「【ジャニーズ性加害問題まとめ】元Jr.ら、次々と勇気ある告白…社名変更、廃業へ」というサイトでまとめています。

性被害にあわなかった人でも、仲間が性被害にあっていたことはわからないはずはありません。
そうすると、今活躍しているジャニーズ事務所のほとんどのタレントは、ジャニー氏による性加害の被害者か、そうでなくてもジャニー氏による性加害が事務所内で広く行われていたことを知っている人です。

もちろん東山社長や井ノ原副社長も例外ではありません。
そのことをはっきりさせなければ再出発もないはずです。

記者会見でそのことをずばり質問した記者がいました。
NG記者リストに入っていた佐藤章氏です。どうやら司会者が間違って指名してしまったようです。
佐藤氏は、東山社長はジャニー氏の性加害を知っていたのではないか、カウアン・オカモト氏が当時合宿所にいた100人から200人のほぼ全員が被害にあったと証言しているので知らないはずはない、知っていて防止策を講じなかったなら児童福祉法違反の共犯や幇助犯になるのではないかと追及しました。
東山社長は知らなかったと言いましたが、「当時は16,7歳だったので、性加害について理解するのがむずかしかった」とも言ったので、かなり微妙です。
なお、木目田裕弁護士は、東山社長が性加害をかりに知っていたとしても共犯や幇助犯にはならないと言いました。

こういう本質をつく質問をする記者がいるので、ジャニーズ事務所はNG記者リストをつくったのでしょう。


東山社長は社長という立場なのでこのような追及を受けましたが、本来は被害者なので(被害を受けていればですが)、同情されていいはずです。
問題は、経営には関わらない多数の所属タレントたちです。
再発防止特別チームの報告書や被害者の証言からすると、タレントのほとんどは性被害を受けているはずです(本人は被害を受けていなくても、DVを身近に目撃するだけで面前DVとされるように、身近な人間が性被害を受けているのを知っただけで被害者と見なすことができます)。

つまり東山社長以下、多数の所属タレントが性加害の被害者であるにもかかわらずそのことをごまかしていることこそ、ジャニーズ事務所がかかえる最大の問題です。


おそらくファンたちも、自分の“推し”が被害者かもしれないと思って、もやもやした気持ちをかかえているはずです。
日本全国で大量のタレントとファンの関係がおかしなことになっているのです。
この関係を正常化することが、被害者補償の次になされるべきことです。

まず東山社長、井ノ原副社長が自分自身の性被害を告白するべきです。もし自分が被害にあっていなければ、周りの人たちの被害について語るべきです。
それから元SMAPのメンバーあたりが告白すれば、若い人たちも告白しやすくなるでしょう(森且行氏がSMAPを抜けたのもジャニー氏の性加害が関係しているに違いありません)。
芸能活動を続けるにはジャニー氏の性加害を受け入れるしかなかったので、そのことは決して批判されることではありません。
告白すればトラウマの解消にも役立ちます。


みんなが告白すれば、ジャニー氏がとんでもない異常性癖を持った人間だということが明らかになり、ジャニーズ事務所についての見方も変わるでしょう。
ジャニーズ帝国が解体して消滅すれば、それは好ましいことです。

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ジャニーズ事務所の名前を変えるべきか否かが議論になっています。
この名前のままではジャニー喜多川氏による性加害が想起され、被害者が傷つくというのです。
しかし、ジャニーズ事務所はジャニー氏がつくったもので、所属タレントもほとんどはジャニー氏が採用して育成したわけですから、全体がジャニー氏の色に染まっています。名前だけ変えてもたいした意味はありません。

世の中には、ツイッター(現X)で「#ジャニーズ事務所を応援します」というハッシュタグが一時トレンド入りするなど、ジャニーズ事務所やその所属タレントを応援する人がたくさんいます。
一方、ジャニー氏の性加害を告発した被害者を誹謗中傷する人もいて、応援する人との区別がつきにくくなっています。
ジャニー氏のしたことをすべて否定するから、こうした混乱が生じるのです。
ジャニー氏のしたことを、よいことと悪いことに区別しないといけません。

ジャニー氏の性加害はもちろん悪いことです。芸能事務所の社長という圧倒的な権力を背景に、12,3歳という若い子も含まれる少年たちを自身の欲望の犠牲にしたわけで、少年の心に深い傷を残したのは確実です。
しかし、その一方で多数の男性アイドルを育てて、「ジャニーズ帝国」と言われるほどの一大勢力を築き上げました。
このように多数の男性アイドルを育てたのはジャニー氏の功績として評価するべきでしょう。

ジャニー氏が巧みだったのは、フォーリーブスを皮切りに、シブがき隊、少年隊などのようにグループとして売り出したことです。
このグループ戦略は、モーニング娘。やAKB48、さらには韓国アイドルにも広がりました。
おそらく芸能界を一人で生き抜いているアイドルは、若いファンには身近に思えないのでしょう。グループ活動をしているアイドルなら、中学生や高校生にとって親しみがあります。

それから、歌と踊りだけでなく、しゃべりの技術を向上させて、バラエティ番組に進出させたのも成功しました。今ではバラエティ番組はジャニーズのタレントだらけです。

そのような売り出し方もだいじですが、やはりいちばんだいじなのはそのアイドル自身の魅力です。
ほとんどはジャニー氏が選んだのでしょうから、その目利きがすごいといえます。

ジャニーズのアイドルはそれぞれ個性的で、多様な人間が集まっていますが、全体として一定の傾向があります。
学校のクラスでいえば、優等生タイプはいません。あまりイケメンでない、ひょうきん者はいます。不良っぽいのもいますが、ほんとうの不良みたいなのはいません。
そしてなによりも、体の大きい筋肉質の男、つまりマッチョはいません。これがなによりの特徴です。
つまり「男くさい」のはいなくて、全員が「少年っぽい」のです。
これはEXILEと比べてみれば歴然とします。EXILEは全員マッチョで、「男くさい」のがそろっています。ジャニーズと好対照です。
なお、不思議なことにジャニーズのアイドルは何歳になっても「少年っぽい」ままで、「貫禄」がつきません。

こうした特徴は、おそらくジャニー氏の好みによるのでしょう。
ジャニー氏は、好みの少年を事務所に入れて、ハーレムを形成しました。ハーレムからその日の気分に合わせて少年を選び出して、夜の相手をさせていたわけです。
ジャニー氏の性癖は、同性愛でかつ小児性愛ということになるでしょう。
同性愛自体は問題ではありませんが、小児性愛は、その欲望を実行に移すと犯罪になってしまいますから、めったに満たされることはありません。
ところが、ジャニー氏は自由にその欲望を満たしていたわけです。
世界広しといえども、現代にこのように欲望を満たしていた人間はほかにいなかったのではないでしょうか。


ジャニーズ事務所のアイドルが芸能界を席巻したことで、世の中の価値観が変わりました。
ジャニーズのアイドルのような「少年っぽい」男がいい男、もてる男ということになりました。
「男くさい」男、マッチョな男は人気がなくなりました。
若い男性は女性にもてるために、ジャニーズのアイドルのような男を目指したので、日本の若い男性全体がジャニー氏のハーレムの方向にシフトしたことになります。

ジャニーズ事務所の社名を変えるより前に、日本はジャニー氏によって変えられていたのです。

もっとも、「男くさい」男から「少年っぽい」男へのシフトは、平和な時代が長く続いたことが主な原因です。ただ、ジャニー氏がその変化を加速したということはいえるでしょう。
この変化がよいか悪いかといえば、私自身はよいと思っています。軟弱な男が増えたということで、それだけ戦争しにくくなるからです。


なお、秋元康氏プロデュースのAKBグループ、坂道グループのアイドルにも一定の傾向があります。
学校のクラスでいえば、不良、ギャル、ヤンキーっぽいのはまったくいなくて、優等生っぽいのばかりです。
おそらくこれは秋元氏の好みなのでしょう。
日本のアイドル文化は、2人の男の個人的な好みによって決定されているのです。

そして、このアイドル文化は日本社会のあり方にも影響を与えているに違いありません。


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ジャニー喜多川氏の性加害問題に関する「外部専門家による再発防止特別チーム」が8月29日、調査報告書を公表し、ジャニー氏の性加害について「長期間にわたって広範に未成年者に対して性加害を繰り返していた事実が認められた」としてかなり具体的に記述し、さらに藤島ジュリー社長の辞任を求めました。
この「特別チーム」はジャニーズ事務所が設置したものなので、ジャニーズ事務所に対して甘い内容の報告書になるのではないかと見られていましたが、意外なきびしさでした。

ジャニー氏の性加害問題は、1999年に「週刊文春」が本格的に追及し、ジャニーズ事務所が「週刊文春」を名誉棄損で訴えますが、「その重要な部分について真実」とする判決が2004年に確定しました。
ところが、新聞もテレビ局もこの問題をほとんど報じず、ジャニーズファンや国民も関心を示さないので、まるで問題がないようなことになっていました。
ジャニーズ事務所の力が圧倒的に強いのでテレビ局は批判などできず、ファンもアイドルのイメージを傷つけたくなかったのでしょう。

ところが今回、イギリスのBBCの報道をきっかけに少しずつ日本のメディアも報道するようになり、さらに国連人権理事会の調査チームが来日して国際問題化し、世論も関心を高めていました。
そうした流れがあったので、「特別チーム」の報告書もきびしいものになったのでしょう。

こうした流れを形成するのに力があったのは、ジャニー氏による性加害の被害者が次々と顔出しして被害を訴えたことです。
こうなるとニュース番組も報道しないではいられません。
ジャニーズ事務所としては「性加害はなかった」あるいは「性加害のことはわからない」としたいところでしたが、被害者が出てきたのではそうもいきません。


セクハラ被害者が顔出しして被害を訴えたということでは、自衛隊員の五ノ井里奈さんがそうでした。
五ノ井さんは訓練中に男性隊員からセクハラ被害にあったことを自衛隊に訴えますが、黙殺されたので、やむなく顔と実名を出してマスコミに訴えました。たった一人で自衛隊を相手に戦ったのですが、昨年12月に加害者の隊員5人が懲戒免職になるなどの処分が発表され、戦った成果がありました。

こうしたことの元祖は、ジャーナリストの山口敬之氏にレイプされたと訴えた伊藤詩織さんです。
伊藤さんは就活中の学生時代に山口氏にレイプされましたが、山口氏は安倍首相のお友だちであったため警察が逮捕状を執行せず、顔出しして被害を訴えました。警察と検察を動かすことはできませんでしたが、民事訴訟では最高裁まで行ってほぼ完勝に近い結果でした。


今の時代、「被害者の感情」というものがひじょうに重視されます。

もともと悪を罰するのは「正義」の論理によっていました。
ところが、今は「正義」の価値がはなはだしく下落しています。なにかを主張するとき「正義」を名目にすると、絶対反論されるはずです。
法務省が死刑制度を正当化するときも、アンケートで死刑賛成が多数であるという「国民感情」を理由にします。
なにか凶悪な殺人事件が起こったときも、決まって被害者遺族がテレビのインタビューで「死刑を望みます」と語る場面が流されます。
テレビのコメンテーターなども、事件や迷惑行為や不倫などについてなにか主張するときは最終的に「被害者の感情」に結びつけます。

今や「被害者(遺族)の感情」が「正義」に代わって社会を動かす原理になっています。

「被害者の感情」を世の中に訴える場合、被害者の顔が見えるのと見えないのとでは大違いです。
それに、被害者本人がいると、間違った主張にすぐに反論できます。

韓国の人気女性DJであるDJ SODAさんが8月13日、大阪の音楽フェスティバルで複数の人間から胸を触られるという痴漢被害にあい、X(旧ツイッター)で公表しました。
その中に「公演中にこんなことをされたことは人生で初めてです」とあり、これは日本人批判だということで反発が強まりました。
そして、海外の公演で体に触られている動画とともに「海外でも痴漢にあっている。DJ SODAは嘘つきだ」という主張が拡散しました。しかし、これにはDJ SODAさんがすぐに「その触っている人物は私のボディガードです」と反論して、収まりました。
また、「露出の多い服装をしているから痴漢にあうのだ」という批判も山ほど発生しましたが、DJ SODAさんは「服装と性犯罪の被害は絶対に関係がない」「原因はセクシーな服装ではなく、加害者」と反論しました。


伊藤詩織さん、五ノ井里奈さん、ジャニー氏の性加害の被害者たちが勇気ある告発をしたことで、世の中の空気も変わってきましたが、これらの人たちは猛烈な誹謗中傷にさらされました。
伊藤さんは日本にいられずイギリスに移住しましたし、五ノ井さんはあまりの誹謗中傷に昨年10月、ツイッターに「人を中傷する人生なんて何が楽しいのか分からない。誰かの悪い所10個探すより人の良いところを10個探した方が楽しい。早く笑って過ごしたい。もう耐えるのも疲れてきた」と心情を吐露したことがあります。
ジャニー氏の性加害の被害者たちも「売名行為だ」「カネ目的だ」と批判され、「『死ね』っていうメールが毎日来た」(橋田康氏)というぐあいです。


顔を出してセクハラなどを告発する人間がなぜこれほどに誹謗中傷にさらされるのでしょうか。
それはセクハラなどの被害者が顔を出して告発することがきわめて効果的だからです。
しかも、これまでの告発は性的な問題にとどまらず、安倍政権、自衛隊、大手芸能事務所という権力構造を標的にするものでした(実は権力構造がセクハラの温床だったわけです)。
ですから、保守的な人たちは「小娘や若僧が権力の根幹を揺るがしている」といういら立ち覚えて、誹謗中傷を浴びせているのでしょう。

今後も勇気ある告発をした被害者は、こうした誹謗中傷にさらされるでしょうが、セクハラ、性加害、レイプが悪いという認識の広がりを止められるはずがありません。

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6月29日に18歳の女子大生冨永紗菜さんが殺された事件で、逮捕された22歳の伊藤龍稀容疑者と紗菜さんは最終的に交際していたと警察が見なしたため、ストーカー規制法の対象にはなりませんでした。私もこれはデートDVであるとして前回の記事を書きました。
しかし、二人の間には何度も別れ話が出て、伊藤容疑者は紗菜さんに「別れるなら殺す」と脅していました。そして、犯行の少し前に紗菜さんから別れを告げられ、「よりを戻したかったが、説得できなかった」という理由で紗菜さんを包丁で刺して殺害しました。
伊藤容疑者は
別れを告げられても紗菜さんにつきまとったのですから、これはストーカー事件でもあります。
そこで今回は、ストーカー事件という角度から書いてみます。

それにしても、相手を殺してしまえばもういっしょになることはできませんし、自分は最低でも十数年の刑期を食らうことになるのですから、まったく不合理な殺人です。
こういうストーカーの心理はどうなっているのでしょうか。


昔、「ストーカー」という言葉がないころは「恋愛妄想」などと言われていました。コミュニケーション能力に欠けた人間が、自分は相手と恋愛関係にあるという妄想を勝手にふくらませるというイメージです。今もこれに近いものが多いでしょう。

しかし、伊藤容疑者はそんなにコミュニケーション能力がないわけではありません。
集英社オンラインの【横浜・女子大生刺殺】「女にフラれると『自殺する』とLINEに」…親友が語った伊藤龍稀容疑者(22)の素顔と複雑な家庭環境「親に冷たくされ家出、仕事を転々として蒲田の飲食店で出会ったのが紗菜ちゃんでした」という記事から引用します。

偏執的な犯行に及んだ伊藤容疑者とは、どんな人物なのか。横浜市内の中学校で同級生だった男性は、こう当時を振り返った。

「龍稀は中学2年の初めくらいに転校してきました。栃木県の方から引っ越してきたはずです。部活動は複数掛け持ちしていたような気がするけど、サッカーに本腰を入れていました。運動神経はかなりよくてサッカーも上手で、ポジションはキーパーだったと思います。
外交的で誰とでも仲よくなるタイプで、少年院に入っちゃうような子とも仲がよかったんですよ。本人は全く悪いことはしてなくて、いいヤツすぎるぐらいだったんですけどね。だから校内では結構な人気者でした。マジックに凝ってるときもあって、何かの集まりで校長先生たちにマジックを披露して大盛り上がりしたこともありました」

しかし、伊藤容疑者は高校を中退し、いつのまにか「ヤンチャ」になっていたといいます。

「横浜でたまたま見かけたんですよ。黒服の格好して夜のお店のキャッチをしてました。髪型も横を刈り上げて前髪は上げて、ヒゲも生やしてて、中学時代と見た目が全然違うから、『あー、グレちゃったんだ』って思いました。そこにきて今回の事件、犯人がまさか龍稀だとは思わなかったんで、正直鳥肌が立ちました。どこでそんなに人が変わっちゃったんですかね」

伊藤容疑者は風俗店などの夜の世界に入ったようですが、一人で妄想をふくらませるタイプとは思えません。


私はストーカー規制法が制定されるきっかけとなった1999年の桶川ストーカー殺人事件を連想しました。
これは大学2年の猪野詩織さんが交際相手の兄や仲間に殺された事件で、猪野さんは交際中に殺される恐怖を感じて何度も警察に相談しましたが、警察はまともな対応をしませんでした。猪野さんが殺されたあとは、猪野さんは風俗嬢だったという誤った情報をマスコミに流すなどし、警察において3人の懲戒免職を含む15人の処分者を出すことになりました。
猪野さんの交際相手の男は6、7店の風俗店を経営するというやり手で、兄や仲間が猪野さん殺しを実行したことからもわかるように(本人は手を下さず)、仲間と強い絆を持っていたようです。

伊藤容疑者も桶川事件の交際相手も、コミュニケーション能力のない妄想型のストーカーではありません。妄想型は警察が介入すれば妄想から覚めて、多くは犯罪には至らないのではないでしょうか。


伊藤容疑者も桶川事件の交際相手も、強い男、男らしい男です。
男らしさを誇示することをマチズモといいますが、裏社会で生き抜いていくにはマチズモが有効なのでしょう。

こうした男は「強い」と見えますが、人間の強さには二種類あるので、区別しないといけません。
わかりやすくいうと、ひとつは「人当たりの強さ」で、もうひとつは「芯の強さ」です。
「人当たりの強さ」は文字通りそういうことですが、「芯の強さ」とは危機に瀕したときに心が持ちこたえる強さです。
このふたつは別物なので、両方ある人、両方ない人、片方だけある人とさまざまですが、「人当たりの強さ」がある人は「芯の強さ」もあるように誤解しがちなので、そこは注意が必要です。


伊藤容疑者は紗菜さんとつきあいました。男らしさを誇示し、コミュニケーション能力を駆使したのかと思われますが、やがて振られそうになります。
好きな相手から振られるのは誰でもつらいもので、ここで「芯の強さ」が試されます。

振られそうになると、普通は下手に出て、「悪いところは改めるから、別れないでくれ」などと頼むところですが、マチズモの男は女に弱みを見せられないので、逆に相手を脅かすようです。
もちろん脅かして愛を取り戻すことはできません。

相手の気持ちが変わらないとわかれば、現実を受け入れるしかありません。
ところが、伊藤容疑者はどうしても現実を受け入れることができなかったようです。
紗菜さんに振られることは、人生のすべてを失うのと同じと思えたのでしょう。
そのため紗菜さんを殺して、自分は殺人犯になりました。

ちなみに桶川ストーカー事件で猪野さんとつきあっていた男は、仲間に猪野さんを殺害するよう指示して、自分は自殺しています。

これらの男には、表面的な強さと、一人の女に振られるのに耐えられない心の弱さが同居していたのです。


少し気になる異性をデートに誘って断られると、それだけでけっこう傷つきます。
強く惚れた相手に振られると、もっと傷つきます。
しかし、普通の人はそれを乗り越えていきます。
乗り越えていけない人の心理はどうなっているのでしょうか。


失恋した人は中島みゆきさんの歌を聞くといやされるといいます。
失恋から立ち直る心理を、中島みゆきさんの歌詞から探ってみます。

「途(みち)に倒れてだれかの名を呼び続けたことがありますか」で始まる「わかれうた」は、恋人に振られた心情をこのように歌っています。
恋の終わりは いつもいつも
立ち去る者だけが うつくしい
残されて 戸惑う者たちは
追いかけて 焦がれて 泣き狂う

これは主に相手を失うことの苦しみをいっています。
失恋の苦しみはもうひとつあって、それは自分は愛される価値のない人間ではないかという苦しみです。「化粧」の中でこう歌われています。

バカだね バカだね バカだね あたし
愛してほしいと 思ってたなんて
バカだね バカだね バカのくせに
愛してもらえるつもりでいたなんて

自分は愛される価値のない人間ではないかという認識は、人生で最大級の苦しみです。もしそれが正しいなら自分は一生愛されないからです。
おそらく伊藤容疑者はこの壁を越えられなかったのでしょう。

普通は次の段階へと進みます。そのときの心情は「あばよ」ではこう歌われます。
明日も今日も留守なんて
みえすく手口使われるほど
嫌われたならしょうがない
笑ってあばよと気取ってみるさ
泣かないで泣かないであたしの恋心
あの人はあの人はおまえに似合わない
自分が愛されなかったのは、自分に愛される価値がないからではなく、単に相性が悪かったからだという認識になっています。
そして、相手への執着が薄れるとともに、自己肯定になります。「かもめはかもめ」でこう歌われます。

あきらめました あなたのことは
もう 電話も かけない
あなたの側に 誰がいても
うらやむだけ かなしい

かもめはかもめ
孔雀や鳩や
ましてや 女には なれない
あなたの望む 素直な女には
はじめから なれない

青空を 渡るよりも
見たい夢は あるけれど
かもめはかもめ ひとりで空を
ゆくのがお似合い

自己肯定というのは、決して「自分はすごい」という認識ではありません。自分がすごいかすごくないかは関係ないことです。

自己肯定感というのはどうすれば持てるのでしょうか。
何人かの異性に愛されれば持てるでしょうが、一人目で振られたらどうすればいいのでしょう。
そのヒントも中島みゆきさんの歌の中にあります。
次は「ホームにて」の冒頭です。

ふるさとへ 向かう最終に
乗れる人は 急ぎなさいと
やさしい やさしい声の 駅長が
街なかに 叫ぶ
振り向けば 空色の汽車は
いま ドアが閉まりかけて
灯りともる 窓の中では 帰りびとが笑う
走りだせば 間に合うだろう
かざり荷物を ふり捨てて
街に 街に挨拶を
振り向けば ドアは閉まる

ふるさとは幸せのイメージで描かれています。

淋しい死に方をしたらしいエレーンという異国の女性を歌った「エレーン」には、こういう歌詞があります。
みんなおまえを忘れて忘れようとして幾月流れて
突然なにも知らぬ子供が
ひき出しの裏からなにかを見つける

それはおまえの生まれた国の金に替えたわずかなあぶく銭
その時 口をきかぬおまえの淋しさが
突然私にも聞こえる
淋しいエレーンも、ふるさとをよりどころにしていたのかもしれませんが、ふるさととのつながりがあまりにもかすかなので、いっそう淋しさが際立ちます。
(歌詞はいずれもUta-Netより引用)

多くの人は、ふるさとの記憶をよりどころにします。ふるさとではたいてい幸せだったからです。そして、その幸せのかなりの部分は親に愛されていたことによっています。
つまりたいていの人間は、親に愛されて自己肯定感を持っているので、異性に振られても一時的に落ち込むだけで、やがて立ち直ります。
逆にいうと、親に愛されなかった人間は、異性に振られるとなかなか立ち直れません。

伊藤容疑者は果たして親から愛されていたでしょうか。
集英社オンラインの記事にはこう書かれています。

伊藤容疑者は複雑な家庭環境で育ったようだ。親友が続ける。

「ハルキの家は中学のころから母子家庭でした。宇都宮の方から引っ越してきた時にはもう母親だけで、妹と弟のほかに一時期不良っぽい感じの義理の父親という人もいました。
ハルキは中学時代から『家にいたくない』『親といたくない』という理由で週に2〜3回は家を飛び出しては近くの公園に寝泊まりしてました。それで警察沙汰になり、余計に母親から冷たくされていたんです」

お調子者だが暴力的ではなく、友達同士でケンカになるとビビって謝る。また、プチ家出を繰り返して騒ぎになることもあった。高校に進学後もこうした状況は変わらなかったという。

「あいつは17歳で高校を中退したんですけど、ちょうどそのくらいの時期に母親が山形に引っ越すことになったんです。弟と妹は連れられていきましたが、あいつは置いていかれました。母親は再婚していたので、その関係かもしれませんが、詳しい理由はわかりません。あいつはそれから一度、山形に行って、『母親に冷たくされた』と帰ってきたことがありました。親から愛されてない感じはしましたね」

高校を中退し、ひとり取り残された伊藤容疑者は夜の街に生計を立てる術を見出した。
この記事を見る限り、ほとんど親から愛されていなかったようです。
高校を中退して夜の街に入ったのも、親からネグレクトされたからと思われます。

紗菜さんとつきあって、愛されていると感じたときは有頂天になったでしょう。
それだけに、その愛を失いそうになったときの絶望も深かったと思われます。

昨年1年間に警察がストーカー規制法違反で摘発した件数は1028件で、過去最多を更新しました。
しかし、ストーカーの動機はほとんど解明されていません。
ネットで「ストーカーの心理」を検索しても、表面的にストーカーのタイプを分類しているようなものが目につくだけです。

ストーキングは愛の病です。
犯罪対策をするには愛の理解が不可欠です。

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横浜市鶴見区で6月29日、18歳の女子大学生冨永紗菜さんが包丁で刺されて死亡し、自首してきた22歳の自称会社員伊藤龍稀容疑者が逮捕されました。

富永さんと伊藤容疑者は交際歴があり、交際期間中に4度も警察に通報がありました。富永さんは警察官に「別れ話で首を絞められた」とか「別れるなら殺すと言われた」と言ったということです。
しかし、富永さんは「仲直りしたから大丈夫」と言ったので、警察はストーカー規制法に基づく禁止命令を出すなどの対応はとりませんでした。

この事件は最初、「ストーカーに殺された」といった報道もありましたが、二人は最終的に交際していたようなのでストーカーではないとされ、ストーカー規制法を適用することはできません。
ストーカー事案でなければなにかというと、デートDV(恋人間暴力)です。

2001年に配偶者暴力防止法(DV防止法)が制定されましたが、この法律はあくまで夫婦関係に適用されるものですから、デートDVには適用されません。
これでは不十分だということで、2013年に法律が改正され、「同居中またはかつて同居していた交際相手」にも適用されることになりました。
しかし、富永さんと伊藤容疑者は同居していたことはないようですから、やはりDV防止法は適用されません。

せっかくストーカー規制法とDV防止法をつくったのに、穴が空いていました。
法律の制定に問題があります。

警察の対応も問題です。
首を絞められたとか馬乗りになって顔面を殴られたとかの暴力があり、「別れるなら殺す」という脅迫もありましたから、普通の刑法で対応できそうなものです。
とりわけ「別れるなら殺す」と脅されている人間が「仲直りした」と言った場合、それは脅しに屈したのではないかと疑うのが普通です。
警察は被害者よりもDV男寄りです。

警察だけでなく司法組織全体にその傾向があります。
日本では刑事事件の有罪率は99.9%などといわれますが、性暴力に限ってはよく無罪判決が出ます。
判決理由は「許容していると誤認した」とか「わかる形で抵抗していない」とか「拒絶不能と認めるには疑いが残る」といったものです。
つまりレイプを犯罪として処罰するには、被害者側が「同意していないこと」と「暴行や脅迫によって抵抗できない状態だったこと」を立証しなければならないのです。
現実には恐怖で抵抗できないことがよくあり、そういう場合は男が誤認したのもやむをえないということで無罪になってしまいます。
裁判所の論理はレイプ男の身勝手な理屈と同じです。

法律をつくる人間も警察司法組織の人間もほとんど男なので、こういうことになってしまいます。


それから、「自立した個人」神話ともいうべきものがあります。
人間は成人すれば誰でも自立するものだという考え方です。
これは男の論理とはいえませんが、強者の論理なので、似たようなものです。

自立した人間なら、自分より強い人間に暴力をふるわれた場合、逃げ出すなり警察に助けを求めるなりの、なんらかの対応をするはずです。もしなにもせずに暴力をふるわれていたら、それは暴力を受け入れているということです。
こういう理屈でDV(家庭内暴力)は容認されてきました。
これが「自立した個人」神話です。

実際には成人しても自立していない人はいっぱいいます。
ひとつは、自分の力では生活費を稼げない女性、つまり経済的に自立していない女性です。
そういう女性は夫から暴力をふるわれても受け入れるしかありません。
DV防止法が制定された背景には、経済的自立のできていない女性の存在が認識されてきたということがありました。

しかし、人間の自立は「経済的自立」ばかりではありません。
「心理的自立」もあります。
心理的自立ができていない人は、恋人に依存して、暴力をふるわれても逃げられないことがあります。
こうしたことの理解はまだまだです。
そのためデートDVが法律の網から抜け落ちてしまいました。


ただ、「心理的自立」というのは理解しにくいかもしれません。
それは「自立」を中心に考えるからです。「依存」を中心に考えればよくわかります。

生まれたばかりの赤ん坊は、親に全面的に依存しています。
成長するとともに依存の対象が友だちや幼稚園や学校などに広がっていきます。
就職して自分の生活費を稼げるようになると「経済的自立」を達成したとされ、親からも自立したと見なされますが、実際は会社という新しい依存先ができたわけです。

社会性動物の人間はつねに周りの人間に依存しています。どこまでいっても「自立」はしません。
ただ、同じ依存するにしても、よい依存のしかたと悪い依存のしかたがあります。
いちばん悪いのは、絶対的な依存先を持つことです。そうすると、そこからどんな仕打ちをされても受け入れるしかなくなります。
その会社をクビになると生活していけないという人は、上司からひどいパワハラをされても受け入れるしかありません。
これは夫からひどいDVをされても受け入れる妻と同じです。
その会社をクビになってもたいして困らないとか、配偶者と別れてもやっていけるという人は、つねに心に余裕がありますし、ひどい目にあわされることもありません。
依存先は多くあるほど有利です。

「自立」を人生の目標にしても、雲をつかむような話です。
「適切な依存先を持つ」を目標にすれば、具体的に進んでいけるのではないでしょうか。


ただ、ひとつ困ったことがあります。
幼児期は親に絶対的に依存しているので、親から虐待されても受け入れるしかないことです。
幼児虐待の体験はトラウマとなって、のちの人生に影響します。
虐待された人間は、親に十分に依存できなかったので、なにか代わるものに依存しがちです。アルコール依存、薬物依存、ギャンブル依存などです。
恋愛相手に依存することもあります。恋愛相手に依存すると、相手から暴力をふるわれてもなかなか別れられません。そうしてデートDVが起こります。


では、DV男はどういう心理でDVをするのでしょうか。
この理由は単純です。自分が幼児期に親から暴力をふるわれていたからです。
親から虐待された子どもは自分が親になると子どもを虐待することがあり、「虐待の連鎖」と呼ばれますが、自分の子どもだけでなく、恋人や配偶者にも暴力をふるうのです。
いわば「虐待の連鎖の寄り道」です。

親子関係は人間関係の基本なので、恋愛関係にも影響を与えるのは当然です。
愛する相手についついモラハラや束縛など相手のいやがることをしてしまうという人は、自分の親子関係を振り返るといいかもしれません。


「自立した個人」という幻想を捨てて、人間は誰もが依存して生きているということを認識すれば、幼児虐待、配偶者間DV、デートDVなどの厄介な問題もはっきりととらえられるようになります。

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