村田基の逆転日記

親子関係から国際関係までを把握する統一理論がここに

カテゴリ: 虐待サバイバー

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マンガ家の西原理恵子氏の長女である鴨志田ひよ氏が昨年7月にXに「アパートから飛び降りして骨盤折りました。もう既に入院生活苦しいですが、歩けるようになるまで頑張ります」と投稿したことから、西原理恵子氏は毒親ではないかということがネットの一部で話題になりました。

ひよ氏は女優として舞台「ロメオとジュリエット」に出演するなどし、エッセイも書いているようです。ネットの情報によると23歳です。

西原氏は「毎日かあさん」というマンガで子育ての日常を描いて、そこに「ぴよ美」として登場するのがひよ氏です。「毎日かあさん」は毎日新聞に連載された人気漫画で、文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、手塚治虫文化賞を受賞しています。
しかし、ひよ氏はマンガで自分のことが描かれるのは許可なしに個人情報がさらされることだとして抗議していました。
ほかにもブログで母親から虐待されたことについていろいろと書いていました。
しかし、毒親問題についての取材依頼は断っていたようです。

そうしたところ、「SmartFLASH」に【『毎日かあさん』西原理恵子氏の“毒親”素顔を作家・生島マリカ氏が証言「お前はブス」「家を出ていけ」娘を“飛び降り”させた暴言虐待の9年間】という記事が掲載されました。
作家の生島マリカ氏はひよ氏が14歳のころに西原氏から「娘が反抗期で誰の言うことも聞かないから、面倒を見てほしい」と頼まれて関わるようになり、そのときに知った西原氏の毒親ぶりを語ったのです。

もっとも、それに対して西原氏はX上で「事実を歪曲したものです」「今回の記事も娘への対面取材のないまま掲載しています」「みなさまはどうぞ静かにお見守りくださいますようお願い申し上げます」といった声明を発表しました。
ひよ氏もXで「もう関わりたくないのでそっとしておいて下さい」「飛び降りた理由家族とかそういうんじゃない」と表明し、虐待に関するブログとXの記述を削除しました。

なお、西原氏と事実上の夫婦関係にある高須克弥氏も「僕はこの件については真実を熟知しております。西原理恵子は立派なお母さんです。虐待はしていないと断言できます」と表明しました。

ひよ氏の父親は戦場カメラマンの鴨志田穣氏で、アルコール依存症のために西原氏と離婚、ガンのために2007年に亡くなりました。その後、西原氏は高須氏と夫婦関係になりましたが、ひよ氏はずっと父親を慕っていました。


ひよ氏が「そっとしておいて下さい」と言うならそうするべきですが、そうするべきでない事情もあります。
西原氏も高須氏も虐待はなかったと主張していますが、ひよ氏はブログやXに母親から虐待されたことを書いていましたし、生島氏も基本的に同じことを述べています。
どちらが正しいかは明らかでしょう。
西原氏は自分が虐待したというのは不都合な事実だから否定しているだけです。

しかし、ここでひよ氏が虐待はあったと主張して西原氏とやり合ったら、いろんなメディアが食いついて、世の中を騒がせることになります。
ひよ氏はそうなるのがいやなので、表向き否定したのです。

しかし、このまま虐待の事実がなかったことにされると、ひよ氏のメンタルが心配です。
ひよ氏がブログやXで西原氏から虐待されたことを公表したのは、理解されたかったからです。理解されればある程度癒されます。

ひよ氏が虐待に関するブログなどを削除しても、まとめサイトなどに残っています。
しかし、本人が削除したものを引用するのはよくないので、まだブログに残っている文章を引用します。

「ひよだよ」の2021年9月の文章です。
手首の手術をついにするかも

なんか、ひよちゃん第1章完結、のような気分。

手首の間接から肘まで、の傷跡を、一本の線にするんだけど、最初は記録にこの傷跡達をなにかに収めて起きたいな、、なんて思って居たけれど。

ただ、私にとって負の遺産でしかないことは、二重まぶたを作り直した時に立証された。

12歳の時ブスだからという理由で下手な二重にされ、後に自分で好きなデザインで話の会う先生に二重にしてもらったら、自分のことが好きでたまらなくなった。

たぶん、これが、普通の人がこの世に生を受けた瞬間から持ってる当たり前の感情なのだろう。


あとは手首だ。長い歴史、たくさん私を支えてくれた手首。この手首があと少しだけ、弱くあと数ミリでも、静脈が太かったり表面に近かったりしたら、いま、私はいないだろう。

リストカットを繰り返していると、同じところは切りにくいので、傷跡が手首から腕へと広がっていきます。
リストカットは死の一歩手前の行為だということがよくわかります。
なお、ひよ氏は望まないのに西原氏から二重まぶたの整形手術を強制されました。これだけでも立派な虐待です。

次は飛び降りて骨折した約1か月後に書かれた文章です。
文章が、うまくかけない、今までは脳にふわふわと言葉が浮かんできたのに。

ずっと風邪薬でodして、ゲロ吐いて、座ってタバコ吸って、たぬき(匿名掲示板)で叩かれてる自分を見て泣いてた。気づいたら今だ。

吐いても吐いても何故か太って行って、冷静な判断ができる時にiPhoneをみると、食事をした形跡がある。

泣いて泣いて、涙が全てを枯らしてくれればいいのにとねがいつづけても、何も解決することはなく、ただ、現実が強く浮かび上がる。

匿名で人を殺すこと、言葉で人を殺すこと、全てが容易で、あまりにも単純すぎた。

愛されてることが小さく見えて、匿名の言葉が体内で膨らんでいった。

歩んでいくことを、辞めたくなった。

耐えることも、我慢するのもおわりだ、虫の様、光を求め続け、その先にある太陽に沈みたかった。

ありふれた喜びや幸せをこれからも感じられないなら、辛いことが脳内でいっぱいになってるのなら、私は消えて無くなりたかった。

風邪薬のオーバードーズと摂食障害がうかがえます。
飛び降りた原因ははっきりしません。「自殺未遂」と決めつけるのも違うと思いますが、ひよ氏が生と死の崖っぷちを歩いていることは感じられます。


ひよ氏がなぜそうなったかは、「SmartFLASH」の記事における生島氏の次の言葉から推測できます。

「最初は『ひどい頭痛がするから病院まで付き添ってほしい』という相談でした。当然『お母さんに相談したの?』と聞いたら、『相手にしてくれないし、もし病院に行って何もなかったら怒られる』って。体調不良の娘を叱ることがあるのかと、そのときから不信感が芽生えたんです」(同前)

子どもの体調が悪いとき、誰よりも心配して世話をしてくれるのが母親です。
母親がまったくその役割を果たさなくて、ほかに誰もその役割を果たしてくれる人がいないと、子どもは自分の命の価値がわからなくなります。
リストカットは、なんとか自分の命の価値を確かめようとする行為ではないでしょうか。

ひよ氏にとっては、母親である西原氏が過去の虐待を認めて謝罪してくれれば理想でしたが、現実には西原氏は虐待を全面否定しました。
ひよ氏もそれに同調していますが、あくまでうわべだけです。
これではひよ氏にとってはまったく救いがありません。
最悪の事態まで考えられます。
ひよ氏の身近な人やカウンセラーが彼女の苦しみを受け止めてくれるといいのですが。


世の中もひよ氏の思いを受け止めていません。
西原氏が虐待を否定する声明を出したとき、「嘘をつくな。ちゃんとひなさんに謝れ」という声はまったく上がりませんでした。
結局、虐待を否定する親の声だけがまかり通っています。


幼児虐待を経験しておとなになった人を「虐待サバイバー」といいます。
虐待される子どもは声を上げることができませんが、虐待サバイバーなら声を上げることは可能です。
しかし、かりに声を上げても、ひよ氏もそうですが、世の中は受け止めてくれません。

性加害の被害者は、昔は沈黙を強いられていましたが、最近ようやく声を上げられるようになり、世の中も受け止めるようになってきました。
虐待サバイバーの声も受け止める世の中に早くなってほしいものです。

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京都アニメーション放火殺人事件の裁判員裁判が9月5日から始まりましたが、マスコミが今までと違って、青葉真司被告の生い立ちを詳しく報道しています。
検察も冒頭陳述で青葉被告の生い立ちにかなり言及しました。
少しずつ世の中の価値観も変わってきているようです。

だいたいこうした合理的な動機のない凶悪事件の場合、犯人はほぼ確実に幼児期に親や親代わりの人間から虐待を受けています。「非人間的な環境で育ったことが原因で非人間的な人間になった」という因果関係があるだけです。
ところが、2008年の秋葉原通り魔事件の場合、犯人の加藤智大が派遣切りにあったこと、携帯電話向けの電子掲示板に依存していたところなりすましの被害にあったことなどが犯行の引き金になったという報道ばかりでした。
ただ、週刊文春と週刊新潮だけが加藤が母親に虐待されていたことを報じました。
このころから少しずつマスコミが凶悪事件の犯人の生い立ちを報じるようになったと思います。

青葉被告の生い立ちはどうだったのでしょうか。
青葉被告は1978年生まれ、埼玉県さいたま市出身で、両親と兄と妹の五人家族でしたが、小学校3年生のときに両親が離婚して母親は家を出ていきました。父親はトラック運転手、タクシー運転手をしていましたが、交通事故を起こして解雇され、それから貧困生活になります。青葉被告は父親からひどい虐待を受けます。家はゴミ屋敷になり、彼は日常的に万引きをするようになります。母親に会いにいったこともありますが、母親には会えず、母方の祖母に「離婚しているのでうちの子ではない」と言われて追い返されたそうです。女性の下着を盗んで逮捕され、コンビニ強盗をしたときは懲役3年6か月の実刑判決を受けました。父親は1999年にアパートで自殺し、その後、兄、妹も自殺しています。なんともすさまじい家庭だったようです(兄と妹の自殺は週刊文春が報じていますが、裁判には兄と妹の調書が提出されています。自殺していないのか自殺前の調書かは不明)。
ただ、彼は中学は不登校になりますが、定時制高校は皆勤だったそうで、同じコンビニに8年間勤務したこともあります。


青葉被告が父親からどのような虐待を受けたかは公判で明らかになっています。
『「体育祭なんか行くんじゃねぇ」傍聴から見えた青葉真司被告の"壮絶"家庭環境 ズボンをアイロンで乾かし父親が激高「逆らえない」絶対的服従に近い父親への忠誠心【京アニ裁判】』という記事から3か所を引用します。


ところが離婚してしばらくすると、父親は徐々に、青葉被告や兄を虐対するようになったという。


青葉被告「父から正座をさせられたり、ほうきの柄で叩かれたりしていた」
弁護人「父にベランダの外に立たされたことは?」
青葉被告「『素っ裸で立ってろ』と言われた記憶がある」
弁護人「酷い言葉をかけられたことは?」
青葉被告「日常茶飯事すぎて、わからない」


さらに、青葉被告が父親に対して、「絶対的服従」に近い忠誠心を持っていたと思える経緯が明かされた。

中学時代、青葉被告は体育祭で履くズボンをアイロンで乾かしていたところ、突然、父親に怒られたと話した。



青葉被告「中学1年生の時に体育祭でズボンをアイロンで乾かしていた。すると、『何で乾燥機を使わないんだ』と怒られた。そして『体育祭に行くんじゃねぇ』と言われ、体育祭に行けなかった」

弁護人「実際に行けなかった?」

青葉被告「そう言われたら、逆らえなかった」

弁護人「アイロンで乾かしてもいいと思うが、父から理由は言われた?」

青葉被告「理由というか、もう意味もなく理不尽にやる、そこに理由はない」


さらに、青葉被告が柔道の大会で準優勝した際、贈呈された盾を「燃やせ」と父親から言われ、「1人で燃やした」というエピソードを話した。



弁護人「父親からは、どうしてこいと言われた?」


青葉被告「燃やしてこいと言われた」


弁護人「燃やす理由は?」


青葉被告「そこに理解を求める人間ではない。ああしろ、こうしろと、それだけ。上意下達みたいな感じ。燃やすしか方法はない」


弁護人「実際に燃やした?」


青葉被告「自分で燃やした」

子どもを虐待する親にまともな論理などありません。子どもはただ不条理な世界に置かれるだけです。
彼がまともな人間に育たなかったのは当然です。
うまく人間関係がつくれないので、ひとつところに長く勤めても、信頼を得て責任ある仕事を任されるということにはなりません。
小説家になるという夢を追いかけたのは、むしろよくやったといえるでしょう。
しかし、普通の人間なら、夢が破れても平凡な人生に意味を見いだして生きていけますが、彼の場合は、夢が破れたら、悲惨な人生の延長線上を生きていくしかないわけです。


このような人間の犯罪はどう裁けばいいのでしょうか。
ここで注意しなければいけないのは、私たちは日ごろ「死ね」などという言葉は使わないようにしていますが、このような事件のときは「死刑にしろ」ということを公然と言えるので、日ごろ抑圧している処罰感情が噴き出して、過剰に罰してしまう傾向があるということです。

この事件は36人が死亡、32人が重軽傷を負うという大きな被害を出しました。
しかし、青葉被告はそういう大量殺人を意図したとは思えません。結果がそうなっただけです。
カントは、罪というのは結果ではなく動機で裁くべきだと言っています。36人死亡という結果で裁くのはカントの思想に反します。
もっとも、刑事司法の世界では、カントの説など無視して結果で裁くということが普通に行われていますが。

こういう事件の犯人に死刑も意味がありません。犯行が「拡大自殺」と同じようなものだからです。
死刑にすると、抑止力になるどころか、逆に「死刑になりたい」という動機の犯行を生みかねません。

刑事司法の論理では、こうした犯罪は犯人の「自由意志」が引き起こしたととらえます。つまり人間は自分の心を自由にコントロールすることができるので、心の中に「悪意」や「犯意」が生じれば、それは本人が悪いということになります。
「犯行をやめようと思えばやめられたのにやめなかった」という判決文の決まり文句がそれをよく表しています。

もっとも、今は文系の学者でも大っぴらに「人間には自由意志がある」と言う人はいないでしょう。
自由意志があることを前提にしているのは刑事司法の世界ぐらいです。


しかし、今回の裁判では検察の考えが少し変わったかもしれません。
検察側の冒頭陳述は、「犯意」ではなく「パーソナリティー」を強調したものになりました。
『冒頭陳述詳報(上)「京アニ監督と恋愛関係」と妄想、過度な自尊心と指摘』という記事から、「パーソナリティー」という言葉が使われたセンテンスだけ抜き出してみます。


「京アニ大賞に応募した渾身(こんしん)の力作を落選とされ、小説のアイデアまで京アニや同社所属のアニメーターである女性監督に盗用されたと一方的に思い込み、京アニ社員も連帯責任で恨んだという、被告の自己愛的で他責的なパーソナリティーから責任を転嫁して起こした事件」
「親子の適切なコミュニケーションが取れていなかったため、独りよがりで疑り深いパーソナリティーがみられる」
「うまくいかないことを人のせいにするパーソナリティーが認められる」
「不満をため込んで攻撃的になるパーソナリティーが認められる」
「ここでも不満をため込んで攻撃的になるパーソナリティーがみられる」
「こうした妄想も疑り深いパーソナリティーがみられる」

しかし、犯行を被告のパーソナリティーのせいにしても、被告がそのパーソナリティーになったのは被告のせいではありません。
人間は生まれ持った性質と育った環境というふたつの要素によってパーソナリティーを形成しますが、そのどちらも本人は選べません。ある程度成長すると環境は選べますが、子どもにはできません。
青葉被告も生まれたときはまともな人間だったでしょう。しかし、父親のひどい虐待で傷ついてしまいました。
たとえていえば、新車として納品されたときはまともだったのに、ボコボコにされてポンコツ車になったみたいなものです。青葉被告はもの心ついて自分で車を運転しようとしたときには、真っ直ぐ進もうとしても車は右や左にぶれて、ブレーキやアクセルもうまく機能せず、あちこちぶつけてばかりという人生になりました。
青葉被告は自分がポンコツ車に乗っているとは思わないので、ぶつかるのは向こうが悪いからだと思います。それを人から見ると、「逆恨みする攻撃的なパーソナリティー」となるわけです。

この「パーソナリティー」は「脳」とつながっています。
厚生労働省は「愛の鞭ゼロ作戦」というキャンペーンを展開していて、そこにおいて幼児期に虐待された人は脳が委縮・変形するということを強調しています。

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厚生労働省のホームページより

脳が委縮・変形した人を一般人と同じように裁いていいのでしょうか。

心理的な面から見ると、幼児期にひどい虐待を受けた人は複雑性PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症することが多いものです。
複雑性PTSDは適切な治療を受ければ治癒します。
ということは、虐待によって委縮・変形した脳も本来の形に戻る可能性があるということでしょう。

青葉被告のような凶悪犯には、マスコミや被害者遺族は「謝罪しろ」「反省しろ」と迫りますが、虐待によって脳やパーソナリティがゆがんでいれば、反省するわけがありません。
適切な治療で青葉被告の心を癒し、青葉被告が“真人間”になれば、自分の罪に向かい合って、反省や謝罪の言葉を口にするようになるでしょう。

こんな凶悪犯が真人間になるのかと疑問に思うかもしれませんが、周りの人間の対応次第で可能です。
青葉被告の治療にあたった医師団と青葉被告はこんな会話をしていました。『「“死に逃げ”させない」ぶれなかった主治医 “予測死亡率97.45%”だった青葉被告 4カ月の治療を記した手記 京アニ放火殺人』という記事から3か所を引用します。


上田教授の手記より:
スピーチカニューレを入れ替えすると、声が出たことに驚いていた。「こ、声が出る」「もう二度と声を出せないと思っていた」そういいながら泣き始めた


鳥取大学医学部付属病院の上田敬博教授:
で、そのあともずっとその日は泣いていたので、夕方にまた「なんで泣くんだ」って話を聞いたら、自分とまったく縁がないというか、メリットがない自分にここまで治療に関わる人間、ナースも含めて、いるっていうことに関して、そういう人間がいるんだという感じでずっと泣いていました



(Q.青葉被告と会話を交わす機会もあったと思うが?)

医療チームの一員 福田隆人医師:

何回かしゃべる機会はあったんですけど、一番心に残っているというか、克明に覚えているのは、「まわりに味方がいなかった」っていうのが一番言葉で残ってて



医療チームの一員 福田隆人医師:

どこかで彼の人生を変えるところはあったんじゃないかなっていうのを、その言葉を聞いて思って。僕たちって治療を始めたときから転院したときのことまでしか知らないですけど、40年以上の人生があって、どこかで支えとなる人がいたら、現実はもうちょっと変わったんじゃないかなっていうのは、そのとき思いました



鳥取大学医学部付属病院の上田敬博教授:


自分も全身熱傷になったことは予想外?



青葉真司被告:


全く予想していなかったです。目覚めたときは夢と現実を行ったり来たりしているのかと思いました。僕なんか、底辺の中の“低”の人間で、生きる価値がないんです。死んでも誰も悲しまないし、だからどうなってもいいやという思いでした



鳥取大学医学部付属病院の上田敬博教授:


俺らが治療して考えに変化があった?



青葉真司被告:


今までのことを考え直さないといけないと思っています



鳥取大学医学部付属病院の上田敬博教授:


もう自暴自棄になったらあかんで



青葉真司被告:


はい、分かりました。すみませんでした


私の考えでは、青葉被告のような人間を罰するのは間違っています。

今の司法制度では、心神喪失と心神耗弱の人間には刑事責任能力があまり問えないことになっていて、場合によっては無罪もあります。
心神耗弱は、精神障害や薬物・アルコールの摂取などの原因によって判断能力が低下した状態とされますが、その原因に幼児虐待によってパーソナリティーや脳にゆがみが生じたことも付け加えればいいわけです。

被虐待者である犯人の責任を問わない代わりに、虐待した親の責任を問えばいいわけです。
今は犯人にすべての責任を負わせているので、虐待した親は無罪放免になります(実際は水面下で周囲の人から陰湿な迫害があるでしょう。はっきり責任を問えばそういうこともなくなります)。
今の時代、幼児虐待の防止が大きな課題になっているので、子どもを虐待した親の責任を問う制度をつくることには大きな意味があります。

なお、「虐待されても犯罪者にならない人もいる」と言って、虐待と犯罪の関係を否定する人がいますが、虐待といっても千差万別ですから、虐待されても犯罪者にならない者がいるのは当たり前です。
少なくとも世の中から幼児虐待がなくなれば青葉被告のような犯罪者もいなくなることは確かです。

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岸田首相の選挙演説会場で爆発物を投げて逮捕された木村隆二容疑者(24歳)は、昨年7月の参院選に年齢制限と供託金300万円のために立候補できなかったのは憲法違反だとして国を提訴していました。
裁判は代理人弁護士を立てない「本人訴訟」です。

昨年6月に国に10万円の損害賠償を求めて神戸地裁に提訴、11月に請求が棄却されました。木村容疑者は大阪高裁に控訴し、3月23日に口頭弁論が行われましたが、木村容疑者のツイッターによると「本日の口頭弁論では審議不足を指摘した控訴人に対し、審議を拒否し。いきなりの結審でした。大阪高裁の無法振りが露呈しました」ということです。
木村容疑者はこのようにツイッターで裁判の経緯を報告するとともに自分の主張も発信していました。23件のツイートをしていましたが、その時点でフォロワーは0人だったようです。
いきなり結審したことで敗訴を覚悟し、ツイッターでの発信もうまくいかず、そのためテロに走ったと想像されます。

木村容疑者は安倍元首相暗殺の山上徹也被告との類似が指摘されますが、私が似ているなと思ったのは、Colabo問題に火をつけたツイッター名「暇空茜」氏です。
暇空氏はColaboについての東京都への情報開示請求や住民監査請求を全部一人で行い、ツイッターでその結果を発信していました。暇空氏の主張はほとんどでたらめでしたが、Colaboの会計にも多少の不備があったということで、アンチフェミニズムの波に乗って暇空氏の主張が拡散しました。

木村容疑者も暇空氏も一人で国や東京都と戦い、ツイッターで発信したのは同じですが、結果はまったく違いました。
もちろん二人の主張もまったく違います。
木村容疑者の主張は基本的に選挙制度を改革しようとするものです。
一方、暇空氏は、家庭で虐待されて家出した少女を救う活動をしているColaboを攻撃しました。Colaboの活動が制限されると、家出した少女が自殺したり犯罪の犠牲になったりするので、暇空氏の活動は悪質です。


木村容疑者の選挙制度批判はきわめてまっとうです。
国政選挙は供託金300万円(比例区は600万円)が必要です。
これは貧乏人を立候補させない制度です。
また、既成政党はある程度票数が読めるので、供託金没収ということはまずありませんが、新規参入する勢力は没収のリスクが高いので、新規参入を拒む制度ともいえます。

被選挙権の年齢制限も不合理です。
2016年に選挙権年齢が満20歳以上から満18歳以上に引き下げられましたが、被選挙権年齢は引き下げられませんでした。
なぜ被選挙権年齢をスライドして引き下げなかったのか不思議です。

そもそも参議院30歳以上、衆議院25歳以上という被選挙権年齢が問題です。これでは若者が同世代の代表を国政に送り込むことができません。
最初から若者排除の制度になっているのです。
18歳の若者が立候補して、校則問題や大学入試制度や就活ルールについてなにか訴えたら、おとなにとっても参考になりますし、同世代の若者も選挙に関心を持つでしょう。

木村容疑者の主張は、憲法44条に「両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定める。但し、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならない」とあるので、供託金300万円は「財産」で差別していることになり、憲法違反だというものです。
被選挙権年齢についても、成人に被選挙権がないのは憲法違反だというものです。
木村容疑者は自身のツイッターのプロフィールに「普通の国民が政治家になれる民主主義国を目指します」と書いています。

まっとうな主張ですが、日本の裁判所はまっとうな主張が通るところではありません。議員定数不均衡違憲訴訟でも、「違憲判決」や「違憲状態判決」は出ても、事態はなにも改善されません。

「民主主義が機能していない国ではテロは許される」という論理はありえます。
日本では警察、検察がモリカケ桜、統一教会に手を出さず、裁判所は選挙制度の違憲状態を放置してきて、それらが選挙結果に影響を与えてきました。
民主主義を十分に機能させることがテロ防止策として有効です。


もっとも、日本は民主主義が十分に機能していないといっても独裁国というほどではなく、自分の望む政策が実現しないというだけでテロに走ることはありえません。
テロに走るには、もっと大きい、根本的な理由があります。
それは、自分のこれまでの人生が不幸で、挽回の見込みがないと本人が判断して、自暴自棄になることです。
木村容疑者も山上被告も「拡大自殺」みたいなものです。

山上被告は統一教会の宗教二世で、いわば崩壊家庭で育ちました。
木村容疑者の家庭環境はどうだったのでしょうか。

現時点での報道によると、木村容疑者は母親とひとつ上の兄と三人暮らしで、父親は五、六年前から別居しているそうです。

週刊現代の『「父親は株にハマっていた」「庭は雑草で荒れ果てていた」岸田首相襲撃犯・木村隆二容疑者の家族の内情』という記事から引用します。

この住民は、小さい頃の木村容疑者の様子もよく知っていた。容疑者自身はおとなしい子だったが、よく父親に怒られる姿を見かけたという。

「お父さんがよく母親や子どもたちを怒鳴りつけててね。夜中でも怒鳴り声が聞こえることがあって、外にまで聞こえるぐらい大きな声やったもんやから、近所でも話題になってましたね。ドン!という、なにかが落ちるものとか壊れる音を聞いたこともあった。家族は家の中では委縮していたんと違うかな。

お母さんはスラっとしたきれいな人。隆二君はお母さん似やな。たしか百貨店の化粧品売り場で働いていたはずで、外に出るときは化粧もしっかりしてたね。でも、どこかこわばった感じというか、お父さんにおびえてる感じがあったよね」

では、木村容疑者の父親はどういう人物なのでしょう。
『岸田首相襲撃の容疑者の実父が取材に明かした心中「子供のことかわいない親なんておれへん」』という父親のインタビュー記事から引用します。

──隆二さんの幼少期は、お父様がお弁当を作ってあげていたと。
「そんな日常茶飯事のことなんて、いちいち(覚えてない)。逆に尋ねるけど、2週間前に食べたもの覚えてる? 人間の記憶なんてそんなもんや、日常なんて記憶に残れへん」

──今の報道のままでは、お父さんは誤解されてしまう気がします。
「まあ、俺がいちばん(隆二容疑者のことを)思ってるなんていうつもりはないし、順番なんて関係ないと思うよ。お腹を痛めた母親がいちばん思ってるんちゃうか。

 好きな食べ物なんやったんなんて聞かれても、何が好きなん? なんて、聞いたことないから。聞く必要もないと思ってたから。『いらんかったらおいときや』言うてたから、僕は。いるだけ食べたらええねんで、いらんかったら食べんかったらええねんでって。残してても、『なんで食べへんねん』なんて言うたことない。だから、強制なんてしたことないよ」

──幼少期のころの隆二さんについてお聞きしたいです。
「子供のことかわいない親なんて、おれへんやん」

──小学校の時は優秀だったそうですね。
「何をもって優秀っていうか知らんけどやな。僕は比べたことないねん、隆二と他の子を。人と比べてどうのこうのって感性じゃないから。自分がそれでいいと思うんやったら、それでいいから」

 そう言って、父親は部屋に戻っていった。

父親は質問に対してつねにはぐらかして答えています。「子供のことかわいない親なんて、おれへんやん」というのも、一般論を言っていて、自分の木村容疑者に対する思いは言っていません。
家の外まで聞こえるぐらい大声でいつもどなっていたというので、完全なDVです。

木村容疑者はDVの家庭で虐待されて育って、“幸福な生活”というものを知らず、深刻なトラウマをかかえて生きているので、普通の人のように生きることに執着がありません。
ですから、こういう人は容易に自殺します。

中には政治に関心を持つ人もいます。その場合、親への憎しみが権力者に“投影”されます。
木村容疑者は岸田首相を批判し、安倍元首相の国葬も批判していました。
山上被告は、母親の信仰のことばかりが強調されますが、父親もDV男でした。父親への憎しみが安倍元首相に向かったのでしょう。

このように虐待されて育った人は、存在の根底に大きな不幸をかかえているので、もしテロをした場合は、それが大きな原因です。政治的な動機はむしろ表面的なもので、最後のトリガーというところです。

最後のトリガーをなくすためには、警察、検察、裁判所がまともになり、選挙制度を改革して、民主主義が機能する国にすることです。
これはテロ対策とは関係なくするべきことですが、テロ対策という名目があればやりやすくなるでしょう。

根本的な対策は、家庭で虐待されて育った人の心のケアを社会全体で行い、今現在家庭で虐待されている子どもを救済していくことです。
これはテロ防止だけでなく、宅間守による池田小事件や加藤智大による秋葉原通り魔事件などのような事件も防止できますし、社会全体の幸福量を増大させることにもなります。

もっとも、言うはやすしで、今は幼児虐待こそが社会の最大の病巣であるということがあまり認識されていません。
むしろ認識を阻む動きもあります。
家庭で虐待されていた少女を救済する活動をしているColaboへの攻撃などが一例です。

それから、木村容疑者の家庭環境などを報道するのはテロの正当化につながるのでやめるべきだという人がけっこういます。そういう人は、木村容疑者やテロ行為の非難に終始します。
犯罪を非難して犯罪がなくなるのなら、とっくに世の中から犯罪はなくなっています。
犯罪の動機や原因の解明こそがたいせつです。

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Rudy and Peter SkitteriansによるPixabayからの画像 

悲惨な幼児虐待事件が起こると、「児童相談所や学校や警察はなにをしていたのか」という怒りの声が上がります。
確かに多くの幼児虐待事件では、子どもの体にアザがあるとか、家から叫び声がするとか、学校に出てこないとかの徴候があるもので、関係機関が連絡を密にして対応していれば防げたのにと感じられることが多いものです。
しかし、人間はいざ幼児虐待のような悲惨なことに直面すると、現実を認めたくないという心理に陥りがちです。というか、人類の歴史において、人間はずっとそうして否認してきました。
ですから私は、「児童相談所や学校や警察はなにをしていたのか」と怒る人もいざ自分がそうした場に直面するとうまく対応できないのではないかと疑っています。

次の記事を読んだとき、改めて私の疑いは間違っていなかったと思いました。

懲りない坂口杏里…何がしたいのか? “母親エピソード”で大炎上
 元カレのホストの自宅マンション内に侵入したとして、住居侵入容疑で逮捕(不起訴処分)された元タレントの坂口杏里(28)。現在はYouTubeで赤裸々告白の投稿を続けているが、ネット上で批判が絶えないのだ。
 今月に入って、YouTubeに「坂口杏里チャンネル」を開設した杏里。7日には2013年に死去した母、坂口良子さんの思い出を語ったのだが「あまりの内容に、“お母さんがかわいそう”などの批判の書き込みが相次ぎました」と芸能サイト編集者。
 幼いころ、机の中に隠していた0点のテストが良子さんに見つかり、こっぴどく叱られたというエピソードを明かした杏里。本来なら、そこからお母さんの優しさに触れるはずが、「柔軟剤をボトルごと、頭にブワーってかけられて」「頭ギトギトのまま、学校に一緒に行って謝罪をした」と一転“ホラー”な話題となったのだ。
 さすがにこれには「ただの悪口」「坂口良子さんのこと悪く言うな」「お母様の名前を出すのはやめましょう」などと書き込みが相次ぐことに。その後も遺産の話などを投稿したが、批判は後を絶たず。チャンネルを閉鎖し、新たに「ANRIちゃんねる」を立ち上げた。
 「ユーチューバーへの転身を宣言しましたが、芸能界復帰への足がかりにしようと思っているならマイナス効果しかない」と先の芸能サイト編集者。
https://www.zakzak.co.jp/ent/news/190914/enn1909140009-n1.html?ownedref=not%20set_main_newsTop

柔軟剤を頭からかけられたというのは、十分に虐待といえます。
これは嘘ではないでしょう。嘘を書く理由がありません。
非難する人も嘘だとして非難しているのではありません。

では、なにを非難しているかというと、事実そのもの、あるいは事実を表現したことを非難しているのです。
つまり幼児虐待の否認です。

この記事を書いた人も、「本来なら、そこからお母さんの優しさに触れるはずが」と、自分自身の虐待否認の考えを杏里さんに押しつけています。

こういう心理があるので、児童相談所の職員などでも幼児虐待に適切に対応できなかったりします。
これは職員を一方的に非難しても解決できるものではありません。



私は、この記事を読んで杏里さんの人生が迷走する理由がわかった気がしました。

坂口杏里さんは母親の坂口良子さんといっしょにテレビのバラエティ番組に出るなどして人気になりましたが、良子さんは2013年に死去。杏里さんは2016年ごろに芸能活動をほとんどやめて、キャバクラ嬢になり、AV出演やヘアヌード写真集を出し、デリヘル嬢にもなりました。ホストクラブ通いでできた借金を返すためだと言われていますが、本人は借金のことは否定しています。

ウィキペディアの「坂口杏里」の項目によると、2017年4月に知人のホスト男性から現金3万円を脅しとろうとしたとして恐喝未遂容疑で逮捕され(不起訴)、今年8月には同じ男性の自宅マンション内に侵入したとして逮捕されました。

もともと人気あるタレントだったのに、キャバ嬢、AV嬢、風俗嬢、二度の逮捕とみずから“転落”していったのが不可解でしたが、母親から虐待されていたとすれば納得がいきます。
AV嬢には親から虐待されていた女性が多いとされます。自己評価が低いために社会的評価の低い職業に抵抗がないことと、親のいやがることをして親に復讐する心理があるからです。
AV嬢からタレントになった飯島愛さんは「プラトニック・セックス」という自伝で父親から虐待されて家出したことを書いています。
スノーボード選手としてトリノ・オリンピックに出た今井メロ(成田夢露)さんも「泣いて、病んで、でも笑って」という本で、父親から虐待といえる壮絶なスパルタ教育を受けたことを書いていますが、キャバ嬢、風俗嬢、AV嬢になっています(私はこのブログで今井メロさんのことを「スパルタ教育を受ける不幸」という記事で書いたことがあります)。

杏里さんがテレビタレントをやめたのも、それは母親が敷いたレールだったからかもしれません。

母親の坂口良子さんはすばらしい女優でしたが、そのことと母親としてのあり方とはまったく別です。

ほとんどの人は迷走する杏里さんに批判的ですが、そういう人は同時に虐待の事実も否認します(引用した記事もそのスタンスで書かれています)。
虐待の事実を受け入れれば、迷走する杏里さんが理解でき、同情心もわいてくるはずです。

今井メロ著「泣いて、病んで、でも笑って」という本があります。今井メロさんというのはスノーボード選手としてトリノオリンピックに出た人ですが、昔は成田夢露という名前で兄の成田童夢さんとともに人気のあった人というと思い出す人が多いのではないでしょうか。この本はいわゆるタレント本ですが、私は縁あって読んでしまいました。そして、読むといろいろ考えさせられることがありました。
 
決してお勧めの本ということではありません。タレント本ですから、本人が書いたものではないでしょうし、内容が薄いのですぐ読めてしまいます。今井メロさんが元美人アスリートだからこそ本になったというところです。
しかし、そのおかげで私たちはめったに目にすることのない事実を目にすることができるということもあるわけです。
 
今井メロさんは1987年生まれで、上に兄が2人いて、長兄が成田童夢、次兄は一般人です。メロさんが5歳のときに両親が離婚し、メロさんと童夢さんは父親のもとで育ち、次兄はのちに母親に引き取られ、父親は再婚して弟が生まれます。複雑な家庭環境です。
メロさんは幼いころの記憶がほとんどないといいます。ようやく記憶が始まるのは小学校に入ってからです。
父親はファッションカメラマンですが、メロさんは父親からモーグルを教わります。5歳のときには滑っていて、6歳のときにモーグルマスターズの競技会、一般女子の部に出場し、成人女性を抑えて優勝します。といっても、本人には記憶がないそうです。
6歳のときにモーグルからスノーボードに転向します。父親がスノーボードを勧めたのです。父親はトランポリンを使う独自の練習法を考え出します。これは今でこそポピュラーな練習法となっていますが、当時はまだ誰もやっていなかったそうです。トランポリンのある自宅屋上にはカメラが設置され、父親はリビングで練習の様子をチェックしていて、少しでも手を抜くと屋上にやってきて、叱責の声が飛ぶということで、メロさんはいつもその恐怖におびえていました。
父親は徹底したスパルタ指導者で、メロさんは練習漬けの生活を送り、友だちと遊ぶ時間もなく、友だちは一人もいませんでした。メロさんは父親のことを「パパ」と呼んでいましたが、あるときから父親は「オレは先生や」といい、練習以外の家の中でも「先生」と呼ぶようになります。
 
メロさんは15歳のころからプチ家出を繰り返すようになり、近所に子どもの「駆け込み寺」みたいな家があったので、その家に行って「お父さんにぶたれて怖いんです。助けてください」と訴えます。それがきっかけになり、メロさんは自分の意思で児童保護施設に入ります。そこでは「やっと解放された~」という気持ちになったそうです。
その後、精神科病棟に入院し、また家に帰り、そして母の家に行き、姓を成田から今井に変えます。
 
メロさんはワールドカップで2度優勝し、トリノオリンピック代表に選ばれると金メダルへの期待が高まります。派手な壮行会はテレビ中継され、そこでメロさんはまるで芸能人のようにラップを歌います。そうしたことの反動もあって、オリンピックで惨敗すると、世の中からバッシングを受けることになります。
 
それからメロさんの人生は惨憺たるものになります。一時的に引きこもったあと、キャバクラ、ラウンジという水商売勤めをし、ホストクラブ通いをし、さらにはデリヘルという風俗嬢にもなって、それが週刊誌に報じられます。リストカット、拒食症と過食症、恋愛依存症、妊娠中絶、二度の結婚と離婚、整形手術、レイプといったことも本の中で告白されます。
 
こうしたことの直接の原因はオリンピックで惨敗して世の中からバッシングされたことですが、やはり根底には家庭環境の問題があったでしょう。早い話が、親から十分に愛されなかったのです。
この本を読むと、たとえばリストカット、拒食症と過食症、恋愛依存症といったことも、根本の原因は愛情不足なのだろうと思えます。
 
また、メロさんは17歳のときに高校生らしい3人組からレイプされます。これはもちろんレイプするほうが悪いのですが、この女ならレイプしても訴え出ないだろうと見られていたという可能性もあります。学校でイジメられる子どもにも共通した問題があるのではないでしょうか。
 
親から十分に愛されないと自尊感情や自己評価が低くなってしまいます。風俗嬢というのは社会的に低く見られる職業ですが、自己評価の低い人は抵抗なく入っていってしまいます。
 
整形手術にも自己評価の低さということがあるのではないでしょうか。メロさんの場合、練習で鼻を骨折したための手術もあったのですが、子どものころから容姿コンプレックスがあったということです。
 
普通、このように自己評価の低い人は自分の本を出すことはできません。精神科医やカウンセラーの本に、リストカットする患者などの症例として出てくるくらいです。メロさんは美人で人気あるアスリートだったために自分の人生を本に書くことができました。
こういう例としては、ほかに飯島愛さんの例があります。飯島愛さんも家庭環境の問題から家出を繰り返してAV嬢になるという過去があり、タレントとして人気が出たために自分の体験を「プラトニック・セックス」という本にすることができました。ネットで調べると、この本は今もリストカットをする女性などにとってバイブルとなっているということです。
 
メロさんはアスリートとしては挫折した人ですが、世の中には、一流スポーツ選手として成功している人の中にも、メロさんと同じような問題を抱えている人がいるのではないかと想像されます。
幼いころから父親のスパルタ指導を受けていたというスポーツ選手は、ゴルフ界や野球界やその他にもいっぱいいます。きびしい指導は愛情ゆえだという説明が通っていますが、ほんとうにそうでしょうか。少なくとも自分の人生を自分で決められなかったということは、ずっとあとを引くと私は思っています。
 
たとえば大相撲の若貴兄弟は、父親が親方でもあるという環境で育ち、力士としては大成功しましたが、そういう育ち方をしたことがのちにさまざまな問題を生んだと思います。
 
もっとも、同じ大相撲でも武双山関は、父親がアマチュア相撲の強豪で、子どものころから父親のきびしい指導を受けて相撲版「巨人の星」と呼ばれるぐらいでしたが、中学生か高校生のころに一度相撲をやめ、しばらくして考え直して自分から父親に頼んでまた相撲の指導を受けるようになったということです。このときに武双山関にとって相撲は「自分が選んだ道」になったのでしょう。
 
武双山関のようなことがないまま親の決めた道を歩んでいる人は、かりにその道で成功しても、自分の人生を自分で決めなかったという不幸はずっとついて回ります。
もちろん成功しないとまったく悲惨です。世の中には人目にはふれませんが、そういう悲惨な人生の人がいっぱいいると想像されます。
 
スポーツ界だけでなく、芸能界にもステージママやステージパパがいっぱいいますし、医者の世界にも、「いやいやながら医者にされ」というモリエールの戯曲のタイトルみたいな人がいっぱいいます。
親だからといって子どもの人生を決める権利はないということが常識になってほしいものです。

山口県光市の母子殺人事件で死刑が確定した大月(旧姓福田)孝行死刑囚(31)の弁護団が1029日、再審請求をしました。殺害や強姦する意図はなかったとして、心理学者による供述や精神状態の鑑定書などを新証拠として提出するということです。
 
この事件は、死刑制度についての象徴的な事件になりました。大月死刑囚は犯行当時18歳ですから、通常は死刑にならないところですが、被害者遺族の本村洋氏が死刑を強く希望し、マスコミと世論が後押しし、一審と二審は無期懲役でしたが、差し戻し審を経て最高裁が死刑を確定させました。この過程で死刑賛成の世論が強化されたと思います。
それだけに死刑反対派の弁護士で形成される弁護団も意地になって、今回の再審請求をしたのかもしれません。
 
大月死刑囚については、一審判決が出たあと知人に書いた手紙というのがあり、検察は被告人に反省が見られない証拠として裁判所に提出しました。ウィキペディアの「光市母子殺害事件」の項目から引用します。
 
・終始笑うは悪なのが今の世だ。ヤクザはツラで逃げ、馬鹿(ジャンキー)は精神病で逃げ、私は環境のせいにして逃げるのだよ、アケチ君
・無期はほぼキマリ、7年そこそこに地上に芽を出す
・犬がある日かわいい犬と出会った。・・・そのまま「やっちゃった」・・・これは罪でしょうか
 
 
これを読む限り、相当なワルのようです。しかし、これはそこらへんにいる不良が書きそうなことです。大月死刑囚のような異常で残虐な事件を起こした人間の書くことにしては違和感があるなと私は思っていました。
 
最近、「殺人者はいかに誕生したか」(長谷川博一著)という本を読んだら、そのときの疑問が氷解しました。本書の「第四章 光市母子殺害事件 元少年」から一部を引用します。
 
これまでの彼の残した発言や記述には、まるで別人のものではないかと思わせるような「大人性」と「幼児性」が混在しています。精神機能のある側面は発達し、他は幼児の状態のままなのかもしれません。あるいはコンディションが大きく変わるためかもしれません。私への電報は理知的な大人の文言です。新供述の「復活の儀式」や「ドラえもん」は幼児に特有の魔術的思考そのものです。さらに、これらとは次元を異にする迎合性が顕著です。
彼のこの複雑な性格を理解しない限り、「かりそめの真意」は接する人の数だけ生まれるでしょう。そして各人がそれを「本物の真意」と信じ込んでしまうでしょう。少しでも誘導的なやりとりがあれば(言外の意程度であっても)、犯行ストーリーは変遷していくでしょう。残念ながら、誰にも犯行動機をとらえることはできないということです。
 
つまり大月死刑囚はつねに相手に迎合してしまう性格だということです。ですから、知人に出した手紙は、その知人が不良っぽい人なので、その人に合わせて書いたものなのでしょう。その手紙の文面を見ただけで大月死刑囚を判断してはいけないのです。
 
ところで、著者の長谷川博一氏は東海学院大学教授の臨床心理士で、東ちづるさんや柳美里さんのカウンセリングをしたことで有名かもしれませんが、池田小事件の宅間守死刑囚に面会したときは世間からかなりのバッシングを受けたそうです。
長谷川氏は大月死刑囚と多くの手紙のやりとりはしていますが、面会は一回だけです。長谷川氏は中立的な立場なので、弁護団から面会を止められたということで、弁護団にはかなり批判的です。
長谷川氏は、凶悪な犯罪者は100%幼児期に虐待を受けており、それが犯罪の大きな原因であるという考えの方です。
 
「殺人者はいかに誕生したか」から、大月死刑囚に関するところを引用してみます。
 
さて、光市事件の元少年は、どのような過去を背負っていたのでしょうか。弁護団の犯行ストーリーは保留しておくとして、家裁の調査などで明らかになっている生育史を整理することにします。
物心つく頃から、会社員である父親は母親に激しい暴力をふるっていました。彼は自然と弱い側、つまり母親をかばうようになり、そのため彼にも暴力の矛先が向けられました。小学校に上がると、理由なく殴られるようになりました。海でボートに乗っているとき、父親にわざと転覆させられ、這い上がろうとする彼をさらに突き落とすということが起きます。三、四年生のときには、風呂場で足を持って逆さ吊りにされ、浴槽に上半身を入れられ溺れそうになったことが何度かあります。
(中略)
小学校高学年頃から母親のうつ症状は悪化し、薬と酒の量が増え、自殺未遂を繰り返します。彼が自殺を止めたこともあり、彼にとって母親は「守られたい」けど「守りたい」存在でもあったのです。このように錯綜する相容れない感情をいだく対象が母親であり、ひどく歪んだ共生関係に陥っていたのです。
中学一年(1993)の九月二十二日、母親は自宅ガレージで首を吊って自殺しました。母親の遺体と、その横で黙って立っている父親の姿を彼は覚えています。「父親が殺したんじゃないか」との連想を打ち消すことができません。その後、彼自身が自殺を考えましたが、次第に「母の代わりを探す」という気持ちが取って代わります。何度か家出をしますが、自宅の押し入れに隠れていたこともありました。そこは生前の母親が暮らしていた部屋の押し入れで、「母親の面影や匂いを抱いてそこにいた」と語っています。
母親の死後三カ月で、父親はフィリピン女性と知り合い、その女性に夢中になりました。そして1996(被告人の高校一年時)に正式に結婚し、異母弟が誕生します。彼は義母に甘える義弟に嫉妬を覚えました。しかし、そんな義母も、実母と同様、父親から暴力を受け、暴力の被害者という点では同じ立場に置かれたのでした。
1999年四月に就職しますが、一週間ほど出勤しただけで、義母には隠して無断欠勤します。四月十四日、仕事の合間のふりをして家に戻って義母に昼食を食べさせてもらったあと、甘えたくなって義母に抱きつきました。「仕事に戻りなさい」と言われ、甘え欲求が高じた状態のままで家を出、同じ団地内を個別訪問する「排水検査」に歩き回ったのでした。
これが、まったく面識のなかった本村さんの家を訪れるまでの経緯です。
 
この事件において、殺された母親と子どもがかわいそうなことは言うまでもありませんし、妻子を奪われた本村洋氏も同じです。
それと比較するべきことではありませんが、犯人の大月死刑囚もまたとてもかわいそうな人です。なにしろ物心ついたときから家庭には暴力が吹き荒れていたのです。まるで地獄に生まれ落ちたようなものですが、彼はそういう認識はなかったでしょう。地獄以外の世界を知らないからです。
彼が人間としてまともでないからといって批判するとすれば、それは批判するほうが間違っているのではないでしょうか。
 
本村洋氏や母子のことは、マスコミはそのまま報道しますが、犯人がどんな人生を送ってきたかはほとんど報道されません。検察が公開した手紙は大きく報道されましたが、これは人間の全体像を示す情報ではありません。
 
死刑については賛成の人も反対の人もいるでしょうが、量刑を決めるときは、犯罪者がどんな人間であるかをよく知らなければなりません。そのことを知らないまま、というか知らされないまま死刑賛成の世論がつくられているように思います。
 
もっとも、裁判官は被告の生育歴を知っているわけです。それでいて死刑判決を出せる裁判官というのは、私にとっては不気味な存在です。
 
しかし、光市事件のときはなかった裁判員裁判制度が今はあります。幼児虐待の悲惨さを直視できる裁判員が死刑制度を変えていく可能性はあると思っています。
 

作家の柳美里さんは2010年出版の「ファミリー・シークレット」で自分自身の幼児虐待と被虐待の体験を告白しましたが、芸能界では東ちずるさんが2002年に「“私”はなぜカウンセリングを受けたのか―『いい人、やめた!』母と娘の挑戦」で自分自身の被虐待の体験を告白しています。この2人ともに心理学者の長谷川博一氏がからんでいます。自身の被虐待体験に向き合うには、カウンセラーの助けが大きいということでしょう。
しかし、この2人に先だって、自力で被虐待体験を告白した芸能人がいます。それは飯島愛さんです。
飯島さんは2000年に「プラトニック・セックス」を出版し、子ども時代に両親から虐待され、中学時代から家出を繰り返した体験を告白しました。有名人で自分が親から虐待されたことを告白したのは飯島さんが最初ではないでしょうか(内田春菊さんは1993年の「ファザーファッカー」で性的虐待の体験を書いていますが、これは小説ですし、義理の父親との関係です)
 
「プラトニック・セックス」はミリオンセラーになり、社会現象になりました。しかし、共感したのは若い女性が多く、有識者からはあまり評価されませんでした。タレント本であり、しかもゴーストライターが書いたものだということも評価されない理由だったでしょう。
 
しかし、私の考えでは、そういうこととは別に、この本には致命的な問題があります。それは、本の前半部では自分を死ぬほど殴っていた父親と、本の最後の場面では、なごやかにビールを酌み交わすのです。つまり親と和解してハッピーエンドになっているのです。
これはいくらなんでもありえないだろう、というのが私の感想です。
文庫版解説の作家の大岡玲さんも、この幸せな大団円では「文学になりかけの胎児」である、つまり真の文学にはならないと苦言を呈しています。
おそらくは出版社や所属事務所の意向でこうした結末になったのでしょう。確かに2000年当時ではこうした結末でないと受け入れられないという人も多かったかもしれません。
しかし、これは飯島さん自身の思いとはかけ離れた結末だったはずです。
 
では、飯島さんの思う通りの結末とはどんなものでしょうか。
これがひじょうにむずかしい。これからも親を恨んで生きていくというのは、ある意味自然な結末ですが(AV嬢のインタビューを集めた本で、「親に復讐するためAV嬢になった」といっている人がいました)、それでは飯島さんも含めて誰も納得しないでしょう。
いちばんいいのは、飯島さんを虐待した両親も子ども時代に親から虐待を受けていたかわいそうな子どもだった、そのことを知って飯島さんは両親を許す気になる、というものです。もし長谷川博一氏がかかわっていたら、そういう結末になったはずです。
しかし、飯島さんが自力でそういう認識に到達できるはずはなく、おそらく飯島さんも結末がつけられなかったので、出版社や事務所があのような結末にしたのだと思います。
 
しかし、飯島さんはあの結末では納得がいかなかった。一世一代の告白をして、そのことによってなにかが変わるかもしれなかったのに、告白そのものが骨抜きにされてしまったのですから。
結局、飯島さんは自分を見失ってしまいました。ほんとは親との関係はなにも変わっていないし、まだ親の愛に飢えているのに、周りの人は飯島さんは親の愛を取り戻して幸せになったと思っているからです。
 
飯島さんの死は自殺ではないようですが、多くの人は限りなく自殺に近いものと受け止めているのではないでしょうか。
飯島さんをそういうところに追いやったのは、被虐待体験の告白を正面から受け止めようとしなかった出版社や事務所(それに世の中)だというのが私の考えです。
 
もっとも、世の中の価値観と違う告白が受け入れられないのはよくあることです。
たとえば、三島由紀夫は「仮面の告白」で自分が同性愛者であることを告白しましたが、当時の価値観では受け入れられず、かといって作品の文学的価値があまりにも高いために否定もできず、あくまでフィクションだということで受け入れられました。三島由紀夫はほんとうの自分を世の中に受け入れてもらえなくて、結局自殺することになってしまいました。
また、歌手の佐良直美さんはレズビアン体験を告白したために、芸能界から引退を余儀なくされました。
 
飯島愛さんはあまりにも先駆者でありすぎたのかもしれません。

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