村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

カテゴリ: 右翼思想を解体する

蓮舫氏の国籍問題が一部で騒がれています。蓮舫氏は1985年に日本国籍を取得しましたが、台湾国籍の放棄が不明確ということが問題視されているようです。
 
こういうことで騒ぐのは間違いなく「愛国者」です。
愛国者は国旗国歌にこだわります。さらに国籍にもこだわるというわけです。
 
ここでいちばんたいせつなのは、蓮舫氏の政治姿勢や思想です。過去の言動で日本よりも台湾を優先しているような傾向があれば批判されて当然です。
しかし、そういうことは問題にされず、国籍のことばかりが問題にされています。
 
これは国旗・国歌の問題でも同じです。国歌斉唱のときに口を動かしていないとか、国旗掲揚のときに起立しないとかが問題にされますが、すべて見かけです。
 
国旗・国歌・国籍は国の包装紙みたいなものです。「中身よりも包装紙」というのが愛国者の考え方です。
 
 
なぜそうなるかというと、もともと「愛国心」には「愛」がないからです。それをごまかすために包装紙にこだわるわけです。
 
人間はほかの動物と同じく基本的に利己的な存在で、つねに互いに生存闘争をしています。
生存闘争は、個人間だけでなく、群れと群れでも行われ、その群れが大きくなって国家になりました。「利己心」も国家規模に拡大して、「利国心」になったわけです。
ところが、「利国心」を「愛国心」と言い換えているので、混乱しています。
 
「愛国心」を「利国心」と言い直し、「利己心」と同じものだと考えれば、混乱はなくなるはずです。
 
「愛国心」は「利己心」と同じものですから、抑制しなければならないのです。
 
 
ともかく、私は民進党の代表選に関して、前原誠司氏はなにを謝罪しているのか、謝罪の内容がわからないということを書こうとしたのですが、蓮舫氏の国籍問題がやたらに議論されているので、つい蓮舫氏の国籍問題について書いてしまいました。
しかし、これはどうでもいいことで、書くだけむだだったかもしれません。こういうことに時間を取られていては、日本の政治の劣化がますます進んでしまいます。
 

熊本地震のために田母神俊雄容疑者逮捕のニュースがすっかりかすんでしまいました。
 
田母神氏はユニークなキャラクターの人物で、「私はいい人なんです」が口ぐせです。
 
私が田母神氏の口ぐせに気づいたのは、氏がへんてこな論文のために自衛隊を辞めて間もないころのことです。ある雑誌の座談会の場に仕事の関係で私も居合わせました。最初のうちこそ田母神氏は普通にしゃべっていましたが、だんだん調子に乗ってきたのか、後半になると「私はいい人なんです」という言葉を連発しました。
自分で「私はいい人なんです」と言う人はまずいません。
ですから、その言葉は冗談と受け止められ、その都度笑いが起きました。
 
田母神氏はいろんなところで「私はいい人なんです」という言葉を連発しています。
「田母神 私はいい人なんです」で検索すると、620万件ヒットし、タイトルに「私はいい人なんです」という言葉のあるサイトがざっと数えても20以上あります。
 
田母神氏が都知事選に立候補したときの街頭演説の第一声を書き起こしたサイトがありました。このときは冒頭から得意のセリフを言っています。
 
 
田母神俊雄氏街頭演説 渋谷駅ハチ公前 20140108
皆さんこんにちは。頑張れ日本!全国行動委員会会長の田母神でございます。昨日衆議院の第一議員会館で記者会見をして、このたびの東京都知事選に立候補することを正式に表明をいたしました。よろしくお願いします。私は黙っていれば非常に怖い顔をしてると言われるんですがね、ところがやさしいんです本当に。顔はこと生まれつきなんでどうしょうもないんですけどもですね、まあこの顔でも良いって人もいるんです。
ですから私とちょっと皆さん付き合っていただくとですね、本当にいい人だということがすぐに分かります。私は本当に心優しくて、いい男だということを自負してますし、私と付き合った人は大体私の悪口をいう人はいないんです。そのくらい私はほんといい人なんです。で、いい人ってのは通常決断力と実行力がないんですよね。でも私はいい人だけども決断力もあるし実行力もあります。これは、私の部下であった航空自衛官がみんな話を聞けば証明をしてくれます。
 
「いい人」という言葉を連発しています。
この人がほんとうに訴えたかったことは、政策なんかよりも「私はいい人なんです」ということではなかったかと思います。
 
人間は誰でもいい人と思われたいものです。その思いがあるから、いい人になるよう努力します。
ところが、田母神氏の場合は、「私はいい人なんです」とモロに主張してしまうわけです。
 
いや、それだけではありません。
アパグループ主催の懸賞論文に「日本は侵略国家であったのか」という論文を応募し、受賞します。これは要するに「軍国日本はいい国なんです」ということを述べたもので、「私」を「軍国日本」に置き換えたわけです。
 
これが自衛隊の高官にあるまじきトンデモ史観の論文だったため自衛隊を追われますが、一方で評価する人たちもいて、田母神氏は評論家として講演などをするようになります。私が会ったのはそのころです。
「軍国日本はいい国なんです」という主張に、冗談めかして「私はいい人なんです」という主張も盛り込み、それが受けているので、とてもごきげんでした。
 
もちろん自分で「私はいい人なんです」と主張する人間がいい人のわけがありません。
公職選挙法違反で逮捕されただけではなく、奥さんと離婚し、愛人がいるという報道もあります。盟友であったチャンネル桜の水島聡社長に政治資金を使い込んだと告発され、泥仕合を演じました。
 
しかし、田母神氏がこんなになってしまったのは、田母神氏を持ち上げた人間にも責任があります。
田母神氏は自衛隊時代には「私はいい人なんです」という主張は抑えていたはずです。
ところが、辞職してから右翼的な人に取り巻かれました。

右翼思想の本質は、自国中心主義と自分中心主義です。右翼的な人は田母神氏の「軍国日本はいい国なんです」だけではなく「私はいい人なんです」という主張まで喜んで聞くので、そのため田母神氏が暴走し、長年連れ添った奥さんとうまくいかなくなり、政治資金を私物化するなどしたのではないでしょうか。


田母神氏の講演や演説で「私はいい人なんです」という言葉を聞いて喜んでいた人も罪が重いといえます。

安倍政権は川内原発を稼働し続けています。気象庁は4月17日の発表でも「地震活動の今後の展開は現時点で予測できない」と言っているのですが。
地震により川内原発が重大な事故を起こす確率はかなり低いでしょう。しかし、もし事故が起こったときの被害の深刻さを考えれば、停止しておくに越したことはありません。
 
一方、安倍政権は米軍のオスプレイを支援物資輸送のために受け入れることを決定し、安倍首相は「米国の友情に心から感謝したい」と述べました。
自衛隊の輸送機とヘリコプターで足りないとは思えません。
震災までも安全保障政策のアピールに利用しようというのでしょう。
 
安倍政権は安全保障政策に力を入れているとされますが、“原発の安全保障”のほうはさっぱりです。
 
ということは、「安全保障」という言葉を使うのが間違っています。
安倍政権の場合は「先軍政治」というべきです。
 

 
産経新聞も震災に乗じて「先軍政治」ならぬ「先軍報道」を行っています。
  
東北の陸自部隊2300人現地入り 「感動」のツイート相次ぐ
 
 熊本地震の被災者救助・支援のため、陸上自衛隊東北方面隊の災害派遣部隊(隊長・掛川壽一第6師団長)約2300人が18日、九州に到着し、活動を開始した。救助や生活支援、道路の復旧などを急ぐ。
 
 派遣部隊は第20普通科連隊(山形県東根市)、第21普通科連隊(秋田市)、第44普通科連隊(福島市)など東北6県の部隊で構成。
 
 ほとんどが東名高速や中国道などを経由して陸路で現地に入った。ツイッター上には移動する部隊を見た人による「東北の自衛隊が熊本に向かっている。感動した」といった書き込みや写真投稿が相次いだ。
 
 ショベルカー7台や野外炊具18台、野外入浴セット4台も運搬。大分県の日出生台(ひじゅうだい)演習場や熊本県阿蘇市の一の宮運動公園に集結した後、それぞれの活動現場に向かった。
 
 航空自衛隊は16日夜に岩手、宮城、山形、福島の災害派遣医療チーム(DMAT)を松島基地(宮城県東松島市)から運んだほか、17日に輸送支援のため三沢基地(青森県三沢市)のCH47ヘリを派遣。18日には同基地から支援要員などを送り込んだ。
 
 海上自衛隊は同日、大湊基地(同県むつ市)に備蓄していた支援物資を八戸航空基地(同県八戸市)から空輸した。
 
 
要するに自衛隊の災害派遣部隊が移動しているというだけの記事です。それが「感動した」ということになりますが、この「感動した」という書き込みは被災地の人のものではなさそうです。
自衛隊を賛美する言葉ならどこからでも引っ張ってくるのでしょう。

被災地で活動する自衛隊を描く記事もあります。
 
 
「自衛隊頼りになる!2日ぶりの温かいご飯」 給水に炊き出し、医療チームの支援も始まる
(前略)
 ともに北熊本駐屯地(熊本市北区)に本拠を置く陸上自衛隊第8特科連隊と、第42普通科連隊第4中隊が17日、西原村に入った。650人が避難した西原中学校に到着すると、子供が「かっこいい車が来たよ」と歓声を上げた。
 
 「全力でお米をたきます。皆さん、待っていてください」
 
 支援長の坂本利彦曹長(49)が声をかけ、約20人の隊員は早速、おにぎり1600個分の大量の米を炊き始めた。
 
 45分ほどで炊きあがると、被災者30人が手分けして、おにぎりを握った。
 
 吉木亮子さん(63)は「2日ぶりの温かいご飯です。自衛隊さんが来てくれて本当にありがたい」とほおばった。
(後略)
 
このあと、自衛隊が給水活動をすると、被災者は「「水がないと何もできなかった。やっぱり、自衛隊は頼りになりますよね」と語ります。
 
自衛隊の活躍を伝える記事――と言いたいところですが、自衛隊はただお米を炊いて、給水活動をするだけです。
消防隊員などがまだ必死で救助活動をしているときに、こんな記事を書いていていいのかと言いたくなります。
 
中でも『西原中学校に到着すると、子供が「かっこいい車が来たよ」と歓声を上げた』というくだりは、自衛隊賛美に子どもを利用しているだけに悪質です。
私は「兵隊さんよありがとう」という軍国歌謡を思い出しました。
 
 
「兵隊さんよありがとう」
一、
   肩をならべて兄さんと
   今日も学校へ行けるのは
   兵隊さんのおかげです
   お国のために
   お国のために戦った
   兵隊さんのおかげです
 
 二、
   夕べ楽しいご飯どき
   家内そろって語るのも
   兵隊さんのおかげです
      :
      :
     () 
      :
      : 
  兵隊さんよ ありがとう
   兵隊さんよ ありがとう
 
 
産経新聞は戦争になると、きっといい翼賛記事が書けます。

古舘伊知郎氏は報道ステーションの最後の出演において、「人間は少なからず偏っています。だから情熱を持って番組を作れば多少は偏るんです」と語りました。
放送法に「政治的に公平」とあることを盾に番組に圧力をかけてくる人たちを念頭に置いた言葉と思われます。
 
これに対して産経新聞がやたらかみついています。
たとえば4月3日の記事です。
 
報道スタンスに疑義 古舘氏らキャスター降板 「偏ってるんです、私」
 
バカバカしいので引用はしませんが、偏っているのはけしからんと言っている記事です。
古舘氏は「人間は少なからず偏っています」と言ったのですから、反論するとすれば、「人間は偏っていない」とか「偏っていない人間もいる」と主張しなければなりませんが、そういうことはなにも言っていません。
この記事を書いているのは三品貴志という記者ですが、自分は偏っていないと思っているのでしょうか。産経新聞か夕刊フジの記者ですから、絶対偏っていると思うのですが。
 
 
4月6日には八木秀次麗澤大学教授の文章が掲載されています。
 
【突破する日本】「偏った」放送を繰り返すテレビ局に電波を独占させる必要はない
 
八木氏は安倍首相のブレーンとされる人物です。首相の私的諮問機関である教育再生実行会議の委員という肩書があります。かつては「新しい歴史教科書をつくる会」の会長を務めていて、今はその流れをくむ日本教育再生機構の理事長です。
つまり思いっきり偏った人物です。
 
その八木氏が古舘氏の「人間は少なからず偏っています」という発言についてどう言っているかというと、やはりなにも言っていません。ただ古舘氏が偏っているのはけしからんと言っているだけです。
偏った人間が他人を偏っていると批判してもなんの意味もありません。そんな文章を読まされる読者もいい迷惑です。
 
古舘氏は一応、自分は偏った人間であるという自己認識を持っています。
八木氏は自己認識についていっさい語りません。すっぽりと抜け落ちているようです。
 
自己認識の欠如は、右翼の共通欠陥でしょうか。
 
高市総務相も、放送局が政治的な公平性を欠く放送を繰り返したと判断した場合は電波停止を命じる可能性があると言いましたが、自分が公平性を判断できる人間であるか否かについてはなにも言っていません。
 

「放送法遵守を求める視聴者の会」というのもテレビの報道の公平性を求めていますが、この会の事務局長の小川榮太郎氏は、「リテラ」によると、『約束の日安倍晋三試論』(幻冬舎)という“安倍礼賛本”を出版して、同書を700万円分、安倍事務所に“爆買い”してもらったということです。そういう人間が報道の公平性を求めるとは、どういう精神構造をしているのでしょうか(安倍首相サイドの指示で動いているだけかもしれませんが)

 
右翼というのは、領土問題でも歴史認識でも、つねに「自国のことは棚に上げて他国を批判する」という態度です。
 
古舘氏の「人間は少なからず偏っています」という言葉は、「自己認識の欠如」という右翼の欠陥をみごとにあぶりだしたようです。
 

インターネットでいくらでもモロの性器が見られる時代に、警察はなにをしているのかというのが率直な感想です。税金の無駄遣いとしか思えません。
ろくでなし子さんと北原みのりさんが逮捕されました。事件の概要はこのようなものです。
 
ろくでなし子さんと北原みのりさん「逮捕」 ――今回は「わいせつ物公然陳列」容疑も
女性器をモチーフにした作品を制作している芸術家「ろくでなし子」さんが123日、警視庁に再び逮捕された。
 
「ろくでなし子弁護団」の南和行弁護士によると、ろくでなし子さんは123日、警視庁の家宅捜索を受け、逮捕されたという。ろくでなし子さんからは、警察署を通じて、弁護士に接見要請があったという。
 
ろくでなし子さんは、自らの女性器をかたどった立体アート作品「デコまん」というシリーズを制作している。ろくでなし子さんは今回、その作品を個展や作家・北原みのりさんの経営するアダルトグッズショップなどで展示していたとして、わいせつ物公然陳列などの容疑で逮捕されたという。
 
同弁護団の山口貴士弁護士は3日、「"Rokudenashiko" was arrested again」と英語でツイート。さらに、「北原みのりさんも逮捕されました」「今回、警視庁が彼女を逮捕したことは明らかに不当であり、間違っていると考えています」と指摘した。
 
ろくでなし子さんは今年7月、自らの女性器をスキャンし、3Dプリンターで出力するためのデータを配布したとして、「わいせつ電磁的記録記録媒体頒布罪」の疑いで逮捕・勾留されたが、その後、釈放された。今回、その容疑などでも再び逮捕されている。
 
南弁護士は「逮捕は不当。検察官は勾留請求すべきではないし裁判官は勾留を許してはならない」と話している。
 
私がまず思うのは、女性器のオブジェが「わいせつ物」かということです。たとえば医学書には女性器の写真があったりしますが、男がそれを見て性的に興奮するかというと、しないでしょう。
女性器のドアップの写真はエロというよりはむしろグロです。
 
ただ、エログロという言葉があるように、エロとグロはつながっています。
そう思ったとき、「右翼はグロ画像に強い拒絶反応を示す」という科学的研究があったことを思い出しました。
私はこれについて次の記事を書きました
 
「右翼思考の謎が解けた!」
 
グロに拒絶反応を示す右翼は、当然エロにも拒絶反応を示すのではないでしょうか。
となると、左翼はエロを許容する傾向があるはずです。
 
そこで今回はエロを軸に、右翼と左翼について考えてみました。
 
ろくでなし子さんとともに逮捕された北原みのりさんは、左翼的なライターです。警察は左翼をねらっているのでしょうか。
 
そもそも昔から警察が「わいせつ」を摘発するとき、反対の声を上げるのは決まって左翼です。右翼が「表現の自由」や「芸術」を擁護する主張をしているのを見たことがありません。
いや、右翼でも「表現の自由」や「芸術」はたいせつだと思っているはずです。要するに「エロ」を擁護したくないのでしょう。
 
昔、ジョン・レノンとオノ・ヨーコが、平和を訴えるために2人でベッドに入る「ベッド・イン」というパフォーマンスをしましたが、これなどいかにも左翼的です。
 
エロと戦争は両立しがたいものがあるようです(エロと性欲は違います。従軍慰安婦は性欲を処理する存在です)。
 
右翼作家百田尚樹氏の「永遠の0」は「愛」の物語ではありますが、「エロ」の物語ではありません。
「エロ」を書く作家はだいたい左翼的か非政治的です。右翼作家で「エロ」を書いたのは三島由紀夫ぐらいではないでしょうか。
 
性教育が行きすぎていると騒ぎ立てるのは決まって右翼です。
 
エロもグロも人間の身体性につながっています。
右翼は人間の身体性から目をそむけて、もっぱら「誇り」や「名誉」といった観念に逃げています。
昔、左翼は観念的なものとされていましたが、今は逆になっているようです。
 
 
ところで、冒頭に掲げた記事は「BLOGOS」に載ったものです。コメント欄を読むと、みんなろくでなし子さんや北原みのりさんの行為についてよし悪しを論じていますが、これは問題のとらえ方が違います。警察の行為や意図について論じるべきです。インターネットで偉そうに議論している人も、“お上”に対しては従順であるようです。

資本主義対社会主義の対立がなくなっても、いまだに右翼対左翼の対立があるのはなぜかということを前から考えているのですが、それについておもしろい科学的研究が発表されました。グロ画像を見たときの脳の反応で政治的立場がわかるというのです。
ちなみに私はスプラッターホラーが大好きです。私の政治的立場はどうなのでしょうか。
 
 
グロ画像を見た時の脳の反応で政治的傾向が右なのか左なのかがわかる?(米研究)
 うえっとなるような不快な画像を見た時の脳の反応を見ることで、その人の政治的傾向が保守的(右寄り・コンサバティブ)なのか、革新的(左寄り、リベラル)なのかがわかるという面白い研究結果が報告された。
 
  不快画像というのはいわゆるグロ画像のことで、ウジ虫やバラバラ死体、キッチンの流しのヌメっとした汚れやツブツブが密集したものなどである。
 米バージニア工科大学カリリオン研究所のリード・モンタギュー教授率いる研究チームは、83人の男性と女性を対象に、不快な画像、心地よい画像(赤ちゃんや美しい風景など)、そのどちらでもないニュートラルな画像を取り混ぜて見せてMRI脳スキャンを行った。
 
  被験者はその後、グロ画像の不快感を覚えた度合いを評価し、その後、「銃規制」「同性結婚」「移民問題」などを含む政治理念に関するアンケートに答えた。
 
  その結果、右寄り(保守)も左寄り(革新)も、自己申告したグロ画像に対する“不快度”はほぼ同じだったにもかかわらず、脳スキャン上では、嫌悪の認知、感情の制御、注意力、そして記憶力に関する脳活動が大きく異なっていた。
 
  総じて右寄りの人の脳の方が、グロ画像に対して強く反応したという。特に保守的な傾向にある人は嫌な画像をみると、その対象を理解するために必要なものでも、強い拒絶反応を示すようだ。
 
  右寄りの人と左寄りの人の脳スキャンは、あまりにも違っていたため、基本的にわずか1枚のグロ画像に対する脳の反応を見るだけで、95%の確率でその人の政治的傾向を言い当てることができたそうだ。
 
  なぜ政治的に右寄りの人の脳は強くグロ画像に反応するのか?
  その理由やメカニズムについては、さらなる研究が必要だという。
 
  モンタギュー教授は、「政治的傾向は、両親から遺伝で受け継ぐケースが多いと考えられるが、遺伝子に加えて環境や経験の影響も受けます。ただ、政治的思想の違いの原因が、脳の構造の違いにあり、“単なる反応”だと考えれば、政治的な対立や緊張を和らげる効果をもたらすかもしれません」。と話している。
 
via:metro・原文翻訳:mallika
 
追記:一部訂正を修正して再送します。(20141182020
 
 
「グロ画像」への反応で政治的立場がわかるというのは、意外なようですが、納得する部分もあります。
たとえば、ベトナム戦争の枯葉剤の影響によるとされるシャム双生児の「ベトちゃんドクちゃん」は、ずいぶんとマスコミに取り上げられました。この2人を「グロ画像」という言葉で表現するのは申し訳ないのですが、拒絶反応を示す人も多かったはずです。
「ベトちゃんドクちゃん」を取り上げた人たちは、反戦かつ反米の思いがあったのではないかと思われます。
 
また、アウシュビッツなどの、骨と皮だけの死骸が大量にある写真は、それだけで強制収容所の実態を物語っています。こうした写真を取り上げる人たちも、反ナチと反戦の思いがあるのでしょう。
 
一方、右翼はカンボジアのポル・ポト派の虐殺写真を反共プロパガンダに利用すればいいはずですが、あまりやっていません。ただ、虐殺されたのは200万人だとか300万人だとか数字だけを言っています。
 
やはり右翼は「グロ画像」に拒絶反応を起こすようです。
「グロ画像」に拒絶反応を起こすということは、グロい現実にも拒絶反応を起こすということでしょう。
そう考えたとき、私は右翼的思考の本質がわかった気がしました。
 
右翼はグロい現実に拒絶反応を起こすため、それを脳内でグロくないものに変換しないと受け入れることができません。つまりグロい現実を美化してしまうのです。
 
この世でもっともグロい現実は戦争です。戦場で兵士は手足がちぎれ、はらわたは飛び出し、飢えて衰弱した兵士の体には生きたままウジがわくといいます。しかし、右翼はこのような現実は目に入らないのです。右翼の目に映るのは、英雄的に戦う兵士だけですし、戦死者はみな英霊になります。
「特攻に行かされた兵士」というのも悲惨ですから、右翼にとってはすべて「みずから志願して特攻に行った兵士」になってしまいます。
ヒロシマ、ナガサキの悲惨さも右翼は認識できていないのかもしれません。原水爆禁止運動ももっぱら左翼が担ってきました。
 
1日に何十人もの客をとらされた慰安婦もきわめて悲惨です。ですから右翼は「慰安婦は高給を取っていた」などと脳内変換してしまうわけです。
 
このように考えると、右翼の思考が全部説明できます。
 
原発事故の悲惨さも右翼は認識できていないのでしょう。
 
 
ところで、引用した記事は、最初翻訳の誤りで、左翼が「グロい画像」に拒絶反応を起こすというようになっていたようです。そのためコメント欄に「左は現実を見たくないお花畑だということが科学的に証明された」というような書き込みもあります。
しかし、実際は右翼が現実を見たくないお花畑だということが科学的に証明されたわけです。

東京都議会で塩村文夏都議に対して「早く結婚したほうがいいんじゃないか」などのセクハラヤジが飛んで問題になっていましたが、自民党の鈴木章浩都議がヤジを飛ばしたのは自分だと名乗り出て謝罪しました。
最初は自分ではないと否定していましたが、問題が大きくなったために名乗り出たわけで、お粗末極まりない話です。
 
鈴木章浩都議は2012年に尖閣諸島の魚釣島に上陸したことがあるということで、典型的な右翼政治家と思われます。
そして、右翼政治家と性差別は切っても切り離せません。
 
たとえば田母神俊雄氏は、201210月に沖縄で米兵による集団強姦事件が起きたとき、ツイッターで「朝の4時ごろに街中をうろうろしている女性や女子高生は何をやっていたのでしょうか」と発言し、被害女性に落ち度があったかのような言い方はセカンドレイプであると批判されました。
 
西村眞悟衆議院議員は、「日本には韓国人の売春婦がうようよいる。大阪の繁華街で韓国人に『おまえ、慰安婦やろ』と言ってやったらいい」と発言し、批判されて日本維新の会を離党しました。
 
橋下徹大阪市長は、「慰安婦制度は必要」「(米軍に対して)もっと風俗を活用してほしい」などと発言し、国際的にも批判されました。
 
石原慎太郎衆議院議員は、「文明がもたらしたもっとも悪しき有害なものはババア」「女性が生殖能力を失っても生きているってのは無駄で罪」などと発言し、日弁連から警告書を出されるなど、広く批判されました。
 
右翼は性差別だけではなく、人種差別も“得意”です。
なぜそうなるかといえば、結局のところ右翼思想は「力の論理」だからです(少なくとも日本の右翼はそうです)
 
たとえば、最近の麻生太郎財務相の失言に「勉強はできない、けんかは弱い、だけど金持ちの子、これが一番いじめられる」というのがあります。
これは集団的自衛権の必要性をいうためのたとえ話です。けんかが強いところを見せておかないといじめられるから、集団的自衛権行使を容認したほうがいいという理屈です。
 
この失言をした前日に、麻生大臣は同じようなことをしゃべっています。その中にこんな表現があります。
 
 
よく、「抑止力」っていう言葉があります。英語で「deterrent」っていうんですけれども。抑止力ってのは簡単に言えば、皆さんがガールフレンドを連れて歩いている時に、街でコレ(頬に傷を入れるような仕草をして)っぽいのに絡まれたらどうするかって話。ヤバいなと思っても一応、(彼女を)後ろに置いてね、庇うくらいの格好をせんと、やっぱり具合悪いよ。「お金もあげます、彼女もあげます、私だけ助けて」なんて言ったらそれで終わり。そこで庇わないかん、というためにはね、力がいるんですよ。間違いなく力がいる。
 
このように「力の論理」を信じている人間というのは、彼女を助けるときも、「一応、庇うくらいの格好をせんと」と、本気ではないようです。
 
そして、「力の論理」を信じている人間というのは、自分の彼女に対しても「力の論理」でふるまうに違いありません。
そうしたふるまいを性差別というわけです。
場合によっては、レイプ犯にもなります。力のある者が力のない者をレイプするのは当たり前のことで、レイプされたくなければ力を持て、というわけです。
 
私は麻生大臣のような考え方をする人間と友だちになることはできないと思います。麻生大臣は自分のほうが力があると思うと、こちらを見下したり利用したりするに違いないからです。
 
「力の論理」である右翼思想は、外国に向いている限りは国内では共感を得るかもしれませんが(浅はかな共感ですが)、国内に向くと差別を生むなど、ろくなことがありません。鈴木章浩都議の言動がそのことを教えてくれます。

冷戦崩壊後、日本の右傾化が進んで、いわゆるオピニオン誌も右翼系のものがほとんどになりました。田原総一朗氏は「朝まで生テレビ」に出る左翼論客が姜尚中さんしかいないと言って嘆いたことがあります。
もちろんそれは日本の左翼の知的怠慢に主な原因があるのですが、優勢になった右翼もこのところ劣化が進んでいます。
私は右翼でも左翼でも中道でもない「上」という政治的立場ですから、右翼と左翼を公平な観点から見ているつもりですが、最近、劣化した右翼が日本をますますだめにしているという思いを強くしています。
 
劣化した右翼のひとつの姿は、「言いっぱなしタカ派」です。タカ派的言説は一般受けするので、ことあるごとにタカ派的言説をまき散らしますが、そのあとのことにはまったく無責任です。
 
現在、悪化した日中関係をどう修復するか(あるいは相手が屈するまで強硬策を貫くか)という問題に直面しているわけですが、このことについてタカ派はまともな意見を言うことができません。
その代表例が石原慎太郎都知事でしょう。もともと尖閣諸島を巡る日中の対立は石原知事が尖閣購入計画を表明したために起きたものですから、ちゃんと責任を取ってほしいものですが、相変わらずの無責任発言を続けています。
 
「追っ払えばいい」領海侵入で石原知事
産経ニュース2012.9.14 16:57  
 尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺で中国の海洋監視船6隻が14日、相次ぎ日本領海を侵犯した問題で、東京都の石原慎太郎知事は同日の定例会見で「人の家にずかずかと土足で踏み込んできた。追っ払えばいい。まさに気がくるっているのではないかと思う」と厳しく批判した。
(後略)
 
石原知事、監視船に「寄らば切るぞと言ったらいい」 デモには「酷い、これはテロ」
産経ニュース2012.9.19 16:23
 東京都の石原慎太郎知事は19日、尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺海域を中国の監視船が多数航行、一部は領海侵入もしたことについて「もっと過剰、過激なことになったら『寄らば切るぞ』と言ったらいい」と述べ、牽制(けんせい)すべきだと指摘した。
(後略)
 
 
「追っ払えばいい」といっても、どうやって追っ払うのでしょうか。それが簡単にできないから困っているわけです。また、「『寄らば切るぞ』と言ったらいい」といっても、それでも寄ってきたらどうするのでしょうか。まさに無責任発言のきわみです。
そもそも、日中関係をこれからどうするかという戦略がまったく見えません。尖閣周辺のことしか考えていないようです。
 
とはいえ、石原知事は一貫してタカ派的発言を続けていて、わかりやすいことはわかりやすいです。
 
では、日本維新の会代表で大阪市長の橋下徹氏はどうでしょうか。橋下氏もやはり一般受けするタカ派発言をこれまでしてきました。この事態についての発言によって政権担当能力があるか否かが見えてくるかもしれません。
 
尖閣「警察常駐させるべきだった」 橋下大阪市長
日本の尖閣諸島国有化をめぐる中国の反日デモについて、新党「日本維新の会」代表に就く橋下徹大阪市長は18日、報道陣に対し「(8月に)香港の活動家が上陸した時から日本の警察を常駐させておけばよかった。最大のチャンスを逃し、(政府の対応は)非常に下手だ」と主張。尖閣の実効支配を強めるべきだとの考えを示した。
 
 橋下氏は「中国は(日本の)実効支配を一度認めると、韓国が実効支配する竹島のようになるのをよく見ている」と指摘。「憲法9条によってお気楽な教育を受け、日本人が(領土について)厳しい認識を持たなかったことが非常に悪い方向に来ている」とし、「日本が覚悟を持って(領土を)守っていけるのかを国民に問いたい」とも語った。
朝日新聞デジタル20129182024
 
今、日中關係がもめているときに憲法9条を持ち出すのがいかにも日本の右翼らしいです。9条批判さえすれば格好がつくと思っているのでしょう。
あと、警察を常駐させておけばよかったと言っていますが、自衛隊を常駐させろと言わないところはまともです。ただ、日中間にはトウ小平時代に「尖閣棚上げ論」の合意が成立したとされており、警察を常駐させるというのは合意に違反するということで中国が怒るはずです(今回中国が怒っているのも尖閣の国有化が合意に違反しているからということのようです。また、日本政府が船だまりなどをつくらない方針なのも同じ理由からです)
ただ、この記事はわかりにくいですが、別の記事を読むと橋下氏の言わんとするところがよくわかるので、そちらも引用します。
 
橋下市長、尖閣諸島に「警官、常駐させろ!」
 大阪市の橋下徹市長(43)は18日、大阪市役所で報道陣の取材に応じ、尖閣諸島で香港の活動家が上陸した際の政府の対応について「最大のチャンスを逃した。あのまま警察官を常駐させればいいじゃないか」と苦言を呈した。
 
 8月15日に香港の活動家が上陸した際、島で待機した警察官や海上保安官らが現行犯逮捕した。橋下氏は「(活動家を)わざと上陸させたんだと思った。ホント、情けない。日本の警察が上陸したんですから、なんでそれを持って事実の積み重ねをしないのか」と批判した。
 
 外交安全保障は現状維持が大原則という持論を前置きした上で「現状維持の範囲内でいかに事実を積み重ねていくかが大事。相反することだが最大の腕の見せどころ」と、警察官を常駐させた上で居住のテントやトイレ、船着き場建設など“実効支配”を徐々に強化していく方策を説明した。
 
 一方、今後取るべき対応について説明を求められると、橋下氏は「言ってしまったら、相手に手の内をさらしてしまうことになる。国政政党(日本維新の会)を率いる立場になって、なんでもかんでもしゃべる立場じゃない」と口をつぐんだ。
20129190603  スポーツ報知)
 
つまり「現状維持」と見せかけながらテントやトイレなどを設置して「実効支配」を強化していけというわけで、なるほどこのやり方なら中国も怒るタイミングがむずかしいことになります。ただ、うまくいくとは限りません。巧妙なやり方というよりは姑息なやり方というべきでしょうか。
 
ただ、これはもう終わった話ですから、今言っても意味はありません。
これから日本はどうするべきかについては、本人も「しゃべる立場じゃない」と言っているように、なにも語っていません。
なにも語っていないのに、9条批判や政府批判や実効支配強化のアイデアを言うなどして、それなりのことを語ったかのように思わせるのはさすがです。
 
ともかく、石原知事にしても橋下氏にしても、今後日本政府はどうするべきかについてまともなことは語っていません。
つまり、現実の行動についての策がないので「言いっぱなしタカ派」だというわけです。
 
もっとも、これは日本特有のことかもしれません。アメリカやイスラエルのタカ派が言うことは、現実の行動に直結しています。つまりいつでも戦争をするということを踏まえているのです(ですから、本物のタカ派は勇ましいだけのことは言いません)
 
では、中国はどうかというと、中国はこれまでインドと何度も国境紛争で武力衝突をしていますし、ベトナムとの間でもやっています。領土問題は武力衝突に直結するということがわかっていますし、それだけの覚悟はあるはずです。
また、中国は二次大戦後、戦争経験のない日本と違って朝鮮戦争と中越戦争を経験しています。しかも、そのときの戦い方は人海戦術です。
また、中国は死刑大国で年間数千人の死刑執行が行われているといわれますが、日本での死刑執行数は毎年ヒトケタです。
 
日本が中国と同じ土俵に上るのは愚かなことです。「言いっぱなしタカ派」に乗せられるとそんなことになりかねません。

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