村田基の逆転日記

親子関係から国際関係までを把握する統一理論がここに

カテゴリ: 戦争・テロ・平和

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トランプ前大統領の口止め料を巡る裁判で有罪評決が下りましたが、トランプ氏は控訴を表明し、「不正な裁判だ」「判事は暴君だ」などと述べました。
トランプ支持者も有罪評決でめげることはなく、逆に気勢を上げているようです。トランプ陣営は有罪評決後の24時間で約82億円の寄付が集まり、うち3割は新規の寄付者だったと発表しました。
アメリカの有権者の35%が4年前の大統領選は不正だったと思っているそうです。

「法の支配」は社会の基本ですが、トランプ氏とその支持者は「法の支配」など平然と無視しています。
これはトランプ氏のカリスマ性のゆえかと思っていました。
しかし、それだけでは説明しきれません。
私は、アメリカ人はもともと「法の支配」なんか尊重していないのだということに気づきました。

私の世代は若いころに映画とテレビドラマで西部劇をいっぱい観ました。
西部劇には保安官や騎兵隊も出てきますが、基本は無法の世界で、男が腰の拳銃を頼りに生きていく様を描いています。
今、アメリカで銃規制ができないのはその時代を引きずっているからです。

銃規制反対派は市民が権力に抵抗するために銃が必要なのだと主張しますが、アメリカの歴史で市民が銃で国家権力に抵抗したのは独立戦争のときだけです。
では、銃はなんのために使われていたかというと、ほとんどが先住民と戦うためと黒人奴隷を支配するためです。
それと、支配者としての象徴でしょう。
日本の侍が腰に刀を差しているのと同じ感覚で西部の男は腰に拳銃を吊るして、先住民、黒人奴隷、女子どもに対する支配者としてふるまっていたのです。
ですから、「刀は武士の魂」であるように「銃はアメリカ男子の魂」なので、銃規制などあってはならないことです。

西部開拓の時代は終わり、表面的には「法の支配」が確立されましたが、今もアメリカ人は「法の支配」を軽視しています。
たとえば白人至上主義者は平気で黒人をリンチしてきました。
『黒人リンチで4000人犠牲、米南部の「蛮行」 新調査で明らかに』という記事によると、米南部では1877年から1950年までの間に4000人近い黒人が私刑(リンチ)によって殺されていたということです。

同記事には『私刑のうち20%は、驚くことに、選挙で選ばれた役人を含む数百人、または数千人の白人が見守る「公開行事」だった。「観衆」はピクニックをし、レモネードやウイスキーを飲みながら、犠牲者が拷問され、体の一部を切断されるのを眺め、遺体の各部が「手土産」として配られることもあった』と書かれています。ナチスの強制収容所を連想します。人種差別主義者は似ているのでしょう。

リンチの犯人がかりに裁判にかけられることがあっても、陪審員は白人ばかりなので有罪になることはありません。
最近でも似たようなものです。警官が黒人を殺す場面が動画に撮られて大きな騒ぎになった事件でも、警官は裁判にかけられても無罪か軽い罪で、恩赦になることもあります。

そういうことから、白人至上主義者にとってトランプ氏の裁判で有罪の評決が出たのは「不当判決」なので、平然と無視できるのでしょう。


「法の支配」を軽視するのはアメリカ人全体の傾向です。
それは国際政治の世界にも表れています。
国際刑事裁判所(ICC)は5月20日、ガザ地区での戦闘をめぐる戦争犯罪容疑でイスラエルのネタニヤフ首相らとハマスの指導者らの逮捕状を請求したと発表しました。
これに対してバイデン大統領は「言語道断だ。イスラエルに対する国際刑事裁判所の逮捕状請求を拒否する。これらの令状が何を意味するものであれ、イスラエルとハマスは同等ではない」などの声明を発表しました。
「法の支配」をまったく無視した態度です。

バイデン大統領はトランプ氏への有罪評決に関して「評決が気に入らないからといって『不正だ』と言うのは向こう見ずで、危険で、無責任だ」「法を超越する存在はないという米国の原則が再確認された」などと語っていました。
評決が気にいらないからといって「不正だ」と言うのはバイデン大統領も同じです。
なお、アメリカは国際刑事裁判所(ICC)に加盟していませんが、加盟していないということがすでに「法の支配」を軽視しています(ロシア、中国も加盟していませんが、アメリカの態度が影響しているともいえます)。


国際司法裁判所(ICJ)は24日、イスラエルに対しガザ地区南部ラファでの軍事攻撃を即時停止するよう命じましたが、イスラエル首相府はこれを真っ向から否定しました。
アメリカもこれを容認しています。
国際司法裁判所(ICJ)は国連の機関なので、各国は法的に拘束されますが(執行力はない)、ここでもアメリカは法を無視しています。


トランプ氏が「アメリカファースト」を言うのは、もちろんアメリカは他国よりも優先されるという意味ですが、結果的にアメリカは法の上にあることになります。
バイデン大統領もこの点ではトランプ氏と変わらないようです。


アメリカもいつも無法者のようにふるまうわけではなく、表向きは「法の支配」を尊重していますが、いつ無法者に変身するかわかりません。
そうなるとアメリカの世界最強の軍事力がものをいいます。
当然、世界のどの国もそのことを意識せざるをえません。

日本も例外ではありません。
日本はアメリカと繊維、自動車、半導体などさまざまな分野で通商摩擦を演じてきましたが、どれも最終的に日本が譲歩しています。
日本がとことん強硬に主張し続けると、アメリカはテーブルをひっくり返して腰の拳銃を抜くかもしれないからです。
軍事行動に出なくても、貿易や金融などで不当な仕打ちをしてくるということはありえます。WTOに提訴するぐらいでは防げません。
なにかの理由をつけて経済制裁をしてくるということも考えられます。イランやキューバは今ではなんの理由だかわからなくなっても制裁され続けています。

どの国もアメリカと二国間交渉で対等な交渉はできません。
アメリカがGDP比3.45%もの巨額の軍事費を支出しているのも、それによって経済的な利益が得られるからに違いありません。



世界が平和にならないのは、アメリカが「法の支配」を無視ないし軽視して「力の支配」を信奉する国だからです。
世界を平和にするには、国際社会とアメリカ国内の両面からアメリカを変えていかなければなりません。

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ウクライナ戦争が始まって2月24日で丸2年になりましたが、着地点がまったく見えません。
そもそも現在の戦況すらよくわからないので、問題を整理してみました。

ロシア軍は2月17日、激戦地のドネツク州アウディイフカを完全制圧したと発表し、ゼレンスキー大統領も戦略的判断による撤退を認めました。
また、各地でロシア軍は前進しているということです。
どう考えてもロシア軍有利の戦況になっていますが、報道は「ウクライナ軍有利」を思わせるようなものがほとんどです。

「ウクライナ空軍はここ数日でロシアのSu-34戦闘爆撃機など7機を撃墜した」
「早期警戒管制機A50を先月と今月と立て続けに2機撃墜した」
「ウクライナ軍はロシア軍のミサイル艇を撃沈、大型揚陸艦を撃沈、黒海艦隊の3分の1を無力化した」
「ウクライナ軍は2月15日、ロシア軍の最新鋭戦車T-90Mを4両破壊した」
「ウクライナ軍はアウディイフカから撤退を強いられたにもかかわらず消耗戦では勝ちつつある」

これらのニュースを見ていると、「ロシア軍が前進している」というニュースがかき消されてしまいます。
ウクライナ国内で国民と兵士の士気を高めるためにこうした“大本営発表”が行われるのはわかりますが、日本で行われるのは不可解です。誰がメディアを操作しているのでしょうか。


こうしたことは開戦当初から行われていました。
開戦直後、アメリカを中心とした国はロシアにきびしい経済制裁をしました。

・石油ガスなどの輸入禁止
・高度技術製品などの輸出禁止
・自動車メーカーやマクドナルドなど外国企業の撤退
・国際的決済ネットワークシステムであるSWIFTからの排除

これらの制裁によってロシア経済は大打撃を受け、財政赤字が拡大し、ハイテク兵器がつくれなくなるなどと喧伝されました。
しかし、ロシアのGDP成長率は、2022年こそ-1.2%でしたが、2023年は3.6%のプラス成長でした。兵器もかなり製造しているようです。
全然話が違います。

経済制裁は、北朝鮮やイランやキューバに対してずっと行われていますが、それによって情勢が変わったということはありません。
ロシアへの経済制裁の効果も大げさに宣伝していたのでしょう。


ロシアからドイツへ天然ガスを送る海底パイプライン「ノルドストリーム」が2022年9月に爆破されるという事件がありました。
西側はロシアの犯行だとしてロシアを非難し、ロシアは西側の犯行だと反論し、激しい応酬がありました。
1か月ほどしたころ、ニューヨーク・タイムズが米情報当局者らによる情報として、親ウクライナのグループによる犯行だということを報じました。
独紙ディ・ツァイトは、爆発物を仕掛けるのに使われた小型船はポーランドの会社が貸したヨットだとわかったとして、ヨットの所有者は2人のウクライナ人だと報じました。
さらに独誌シュピーゲルは、ウクライナ軍特殊部隊に所属していた大佐が破壊計画の調整役として中心的役割を担ったと報じ、ワシントン・ポストは米当局の機密文書に基づき、ウクライナ軍のダイバーらによる破壊計画を米政府が事前に把握していたと報じました。
流れは完全にウクライナの犯行のほうに傾きました。
ところが、このころからぱたっとノルドストリーム爆破に関する報道はなくなりました。当然、ウクライナはけしからんという声も上がりません。
ウクライナにとって不都合なことは隠されます。


しかし、戦況がウクライナ不利になっていることは隠せなくなってきました。
なぜウクライナ不利になっているかというと、主な原因は砲弾の補給がうまくいっていないことです。

東京で行われたウクライナ復興会議に出席するため来日したウクライナのシュミハリ首相はNHKとのインタビューで「ウクライナも自国での無人機の製造を100倍に拡大したほか、弾薬の生産にも取り組んでいますが、必要な量には達していません。ロシアは大きな兵器工場を持ち、イランや北朝鮮からも弾薬を調達していて、ウクライナの10倍もの砲撃を行っているのです」と語りました。
この「10倍」というのは話を盛っているかもしれません。ほかの報道では、ロシアはウクライナの5倍の砲弾を補給しているとされます。

現代の戦争では、銃撃で死ぬ兵士は少なく、ほとんどの兵士は砲撃と爆撃で死にます。
ウクライナ軍の砲弾不足は致命的です。

なぜこんなことになっているのでしょうか。
EUは昨年3月、1年以内に砲弾100万発を供給する計画を立てましたが、約半分しか達成できていないということです。
EUの各国に砲弾製造を割り当てればできるはずです。
できないのは、よほど無能かやる気がないかです。
ゼレンスキー大統領は激怒してもいいはずですが、さすがに支援される立場ではそうもいかないでしょう。
代わって西側のメディアが砲弾供給遅れの責任を追及するべきですが、そういう報道もありません。“支援疲れ”などという言葉でごまかしています。


なぜEUは砲弾の供給を計画通りにやらないのかと考えると、本気で勝つ気がないからと思わざるをえません。
これはアメリカやNATOも同じです。
ロシアは勝つために必死で砲弾やその他の兵器を増産しているので、その差が出ていると考えられます。

アメリカ、ドイツ、フランス、イギリスなどが新鋭戦車をウクライナに提供したのは、開戦からかなり時間がたってからで、しかも数量が限定的でしたから、ゲームチェンジャーにはなりませんでした。
F-16の提供も遅れたために、今はまだパイロットの訓練中です。
多連装ロケット砲のハイマースや155ミリ榴弾砲も供与されていますが、肝心の弾が不足です。
ロシア領土に届くような長距離ミサイルは供与されていません。
つまり「戦力の逐次投入」をして、しかもその戦力が不足です。
アメリカなどの支援国が本気で勝つ気なら、勝つためにはどれだけの兵器が必要かを計算して、最初から全面援助しているのではないでしょうか。

なぜアメリカなどに勝つ気がないかというと、理由は単純で、ロシアを追い詰めると核戦争になるかもしれないからです。
このところ通常兵器の戦闘が続いているので、核兵器の存在を忘れがちですが、核兵器抜きに戦争は論じられません。

プーチン大統領は開戦初期に何度も核兵器の使用の可能性に言及しました。
この発言は「核による脅し」だとして各国から批判されましたが、その発言の効果が十分にあったようです。
アメリカなどがウクライナ支援を限定的にしていることがわかってからは、プーチン大統領は核について発言することはなくなりました。

ウクライナにとっての理想は、開戦時点の位置までロシア軍を押し戻すことでしょう。
しかし、そんなことになればロシアは多数の戦死者をむだ死にさせたことになるので、プーチン大統領としては絶対認められません。
そのときは核兵器を使うかもしれません。
戦術核を一発使えば、ウクライナ軍に対抗手段はないので、総崩れになるでしょう。

そのとき、アメリカは弱腰と言われたくなければ、「もう一発核を使えばアメリカは核で報復するぞ」と言わねばなりませんが、これは最終戦争につながるチキンレースです。

このチキンレースでアメリカとロシアは対等ではありません。
ロシアはウクライナと国境を接して、NATOの圧力にさらされているので、日本でいうところの「存立危機事態」にありますが、アメリカにとってはウクライナがどうなろうと自国の安全にはなんの関係もありません。
ですから、トランプ元大統領のウクライナ支援なんかやめてしまえという主張がアメリカ国民にもかなり支持されます。

ともかく、アメリカとしては「ロシアに核兵器を使わせない」という絶対的な縛りがあるので、ロシアを敗北させるわけにいかず、したがってウクライナはどこまでいっても「勝利」には到達できないのです。
このことを前提に停戦交渉をするしかありません。
最終的に朝鮮半島のように休戦ラインをつくることになるでしょうか。


アメリカは東アジア、中東、ヨーロッパと軍隊を駐留させて、支配地域を広げてきました。
まさに「アメリカ帝国主義」です。
しかし、戦争においては、進撃するとともに補給や占領地の維持が困難になり、防御側も必死になるので、いずれ進撃の止まるときがきます。それを「攻勢限界点」といいます。
アメリカ帝国主義もヨーロッパ方面では「攻勢限界点」に達したようです。
核大国のロシアにはこれ以上手出しできません。


もっとも、アメリカ人は自国を帝国主義国だとは思っていないでしょう。
「自由と民主主義を広める使命を持った国」ぐらいに思っています。
現実と自己認識が違っているので、ウクライナ支援をするか否かということでも国論が二分してしまいます。

トランプ氏再登板に備えて、日本人もアメリカは帝国主義か否かという問題に向き合わなければなりません。

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米空軍のオスプレイが屋久島沖で搭乗員8人死亡の墜落事故を起こしたことで、全世界でオスプレイの飛行が停止されましたが、さらに米国防総省はオスプレイの新規調達を終了すると決定し、生産ラインも閉鎖されることになりました。
アメリカも欠陥品ないし失敗作であると認めたわけです。
これまで400機余りが製造されましたが、アメリカ以外で購入したのは日本だけです。
しかも日本はオスプレイ17機を2015年当時で3700億円という高値で購入しています。
「もったいない」というしかありません。

辺野古新基地建設には防衛省の試算でも9000億円以上の費用がかかります。
最初は普天間飛行場を日本に返還してもらうという話だったのですが、アメリカが代替基地を要求してきたので、自然破壊しながらバカ高い費用で日本が辺野古に新基地を建設することになりました。
大阪万博の会場建設費が2350億円にふくれ上がって批判されていますが、辺野古の建設費はそれどころではありません。
これも「もったいない」というしかありません。

しかし、究極の「もったいない」は防衛費の倍増です。
今後5年間の防衛費の総額が43兆円になると発表されていますが、それで終わるわけではありません。その先も今の2倍を払い続けるわけです。
これまでの防衛費は年間5兆円余りですから、今より毎年5兆円をよけいに支出することになります(今の経済規模が続くとして)。
かなりの「防衛増税」をしないとおっつきません。

世界の主要国で最大の財政赤字をかかえ、ほとんど経済成長しない日本が防衛費を増大させるとは、信じられない愚かさです。


私は前回の「イスラエルやウクライナを支持する人の思考法」という記事で、人類は「互恵的利他主義」によって互いに協力することで文明を発達させてきたのだから、軍事費に関しても「こちらは軍事費を削減してそちらを安全にするから、そちらも軍事費を削減してこちらを安全にしてくれ」ということが可能だと述べました。
もっとも、書いている途中で「互恵的利他主義」のことを思いついたために、中途半端な内容になってしまいました。
「互恵的利他主義」はスケールの大きな問題なので、改めて書き直すことにしました。


動物が利他行動をすることはダーウィンの時代から知られていましたが、生存競争をする動物が利他行動をすることは当時の進化論ではうまく説明できませんでした。しかし、遺伝子が発見されたことで「血縁淘汰説」が生まれ、親が子の世話をすることや、自分は子孫を残さない働きバチが群れのために働くことなどがうまく説明できるようになりました。この説は数式で表され、「2人の兄弟か、8人のいとこのためなら死ねる」という言葉がその数式の内容を表しています。
血縁関係にない個体同士においても利他行動は見られます。それはゲーム理論を用いることで説明できました。それが「互恵的利他主義(互恵的利他行動)」です。
互恵的利他主義というのは、あとの見返りを期待して行われる利他行動のことです。リチャード・ドーキンスは「ぼくの背中を掻いておくれ。ぼくは君の背中を掻いてあげる」という言葉で説明しました。
動物の場合は、はっきりとした見返りの見通しなしに利他行動をしますが、人間の場合は、約束や契約などで見返りを確かなものにすることができるので、幅広く利他行動をするようになりました。人間が文明を築けたのはそのためだという説があります。

互恵的利他主義を頭の中に入れておけば、「こちらは軍事費を削減してそちらを安全にするから、そちらも軍事費を削減してこちらを安全にしてくれ」という発想はおのずと出てきます。もちろん協定や条約で見返りを確かなものにすることができます。軍事費を削減できれば双方が得をして、まさにウィンウィンです。


前回はこういうことを書いたのですが、よく考えると、これはうまくいきません。
たとえば、日本が中国に対して、互いに軍縮しようと提案すれば、どうなるでしょうか。
中国は応じるはずがありません。というのは、中国はアメリカに対抗するために軍拡をしているからです。日本はほとんど眼中にありません。
北朝鮮にしても同じことです。米軍と韓国軍に対峙しているので、日本はどうでもいい存在です。
ロシアももっぱらアメリカの軍事力を意識しています。

アメリカの軍事費は世界の軍事費の約4割を占めていて、世界第2位の中国の約3倍です。
アメリカは軍事力のガリバーです。

アメリカがなぜこれほどの軍事力を持つかというと、ひとつには海外に米軍を駐留させているからです。
ウィキペディアの「アメリカ合衆国による軍事展開」によると、海外基地に駐留する米軍の人員がもっとも多いのは日本で約5万7000人です。2番目がドイツで約3万5000人、3番目が韓国で約2万7000人、4番目がイタリアで約1万2000人となっています。
要するにアメリカが戦って占領した国に今も駐留しているのです。

昨年9月の『「米国は日独韓をいまだに占領」とロ大統領』という記事にはこう書かれています。
 ロシアのプーチン大統領は30日の演説で「米国はいまだにドイツや日本、韓国を事実上占領している。指導者たちが監視されていることを全世界が知っている」と述べ、同盟関係が対等でないと批判した。

同盟関係が対等でないか否かは別にして、日本もドイツも韓国も強力な軍隊を持っていますから、その上に米軍が駐留しているのは、ステーキの上にハンバーグが載っているみたいにへんな格好です。
ロシアや中国や北朝鮮から見れば、この「二重軍事力」は自分たちに対する攻撃が目的としか思えません。
よく「その地域から米軍がいなくなると『力の空白』が生じる」ということを言いますが、「力の空白」が生じることはなく、「二重軍事力」が解消されるだけです。


アメリカ軍は世界のどこへでも展開できる体制をとっています(オスプレイもそのためのものです)。
昨年10月、バイデン政権は外交戦略の基本となる「国家安全保障戦略」を発表しましたが、それによると、米軍を「世界史上最強の戦闘部隊」と自慢した上で、「米国の国益を守るために必要である場合には、武力を行使することもためらわない」としています。
決して「国を守るため」ではありません。「国益を守るため」なのです。
ですから、アフガニスタンにもイラクにも攻めていきます。
「国益を守るため」という名目さえつけば、ロシアにも中国にも攻めていくでしょう。
なお、「国家安全保障戦略」には「世界平和を目指す」みたいな文言はまったくありません。


もしどこの国の軍隊も自国を守ることに徹していれば、戦争は起こらない理屈ですし、もし起これば、どちらが「侵略」でどちらが「防衛」かが明白になります。
ところが今は、アメリカの過剰な軍事力が世界各地に「二重軍事力」を生み出しているので、「侵略」と「防衛」の区別がつきません(ロシアも「防衛」を主張しています)。


「世界史上最強の戦闘部隊」を維持するには巨額の軍事費がかかります(アメリカの軍事費はGDP比3.5%です)。それで引き合うのかというと、引き合うのでしょう。
たとえば、アメリカはイラクに大量破壊兵器があると嘘をついて攻め込み、イラクを混乱させましたが、大量破壊兵器の情報が捏造であるとわかってからも、イラクに対して謝罪も賠償もしていません。こんなことが許されるのは、アメリカが強大な軍事力を持っているからです。

また、日本はアメリカと数々の貿易摩擦を演じてきましたが、結局は日本が譲ってきました。たとえば日本の自動車メーカーはアメリカに工場をつくり、アメリカで多くの部品を調達しています。人件費の高いアメリカに工場をつくるのはメーカーにとって損ですし、日本にとっても日本人の雇用がアメリカに奪われました。

アメリカはイランやキューバに対して長年経済制裁をしています。国際基準ではなく“自分基準”の制裁ですが、アメリカの経済力は大きいので、制裁された国は苦境に陥ります。
アメリカはいつどの国に経済制裁をするかわからないので、どの国もアメリカに対して貿易交渉などで譲歩せざるをえません。
アメリカが自由に経済制裁できるのも、背後に軍事力があるからです。


ともかく、アメリカは軍事力を使って国益を追求しています。
こういう国が一国でもあれば、互恵的利他主義で軍縮を成立させることはできません。

世界が平和にならない理由は明らかです。
アメリカが世界平和を目指さないからです。

中国や北朝鮮が脅威だと騒いでいる人は、自国中心でしかものごとを見られない愚かな人です。
グローバルな視点で見れば、世界にとっての脅威はアメリカです。
今後、世界は力を合わせてアメリカを「普通の国」にしていかなければなりません。

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ウクライナとパレスチナで同時進行している戦争を見ていると、戦争の残酷さ、愚かさ、虚しさが身にしみて、早くやめてもらいたいとしか思えません。
ところが、世の中にはもっと戦えと主張する人がいます。
そういう人たちの頭の中はどうなっているのでしょうか。

さすがにストレートに「戦争賛成」と言う人はいません。
代わりに、イスラエルのガザ攻撃について「テロをしたハマスが悪いのだから、イスラエルが攻撃するのは当然だ」というふうに言います。
しかし、ハマスのテロによって約1400人が殺されましたが、その後のイスラエルの攻撃によってすでに10倍以上の人が殺されています。
それに、ネタニヤフ首相は「ハマスの殲滅」を目的にすると言っていますが、明らかに自衛権の範疇を超えています。

イスラエルを支持するのはどういう人かというと、要するに安倍元首相を支持していたような保守派の人です。保守派はほぼ完全にイスラエル支持です。
日本がイスラエルを支持してもなんの国益にもなりません。むしろ中東産油国をたいせつにしたほうが国益です。
もっとも、日本の同盟国であるアメリカは強力にイスラエルを支持しているので、保守派の人の頭の中は完全にアメリカにシンクロしているのでしょう。


ウクライナ戦争は、完全に戦線が停滞しています。第一次世界大戦や朝鮮戦争と同じで、双方が塹壕と地下陣地で守りを固めて、前進できないのでしょう。このままでは双方の損害が増大するばかりですから、停戦するしかない状況です。
ところが、日本では「侵略したロシアが悪いのだから、侵略開始時点へ押し戻すまでウクライナは停戦するべきでない」という声があります。
勝利の展望があるなら戦い続ける選択肢もありますが、勝てないばかりかウクライナが劣勢になり、ロシアがますます占領地域を広げる可能性もあります。
そして、戦い続けろという声はやはり保守派から上がっています。
これもアメリカがウクライナを支援しているからでしょう。

つまり戦争継続を主張している人は、ほとんどが保守派で、アメリカに同調してイスラエルとウクライナを支持しているのです。
しかし、イスラエルとウクライナは保守派が支持できる国でしょうか。


ネタニヤフ首相は11月28日にイーロン・マスク氏と対談した際、戦前のドイツと日本を「有毒な体制( the poisonous regime)」と称し、それらの国々が辿った末路のようにハマスを殲滅させるべきだと主張しました。さらに、マッカーサー元帥が日本にしたように、ハマスに対しても「文化的改革」を行う必要性があると述べました。

ゼレンスキー大統領は昨年3月16日に米連邦議会でオンライン演説をした際、「真珠湾攻撃を思い出してほしい。1941年12月7日、あのおぞましい朝のことを。あなた方の国の空が攻撃してくる戦闘機で黒く染まった時のことを」と語り、さらに9.11テロとも関連づけました。

日本の保守派はいまだに戦前の日本の体制を美化し、理想としています。
こうはっきり戦前の日本を否定する指導者のいる国を支持していいのでしょうか。


ともかく、戦争するどちらかの国に肩入れすると、「勝利か敗北か」という発想になり、平和や停戦を目指そうということになりません。
ですから、第三者の立場から双方を公平に見ることがたいせつです。

しかし、そこに「自分」が入ってくるとむずかしくなります。
自分と相手の関係を客観的に公平に見るのは容易ではないということです。

たとえば日本と北朝鮮の関係について、日本人はどうしても日本につごうよく考えてしまいます。
北朝鮮は11月末に軍事偵察衛星の打ち上げに成功したと発表し、日本にとって脅威だと騒がれています。
しかし、日本はこれまでに19機の偵察衛星を打ち上げていますし、アメリカはもっとです。
公平な立場からは、北朝鮮が偵察衛星を持つことを非難することはできません。
また、北朝鮮は核兵器とICBMを開発して、これも日本とアメリカにとって脅威だとされていますが、アメリカの核兵器は北朝鮮にとってはるかに脅威です。
北朝鮮は自衛権があり、抑止力を持つ権利もあり、2003年に核拡散防止条約を脱退しているので核武装の権利もあります。
ですから、アメリカは北朝鮮の核兵器開発を防ぐために、北朝鮮が核兵器開発を断念する代わりにアメリカが軽水炉を提供するという「米朝枠組み合意」を締結したのですが、アメリカ議会が軽水炉の予算を承認しなかったために、合意は崩れてしまいました。

中国の軍拡も脅威だとされていますが、中国はGDPに合わせて軍事費を増やしているだけです。
今でもアメリカの軍事費は中国の軍事費の3倍あります。
アメリカにとって中国が脅威であるよりも、中国にとってアメリカが脅威であることのほうがはるかに大きいといえます。

自国中心主義を脱すると、世界のあり方が正しく見えてきます。


人類が高度な文明を築けたのはどうしてかというと、互恵的利他主義によって互いに協力してきたからだとされます。
互恵的利他主義というのは、あとの見返りを期待して行われる利他行動のことですが、遺伝子レベルに組み込まれているので、見返りを期待しないで行われることも多いものです。
互恵的利他主義だと「こちらは軍事費を削減してそちらを安全にするから、そちらも軍事費を削減してこちらを安全にしてくれ」ということになり、双方が利益を得られます。
ところが、互恵的利他主義は共同体から機能社会にまで広がっていますが、まだ国際社会には広がっていません。そのため、どの国も軍事費を増大させて財政を苦しくし、戦争になったときの損害を大きくしています。
日本国憲法前文が「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」となっているのは、互恵的利他主義を前提としたものと思われますが、国際社会はまだその段階に達していません。

国際社会に互恵的利他主義を広めるには、まず自国中心主義を脱し、世界を公平に見る視点を確立しなければなりません。



なお、イスラエルを支持する人は決まって、ハマスは「テロ」をしたからイスラエルが攻撃するのは当然だと主張します。
ウクライナを支持する人は、ロシアは「侵略」をしたからウクライナは撃退するまで戦い続けるべきだと主張します。
つまり向こうはテロや侵略などの「悪」であり、それと戦うこちらは「正義」だということです。
このように「悪」と「正義」のレッテル張りをすると、もう自分と相手を公平に見ることはできません。

善悪や正義を頭の中から消去することが世界を公平に見るなによりのコツです。

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岸田文雄首相は11月16日、サンフランシスコにおいてバイデン大統領と会談したあと、「来年早期の国賓待遇の公式訪問の招待を受けた」と語りました。
アメリカから国賓待遇の招待を受けるというのは、岸田外交の大きな成果とされるはずですが、今のところそういう反応はありません。
ヤフーコメントには「年内退陣が噂される中、バイデンに泣きついて年明けの訪米に招待して貰ったんでしょう」などと書かれています。

これまで岸田首相は「聞く力」をアメリカに対して大いに発揮してきました。
その最たるものは、防衛費をGDP比1%から2%へ増額したことです。
予算というのは1割、2割増やすのもたいへんなのに、あっさり倍増したのには驚きました。

岸田政権はウクライナ支援にも巨額の支出をしています。
今年2月の時点で岸田首相は「55億ドル(7370億円)の追加財政支援をすると表明した」と日経新聞は書いています。

日本の防衛費増額やウクライナ支援はアメリカにとってありがたいことですから、バイデン大統領が岸田首相を国賓待遇で招待したのも当然です。

このようにひたすらアメリカに追従する外交を日本国民も支持してきました。
岸田首相も長年外務大臣を務めたことからそれがわかっていて、自信を持ってやってきたのでしょう。
ところが、最近は国民の意識が変わってきました。


要するにこれまでの日本外交は「経済大国の外交」でした。
たとえば日本の首相がアジア・アフリカの国を訪問すると、必ず経済援助の約束をします。豊かな国が貧しい国に援助するのは当然です。しかし、日本がどんどん貧しくなってくると、国民の不満が高まってきました。こんな“バラマキ外交”をするのではなく、国内のことに金を使うべきだという声が強まりました。

防衛費増額もウクライナ援助も要するに「経済大国の外交」です。今の日本にそんなことをする余裕はありません。

アメリカはNATO諸国にも軍事費GDP比2%を要求していて、ドイツも2%に引き上げることを約束しました。
しかし、日本とドイツなどの国では財政赤字のレベルが違います。

債務残高の国際比較(対GDP比)
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財政赤字国の日本は他国並みの負担を要求されても断って当然です。ところが、日本は断らなかったのですから、これはバイデン大統領にとっては大きな成果です。
「日本は長期にわたり軍事費を増やしてこなかったが、私は日本の指導者に、広島(G7広島サミット)を含めて3回会い、彼を説得した」と語って、その成果を自慢しました。


岸田首相はバイデン大統領に屈しましたが、防衛費GDP比1%を2%にするのはたいへんです。
これまで防衛費と文教科学振興費はだいたい同額でしたから、文教科学振興費をゼロにして、それをそのまま防衛費に回す計算です。
もちろんそんなことはできませんから、文教科学振興費のほかに福祉や公共事業費などを少しずつ削り、増税し、国債を増発するということになり、今その議論をしているわけです。


岸田首相は所信表明演説で「経済、経済、経済」と言いましたが、日本は乏しい金をアメリカに貢いでいるので、少しも経済はよくなりません。
日本は敵基地攻撃能力として400発のトマホークを3500億円で購入して配備する予定ですが、本来ならアメリカが自費で購入するところを日本が代わりに購入するのですから、アメリカにとっては笑いがとまりません。


このところ岸田内閣支持率が急落しているのは、防衛費倍増のツケが回ってきたからです。
岸田首相は国民の税金を使ってみずからの国賓待遇を買ったようなものです。

今後日本は、分相応の「財政赤字国の外交」をしていくしかありません。

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ハマスが10月7日にイスラエルを攻撃したことについて、松野官房長官は12日、「残虐な無差別攻撃である点を踏まえ、本事案を『テロ攻撃』と呼称することとした」と語りました。
ということは、これまで日本政府は「テロ」という言葉を使っていなかったのです。

岸田首相は8日にXに次の文章を投稿しました。
岸田文雄 @kishida230 10月8日
多くの方々が誘拐されたと報じられており、これを強く非難するとともに、早期解放を強く求めます。
また、ガザ地区においても多数の死傷者が出ていることを深刻に憂慮しており、全ての当事者に最大限の自制を求めます。
ハマスの行動を非難する一方で、イスラエルによるガザ空爆を憂慮して、バランスをとっています。

ところが、バイデン大統領は違います。
東京新聞の記事はこう伝えています。
【ワシントン=吉田通夫】バイデン米大統領は10日に演説し、イスラム組織ハマスの攻撃を「悪の所業」と断じ、イスラエルは「悪質な攻撃に対応する権利と責務がある」と一定の報復措置を容認した。
 また中東情勢のさらなる混乱を防ぐため、最新鋭の原子力空母ジェラルド・フォードを配置して抑止力を強化したと説明し「テロの憎悪と暴力に反対する」と強調した。空母打撃群は10日、東地中海に到着した。
(後略)

バイデン大統領はイスラエルの報復を支持し、空母打撃群を派遣することでイスラエルに加勢しようとしています。
つまり多数のパレスチナ人を殺すことを容認ないし奨励しているのです。

もちろんパレスチナ人を一方的に殺すことはできず、イスラエル軍にも損害は出ますし、長期的には報復が報復を呼び、パレスチナ問題はさらに泥沼化します。
いや、他国を巻き込んで戦火が拡大する恐れもあります。

世界には心情的にイスラエルを支持する人とパレスチナを支持する人がいて、国家指導者も同じですが、こういうときはその心情を抑えて、戦いをやめるように呼びかけるべきです。
岸田首相が「全ての当事者に最大限の自制を求めます」と呼びかけたのは適切な対応でした。
ところが、バイデン大統領は戦争をけしかけるようなことをしているのです。

岸田首相はバイデン大統領をいさめるべきです。
それが平和日本の外交です。

ところが、岸田首相はバイデン大統領を説得する気持ちがないばかりか、逆に迎合しようとしています。
ハマスの行為を「テロ攻撃」と呼称変更したのは、バイデン大統領がハマスの行為を「悪の所業」「テロ」と呼んだのに合わせたからに違いありません。
イスラエルの軍事行動を容認する準備です。
いつものこととはいえ対米追従外交は情けない限りです。


トランプ前大統領は今回の出来事についてどういう認識なのでしょうか。
「トランプ氏、ネタニヤフ氏を痛烈批判 ハマスによる攻撃巡る諜報の落ち度で」という記事にはこう書かれています。

ワシントン(CNN) 米国のトランプ前大統領は13日までに、イスラエルのネタニヤフ首相を厳しく批判した。パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスの攻撃に対し、同首相が不意を突かれたとの見解を示した。一方でレバノンの武装組織ヒズボラを「非常に賢い」と称賛した。
(中略)
自身が大統領ならハマスによる攻撃は起きていなかったとも示唆。支持者らに対し、「大統領選で不正がなければ、誰だろうとイスラエルに侵入するなど考えもしなかっただろう」と語った。

ヒズボラを「非常に賢い」と称賛したのは、プーチン大統領や金正恩委員長と友だちになるトランプ氏らしいところです。
ネタニヤフ首相を批判したのは、ネタニヤフ首相はトランプ氏と親しくしていたのに、大統領選でバイデン氏の勝利を認めたので、それからトランプ氏は敵意を抱くようになったからだと解説されています。
要するにトランプ氏はすべてを自己中心に考えているということです。
それでも「平和志向」というものが感じられなくはありません。

バイデン大統領に「平和志向」は感じられません。
ウクライナに対しても、まったく戦争を止めようとせず、軍事援助ばかりしています。戦争をけしかけているも同然です。


従来、イスラエル対アラブの戦争について国際世論はイスラエル寄りでした。西欧が世界の支配勢力だったからです。
しかし、最近は世界の勢力図が変化しています。
昔はアラブ世界の情報を伝えるメディアはアルジャジーラぐらいしかありませんでしたが、今ではガザ地区からの情報発信はイスラエルからの情報発信と同じくらいあります。

それに加えてウクライナ戦争の影響もあります。
ロシアがウクライナに攻め込んだのは「侵略」であり「力による現状変更」であるとして批判されているときに、イスラエル軍がパレスチナ自治政府の支配地域に攻め込めば、まったく同じ批判が起こるに違いありません。
日本政府がイスラエルの軍事行動を容認するような態度を示せば、日本も批判されることになります。

日本は対米追従外交を脱却するチャンスです。

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宮崎駿監督のアニメ「君たちはどう生きるか」を観ました。

宮崎監督が引退を撤回して10年ぶりに発表した新作です。
事前の宣伝をまったくしないという異例の手法がとられたので、いろいろと推測してしまいました。
あまりにも駄作なので、鈴木敏夫プロデューサーは宣伝する気を失ったのかとも考えました。
若者に対して説教くさい内容ならそういうこともありえます。
いいほうに推測すると、観る人によってさまざまな解釈が可能なので、宣伝によってひとつの観方を押しつけることを嫌ったのかとも考えました。

いざふたを開けると、公開4日間で興行収入21.4億円を突破し、これは2001年公開の「千と千尋の神隠し」を超える記録だということです。
宣伝なしという異例の手法が成功したことになりますが、これはひとえに宮崎駿ブランドの力でしょう。

私は映画のレビューなどもほとんど見ず、「異世界冒険ファンタジー」であるという情報だけ仕入れて映画館に行きました。
宣伝をしないというジブリの方針に敬意を表して、あまりストーリーに触れないようにして感想を書いてみます。


『君たちはどう生きるか』という吉野源三郎の小説があり、このアニメはそのタイトルを借りていますが、「宮崎駿原作・脚本・監督」となっていて、オリジナルのストーリーです。

物語は、東京が空襲にあうシーンから始まります。第二次世界大戦も末期です。
主人公の少年は母方の実家に疎開します。そこは金持ちの家で、庭には大きな池があり、庭の奥の森には謎めいた建物があります。
庭には怪しいアオサギがいて、人語をしゃべり、主人公を異世界へと導いていきます。
日常世界と異世界が微妙に重なり合っているのが宮崎ファンタジーの常道です。

前半は、ちょっと物語のテンポが遅いなと感じることがあります。物語がどう展開するかまったく読めないことも影響しています。
登場人物が微妙に重なり合っていて、死んでしまった大叔父から現在までの時間軸も長く、よく理解できないところがあります。「何度も観たい」という感想がある一方で、まったくつまらないという感想があるのもうなずけます。


この前、日テレで「となりのトトロ」をやっているのをたまたま観て、完全に子ども向きの物語だなと思いました。昔初めて観たときは、アニミズムとか自然との共生とかの“意味”を見ていたのですが、物語は、母親が入院して、初めての土地にやってきた子どもが不安の中でさまざまな経験をして、最後に母親が元気になって幸せになるというもので、要するに子どもの目に映った世界が描かれていたのです。
「魔女の宅急便」は、少女の成長物語です。
これらの作品と比べると、「君たちはどう生きるか」は一筋縄ではいかない作品で、「これがテーマだ」ということが単純にいえません。観る人によっていろいろな解釈ができます。
鈴木プロデューサーも宣伝のやりようがなかったということかもしれません。


私自身はというと、観終わって感動しました。
私は宮崎監督のアニメをずっと観てきて、宮崎監督が引退を撤回してまで撮ったのはなぜかと考え、「これがテーマだ」ということを自分なりに推測しました。その推測に基づいて感動したわけです。

その推測を書いてみますが、あくまで私の推測ですから、そういう解釈もあるのかと思って読んでいただければ幸いです。
影響されやすい人にとってはネタバレと同じことになるので、映画を観てから読んだほうがいいかもしれません。
ただ、私の推測を頭に置いて観たほうがおもしろく観れるのではないかとも思っています。



宮崎監督の「君たちはどう生きるか」はオリジナルのストーリーですが、宮崎監督は吉野源三郎の小説を読んで感動して、そのタイトルを借りたということなので、小説の影響はあるはずです。いや、ストーリーは違ってもテーマは同じと見ることができます。

吉野源三郎の小説が書かれた1937年は盧溝橋事件で日中戦争が本格化した年です。そういう時代にあらがうために科学や学問を学ぶことの重要性を説いた小説ということができます。ちなみに主人公の少年のあだ名は「コペル君」で、もちろんコペルニクスからきています。
宮崎監督のアニメも戦争を背景にしています。もうすぐ原爆を落とされて敗戦になるという時期ですから、観客は「戦争」を強く意識せざるを得ません。

宮崎監督は「戦争」を強く意識する作品をいくつもつくってきました。
アニメの「風の谷のナウシカ」は、最後にナウシカが奇跡を起こして戦争を止めます。マンガ版の「ナウシカ」とはまったく違う物語になっていて、宮崎監督はこのハッピーエンドが気にいらなかったそうです。それは当然で、奇跡によってしか戦争を止められないなら、現実の戦争を止めるすべはないことになります。
「紅の豚」は、戦争を止めることは諦めて、豚になって戦争から逃避している男の物語です。
「風立ちぬ」は、ゼロ戦を設計することでむしろ戦争に協力した男の物語です。

宮崎監督はもちろん反戦の立場です。
しかし、最後まで戦争を止める道を示すことはできませんでした。
それが心残りで、引退を撤回して「君たちはどう生きるか」を撮ったのではないかと思いました。

吉野源三郎の小説が書かれた時代は、科学の力や優れた知性によって戦争が止められるという期待が高まっていました。
1932年、国際連盟はアインシュタインに対して、「誰でも好きな人を選び、今の文明でもっともたいせつと思われる問題についてその人と意見を交換してほしい」と依頼しました。アインシュタインはフロイトを指名して、「人間を戦争というくびきから解き放つことはできるのか?」というテーマについて意見交換をしました(この内容は『人はなぜ戦争をするのか』(講談社学術文庫)で読めます)。

フロイトはアインシュタインとともに当代最高の知性と目されていました。
フロイトの代表作『精神分析入門』はわが国では1926年に翻訳出版されましたが、その中でフロイトは「人類は素朴な自己愛が三度侮辱を受けた」と書いています。一度目はコペルニクスの地動説によって地球は宇宙の中心ではないと知ったとき、二度目はダーウィンの進化論によって人間は特別に創造されたものではないと知ったとき、三度目はみずからの心理学による無意識の発見によって自我は自分自身の主人ではないと知ったときであるというのです。
フロイトは自分の心理学を天文学や生物学と同じ科学と見なしていたのです。

『精神分析入門』を翻訳した安田徳太郎は、1952年の改訳版の「訳者よりはじめに」でこのように書いています。

この『精神分析入門』は日本における最初のフロイト本の紹介であった。私の翻訳をとおして、日本でもフロイトの名前はいっぱんに有名になったが、日本の医学者はフロイトの原文を一ページも読まないくせに、さっそくフロイト征伐に乗り出し、私もそのまきぞえで、マルクスとフロイトがたたって、とうとう七年目に官学からたたき出された。ゲンコツが私へのほうびであった。それほどマルクスとフロイトの名前は日本の官学のお気にめさなかったのである。いっぽうフロイトはアインシュタインといっしょにドイツで反戦運動をやったために、ヒトラーからこれもゲンコツをくらって、イギリスに亡命し、そのごまもなく八十三歳の高齢で死んでしまった。こういうように、どこの国でも学問の道はじつにけわしかった。
(中略)
おわりに、今や歴史的名著になったこの本が十九世紀の偉大な学問的成果としてのダーウィンの『種の起源』とマルクスの『資本論』とともに、日本の青年男女のあいだにもひろく読まれて、人間の心理行動にたいして科学的な興味が高まることを希望してやまない。

この文章から吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』が書かれた時代背景がわかるでしょう。
科学や学問や知性によって戦争や貧富の差などの社会問題はやがて解決されるということが信じられていたのです。
宮崎監督は『君たちはどう生きるか』を読んだときに、その点に共感し、希望を持ったのでしょう。

しかし、現実はそうなりませんでした。
マルクス主義もフロイト心理学も過去の遺物になり、世界平和の実現は夢物語と化しました。
なぜそうなったかというと、ダーウィンが『種の起源』の12年後に著した『人間の由来』において、人間に進化論を適用するのに失敗したからです。
それ以降、進化論には社会ダーウィン主義、優生思想、人種差別がついて回るようになり、人間に進化論を適用して論じることはタブーとなりました(ダーウィンがなにを間違ったのかについては「道徳観のコペルニクス的転回」に書いています)。

進化論から見れば、人間の戦争は動物の生存闘争の延長線上に位置づけられます。生存のために戦争をするのに、戦争によって生存が脅かされるという矛盾した事態が生じています。これは戦争の目的を「正義」や「自由」や「民主主義」で粉飾しているからです。
したがって、ダーウィンの間違いを正し、戦争を生存闘争の一環と見なせば、戦争を止めることは十分に可能です。


宮崎監督の前作の「風立ちぬ」は、東日本大震災の2年後の公開でしたが、関東大震災のシーンから始まります。ストーリーは前からできていたので偶然の一致ですが、まるで震災を予見していたようだと話題になりました。
「君たちはどう生きるか」はウクライナ戦争のさ中に公開になりました。
これも偶然の一致ですが、戦争について危機感を持っていた宮崎監督の判断が正しかったといえるかもしれません。

宮崎監督が「君たちはどう生きるか」で訴えたかったのは、人間の知性によって戦争を止めることは可能だということです。
もっとも、その実現は次の世代に託されました。
ですから、これは「君たちはどう戦争を止めるか」という宮崎監督の問いかけでもあります。

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G7広島サミットでは、ウクライナ戦争の停戦が議論されなかっただけでなく、戦争の今後の見通しも示されませんでした。
昨年2月に戦争が始まって、すでに1年3か月がたっています。
アメリカは双方の戦力をかなり正確に把握しているので、最終的な帰結は見えているはずです。

ウクライナ戦争が始まったとき、この戦争はどちらが勝つのかということを誰もが考え、議論が起こりました。
ところが、戦争が長引くとともにそうした議論はなくなりました。
テレビに出てくる専門家たちも、現在の戦況については解説しますが、今後どうなるかは語りません。


今の報道ではどちらが優勢かという肝心のことがまったくわかりません。その典型がバフムト攻防戦です。

バフムトはドネツク州の交通の要衝で、ウクライナ軍が駐屯していたところをロシア軍とワグネルが包囲して、半年以上にわたって激戦が繰り広げられてきました。
一応ロシア側が包囲して攻撃しているのですから、ロシア優勢と見るのが普通ですが、報道だけ見ていると、むしろウクライナ優勢に思えます。

たとえば2月16日の『バフムト抗戦はウクライナ反転攻勢の「準備」…ロシア軍の戦力消耗狙う』という読売新聞の記事には、『 ウクライナの国防次官は15日、SNSで、バフムトなどの攻略を図る露民間軍事会社「ワグネル」について、「死傷者数が80%に達する突撃部隊もある」との見方を示した。英国のベン・ウォレス国防相は15日、英BBCで、露軍は投入可能な戦車の約3分の2を失い、戦闘力が40%低下している可能性を指摘した』といったことが書かれています。
3月9日の「バフムト陥落でもその先にロシア軍を待つ地獄」というニューズウィーク日本版の記事には、「ロシア軍は激しく消耗しており、ウクライナ東部の要衝で勝利したとしても、大きな代償を払うことになる可能性が高い――米シンクタンクの戦争研究所(ISW)が、こう指摘した」と書かれています。
3月25日の「ウクライナ激戦地バフムト ロシアの攻撃失速 防御重視に移行か」というNHKの記事によると、「ウクライナに侵攻するロシア軍は、掌握をねらってきた東部の激戦地バフムトで攻撃の勢いが失速し、大規模な攻撃から防御をより重視する態勢に移行しようとしているという見方がでています」ということです。

実際、ワグネル創始者のプリコジン氏は動画の中で、弾薬の補給が足りないことに怒りを爆発させ、ショイグ国防相とゲラシモフ参謀総長を呼び捨てにし、弾薬不足が解消されなければバフムトから撤退すると言いました。
この動画を見たときは、ロシア側もそうとう苦しいのかと思いましたが、その後、プリコジン氏は「武器弾薬の供給が約束された」として、バフムトでの戦闘を継続する意思を示しました。

そして5月20日、ロシアはバフムトの「完全制圧」を発表しました。この日はゼレンスキー大統領がG7に参加するため広島に到着した日でもあります。
ゼレンスキー大統領は21日の記者会見で、「バフムトはウクライナの統制下にあるか」という記者団の質問に「そうは思わない」と述べ、続いて「現在、バフムトは我々の心の中だけにある。悲劇だ。そこには何もない」と述べました。
もっとも、その数時間後の記者会見ではゼレンスキー大統領は「バフムトは現在占領されていない」と発言を修正しました。
また、ウクライナの国防次官は同日、SNSでウクライナ軍が「市内の一角を掌握し続けている」と強調しました。

その前からロシアはバフムトを「占領」したとか「解放」したとか発表し、そのつどゼレンスキー大統領が「戦闘は継続している」と言い返すのがお決まりで、今回もそのパターンとなりました。

しかし、今回はそれまでと違います。
ワグネルが25日にバフムトから撤退を開始し、ロシア軍に占領地を引き渡すと発表しました。
どう見てもバフムトはロシアに占領され、ウクライナ軍は撤退したと見られます。


そもそもバフムトがこれほどの激戦地になったのは、ゼレンスキー大統領の意地があったからです。
3月の時点でこんな記事が書かれていました。
ゼレンスキー氏、バフムト放棄を否定 米欧は撤退を助言か
ウクライナのゼレンスキー大統領は3日、最激戦地である東部ドネツク州の要衝バフムトについて「われわれは可能な限り戦う」と述べ、ウクライナ軍に同市を放棄する考えはないと表明した。
(中略)
これに先立ち、米CNNテレビは1月下旬、バフムトには軍事的価値が乏しいとし、米欧がウクライナに戦闘の軸を東部から南部に移すよう促していると報道。米ブルームバーグ通信も2日、米欧がウクライナに対し、米欧製戦車の実戦投入など反攻の条件が整うまでは戦力の損耗を抑える必要があり、バフムトの放棄も検討すべきだと助言していると報じた。

ただ、ウクライナにとって、約半年間にわたって激戦が続くバフムトは抗戦の象徴的存在となっている。ゼレンスキー氏はバフムトの放棄によりウクライナ軍の士気が低下する事態を避けたい思惑だとみられる。
(後略)
https://www.sankei.com/article/20230204-5LW2M7X7ABLHVKBBBY3R7DQT7E/

つまりこのときからアメリカなどはバフムト攻防戦の帰結を見通して、撤退を勧告していたわけです。
ただ、ゼレンスキー大統領も個人的な意地を張ったわけではないでしょう。ウクライナの国民感情がバフムトの放棄を許さない感じだったのではないかと思われます。


それにしても、ウクライナ軍が劣勢であったバフムト攻防戦を、まるでロシア側が苦戦しているように報道してきたマスコミはなんだったのかということになります。
マスコミはウクライナとNATOの発表する“大本営発表”をそのまま垂れ流してきたのです。

ウクライナとNATOが戦況を自分たちが優勢であるかのように発表するのは当然です。ウクライナ国民と兵士の士気にかかわるからです。ロシアも同じことをしています。
しかし、マスコミやジャーナリズムは“真実”を報道しなければなりませんが、そういう気概をもったマスコミはほとんどないということがよくわかりました。


そういうことを踏まえると、マスコミも専門家もウクライナ戦争の帰結を語らなくなった理由がわかります。
それは、ウクライナに勝ち目がないということです。

このところフランスやドイツやイギリスが最新鋭の戦車を提供するということが話題になり、さらにF16戦闘機の供与も決まって、ウクライナ軍の戦力が増強されているというイメージがつくられています。
しかし、最新鋭の戦車でもミサイルが命中すれば同じことですから、たいして戦力増強になるとは思えません。
F16戦闘機も、戦場に登場するのはだいぶ先ですし、これまでの戦況を見ても航空機はほとんど活躍していません。

一方、ロシア軍の戦力増強のニュースはまったくありませんが、増強していないはずがありません。
ロシアはナチスドイツに攻め込まれたとき、ドイツに負けない優秀な戦車を開発し、大量の大砲とロケット砲をつくってドイツ軍を戦力で圧倒しました。
その経験があるロシアは、急速に戦力を増強しているに違いありません。

バフムト攻防戦は両軍が死力を尽くし、その結果ロシア軍が勝ちました。ということは、今後の戦いにおいてもロシア軍がウクライナ軍に勝つことになりそうです。
もともとロシアとウクライナでは人口も兵員数も違います。消耗戦が長期化すれば、ウクライナ軍は消滅します。


ウクライナ政府は何か月か前から「5月に反転攻勢する」ということを繰り返し言ってきました。
ほんとうに反転攻勢するつもりなら、なにも言わずに相手を油断させるはずです。
国民と兵士の士気を鼓舞するために言っていたのでしょう。
もう5月も終わりです。


日本政府はウクライナをさまざまな形で支援していますが、ウクライナに勝ち目がないなら、支援は戦いを長引かせて悲劇を増大させるだけです。

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5月19日、G7首脳は広島平和記念資料館を訪問しました。
平和記念資料館の原爆の悲惨さを伝える展示は、見た人に強烈な印象を与えるので、世界の首脳たちに広島訪問を義務化すれば世界は平和になるのではないかという意見もあるぐらいです。
G7首脳は展示を見てどう思ったのでしょうか。
ぜひとも知りたいところですが、そうした発表はまったくありません。
日本政府が“言論統制”を敷いているのでしょうか。

ただ、各首脳は平和記念資料館で記帳をして、それは外務省が公開していますが、読んでみると、官僚の作文としか思えない抽象的な内容です。

「G7首脳による平和記念資料館訪問(記帳内容)」

平和記念資料館で展示を見たのにその感想がまったく発信されないのは、平和記念資料館に対する侮辱です(その後、バイデン大統領とマクロン大統領の感想は少し伝えられました)。
実際のところは、バイデン大統領への忖度なのでしょう。

アメリカは広島への原爆投下で約14万人を殺戮し、無差別都市爆撃という国際法違反の上に、非人道的大量破壊兵器の使用という二重の罪を犯しました。
広島の原爆の悲惨さについて語れば、おのずと「アメリカの罪」が浮き彫りになり、バイデン大統領の立場がなくなります。


G7の国はすべてウクライナへの軍事支援を行っています(日本は殺傷兵器除く)。
ウクライナのゼレンスキー大統領が途中からG7に合流したので、G7はまるで「ウクライナ軍事支援会議」になりました。
実際、共同声明ではウクライナのために「ゆるぎない支援を必要な限り行う」と表明されました。
バイデン大統領は21日、約500億円相当の弾薬や装備品の支援とともにF16戦闘機の供与を容認すると発表しました。
休戦の提案などはありません。
戦争の火に油を注ぐだけです。
これもまた平和都市広島への侮辱です。

今回のG7を広島で開催すると決めたのは岸田首相ですが、広島で開催した意味がまったくなく、逆に平和都市広島のイメージダウンでした。



どうしてG7でウクライナ戦争を終わらせるという議論がなかったのでしょうか。

ウクライナ戦争が始まったとき、人々はこの戦争をどうとらえるか悩みましたが、次第に方向性が固まってきました。
実は、その方向性が間違っていたのです。
その間違いをリードしたのはバイデン大統領です。

意外なことにトランプ元大統領が正しいことを言っています。
トランプ氏は5月11日の対話集会において、ウクライナ戦争について問われ「私が大統領なら1日で戦争を終わらせるだろう」と述べました。
「1日」というのは大げさですが、アメリカの大統領が本気になればすぐに戦争を終わらせられるのは確かです。
たとえばアメリカやNATO諸国が武器弾薬の供給を止めれば、ウクライナ軍はたちまち砲弾を撃ち尽くして戦争継続ができなくなります。

トランプ元大統領はまた、プーチン大統領を戦争犯罪人と考えるかどうかと問われて、「彼を戦争犯罪人ということにすれば、現状を止めるための取引が非常に難しくなるだろう」「彼が戦争犯罪人となれば、人々は彼を捕まえ、処刑しようとする。その場合、彼は格段に激しく戦うだろう。そうしたことは後日話し合う問題だ」と答えました。

私はトランプ氏をまったく支持しませんが、この点についてはトランプ氏は正しいことを言っていると思います。

バイデン大統領はトランプ氏とはまったく違います。
バイデン大統領は昨年3月16日、記者から「プーチンを戦争犯罪人と呼ぶ用意はありますか」と聞かれ、一度は「いいや」と答えたものの、「私が言うかどうかの質問ですか?」と聞き返し、その上で「ああ、彼は戦争犯罪人だと思う」と述べました。
さらに昨年4月4日、バイデン大統領はロシア軍が撤退したあとのブチャで民間人の遺体が多数見つかったのを受け、プーチン大統領を「彼は戦争犯罪人だ」とはっきりと述べました。
昨年10月10日には、ロシアによるウクライナ全土へのミサイル攻撃を受けて声明を出し、その中で「プーチンとロシアの残虐行為と戦争犯罪の責任を追及し、侵略の代償を払わせる」と述べました。
そして今年の3月17日、国際刑事裁判所はプーチン大統領に対して戦争犯罪の疑いで逮捕状を発行しました。

今ではプーチン大統領は戦争犯罪人であるという認識が(少なくとも西側では)広まっています。


ロシアがウクライナに侵攻したときは、「ウクライナも悪い」とか「NATOも悪い」という議論がありましたが、やがてこれはロシアの「侵略」だということが共通認識となりました。
もちろん「侵略は悪い」ということになります。
そして、ロシアは「悪」で、プーチン大統領は「悪人」ということになりました。

ロシアが「悪」だとなると、ハリウッド映画的な「勧善懲悪」の原理が発動します。
G7などは「正義」のウクライナを支援して「悪」のロシアをこらしめようとしているわけです。

犯罪者や悪人と交渉や取引をするべきでないというのが世の中の常識です。
アメリカは9.11テロのあと、「テロリストとは交渉しない」という姿勢で対テロ戦争に突き進みました。
したがって今、アメリカなどはロシアと交渉する気がまったくありません。

岸田首相は5月21日の記者会見で「1日も早くロシアによるウクライナ侵略を終わらせる。そのために、厳しい対露制裁と強力なウクライナ支援を継続する。今回のサミットでは、G7はこの点について固い結束を確認いたしました」と語りました。
ロシアを屈服させるまで戦い続けるということです。


昔は戦争の帰結がある程度見えてくると、講和をして早めに戦争を終わらせたものです。
しかし、アメリカは違います。第二次大戦のとき、日本ともドイツとも講和しようとせず、徹底的に無力化するまで戦い続けました。
アメリカは今でも「正義の戦争」を信じているようですが、世界が従う必要はありません。

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岸田首相の選挙演説会場で爆発物を投げて逮捕された木村隆二容疑者(24歳)は、昨年7月の参院選に年齢制限と供託金300万円のために立候補できなかったのは憲法違反だとして国を提訴していました。
裁判は代理人弁護士を立てない「本人訴訟」です。

昨年6月に国に10万円の損害賠償を求めて神戸地裁に提訴、11月に請求が棄却されました。木村容疑者は大阪高裁に控訴し、3月23日に口頭弁論が行われましたが、木村容疑者のツイッターによると「本日の口頭弁論では審議不足を指摘した控訴人に対し、審議を拒否し。いきなりの結審でした。大阪高裁の無法振りが露呈しました」ということです。
木村容疑者はこのようにツイッターで裁判の経緯を報告するとともに自分の主張も発信していました。23件のツイートをしていましたが、その時点でフォロワーは0人だったようです。
いきなり結審したことで敗訴を覚悟し、ツイッターでの発信もうまくいかず、そのためテロに走ったと想像されます。

木村容疑者は安倍元首相暗殺の山上徹也被告との類似が指摘されますが、私が似ているなと思ったのは、Colabo問題に火をつけたツイッター名「暇空茜」氏です。
暇空氏はColaboについての東京都への情報開示請求や住民監査請求を全部一人で行い、ツイッターでその結果を発信していました。暇空氏の主張はほとんどでたらめでしたが、Colaboの会計にも多少の不備があったということで、アンチフェミニズムの波に乗って暇空氏の主張が拡散しました。

木村容疑者も暇空氏も一人で国や東京都と戦い、ツイッターで発信したのは同じですが、結果はまったく違いました。
もちろん二人の主張もまったく違います。
木村容疑者の主張は基本的に選挙制度を改革しようとするものです。
一方、暇空氏は、家庭で虐待されて家出した少女を救う活動をしているColaboを攻撃しました。Colaboの活動が制限されると、家出した少女が自殺したり犯罪の犠牲になったりするので、暇空氏の活動は悪質です。


木村容疑者の選挙制度批判はきわめてまっとうです。
国政選挙は供託金300万円(比例区は600万円)が必要です。
これは貧乏人を立候補させない制度です。
また、既成政党はある程度票数が読めるので、供託金没収ということはまずありませんが、新規参入する勢力は没収のリスクが高いので、新規参入を拒む制度ともいえます。

被選挙権の年齢制限も不合理です。
2016年に選挙権年齢が満20歳以上から満18歳以上に引き下げられましたが、被選挙権年齢は引き下げられませんでした。
なぜ被選挙権年齢をスライドして引き下げなかったのか不思議です。

そもそも参議院30歳以上、衆議院25歳以上という被選挙権年齢が問題です。これでは若者が同世代の代表を国政に送り込むことができません。
最初から若者排除の制度になっているのです。
18歳の若者が立候補して、校則問題や大学入試制度や就活ルールについてなにか訴えたら、おとなにとっても参考になりますし、同世代の若者も選挙に関心を持つでしょう。

木村容疑者の主張は、憲法44条に「両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定める。但し、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならない」とあるので、供託金300万円は「財産」で差別していることになり、憲法違反だというものです。
被選挙権年齢についても、成人に被選挙権がないのは憲法違反だというものです。
木村容疑者は自身のツイッターのプロフィールに「普通の国民が政治家になれる民主主義国を目指します」と書いています。

まっとうな主張ですが、日本の裁判所はまっとうな主張が通るところではありません。議員定数不均衡違憲訴訟でも、「違憲判決」や「違憲状態判決」は出ても、事態はなにも改善されません。

「民主主義が機能していない国ではテロは許される」という論理はありえます。
日本では警察、検察がモリカケ桜、統一教会に手を出さず、裁判所は選挙制度の違憲状態を放置してきて、それらが選挙結果に影響を与えてきました。
民主主義を十分に機能させることがテロ防止策として有効です。


もっとも、日本は民主主義が十分に機能していないといっても独裁国というほどではなく、自分の望む政策が実現しないというだけでテロに走ることはありえません。
テロに走るには、もっと大きい、根本的な理由があります。
それは、自分のこれまでの人生が不幸で、挽回の見込みがないと本人が判断して、自暴自棄になることです。
木村容疑者も山上被告も「拡大自殺」みたいなものです。

山上被告は統一教会の宗教二世で、いわば崩壊家庭で育ちました。
木村容疑者の家庭環境はどうだったのでしょうか。

現時点での報道によると、木村容疑者は母親とひとつ上の兄と三人暮らしで、父親は五、六年前から別居しているそうです。

週刊現代の『「父親は株にハマっていた」「庭は雑草で荒れ果てていた」岸田首相襲撃犯・木村隆二容疑者の家族の内情』という記事から引用します。

この住民は、小さい頃の木村容疑者の様子もよく知っていた。容疑者自身はおとなしい子だったが、よく父親に怒られる姿を見かけたという。

「お父さんがよく母親や子どもたちを怒鳴りつけててね。夜中でも怒鳴り声が聞こえることがあって、外にまで聞こえるぐらい大きな声やったもんやから、近所でも話題になってましたね。ドン!という、なにかが落ちるものとか壊れる音を聞いたこともあった。家族は家の中では委縮していたんと違うかな。

お母さんはスラっとしたきれいな人。隆二君はお母さん似やな。たしか百貨店の化粧品売り場で働いていたはずで、外に出るときは化粧もしっかりしてたね。でも、どこかこわばった感じというか、お父さんにおびえてる感じがあったよね」

では、木村容疑者の父親はどういう人物なのでしょう。
『岸田首相襲撃の容疑者の実父が取材に明かした心中「子供のことかわいない親なんておれへん」』という父親のインタビュー記事から引用します。

──隆二さんの幼少期は、お父様がお弁当を作ってあげていたと。
「そんな日常茶飯事のことなんて、いちいち(覚えてない)。逆に尋ねるけど、2週間前に食べたもの覚えてる? 人間の記憶なんてそんなもんや、日常なんて記憶に残れへん」

──今の報道のままでは、お父さんは誤解されてしまう気がします。
「まあ、俺がいちばん(隆二容疑者のことを)思ってるなんていうつもりはないし、順番なんて関係ないと思うよ。お腹を痛めた母親がいちばん思ってるんちゃうか。

 好きな食べ物なんやったんなんて聞かれても、何が好きなん? なんて、聞いたことないから。聞く必要もないと思ってたから。『いらんかったらおいときや』言うてたから、僕は。いるだけ食べたらええねんで、いらんかったら食べんかったらええねんでって。残してても、『なんで食べへんねん』なんて言うたことない。だから、強制なんてしたことないよ」

──幼少期のころの隆二さんについてお聞きしたいです。
「子供のことかわいない親なんて、おれへんやん」

──小学校の時は優秀だったそうですね。
「何をもって優秀っていうか知らんけどやな。僕は比べたことないねん、隆二と他の子を。人と比べてどうのこうのって感性じゃないから。自分がそれでいいと思うんやったら、それでいいから」

 そう言って、父親は部屋に戻っていった。

父親は質問に対してつねにはぐらかして答えています。「子供のことかわいない親なんて、おれへんやん」というのも、一般論を言っていて、自分の木村容疑者に対する思いは言っていません。
家の外まで聞こえるぐらい大声でいつもどなっていたというので、完全なDVです。

木村容疑者はDVの家庭で虐待されて育って、“幸福な生活”というものを知らず、深刻なトラウマをかかえて生きているので、普通の人のように生きることに執着がありません。
ですから、こういう人は容易に自殺します。

中には政治に関心を持つ人もいます。その場合、親への憎しみが権力者に“投影”されます。
木村容疑者は岸田首相を批判し、安倍元首相の国葬も批判していました。
山上被告は、母親の信仰のことばかりが強調されますが、父親もDV男でした。父親への憎しみが安倍元首相に向かったのでしょう。

このように虐待されて育った人は、存在の根底に大きな不幸をかかえているので、もしテロをした場合は、それが大きな原因です。政治的な動機はむしろ表面的なもので、最後のトリガーというところです。

最後のトリガーをなくすためには、警察、検察、裁判所がまともになり、選挙制度を改革して、民主主義が機能する国にすることです。
これはテロ対策とは関係なくするべきことですが、テロ対策という名目があればやりやすくなるでしょう。

根本的な対策は、家庭で虐待されて育った人の心のケアを社会全体で行い、今現在家庭で虐待されている子どもを救済していくことです。
これはテロ防止だけでなく、宅間守による池田小事件や加藤智大による秋葉原通り魔事件などのような事件も防止できますし、社会全体の幸福量を増大させることにもなります。

もっとも、言うはやすしで、今は幼児虐待こそが社会の最大の病巣であるということがあまり認識されていません。
むしろ認識を阻む動きもあります。
家庭で虐待されていた少女を救済する活動をしているColaboへの攻撃などが一例です。

それから、木村容疑者の家庭環境などを報道するのはテロの正当化につながるのでやめるべきだという人がけっこういます。そういう人は、木村容疑者やテロ行為の非難に終始します。
犯罪を非難して犯罪がなくなるのなら、とっくに世の中から犯罪はなくなっています。
犯罪の動機や原因の解明こそがたいせつです。

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