村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

カテゴリ: 横やり人生相談

シリーズ「横やり人生相談」です。世の中には自慢話ばかりする人がいます。職場でこういう人といっしょになったとき、どう対処すればいいかという相談です。
 
 
「勤務中 同僚が自慢話ばかり」 読売新聞「人生案内」(20111215日 )
 
 20代会社員女性。職場の同僚である50代女性についての相談です。
 
 私の勤める会社は、社長以外の社員が私とこの女性だけという小さなところです。彼女は、私と2人きりの時に必ずといっていいほど自慢話をします。例えば、自分の子どもがいかに高学歴でいい会社に就職したかとか、友人の収入がいかに高いかとかです。
 
 ほかにも、学歴や出身地域などで人を差別するような発言も頻繁にしてきます。しかも彼女は一度話を始めたら、30分は絶対に止まりません。最近は、何度も同じ話をするようになっています。
 
 私はそんな話を聞きたくないので、いつもつまらなそうな態度をとりますが、彼女の話は一向に止まりません。勤務時間中ずっとそんな感じなので、彼女の仕事はミスだらけ。その尻ぬぐいを私がやらなければならないこともしばしばです。
 
 彼女の相手をすることにほとほと疲れています。一体どうすれば、ストレスをためずにこのような人とうまくやっていくことができますか。(京都・K美)
 
 
この相談の回答者は、弁護士の土肥幸代さんです。土肥さんは「彼女の仕事中の自慢話や世間話は適当に聞き流し、取り合わないことです」と言い、同僚の仕事のミスをフォローするのも給料のうちだから、ストレス発散に工夫しなさいとアドバイスします。
 
私がこの回答に納得いかないのは、「彼女の仕事中の自慢話や世間話は適当に聞き流し、取り合わないことです」という部分です。
確かにその通りなのですが、相談者はそれができないから悩んで相談しているわけですから、どうすれば聞き流して、取り合わないでいられるかというところまでアドバイスしなければならないと思うのです。
というわけで、私なりの回答をしてみます。
 
私は相談者に、まず同僚である50代女性のことをよく観察しなさいとアドバイスします。
その女性は、誰彼かまわず自慢話をしているのではないはずです。たとえば、その会社にはもう1人社長がいるわけですが、社長に対してはそんなに自慢話はしないでしょう。一度はしても、二度三度はしないはずです。また、その女性に何人か友だちがいるとすれば、自慢話をする人としない人がいるはずです。
つまり自慢話をする人というのは、自慢話をするとうらやましがってくれる人に対してするわけです。
 
普通の人は、一度聞いたときはうらやましく思うかもしれませんが、何度も同じ話を聞かされると、もううらやましいという感情はわかず、馬耳東風とかカエルの面にションペンとかいう感じになりますし、さらには何度も同じ話をする人間を軽蔑するようになります。そうすると、自慢話をする人も、自慢話をする意味がなくなるので、しなくなります。
 
ということは、この相談者は何度も同じ話を聞かされているのに、そのたびにうらやましいという反応をしているのではないかと想像されます。相談者は「私はそんな話を聞きたくないので、いつもつまらなそうな態度をとりますが」と書いていますが、「態度をとります」ということは演技をしているということで、それを見抜かれているのです。
また、この同僚女性は差別発言を頻繁にするということですから、うらやましがらせるだけでなく、いやがらせも目的になっているのでしょう。そして、相談者は「彼女の相手をすることにほとほと疲れています」と書いているように、毎回いやがるので、いやがらせの格好のターゲットになっているわけです。
 
 
以上のことを理解すれば、対策もおのずと出てくるでしょう。
相談者は、子どもの学歴や会社の話や、友人の収入の話を聞いて毎回うらやましがるような人間で、ということはもし自分に自慢のタネがあったら人に何度も自慢しかねないのです。つまり、相談者は同僚女性と同じレベルかもっと下のレベルの人間なのです。
自分は自分が忌み嫌っている人間と同じレベルの人間であるというのは、考えるだけでいやなことですから、人間はそう認識した瞬間にそのレベルから抜け出すことができます。
つまり相談者は、同僚女性と同じようなレベルの人間なのに、自分はもっとましな人間だと思っていて、自己認識が間違っています。そのため自己をレベルアップさせることができないでいるのです。
 
また、「勤務時間中ずっとそんな感じなので、彼女の仕事はミスだらけ」といいますが、話をするからミスをするとは限らないでしょう。尻ぬぐいをするのもいやのようですが、そういうことは社長も見てくれているはずですし、仕事のためなのですから、いやがることではありません。「同僚女性の仕事はミスだらけで、自分が尻ぬぐいをしている」という認識もあやしいものです。
 
要するに相談者は、自分が同僚女性と同じようなレベルの人間だということに早く気づくことです。そうして自己認識を正しくすれば、おのずとそのレベルを脱することができます。
そうすれば、同僚女性からなにをいわれても気にならなくなります。

シリーズ「横やり人生相談」です。今回もまた家族関係の問題ですが、家族関係の問題については若い人のほうが理解が進んでいるのではないでしょうか。最近は小説や映画やドラマでも、主人公は家族関係の問題を抱えているという設定が多いような気がします。
 
「自分を好きになりたい」相談者 高校2年生女子
高校2年生、16歳女子です。自分の全部が大嫌いです。
 
 私の父は自尊心が強く、他人を見下し、自分の優越感を満たすことを好む人です。自分が正しいと思ったことは、必ず他人も同調させなければ気の済まない性格で、それがかなわなければ、怒りに我を失うほどです。
 
 それは、生まれてから今日まで父を尊敬し信頼し、疑うことなく育ってきた私の精神にも深く刻み込まれました。
 
 この性格を抑えることなく行動し、失った友情もあります。最近、過去の自分を省み、なんと愚かな発言をしたのかと毎日罪の意識に悩まされました。
 
 それに気付いて以来、私は、流されることなく本来あるべき自分を確立できるように努めています。数少ない友人を尊重し、「ありがとう」「ごめんなさい」を常に心掛け、他人の意見を受け入れ、よい所を見つけるようにしています。
 
 しかし、どうしても根底に残る醜い思いが消えないのです。
 
 他の人より認められたい欲望が先走り、他人に対して自分の我を通してしまうことがあります。今まで性格は簡単に変えられると思ってきましたが、幾多の努力を重ねた今、本当に難しいものだと痛感しています。
 
 他人を見下すことでしか自分を愛せないとしたら悲しすぎます。本当の意味で自分を好きになるには、どのような努力が必要でしょうか。(朝日新聞「悩みのるつぼ」20111112)
 
 
この人生相談の回答者は、作家の車谷長吉さんです。
車谷さんは、よい友だちをつくる努力をしてくださいとアドバイスします。よい友だちがいたら自分が好きになれるかもしれませんし、あなたに恋する少年がいたら自分も変わらざるをえないでしょう、というわけです。
なるほど、これはよい方法のようです。ですから、人生相談の回答としてはいいのですが、私の立場からすると不満があります。そのことを書いてみます。
 
車谷さんは相談者の父親についていっさい言及していません。回答文に「父」という言葉が一度も出てこないのです。
しかし、相談者は相談の2行目で父のことを書いています。相談者は、自分で自分が大嫌いなのは父が原因であるに違いないと推測しているのでしょう。ですから、そこに焦点を当てた回答が必要ではないかと思うのです。
 
子どもが親の影響を受けるのは当たり前です。とくに幼児期に受けた影響は、インプリンティングといってもいいぐらいに心に深く刻まれてしまいます。相談者が「それは、生まれてから今日まで父を尊敬し信頼し、疑うことなく育ってきた私の精神にも深く刻み込まれました」と書いている通りです。
 
ちなみに私の父親も、他人を見下し、自分の優越感を満たすことを好む人でした。ただ、そんなに激しい性格ではなく、ネチネチと言うタイプです。
もちろん私も父親の影響を受けています。もしかしてこのブログも父親がネチネチと言っていたみたいな……いや、そんなことはありません。内容がぜんぜん違います。
ともかく、私も相談者と似たような境遇だったので、自分自身の経験からアドバイスできることがあると思います。
 
この相談者は父親の姿を的確にとらえているようです。ですから、問題は半分解決しているといっても過言ではありません。
これから相談者がするべきことは、まず心の中で父親を思いっきり軽蔑することです。それによって、現在いっしょに暮らしている父親の影響を受けないようにするのです(もしかして、自分の親を軽蔑しろなどと若い人にアドバイスするのは私ぐらいかもしれませんが、それはほかの人がみな間違っているからです)
それから、自分の幼児期を回想し、父の言動や父との関わりをひとつひとつ思い出して、それを心の中で否定していくという作業をしなければなりません。いわばインプリンティングをクリーンアップする作業です。
これはけっこう時間がかかりますが、気長にやらなければなりません。やればやっただけ効果があります。
こうして父親と自分の人格を切り離し、自分が父親の上にくるようにします。
 
自分が親より人間的に向上すれば、人類はほんのわずかとはいえ向上することになります。みんながこのようにして親を軽蔑し、親より人間的に向上すれば、人類は大きく向上することになります。
 
世の中には、親を尊敬しているという人がいっぱいいます。
もちろん親に尊敬する部分はあるでしょう。しかし、完璧な人間はいませんから、必ず軽蔑するべき部分もあるはずです。その部分をきちんと軽蔑しないと、その軽蔑すべき部分を自分が受け継いでしまうことになります。
これでは人類の向上はありません。
 
親に軽蔑するべき部分を見いだし、親より向上した人間になる。これが人間としての正しい生き方です。
 
ところで、親を軽蔑して、親と喧嘩する人がいますが、これはよくありません。自分も精神的なダメージを受けてしまいます。
親を軽蔑して乗り越えるという作業は心の中だけで行えばいいのです。

高齢者世帯がふえています。厚生労働省の「2010年国民生活基礎調査(概況)」によると、高齢者のみか、これに18歳未満の子供を加えた「高齢者世帯」が10年時点で1020万7千世帯(推計)と、初めて1千万を突破。全世帯(約4864万)の21%を占めるまでになったということです。
これは、最初から子どものいない高齢者世帯がふえたということも少しはあるでしょうが、それよりも、子どもがいても同居しないケースがふえていると見たほうがいいでしょう。
同居しない理由は、子どもが都会で働いていて、親は慣れた田舎に住み続けたいということももちろんありますが、親と子の関係がうまくいっていないからということも相当数あるものと想像されます。その典型的な例が次の人生相談です。
 
 
「娘が反発 音信不通に」読売新聞「人生案内」20111110
80代、無職男性。娘2人は結婚していて、妻と2人暮らしです。ちょっとしたいざこざで、娘たちと連絡がとれなくなりました。
  先日、大学3年になる孫娘が鼻歌を歌いながら食事をしていたので、それを注意しました。小遣いをあげても孫が「ありがとう」の言葉を返さないことがあり、その時も注意しました。
  すると、娘2人が私たち親に対し、「今まで嫌みを言われてきても反抗せずに従ってきたが、もう限界だ。親だから何を言っても許されると思っているのか」と反発してきました。さらに「親に感謝もしているが、お互いに助け合う関係はもう無理だと思っている」と言うのです。
  娘たちは、今後は電話もメールもできないと伝えてきており、現在、こちらから電話しても留守番電話になったままで、返事はありません。
  私たち夫婦には、残された人生もあまりありません。親娘が断絶した状態で死を迎えるとなれば、葬儀の喪主は誰がやってくれるのかとか、後々の年忌法要はどうなるのかなど、心配になります。ご指導をお願いします。(茨城・H男)
 
 
この人生相談の回答者は作家の出久根達郎さんです。
出久根さんは親子の問題について親の味方をすることが多いのですが、今回は、「娘さんにしてみれば、長い間のうっぷんが一度に爆発したのでしょう」と書き、この際言辞を改めて、子どもに従いなさいと結論づけています。
私の考えもこの回答と同じです。おそらく多くの方もそうではないでしょうか。
私がこの人生相談を紹介したのは、回答よりも、この相談者の文章から学べるものが多いと思ったからです。
 
親娘が断絶した原因は、孫娘が食事中鼻歌を歌っていたのを注意したことと、孫にお小遣いを上げたとき「ありがとう」の言葉がないので注意したことのふたつしか書いてありませんが、もちろんそれまでにいろんなことがたまっていたのでしょう。このふたつは最後のきっかけにすぎません。娘さん2人が同じ行動をとっているのですから、相談者の態度に問題があることは明らかです。
しかし、相談者はこんな事態になっても、娘はなぜそんな態度に出たのかということを考えようとしません。孫娘の態度を注意したときも、孫娘はどんな気持ちになるだろうかということを考えません。今、相談者が心配なのは、葬儀の喪主のことと年忌法要のことだけです(奥さんの気持ちも考えていないようです)
色が見えない色盲というのがありますが、相談者は人の心が見えない色盲のような人なのでしょう。自分の言動で人が不愉快になったり怒ったりしていても、なにも感じないのです。娘さんはさぞ不快な思いをしてきたことでしょう。
 
相談者は年を取ったせいで弱気になっているようです。そのため事態を冷静に記述しているので、こちらにも事情がよくわかります。もし相談者が元気であれば、たとえばこんなふうに書くかもしれません。
 
「娘は孫娘を甘やかし、しつけに無頓着です。これでは世の中に出たときに孫娘自身が困ることになると思い、私が食事のマナーについて注意したり、お小遣いを渡したときには「ありがとう」と言うようになどと注意してきました。しかし、娘はそれが気に入らないようで、親娘の縁を切るという態度に出てきました。私の娘に対する教育が間違っていたといえばそれまでですが、娘の態度を改めさせるためにはどうすればいいでしょうか」
 
こんなふうに書いてあれば、娘さんのほうが悪くて、相談者が正しいと判断してしまう人も出てくるかもしれません。
この文章は「しつけ」ということを軸にして書いています。それだけで意味が逆転してくるのです。
 
相談者もずっと2人の娘さんの「しつけ」をやってきたのでしょう。そして、自分のやっていることは正しいと思って、娘さんの気持ちを考えることもなかったのでしょう。
 
相談者は生まれつき人の気持ちがわからない人ではないはずです。家庭の中に道徳を持ち込み、子どもをしつけようとしたことで、子どもの気持ちを無視する態度が身についてしまったのです
 
「家庭の中に道徳を持ち込むな」というが私の持論です。今回の人生相談を見ると、そのことがよくわかるのではないでしょうか。
家庭に道徳を持ち込むから、子どもを不愉快にする言動が生じるのです。道徳がなければ、おのずと明るい会話のある家庭が築けます。
 
そうして親子関係がよくなれば、親子の同居がふえ、高齢者世帯も少なくなるのではないかと私は思っています。

シリーズ「横やり人生相談」です。今回は、母親の浮気を知ってしまった女子高生の悩みですが、これは家族関係の悩みでもあります。家族関係の悩みは、いつもながら把握しにくいものです。
 
「母の浮気を知ってしまいました」相談者 高校3年生女子
   高校3年生の女子です。中学生の頃から悩んでいることがあります。母親の浮気です。

 私の家は真面目な父、弟、私、そしてパートの母の4人家族です。母は以前から年齢よりも若い服や靴を好み、美容などにも関心を持っていました。私も抵抗はなく、むしろ良いことではないかと思っていました。

 しかし、数年前に、絶対に父ではない男の人との、明らかに浮気とわかるような親密なメールを見てしまいました。とてもショックで裏切られたような気持ちでしたが、誰にも言えず、ずっと黙っていました。つい最近再び、しかも嫌悪を抱くほどもっとエスカレートしたメールを見ました。それから、私は母が信じられなくなりました。

 受験を控え、ちょっとしたことで母と口げんかをしても、「お母さん、浮気してるでしょ。私、知ってるんだからね」と、言い返しそうになります。多分、母は気付かれていないと思っているのでしょう。父と弟も知りません。

 浮気は良くないと思うので、母には男の人と別れて欲しいです。もし私が口にしたら家族は壊れてしまいます。それは嫌ですが、今後、悶々(もんもん)と「母の浮気」という暗い事実を抱えて生きていく自信もなく、いつかは爆発してしまいそうです。私は、寛容さが足りない駄目な子供なのでしょうか。どうすればいいのか教えてください。(朝日新聞「悩みのるつぼ」20111029日)
 
この相談の回答者は評論家の岡田斗司夫さんです。
岡田さんはいきなり「「まず、母の携帯電話をどこかに隠しましょう」と言います。さらに、
『他の悪い癖との比較で考えましょう。もし父がパチンコ浸りで借金まみれになったら? 「父が悪いんじゃない。パチンコが悪い」と考えますよね。もし父が酒浸りだったら? 「お酒が憎い」ですよね。父や母を憎んでもしかたない。彼らは「弱い」だけであり、誘惑する「手段」こそ、あなたの「敵」です。
 悪いのは、母に安易に浮気させ、それを3年間もこっそり続けさせた携帯電話です』
 
つまり悪いのは母の携帯電話だから、「母の携帯をへし折って、3年間の悩みを終わらせてください」というのが結論です。
 
文筆業者というのは、わかりやすく、インパクトのあることを書かないといけないので、「今回は携帯電話を悪者にして一丁書いてやろう」ということだったのでしょうか。あまり追及しないことにしますが、この回答に納得のいく人はまずいないでしょう。
ということで、私なりの回答を書いてみます。
 
 
母が浮気をしていた。それのなにが問題かといえば、まず第一に、父への裏切りであることです。ですから、この女子高生の娘としての普通の反応は、このことがわかればお父さんはどう思うだろう、あるいは母を信じているお父さんがかわいそうだ、といったことになるはずです。
ところが、この女子高生は父親のことをほとんど考えていません。「父と弟も知りません」と書いているだけです。また、父親はどういう人間かということについても、「真面目な父」という表現があるだけです。父と母の関係も書いてありませんし、女子高生と父親の関係も書いてありません。
ということは、この女子高生はなにを悩んでいるのでしょう。
それは母親との関係ではないかと思われます。
 
「もし私が口にしたら家族は壊れてしまいます」と書いています。だったら口にしなければいいのです。しかし、「いつかは爆発してしまいそうです」というのです。どういうことでしょうか。
それを読み解くヒントは、「受験を控え、ちょっとしたことで母と口げんかをしても」と書いてあることです。どうやらちょっとしたことでしょっちゅう口げんかしているようです。「もっとエスカレートしたメールを見ました。それから、私は母が信じられなくなりました」と書いてありますが、おそらくメールを見る前から母を信じていなかったのではないでしょうか。
ですから、母への怒りや憎しみが高まると、家族を壊す「浮気暴露」という最終兵器のスイッチを押したくなるのです。そして、実際に押してしまうのではないかと恐れているのです。これが女子高生の悩みの正体です。
 
もしこれが普通の家庭なら、この女子高生は、浮気が父親に発覚するといけないので、その前に浮気をやめさせようと母親を説得するでしょう。あるいは、自分さえ黙っていればいいのだと思い、なにもしないかもしれません。いずれにせよ家庭を守ろうとします。
しかし、この家庭は普通の家庭ではないので、女子高生は最終兵器のスイッチを押したくてたまらないというわけです。
 
私がこの女子高生にアドバイスするとしたら、こんなことになるでしょう。
あなたは「寛容さが足りない駄目な子供」ではありません。問題は母親とうまくいっていないことにあるのです。母親との関係を改善できれば、それがベストですが、子どもからそれをすることは通常は不可能です。ですから、早く家を出て自立することを考えなさい。母の浮気は放っておきなさい。それは母と父の問題ですから。
 
もっとも、もうひとつのアドバイスもあるかもしれません。
それは、最終兵器のスイッチを押して、母の浮気を父にバラしてしまいなさい、というものです。それによって母と父の関係が変わり、家族が再生して、万事うまくいくという可能性があります(それが女子高生の無意識の願望でしょう)。
もっとも、あまりにもリスキーですから、とてもお勧めはできませんが。

子育てに際して、子どもの「わがまま」に悩んでいる親は多いことと思いますが、そもそも「わがまま」とはなんでしょうか。視点を変えてみるとわかってくることもあるはずです。今回取り上げるのは介護にまつわる相談です。
 
「わがままな母に閉口」相談者 50歳女性
脳梗塞の後遺症でまひがある母を自宅で介護していました。しかし、あまりのわがままに家族がお手上げ状態となり、ホーム入居に踏み切りました。入居してからも母は文句ばかりで、2回ホームを移りました。もう家族がみるしかないのでしょうか。(「定年時代」平成2310月下旬号)
 
回答者は介護相談の専門家である中村寿美子さんです。中村さんはこう回答しています。
 
思うように動けない、気持ちがうまく伝わらないといったお母さまのもどかしい思いが、わがままとなって周囲を困らせているのでしょう。
ダメージを受けた脳の部位によって、運動機能に障害(まひ)が出たり感情のコントロールが難しくなるなど、症状はさまざまです。「手に負えないわがままは病気のせい」と理解できませんか。
 
相談の文章では運動機能のまひしか書いてありませんが、高次脳機能障害では感情のコントロールができにくくなる場合があります。だとしたら「わがまま」はまさに「病気の症状」ということになります。
「病気の症状」と認識したら、周りの人の対応も変わってくるはずです。お母さんの態度を叱責したり矯正しようとしたりすることもなくなるでしょう。
 
 
では、子どもの「わがまま」はどうでしょうか。
これは「病気の症状」ではありません。
では、なにかというと、「人間本来の姿」です。
ですから、叱責したり矯正しようとしたりしても、なかなかうまくいくものではありません。
そして、考えなければならないのは、親にも「人間本来の姿」があるはずだということです。
 
「人間本来の姿」というのはそれほどすばらしいものではありません。少しの「わがまま」が含まれています。
ですから、人間はつねにぶつかり合います。これは家族内でも国際社会でも同じです。
対等の人間であれば、勝ったり負けたりするうちに、ぶつかり合いを回避する知恵を身につけます。しかし、強者と弱者であれば、つねに強者が「わがまま」を通すことになります。
親と子の関係がそうです。親は子に対して圧倒的に強者ですから、自分の「わがまま」を通します。そして、子どもは自分が親になると、親のやり方を学習した上にさらに自分の「わがまま」をつけ加えます。それを何世代も繰り返しているうちに、親の「わがまま」がどんどん肥大してきたのです。「しつけ」や「教育」もその中で生まれました。
子どもを親にとって都合のいい存在にしようとすることが「しつけ」や「教育」なのです。
 
自分の子どもが「わがまま」に見えたときは、自分はもっと「わがまま」なのではないかとわが身を振り返ったほうがいいでしょう。
自分は「わがまま」でないけど生まれた子どもは「わがまま」だったというのは、理屈としてもおかしいですから。

教育問題について考えるのがむずかしいのは、その背後に親子関係の問題が隠れていることが多いからです。この人生相談はその典型的なものといえます。
 
 
「中学受験の失敗が尾を引いて」相談者 中学三年生女子
 中学3年の女子です。

 中学に入ってからというもの、何をやってもうまくいきません。運動部に入ったものの、ついて行けず退部、一生懸命勉強してもちっとも成績はあがりません。そもそもの原因は中学受験だと思うのです。

 私は小学生時代、ある難関校A校に入るよう、親に言われて必死で勉強しました。でも、私にはひそかに憧れていたB校という学校がありました。

 しかし、その学校は親の反対にあって、しかたなくあきらめました。B校への未練を残しながらも、A校に入ってほめられたい一心で勉強したのですが、不合格になりました。

 そしてギリギリの前日に出願してようやく決まったのが今の学校です。A校ほどではありませんが、なかなかの進学校だったので、両親はとても喜びました。けれど私には未練があり、捨てきれない思いがありました。

 もしあのとき、B校に行きたいともっとちゃんと言って、受けていたら……。もしそれで落ちたとしても、まだ納得できたと思うのです。

 それからというもの、私は何をやってもうまくいきません。未練を残したままがんばったって、しょせんはダメだと思ってしまうのです。どうしたら私は心の底から前向きになり、中高生活を一生懸命送ることができるのでしょうか。(朝日新聞「悩みのるつぼ」20111015)
 
 
この相談の回答者は、作家の車谷長吉さんです。車谷さんは壮絶な人生を生きてこられた方で、人生相談の回答もいつも人生を達観した境地から書かれているかのようで、感心させられます。しかし、今回の回答は、自分自身の体験をいろいろ語ったあと、こうまとめておられます。
挫折をすることは大いに結構です。挫折しなさい、と勧めてもいいくらいです。勝利者街道まっしぐらの人の得意顔より、挫折を知って、苦しむ人の気持ちがわかる、すこし憂い顔の人のほうが人間として味があります。味のある大人になってください」
 
これは相談者の悩みの核心をつかんでいない回答のような気がします。
では、相談者の悩みの核心とはなんでしょうか。それを書いてみます。
 
 
まず誰でも疑問に思うのは、相談者は中学3年生になっているにもかかわらず、中学入学時のことにいまだにこだわっているのはなぜかということでしょう。中学1年生ならまだやり直すという道もあったかもしれませんが、今となってはどうしようもないですし、高校進学について考えたほうがいい時期です。
しかし、相談者にはそれなりの論理があるはずです。
私が思うに、相談者は高校入学に際しても親に難関校への進学を強いられ、自分の希望する学校へは行かせてもらえないのではないかという心配があるのでしょう。現にそういう話になっているかもしれません。
中学入学のとき娘の希望を聞き入れなかった親ですから、高校入学のときも当然同じ態度をとるでしょう。
ただ、ここで相談者の悩みが生きてきます。
中学入学のときは、相談者は自分の希望を訴えても、その言葉にはあまり説得力がなかったでしょう。しかし、高校入試のときは、中学3年間の経験を踏まえて言えることがあります。
「私は自分の希望するB校を受験させてもらえなかったから、ずっとその未練があって、中学3年間、何をやってもうまくいかず、楽しくなかった。高校は自分の希望する学校を受験させてほしい」
こう言えば、親の心を動かせるかもしれません。
 
ですから、私がこの人生相談に答えるとすれば、「中学受験のときの失敗を繰り返さないためにも、あなたは今どんなにつまらない中学生活を送っているかを親に訴えて、高校受験では自分の希望を聞いてもらうようにしなさい。高校生活がうまくいけば、今の悩みはどうでもいいことになりますよ」といったことになります。
 
もっとも、親が希望を聞いてくれるかどうかはわかりません。
進学という人生の重大事に子どもの希望を聞かない親はいっぱいいます。しかも、それが問題だとはほとんど認識されていません。だから、車谷さんもその問題をスルーしてしまったのでしょう。
子どもの希望を聞かない親というのは、子どもを一方的にかわいがるだけの対象と見ていて、自分の意志を持った存在とは見ていないのでしょう。あるいは、競走馬の馬主のように、子どもを人生レースに出走させて、勝利する喜びを味わいたいと思っているのかもしれません。
世の中にはいろいろな問題がありますが、こうした親子関係のあり方は最大級の問題だと思います。

私の勝手な思い込みかもしれませんが、凶悪な犯罪者が教師の子どもであるというケースがけっこうあります。欧米では凶悪な犯罪者が牧師の子であるというケースがよくあります。つまり、職業的に人を教え導くことと、親として子どもを愛することの違いが正しく認識されていないことから問題が生じているのではないかと私は考えているのです。
そういうことを考えさせられるのが、次の人生相談です。
 
「教師のノウハウが役立たない」相談者 教員40代 
 教職25年を迎えた教員夫婦です。たくさんの児童・生徒と接してきた経験に基づいて、「その子に応じた指導で、子どもの力を伸ばせる」ノウハウは確立できた、と自負しています。

 一人息子が保育園の年少の頃、ダンスがみんなと同じに踊れなくても、「3月生まれだから大器晩成だ」と、おうように構えていました。しかし、小学校入学後も「大器晩成」のままだった息子を見て、このままではいけないと思い、夫婦でお互いのノウハウを最大限に活用し、子育てをしてきました。

 そのかいあって息子は中学校では人望もあり、「あとは勉強をちょっとがんばるだけ」になりました。しかし、受験を1年後に控えた中3になった今も肝心の勉強に身が入りません。本人も事態は十分に認識しているはずですが、意欲は続きません。

 「その子に応じた指導で力が伸ばせる」と私たちが自負してきたものは何だったのか、疑問符がついたまま仕事を続けるのはつらすぎます。職業人としてのアイデンティティーを揺るがす事態です。退職後に夫婦で教育ノウハウ本「これでわが子もスーパースター」を出版しようという計画も水の泡。「子育てってそんなもんですよ」という言葉でお茶を濁したくありません。よその子にはうまくいっているのに、なぜ肝心なわが子でうまくいかないのでしょう(
朝日新聞「悩みのるつぼ」2010731)
 
この相談の回答者は経済学者の金子勝さんです。その回答を要約すると、子どもは親の道具ではない、だいじなのは「自分で選んだ」という自覚を持つこと、中学校で人望があるというのはすばらしいことで、そろそろ教師のノウハウを捨てて1人の人格として息子さんと接してあげてください、というようなものです。
 
この回答で基本的にいいと思うのですが、ただ、「よその子にはうまくいっているのに、なぜ肝心なわが子でうまくいかないのでしょう」という相談者の疑問にはっきりとは答えていません。そこで、その部分について私が答えてみます。
 
まず私は、この夫婦が教師としての能力にたいへんな自信を持っていることに少々驚いてしまいました。今どきこういう教師は少ないのではないでしょうか。
しかし、そんな自信を持ちながら、一人息子に対してその教師としてのノウハウは最初封印しています。おそらく教師としての役割と親としての役割が違うことを直観的に理解していたからでしょう。しかし、深くは理解していなかったために、結局封印を解除してしまいました。
もちろんこれは間違いです。今のところ勉強の意欲がないだけで、ほかに問題はないようですが、これから問題が出てくる可能性は大です(中学校で人望があるというのはすばらしいことですが、学級委員などに選ばれているだけのことをこの両親はそう表現しているのかもしれません)
 
私が言いたいのは、教育と愛情は別物だということです。一般には、親が教育熱心なのは子どもに愛情があるからだと考えられていますが、これは誤解です。
たとえば教師は生徒を教育しますが、これは必ずしも愛情があるからではなく、仕事だからです。予備校の教師などにはすばらしく教え上手の人がいますが、これも別に予備校生に愛情を持っているからではありません。
子どもに稽古ごとをいっぱいさせている親がいます。費用もかかりますから、それだけ愛情があるのだろうと思われるのかもしれません。しかし、子どもが将来才能を発揮すれば親の自慢になるという利己的な動機からしている場合もあります。
 
親の子どもに対する愛情は、「かわいい」「ふれあうのが楽しい」という感情に帰結します。そして、子どもはそういう親とふれあうことで、自己肯定感を得ます。この自己肯定感が人格の土台になるわけです。
一方、教育のノウハウというのは、おそらく子どもに対し、今の自分はだめだからもっとがんばらねばと思わせることではないかと思われます。これは、自己肯定感を土台に持っている子どもに対してなら問題ありませんが、そうでない子に対しては自己否定の感情を植え付けることになってしまいます。
つまり、親は子どもの人格の土台をつくり、教師はその上でさらなる向上を目指させるという役割分担になっているのが望ましいわけです。
 
相談者の教員夫婦は、土台づくりをおろそかにしてしまった可能性があります。
このままでは勉強のできない子どもに失望してしまい、それがさらに子どもに自己否定の感情を植え付けることになりそうです。
どうすればいいかというのは、簡単なことです。「勉強なんかできなくてもいいよ」という態度で子どもに接することです。これによって自己肯定感が生まれるはずです。
 
その結果、勉強ができない子どもになったらどうすればいいかって? 親ならそれも肯定できるはずです。

ロックの世界では「30歳以上を信じるな」という言葉があります。そうすると、自分が30歳以上になったらどうなるのでしょうか。もちろん、「若いころはバカなことを考えていたなあ」ということになるわけです。いや、ロックンローラーは永遠の青春なので、違うかもしれませんが。
 
誰でもおとなになれば、若いころと考えが変わります。ただ変わるのではありません。若者と敵対するように変わります。だから、若者から「30歳以上を信じるな」と言われてしまうのです。
おとなと若者の関係は、資本家と労働者の階級対立に似ています。いや、それよりもたちが悪いといえます。親と子の関係まで階級対立みたいになっているからです。
 
次に取り上げる人生相談はその典型みたいなものです。回答者である作家の出久根達郎氏にはたいへん失礼になりますが、重要な問題ですので、どうしても取り上げさせていただきます。
 
 
読売新聞「人生案内」 
 
20歳のフリーター女性。過干渉な母親に悩んでいます。
 私はバイト先で、遅番の仕事に入ることが多いのです。その場合、家に帰るのが夜10時過ぎになるのですが、帰宅時間が遅いと母によく怒られます。夜に友達と遊ぶ際も同じなので、友達より早く帰ることになりますが、この年で夜9時や10時が「遅い」と叱るのは変じゃないでしょうか。
 金銭管理も私に任せてくれません。働いて稼いだのは私なのに、私にキャッシュカードを持たせず、給料が入ると母が引き出し、そこから数千円を私に渡します。まるでお小遣いです。
 それ以上の金額が必要になり、こっそりカードを取って私がお金を引き出すと、「必要なお金なら渡すって言ったでしょ!」と叱られます。でも、もし正直に必要な理由を言うと、「一緒に買い物に行こう」などという展開になるので、嫌なんです。
 これらの例は氷山の一角。娘とはいえ、ここまで干渉するというのは妥当なのでしょうか。また、私に努力すべき点があるならば、どのようなことか教えてください。(埼玉・K子)
 あなたのお話だけを聞いていると、融通のきかない、やかましいお母さんのようですが、お母さんにもそれなりの言い分があることでしょう。あなたはお母さんに心配をかけたことがあるのではありませんか。それでお母さんは急に厳しくなったのではありませんか。
 アルバイトの内容は、正直に伝えているのですか。仕事で遅くなるのに説教を言うのは理不尽すぎます。帰宅時間や金銭の管理は、あなたぐらいの年齢でしたら、多くの親がしていることで、あなただけが特別なのではありません。していない親の方が、珍しいくらいです。
 時間については、親と話し合いで決めたらよいでしょう。お金も、必要なら申告すれば出す、と言うのですから、多少、窮屈であっても問題ないじゃありませんか。もっと自由にと願うなら、お母さんの信用を得ることです。あなたのことを心配してくれる親は、今はうっとうしいでしょうが、やがてありがたみがわかります。
 (出久根 達郎・作家)
2011621日 読売新聞)
 
 
回答者の出久根達郎氏は明らかに母親側に立って回答しています。それが正しいなら問題ありませんが、どうしてもそうとは思えません。
 
回答者は、お母さんが厳しくなったのは相談者がお母さんに心配をかけたからではないかと言っていますが、これは根拠がありません。いや、親に心配をかけない子どもなどいないはずです。どんな親も子どものことを心配します。お母さんがきびしい原因を、子どもがお母さんに心配をかけたからだとするのはむりがあると思います。
 
回答者は「仕事で遅くなるのに説教を言うのは理不尽すぎます」と当然の指摘をしていますが、同時に「アルバイトの内容は、正直に伝えているのですか」とも書いています。そのため、母親が理不尽すぎるのは、相談者が正直に伝えていないためだとも読めてしまいます。
 
「帰宅時間や金銭の管理は、あなたぐらいの年齢でしたら、多くの親がしていることで、あなただけが特別なのではありません。していない親の方が、珍しいくらいです」という指摘にいたっては、ちょっとあきれてしまいます。
帰宅時間はさておき、子どものアルバイトの金銭の管理を親がしているというのは、私の知る範囲ではありません(中学生ならあるかもしれません)。アルバイトで稼いだ金は自分が手にしてこそ、労働の価値や喜びがわかるのです。そして、そこから食費や家賃分を親に払うというのが日本の常識でしょう。
子どものアルバイトの金銭を親が管理するというのは、鵜飼いの鵜や管理売春を連想してしまいます。この親はまったく理不尽ですし、相談者もいったいどういう気持ちでアルバイトをしているのか少々不可解でもあります。
 
「もっと自由にと願うなら、お母さんの信用を得ることです」という指摘も根本的に間違っています。自由と信用は関係ありません。国民が自由を求めるとき、国民は独裁者の信用を得なければいけないのでしょうか。
 
この相談者である二十歳のフリーター女性は明らかに母親から不当な扱いを受けています。しかし、回答者は母親よりもむしろ相談者の態度に問題があると指摘しています。
かりに人口を30歳以上と30歳未満に分ければ、社会の実権を握っているのは30歳以上のほうで、30歳未満はいわば被支配階級ということになります。この人生相談は被支配階級からなされ、支配階級の者が回答したために、へんなことになってしまいました。
おとなと若者の関係は、資本家と労働者の関係以上に問題をはらんでいます。格差社会や少子化や非婚や引きこもりなどの問題も、おとなと若者の関係から考えるとよりわかりやすくなります。
 
マルクス主義は資本家と労働者の関係を問題にし、フェミニズムは男と女の関係を問題にしましたが、これからは大人と若者・子どもの関係がより大きな問題としてクローズアップされてくるはずです。
 
 

人生相談を見ていると、本人の努力では解決不能ではないかと思われる相談があります。それでも、回答者はなんかの回答をしなければなりませんが、「横やり人生相談」では自由に回答できるのが強みです。次の相談も、相談者よりもむしろ家族の態度に問題のあるケースです。
 朝日新聞「悩みのるつぼ」
借金で迷惑かけた私です  
 30代半ばの既婚女性です。6歳、3歳と、男の子と女の子がひとりずついます。独身時代からの勤めを今も続けています。
 私にはどうやら浪費癖があるようで、独身時代から給料などはきれいに使い切ってしまっていました。
 ギャンブルにはまったり、他の男性に貢いだりすることこそありませんが、結婚後も、夫に使い道を報告することもないまま、買い物を続けました。そして気がついたら、数百万円も使ってしまっていました。
 カードローンやクレジットの返済は、夫の両親にお願いして払ってもらいました。
 夫はかなり怒りました。
 実家にお願いせざるを得なかったので、今後は感謝をしながら正しい人生を歩んでいかなければならないと思っています。でも、私には何ひとつ、取りえがありません。
 整理整頓も、料理も子育ても、妻としても、たいして何もできないのです。せっぱつまっても、できないのです。これだけは誰にも負けることがないというものもなければ、大好きなことも特にありません。
 このままでは親子関係も、夫婦関係もどんどん悪くなる一方です。こんな年になって、こんな悩みは恥ずかしくてしかたないのですが、自分で悩んでいても何の答えも出ません。
 何か助言をいただければ幸いです。
 
これに対して回答者の評論家岡田斗司夫さんの回答を要約してみるとこんな具合です。
問題の出発点は、「私には取り柄がない」という認識です。そのため浪費に走る。浪費の借金で評判が落ちる。評判を取り返すには取り柄が必要だ。だが、私には取り柄がない――という無限リピートに陥っています。これを脱出するには、キャラを変えることです。今まで目指した「カッコいい私」は諦めて、「おバカだけど頑張る=愛される私」を目指しましょう。そのためには、今まで浪費していたけど今は浪費していない金額を家族に報告し、夫にほめてもらいましょう。ほめられること、評価されることがあなたには必要です。もし夫がほめてくれなかったら、僕にメールしてください。僕がほめてあげますから。
 
私もだいたい同じような認識ですが、ただ、最後の部分には同意できません。夫がほめてくれたらいいのですが、まずほめてくれないでしょう。岡田斗司夫さんにメールを送ってほめてもらうというのも、現実にはありえないでしょう。とすると、この回答では問題を解決できないことになります。
 相談者は、自己評価が低く、「私には取り柄がない」という認識を持っているのはその通りでしょう(買物依存症の原因はたいていそれです)。その上、借金を夫の実家に肩代わりしてもらい、夫からは怒られ、さらに自己評価が下がってしまいました。こんな状態で、夫との関係を改善することができるとは思えません。それどころか、低い自己評価を忘れるために、また浪費に走ってしまう可能性があります。
 
おそらく誰でも、相談者が悪いからこの問題が生じたのだと考えるでしょう。そして、問題を解決する責任は相談者自身にあると考えるでしょう。
私もまた、確かに相談者が悪いからこの問題が生じたのだと考えますが、それに加えて、夫や夫の両親のやり方が悪いために、問題がさらにこじれてしまったのだと考えます。
ですから、責任はむしろ夫と夫の両親のほうが大きいくらいだと考えます。
では、夫と夫の両親のどこが悪かったのでしょうか。
 
妻に数百万円の借金があると発覚したとき、夫と夫の両親は離婚も考えたかもしれません。しかし、子どももいるし、世間体もあるし、ここはお金を出して解決しようと最終的に判断したのでしょう。
お金を出すと決めた以上、正しいお金の出し方があります。それはきっぱりと、気持ちよく出すということです。
ところが、両親はお金を出すときに、いろいろ恩着せがましいことをいったのでしょう。そのため相談者は「今後は感謝をしながら正しい人生を歩んでいかなければならないと考えています」と書いています。この文章にはぜんぜん感謝の気持ちがありません。感謝の気持ちがあれば、「夫の両親にとても感謝しています」と書くはずです。
「夫はかなり怒りました」と書いてあるから、そうなのでしょう。まずいことをしたと思っているときに怒られると、ますます落ち込みます。
つまり、夫と夫の両親は、よってたかって相談者の自己評価を下げるようなことをしているのです。これでは問題が解決しないばかりか、さらに深刻化することが予想されますし、現に相談者の自己評価は最低レベルになり、人生相談に救いを求めています。
 
では、どうすればよかったのでしょう。
両親は「ちっとも気にしなくていいよ。お互い家族じゃないか」とでもいってぽんとお金を出せばよかったのです。そして夫は、「お前の気持ちをわかってやれなかった俺も悪かった。これからはこんなに借金がふくらむ前にいってくれ」といえばよかったのです。
こうすれば、相談者は家族に感謝し、家族のために立ち直ろうという気になったでしょう。
実に単純な理屈です。
 
しかし、現実には、夫と夫の両親の対応のまずさを指摘する人はほとんどなく(私ぐらい?)、相談者を批判する人が圧倒的でしょう。
この世の価値観はあべこべなのです。
 
ところで、相談者はどうしてこんなに低い自己評価を持つにいたったのでしょうか。相談者は2人の子どもを育てながら独身時代からの勤めを続けているということですから、世間的には高く評価されてもいいはずです。なんの手がかりもありませんが、おそらくは育った家庭で評価されなかったのでしょう。
そして、夫や夫の両親も評価してくれる人ではなかったわけです。
こういう不幸から脱出するのは容易なことではありませんが、正しい認識を持つことはその第一歩です。

泉谷しげるのバカヤロー人生相談(アサヒ芸能2011623)
【相談】ずっと男子校で周りに女性がいなかったのですが、4月に就職し、女性がたくさんいる現場で働いています。困っているのは「何人くらいの女性と交際したことあるの?」とか「交際した女性はどういう人?」とか同じ質問を何度もされることです。多くても少なくてもダメな気がするし、聞いてくる女性に合わせるべきでしょうか? 答えた結果によってどんな噂が立つのか、女性のネットワークが怖くて、ヒヤヒヤしています。うまくかわす方法はありますか。(愛知・23歳・会社員)
 
 
これに対する泉谷しげるさんの回答は、神秘的な存在でいたほうが得だからよけいなことをいうな、女の質問なんかどうせヒマつぶしなんだから、適当に答えてお茶を濁しておけ、というものです。
別にこの回答に異論があるわけではありません。そもそも相談内容がどうでもいいようなことだからです。
ただ、私はこのどうでもいいような相談をする男性に興味を覚えてしまいました。つまりこれは草食系男子の典型ではないかと思えたのです。
 
もちろんこの相談者は、聞かれたらありのままを答えたらいいのです。「まだ女性とつきあったことはありません。当然童貞です」と。
いや、相談者がまだ女性とつきあったことがないとは書いてありません。しかし、相談者は嘘をつくことを前提にしています。ということは、ほんとうのことが恥ずかしくていえない。つまり一度もつきあったことがないのだろうと推測できるのです。
 
そういう相談者に対して、女性たちはなぜ「何人くらいの女性と交際したことあるの?」とか「交際した女性はどういう人?」とか何度も聞いてくるのでしょうか。もしかして相談者はもてているのでしょうか。
いや、たぶんそうではないはずです。もてているのなら、「今、彼女はいるの?」とか聞いてくるはずです。
おそらく女性たちは、相談者の女性慣れしない様子を見て、すべて理解した上で、「交際した女性はどういう人?」と聞いてくるのです。そして、答えに戸惑っている相談者を見て、おもしろがっているのです。
彼が泉谷しげるさんに相談したくなったのもわかります。
 
それにしても、職場に女性がたくさんいて、そういう会話ができるというのは、きわめて恵まれた環境です。世の中には、出会いの機会がないと嘆いている人が多いのですから。
ところが、相談者はそんな恵まれた環境に逆に困惑して、自己防衛に汲々としているわけです。これこそまさに草食系です。
草食系の人は自分では、女性とそんなにつきあいたいと思わないのだといいますが、それは多分に強がりで、実際のところは、女性と接するとひどく気疲れするので、自然と女性を敬遠するようになっているだけです。
 
さて、相談者はどうするべきかということですが、「今まで3人の女性とつきあいました」などというのはだめです。嘘だというのがバレバレだからです。したがって、ほんとうのことをいうしかありません。
「今まで女性とつきあったことはありません。えっ? そんなことを聞くんですか。もちろん童貞ですよ」
最初はバカにされるかもしれませんが、それはいっときのことです。
そもそも相談者は、女性慣れしていないのに、それをなんとか隠そうとするから、女性たちがからかってくるのです。ほんとうのことをいえば、もうからかうのはやめるはずです。
では、そのあとどうなるか。確実に好感を持たれます。
相談者もいわば鎧を脱ぎ捨てたことで、女性と接しやすくなるはずです。女性とちょっとエッチな話をしてるうちに、だんだんと女性にも慣れてきます(事務的な話だけではそうはなりません)
草食系男子といっても、なにか本質的な問題があるわけではなく、単に女性に慣れていないだけですから、これで草食系を脱出できる可能性大です。
実際におつきあいするところまでいけるかどうかは、相談者の魅力次第ですが、その可能性も大でしょう。まあ、あまり派手なことをすると職場にいづらくなるので、ほどほどにしておいたほうがいいと思いますが。
 

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