村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

カテゴリ: 対米従属ニッポン

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アメリカが主催した「民主主義サミット」が12月9日、10日に、111の国と地域が参加してオンライン形式で行われました。

「民主主義サミット」と名乗るぐらいですから、その運営も民主的なものかというと、そうではありません。
参加国はアメリカが一方的に決めて、議長国もアメリカです。来年第2回が対面式で行われる予定ですが、それもやはりアメリカ主催です。
G7のサミットの場合は、議長国は持ち回りで、参加国は対等で、会議もたいてい円卓方式で行われますから、それと比べると、民主主義サミットはアメリカによる専制的運営ということができます。

民主主義は国内政治だけでなく国際政治にも適用されるものです。
アメリカが民主主義を世界に広めていきたいなら、民主主義サミットの運営も民主的にして、手本を示すべきでした。

国連の運営も同じです。常任理事国の五大国に拒否権があるというのはまったく民主的でないので、アメリカはまずここを改革するべきです。

もちろんアメリカにそんな気持ちはありません。民主主義サミットを開催したのは、一党独裁の中国に対して優位に立つためには民主主義を持ち出すのがいいと判断したからで、すべては米中覇権争いのためです。

そもそもアメリカの民主主義はそれほどのものではありません。
アメリカで黒人の選挙権が認められたのは1965年ですから、アメリカは先進民主主義国の中でもっとも普通選挙の実施が遅かった国です。最近も保守的な州で、黒人の投票を制限するために身分証明の方法を厳格化する法律が制定されたりしています。さらに、トランプ前大統領は大統領選の結果を認めないと主張しています。日本人がアメリカを民主主義国の手本のように思っているのは愚かなことです。


バイデン大統領は民主主義サミットの開会あいさつにおいて、「みずからの民主主義を強化するとともに、専制主義を押し返す」と述べて、世界を民主主義国と専制主義国に二分する考えを示しました。
これは一神教由来の善悪二元論の考え方でしょう。
民主主義というのは、それぞれ意見は違っても、根底はみな同じ人間だという考えです。善悪二元論とは相容れません。

アメリカは、専制主義国を次々と民主化していくことで民主主義国陣営が勝利するというシナリオを目指しているのでしょうが、これではその国に外国が民主主義を押しつけることになります。
どんな国民でも外国の押しつけは嫌うので、これはうまくいきません。

うまくいかないだけでなく、マイナスになる可能性もあります。
専制主義国で民主化運動をしている人たちが「アメリカの手先」という汚名を着せられてしまうからです。

第一次世界大戦ごろまで、各国の社会主義政党は社会主義インターナショナルという国際組織をつくっていましたが、ソ連が成立してからいわゆるコミンテルンが組織され、ソ連が社会主義運動を指導するようになると、やはり社会主義者は「ソ連の手先」とされて、かえって反共主義が勢いを増す結果となりました。
民主主義サミットはコミンテルンもどきです。



では、専制主義国をどうして民主化すればいいかというと、それはその国民に任せるしかありません。
その国の民主化運動を外から支援する場合は、民間団体か国際機関によるべきです。国家がやると内政干渉になります。

「草の根」という言葉がありますが、民主化は草の根運動によってなされるものです。大地から出た小さな芽がだんだんと育っていくようなもので、かなりの時間がかかります。

イギリスで選挙制度が始まったのは15世紀ですが、そのときは地主階級だけが参加するものでした。やがて産業資本家、労働者階級へと広げられて、普通選挙が実現したのは1918年でした。
日本で大日本帝国憲法のもとで初めて選挙が行われたのは1890年で、参加できたのは全国民の1%の高額納税者だけでした。その後、少しずつ選挙権が拡大され、男子普通選挙が実現したのは1925年です。
2011年にイスラム圏で「アラブの春」と呼ばれる広範な民主化運動が起きましたが、民主化が成功したのはチュニジアだけだとされます。ほかの国では内戦が起きて混乱したり、強権的な政権が復活したりしています。

アメリカはアフガニスタンに“民主的”な政府を押しつけましたが、20年たって失敗に終わりました。


そもそも民主主義を理想の政治体制と見なすのはヨーロッパの考え方です。ヨーロッパでは古代ギリシャ・ローマ文明のものをなんでも理想としますが、古代ギリシャ・ローマでは民主制が行われていたということからです。
日本人は割とすんなりとヨーロッパ由来の考え方を受け入れましたが、中国人は中国文明に自信を持っているので、民主主義を理想とは思っていないでしょう(おそらく孔子の「仁」の政治を理想としているのではないかと思います)。
イスラム圏の人も民主主義を理想とは思わないので、なかなか民主化が進みません。

もちろん民主主義には価値があります。
「権力は腐敗する」というのは絶対的な法則です。腐敗を防いだり、腐敗に対処したりするには、民主主義がいちばんいい方法です。
それから、専制政治で失政があると、国民は為政者を恨むだけですが、民主政治で失政があると、国民は少しは反省して向上します。
ただし、国民が向上するにはかなりの時間がかかります。おそらく一世代、二世代というスパンです。
民主主義だからよい政治が行われるなどと期待してはいけません。うまくいって民衆と同じレベルの政治です。


アメリカは、中国が経済的に発展すればいずれ民主化するだろうと見て、中国の経済発展を許容していたとされます。しかし、いっこうに民主化しないので、今では中国にきびしく対処するようになったということです。
しかし、これはアメリカをよく見せる表現です。実際のところは、中国の経済成長はアメリカの利益になったので許容していたが、中国がアメリカと肩を並べそうになってきたので許せなくなったということです。

もし中国の民主化を期待するなら気長に待つしかありません。

世界の頂点であり続けたいというアメリカの覇権主義は、幼稚な考えですが、それ自体に害はありません。しかし、覇権のために民主主義や人権を持ち出すので害が生じます。

人権についても民主主義と同じことが言えます。
アメリカが中国に人権問題で圧力をかけると、中国国内の人権活動家が「アメリカの手先」とされてしまいます。
人権問題は国際機関が前面に出て対処するべきです。


アメリカにおいては善悪二元論の発想はとうそう根深いようです。
二大政党制もそうですし、東西冷戦もそうです。
東西冷戦が終わると、イスラム圏対西側世界という分断政策になり、イラクとアフガンで失敗すると、今度は民主主義対専制主義という分断政策になりました。
国内でも保守とリベラルによる分断がますます深刻化しています。

日本としては、アメリカに加担するのも中国に加担するのも愚かです。
米中覇権争いを高みの見物するしかありません。

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護衛艦いずも

このところ「失われた30年」ということがよく言われます。
日本はこの30年間ずっと経済的に停滞して、個人所得では韓国に抜かれ、今や後進国なのではないかという認識が広がっているようです。
しかし、そこから抜け出す方法が示されません。
それを考えるのは政治の役割ですが、マスコミが政治の足を引っ張っている面もあります。

たとえば、このところ東京のワイドショーは木下富美子都議の問題を毎日のように取り上げています。
木下都議は選挙期間中に無免許運転で衝突事故を起こし、また、2018年から2021年にかけて5回も免許停止になっていたというおかしな“運転癖”のある人です。都民ファーストの会から除名され、都議会から2度の辞職勧告決議を受けても居座って、こんな議員にボーナスまで出るのはおかしいという声が高まり、とうとう11月22日に記者会見し、議員辞職を表明しました。
しかし、これはあくまで個人の問題です。なんの思想的背景もありません。
それに、これは東京都の問題です。ワイドショーを見ている神奈川県民とか埼玉県民はしらけているのではないでしょうか。いや、ワイドショーは関東以外にも放送されているはずです。
東京のマスコミの傲慢さを感じます。

ともかく、マスコミは小さな問題で大騒ぎしています。

小さな問題といえば、国会の文通費の支給を日割りにするという問題も同じです。
日割りにしたからといって、日本の政治がよくなるわけではありません。国会議員の取り分が少しへるだけです。

マスコミがこうしたどうでもいい問題で騒ぐのは、それをやっている限り無難だからです。
文通費の日割りよりももっと大きな金額の問題を追及すると、既得権益者から反撃される可能性があります。


岸田文雄首相は11月13日、拉致問題の国民大集会に出席し、「拉致問題は岸田内閣の最重要課題です。わたしの手で、必ず拉致問題を解決しなければならないと強く考えている」と語りました。
まったく空疎な言葉です。こんな言葉が通用するなら、政治家も楽なものです。

拉致問題は一種の“聖域”になっていて、マスコミはなにがあっても批判しません。

批判されないのをいいことに、政府はこんなことをしていたのでした。
めぐみさん拉致現場で若年層の啓発強化 松野長官
横田めぐみさん(57)=拉致当時(13)=が昭和52年11月15日、新潟市で北朝鮮に拉致されて44年となるのを前にした14日、問題解決を誓う集会が同市で行われ、拉致問題担当相の松野博一官房長官が出席した。拉致現場を訪れた松野氏は「強い憤りを感じた」と述べ、若年層への啓発活動を強化する考えを強調した。
(中略)
政府の拉致対策本部はここ数年、各地での集会や家族らの講演、中高生を対象にした作文コンクールなどを通し啓発を進めている。平成30年には拉致問題担当相と文部科学相の連名で、啓発アニメ「めぐみ」を学校教育で活用するよう教育委員会などに要請。教職員向けの研修や、教職課程を履修する大学生を対象にした拉致現場の視察なども行っている。

ただ、「めぐみ」をめぐっては、令和元年の産経新聞の調査で、都道府県や政令市の約半数が各地域内の公立小中高校での上映状況を把握していないなど十分に浸透していない実態が浮かんだ。問題解決に取り組む自民ベテランは「被害者の帰国など、象徴的な出来事を目の当たりにしていない世代が増えた。国家主権の重大事としてしっかりと継承すべきだ」と訴える。
(後略)
https://www.sankei.com/article/20211115-6JB6GG6SKJO4PBT7RIXFPLEVWM/

政府は拉致問題の「解決」ではなく「利用」に力を入れているのでした。
若者に拉致問題を啓発して、なんの意味があるのでしょうか。
要するに反共プロパガンダに利用しているのです。
拉致被害者家族がこうした政府のやり方をどう思っているのか知りたいところですが、マスコミが報じることはありません。

反共プロパガンダというと、私は北方領土返還運動を思い出します。
昔、左翼が沖縄返還運動をやっていたので、対抗するために政府は北方領土返還運動を始めたのですが、最後まで官製運動のままで、盛り上がりませんでした。しかも、二島返還は当たり前なので、ソ連が飲みそうもない四島返還要求をしたために、結果的に二島返還もほとんど不可能になりました。領土問題を政治利用した報いです。

マスコミが批判しないのは拉致問題だけではありません。最近は外交安保問題全般について批判しないので、外交安保も大きな聖域になっています。


小泉政権は「聖域なき構造改革」を掲げました。
高齢化社会に伴い社会保障費が増大するので、それ以外の歳出の削減は必至でした。
そのひとつとして公共事業費の見直しが行われ、公共事業費は1998年をピークに下がり続け、現在は約半分になっています。

防衛費も小泉政権時代から民主党政権にかけて減少を続けましたが、第二次安倍政権になってから増加に転じました。

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https://www.nippon.com/ja/features/h00196/

このグラフは下が切れているので、見た目ほど防衛費が増えているわけではありません。GDP1%以内に収まっています。

その結果、現在の国の歳出はこうなっています。

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国税庁ホームページより

公共事業費と文教科学振興費と防衛費がだいたい同じくらいです。

公共事業でインフラを整備すれば、それによって生活が便利になったり経済活動が活発化したりしますし、文教科学振興費が国の発展につながるのはいうまでもありません。
しかし、防衛費で戦車や戦闘機をつくっても、国民生活にはなんのプラスもなく、戦車や戦闘機は最終的にスクラップになるだけです。つまり公共事業で車の通らない道路や利用者のいないハコモノをつくるのと同じです。

日本が「失われた30年」から脱して経済成長しようとすれば、防衛費をたとえば半減させて、それを文教科学振興費に回すことです。
文教科学振興費が5割増しになれば目に見える効果が出てくるはずです。
これがすぐにできて確実に効果のある方法です(防衛費の半減には何年かかかりますが)。


防衛費を半減させて日本の防衛は大丈夫かということになりますが、安保条約があって、日本に米軍が駐留していれば大丈夫です。どこかの国が日本を攻撃することは、アメリカと戦争するのと同じだからです。

もともと日本は、安保条約があるので軽武装でよかったから高度経済成長ができたと言われてきました(軽武装といわず、沿岸警備隊程度の武力でいいはずです)。
その日本がどんどん防衛費を増やして、今では軍事費の額で世界第9位となったのは、アメリカに要求されたからです。
アメリカが自衛隊を増強するよう要求したのは、日本防衛のためではなく、なにかのときに自衛隊を米軍に協力させるためであり、日本に兵器を買わせるためです。

日本がアメリカの要求を拒否すると、「だったらもう日本を守ってやらない」と言われるので、拒否するわけにいきません。
憲法九条や世論などを盾にしてアメリカの要求を値切ってきたというのがこれまでの歴史です。


日本が防衛費を半減させると、当然イージスアショアやその他の兵器も買わないことになり、アメリカが認めるはずがありません。
日本は安保条約を廃棄する覚悟がないと防衛費を削減できません。

安保条約を廃棄して日本の防衛は大丈夫かというと、ぜんぜん大丈夫です。

「戦争のない時代がきている」にも書きましたが、今では国家間の戦争はほとんどなくなりました。あるのは内戦とテロですが、その死者数も減少の一途をたどっています。
とくにアメリカがやったアフガン戦争とイラク戦争を見ると、戦争は損失ばかりでなんの利益も生まないということが誰の目にも明らかになりました。

明治時代には日本が植民地化されるのは現実の脅威でしたから、必死で富国強兵をしなければなりませんでしたが、戦後は植民地化されるおそれはなく、島国の日本を防衛するのは容易です。


ところが、自民党は先の衆院選において、防衛費の半減どころではなく、「GDP比2%以上も念頭に増額を目指す」という公約を掲げました。
現在の2倍以上ですから、冗談としか思えない数字です。
しかし、マスコミはまったく批判しません。防衛費は聖域だからです。

さらに、自民党の高市早苗政調会長は「敵基地を一刻も早く無力化した方が勝ちだ。使えるツールは電磁波や衛星ということになる」と言って、存在しない電磁波兵器に言及し、さらに、敵のミサイルに対して「サイバー攻撃を仕掛けて無力化する」とも言いました。
高市氏は軍事に無知ではないかとバカにされましたが、実はこれには裏がありました。

前駐日米大使のウィリアム・ハガティ上院議員は朝日新聞の取材に対して、「米国はGDP比で3・5%以上を国防費にあて、日本や欧州に米軍を駐留させている。同盟国が防衛予算のGDP比2%増額さえ困難だとすれば、子どもたちの世代に説明がつかない」と言って、日本の防衛予算のGDP比2%への引き上げを早期に実現するように求めました。
また、次期駐日大使に指名されたラーム・エマニュエル氏は上院外交委員会の公聴会において、自民党が衆院選公約で「防衛費はGDP比2%以上も念頭に増額を目指す」と書いたことについて、「それが日本の安全保障や我々の同盟に不可欠だ」と述べました。
つまり前駐日大使も次期駐日大使も、防衛費GDP比2%以上を要求しているのです。

自民党の選挙公約はそれを受けたものだったのです。
しかし、GDP比2%以上はとうてい不可能な数字なので、高市政調会長は電磁兵器の研究開発やサイバー攻撃の研究にお金を使おうと考えたのでしょう。

アメリカの財政赤字は対GDP比1.27倍ですが、日本の財政赤字は対GDP比2.56倍と、ほぼ2倍です。
財政赤字が深刻な日本に対して、そう深刻でないアメリカが防衛費増額を要求するとは、パートナーシップに欠けた態度です。
そして、その要求に従う自民党は、売国政党というしかありません。

「失われた30年」のほんとうの原因は、自民党という売国政党にあるのかもしれません。


ともあれ、防衛費を大幅に削減し、文教科学振興費を大幅に増額するというのは、日本復活のための確実な方法です。

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9.11テロから20年がたち、アフガニスタン戦争が終結したこともあって、現在さまざまな論考が行われていますが、あまりにも見方が偏っています。

たとえばタリバン政権が成立したアフガン情勢の報道は、女性キャスターが追放されたとか、デモ隊にタリバン兵が発砲して死者が出たとか、暫定政権の主要閣僚はタリバンの男性ばかりで「包括的」でなく、米政府がテロリスト認定して指名手配した人間も含まれているとか、女子教育が制限されるのではないかとか、否定的なことばかりです。

実際は、肯定的なこともあるはずです。
なによりも内戦が終わり平和になりました(反タリバン武装勢力は北東部パンジシール州で最後の抵抗をしていましたが、ほぼ制圧された模様です)。
自爆テロに巻き込まれたり、米空軍の誤爆にあったりという心配がなくなったことは、アフガン国民にとって大きなプラスです。すべてのマイナスを打ち消して余りあるのではないでしょうか。
また、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は8月27日、2021年末までに最大50万人が難民として国を離れる可能性があると発表しましたが、今のところ難民の流出はとくになさそうです。


どうしてマスコミはタリバン政権に否定的なのでしょうか。

私は第一次タリバン政権が成立したころのことをよく覚えています。
アフガン情勢など新聞の国際面にもめったに出ませんが、タリバンという「謎の勢力」が現れ、急速に勢力を伸ばしているという小さな記事が目につきました。
当時、アフガンは1989年にソ連軍が撤退してから各地に軍閥が群雄割拠する内戦状態にありました。1994年ごろからタリバンが現れ、たちまち支配地域を広げ、1996年にカブールを占領して政権を樹立したのです。
タリバンはパキスタンの支援を受けているという説もありました。「タリバン」というのは「神学生」という意味で、戒律を厳格に守り、腐敗したほかの勢力とは一線を画していて、それが民衆の支持を得たといわれていました。
私自身は、日本の戦国時代に織田信長が現れて天下統一したみたいなものかと思っていました。
タリバンは原理主義的で、過激でしたが、戦乱の中ではいちばん過激なものが勝ち抜けるものです(織田信長もそうです)。

ともかく、タリバンが天下統一し、まだ地方には軍閥が残っていましたが、1979年にソ連軍が侵攻してから20年ほど続いた内戦がようやく終結し、アフガンに平和が訪れました。

タリバン政権はイスラム原理主義とされ、国際社会から警戒されました。
バーミヤンの石仏を破壊したときは世界的に非難されましたが、そのときタリバン政権の広報官が「アフガン人がいくら死んでもなんの関心も示さなかった国際社会が、石仏が壊れただけで大騒ぎするのには驚いた」という意味の発言をしたのは、なかなか辛辣な指摘で、記憶に残っています。

タリバン政権が過激なのは内戦が20年も続いたからで、しばらく平和が続けば、だんだんと穏健になっていくだろうと私は思っていました。


ところが、アメリカが2001年にアフガンに侵攻し、平和は破壊されました。
9.11テロの首謀者とされたオサマ・ビンラディンをタリバン政権がかくまったというのが侵攻の理由ですが、そこからまたもや20年も内戦が続いたわけです。

アメリカはタリバン政権を倒して、新たな政権をつくりましたが、これは明らかな「武力による現状変更」ですから、タリバン政権のほうに正統性があります。
アメリカは「民主的」な政権をつくったと言いますが、選挙からタリバンは排除されていましたから、「民主的」とはいえないでしょう。
米軍撤退とほとんど同時にタリバン政権が復活したのは、国民もタリバンを支持していたからです。


タリバンは女性の権利を認めないので、アメリカがタリバン政権を倒したのは正しいし、撤退もするべきでなかったという意見があります。
女性の権利はたいせつですが、権利意識は国によって違うものです。

ヤフーニュースの『「タリバンは残虐なテロリスト」って本当? 現場を知るNGOスタッフの答え』という記事から一部を引用します。

長谷部:まずは、私の体験からお話しますね。2005~2012年に私が支援活動をしていたのは、カブールから東に約150km離れた、ジャララバードを中心とする「ナンガルハル州」というところでした。そこでは、その当時でも成人の女性がひとりで街や村の外を歩くということはなく、家族とともに外出している女性はブルカを着用していました。
 家に招かれた客人は、「ゲストルーム」という離れの一室ですごすことになっていて、家の女性とは一切会うことはありません。例外は長老の許可があったときだけ。そのときだけ、地域の女性と会うことができました。

西牟田:アメリカが統治していた時代でも、地方はそんな感じだったのですね。タリバンが統治していた1998年、私がジャララバードへ行ったときと大差がない。一方、カブールは違っていそうですね。私が行ったときは、地元の女性は全員がブルカを着けていました。仕事が一切できないからか、バスターミナルにブルカ姿の物乞いがかなりいました。

長谷部:私がいたころはカブールに出ると、頭にヘジャブを巻いて顔を出して独りで歩いている女性がたまにいたりして。カブールのような都会と私が活動していた田舎ではずいぶん違うので、めまいがしそうなくらいでした。

西牟田:カブールでアメリカナイズされた人たちや外国人と、それ以外の地方の人とでは文化がまったく違うし、捉え方も違うのですね。

「女性の権利」というような価値観は、外国が力で押しつけるものではありません。
日本も、男尊女卑の自民党が政権の座にありますが、日本国民が解決するべき問題です。

民主主義についても同じです。
アフガンは、一部の都市を除いてほとんどは部族社会です。
「部族社会における民主主義」というのは想像できません。長老の意見に従うのが当然と思っている人たちに一人一票の投票権を与えても意味がなく、長老会議で物事を決めたほうが効率的です。

人権や民主主義が価値あるものなら、いずれ人々はそのことに気づくはずで、力で強要するのは間違いです。


アメリカの愚かな間違いがもたらした結果は重大です。
人的被害だけに関しても、ウィキペディアの「アフガニスタン紛争 (2001年-)」にはこう書かれています。

ブラウン大学の「コスト・オブ・ウォー」プロジェクトによると、2021年4月時点で、アフガニスタンでの死者は17万1,000〜17万4,000人、アフガン民間人が4万7,245人、アフガン軍・警察が6万6,000〜6万9,000人、反対派の戦闘員が少なくとも5万1,000人となっている。


アメリカ側の人的被害はというと、8月19日時点で、米軍の死者数は2452人、イギリス、カナダ、ドイツなどNATO加盟国の死者を含めると3596人になります。
9.11テロの死者数は2977人です。


現在、アフガン戦争と対テロ戦争についての反省点がいろいろ議論されていますが、どれもアメリカ側に立ったものです。
たとえば、9.11テロ後のアフガン戦争とイラク戦争などでの米軍の戦死者は7000人超ですが、自殺者は3万人超になるということで、帰還兵の傷ついた心理に焦点を当てたルポルタージュがいくつも目につきます。これらは戦争の悲惨さを伝えているようです。
しかし、17万人超のアフガン人の死者は無視されています。

マスコミは、アフガン人に17万人超の死者が出たということすらまず報道しません。
米兵の死者数や9.11テロの死者数は報道します。
アフガン人とアメリカ人の命に軽重をつけているのです。
米空軍が民間人の誤爆を繰り返したのも、アフガン人の命を軽く見ているからです。
おそらくはイスラム教徒への差別と人種差別によるものです。

アメリカの侵攻と占領のせいで、アフガンは17万人超の死者を出しただけでなく、国土が荒廃し、経済が停滞しました。
私が思うに、アフガン政府はアメリカ政府に対して損害賠償を請求していいはずです。
トランプ前大統領は、新型コロナウイルスを流出させたとして中国政府に多額の賠償金を求めると息巻いていましたが、ウイルスは自然界のもので、アメリカのアフガン侵攻は意図的行為ですから、こちらのほうが罪が大きいのは明らかです。
実際はアメリカが賠償金を払うことはないでしょうが、アメリカの「戦争責任」を追及する議論は行われるべきです。

それから、戦争が終われば「戦後復興」ということになり、国際社会はアフガンの戦後復興に手を差し伸べなければなりません。
ところが、そういう議論がまったく起きていません。
タリバン政権にけちばかりつけているのは、戦後復興に金を出したくないからでしょうか。


世の中にはさまざまな価値観があって、それが偏見を生みます。
偏見を脱するために、間違った価値観と格闘するのはなかなかたいへんです。
それよりも簡単な手があります。
それは、死者の数(命の数)を数えることです。
死者の数の多いほうが悲惨な目にあっていて、おそらくそこに差別すなわち偏見があります。

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アフガニスタンから米軍が撤退し、タリバン政権が復活する過程を見ていると、報道があまりにもアメリカ寄りなのにあきれます。

報道や論評の中で「民族自決(権)」という言葉を見たことがありません。
2001年に米軍がアフガンに侵攻し、タリバン政権を崩壊させ、カルザイ政権を成立させたのは、明白な民族自決権の侵害です。
したがって、米軍撤退とともにタリバン政権が復活したのは、本来の姿に戻ったことになります。
アメリカが20年にわたって多額の戦費を使い、約2500人の人的損害を出しながら、なにひとつ得るものがなかったのも、民族自決権を侵害した当然の報いです。

もっとも、アメリカがアフガンに侵攻したのは、9.11テロで痛手をこうむって、なにかの報復をしないではいられないという国民感情があるところに、タリバン政権が9.11テロの首謀者とされたオサマ・ビンラディンをかくまったので、タリバン政権が格好の標的になったからです。

世界もテロ被害にあったアメリカに同情していたので、民族自決権の侵害には目をつむったところがあります。
しかし、民族自決権の尊重は国際社会の大原則です。
大原則を破ったため、アメリカ人もアフガニスタン人も大損害をこうむりました。


それから、宗教に関する報道がほぼ皆無なのにも驚きます。
そもそもこれはキリスト教国であるアメリカがイスラム教国であるアフガニスタンを侵略し、支配したという出来事です。
2001年から2014年までアメリカとともにアフガンに駐留した国際治安支援部隊には43か国が参加しましたが、そのうちイスラム教国と見なせるのはトルコとアラブ首長国連邦だけです。
キリスト教とイスラム教の対立は根深いにもかかわらず、宗教対立という観点からの報道や論評を見たことがありません。

アメリカがアフガンに侵攻したとき、十字軍的意識がなかったとはいえないでしょう。
侵攻後、ビンラディンの捜索をまともにやろうとしなかったのは、ビンラディン逮捕は単なる侵攻の名目だったからではないでしょうか(ビンラディンは2011年に米軍特殊部隊が殺害)。
アメリカが2003年にイラクに侵攻したときも、イラクが大量破壊兵器を所有し、アルカイダと連携しているという理由がつけられましたが、どちらもアメリカのでっち上げでした。

つまりアフガン戦争もイラク戦争も、アメリカの侵攻の理由はいい加減です。
ということは、アメリカの侵攻の真の理由は、キリスト教国であるアメリカがイスラム教国を打ち負かし、支配するという十字軍意識によるものではないかということになります。
ただ、これについてはアメリカ人自身も半ば無意識かもしれません。
しかし、アフガン人やイラク人は意識しています。そのためにアフガン統治もイラク統治もうまくいきません。
米軍撤退とともに、あっという間にアフガン政府が崩壊したのも当然です。

しかし、ほとんどのマスメディアは、こうした宗教問題も民族自決権のことも取り上げないので、なぜアフガン政府があっという間に崩壊したのかさっぱりわかりません。


「かいらい政権」という言葉もメディアは使いません。
アメリカに忖度しすぎでしょう。

現在、アフガンから海外逃亡を目指す人が空港に押し寄せて混乱が起きていますが、今のところ混乱は限定的です(南ベトナム政権が崩壊したときはインドシナ三国から144万人の難民が出たとされ、一部はボートピープルになりました)。
かいらい政権が倒れるときはいつも起こることであり、フランスがナチスドイツから解放されたときはナチス協力者がひどい迫害を受けました。


新たなタリバン政権は、女子教育を認めないのではないかと懸念されています。
しかし、多くのイスラム教国ではイスラム法を理由に性差別政策を行っています。
サウジアラビアでは、女性は外出時はアバヤという顔をおおう服を義務づけられ、就労もきわめて制限され、自動車の運転はやっと最近認められてニュースになりました。それに、国王がすべてを支配する絶対君主制の国です。
しかし、サウジアラビアは親米国なので、こうしたことはあまり問題にされず、タリバン政権のことばかり問題にされます。

今後、タリバン政権が女子教育や女性就労の禁止などを行うとすれば、大いに問題ですが、これはアフガン国民が解決するべき問題です。外国が武力でなんとかする問題ではありません(タリバンが過激なイスラム原理主義になったのにもそれなりの理由があり、時間をかければ解決可能です)。



アメリカではアフガン政権崩壊を見て、米軍撤退が性急すぎたのではないかとバイデン政権への批判が起きています。
しかし、これは米軍撤退が早いか遅いかの問題ではなく、米軍が撤退するとすぐに崩壊するような政権しかつくれなかったという問題ですから、バイデン政権を批判しても始まりません。
アメリカ人自身もなにもわかっていないようです。

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アメリカ大統領選挙を通してわかったのは、日本に盲目的なトランプ信者がかなりいるということです。
彼らはいまだに「民主党が選挙を盗んだ」というトランプ大統領の吹聴する陰謀論を信じていたりします。
こんなにトランプ信者がいるのは、アメリカ以外では日本ぐらいではないでしょうか。

日本のトランプ信者のほとんどが保守派、右翼、ネトウヨです。
彼らは一応愛国者を自認しているので、それに合わせてトランプ支持の理由づけをしています。
それは、「トランプは中国にきびしいから」というものです(「バイデンは中国の手先だ」という陰謀論も信じていそうです)。

トランプ氏でもバイデン氏でも対中国政策にそれほど変わりはないだろうというのが一般的な見方ですが、とりあえず今は、おそらく新型コロナウイルスによる被害を中国に責任転嫁するために、トランプ政権が中国にきびしく当たっているのは事実です。


反中国の感情は、ネトウヨに限らず日本人に広く蔓延しています。
11月17日に発表されたNPO法人「言論NPO」などによる日中共同の世論調査によると、中国への印象が「良くない」「どちらかといえば良くない」とした日本人は89・7%で前年比5ポイント増だったということです。
習近平政権は独裁色を強め、香港の民主化運動を弾圧しているので、それが反映されたのでしょう。

しかし、今では日本にとって中国は最大の貿易相手国です。
日中関係をこじれさせるわけにいきません。
ほとんどの日本人はそのことがわかっていますし、自民党政権も同じです。

しかし、わかろうとしない人もいます。
かつて日本の経済力が中国を上回っていたころ、中国を見下していた人たちです。
中国経済が次第に日本に追いついてきても、「中国経済はもうすぐ大崩壊する」などという本や雑誌記事を読んで信じていました。

しかし、中国のGDPが2010年に日本を超え、その差が年々拡大してくると、「中国経済は崩壊する」という説は見なくなりました。
また、「南京虐殺はなかった」というのは、「従軍慰安婦の強制連行はなかった」というのと並んでネトウヨの主張の定番でしたが、最近「南京虐殺はなかった」という主張はとんと見なくなりました。

今では中国のGDPは日本の3倍近くになっています。
ネトウヨも反中国の旗をおろさざるをえなくなって、もっぱら慰安婦像問題や徴用工問題などで反韓国の旗を振るしかないというときに、トランプ大統領が強硬な反中国政策を取り始めたのです。
ネトウヨは大喜びしたでしょう。
アメリカが中国をやっつけてくれて、日本もアメリカの威を借りる形で中国に強く出られそうだからです。

そうしてネトウヨはトランプ信者になったというわけです。


もともと多くの日本人は、強いアメリカに媚び、弱い中国や韓国や北朝鮮に威張るという精神構造をしていました。
この精神構造は、半島と大陸を植民地化したことからきていますが、若い人の場合、学校でのいじめとも関係しているかもしれません。
クラスで強い者が弱い者をいじめるという現実の中で育ってきて、国際社会も同じようなものだと思っているのではないでしょうか。

しかし、アメリカの覇権はいつまでも続くとは限りません。将来は覇権が中国に移るということは十分に考えられます。
日本がアメリカの威を借りて中国に対処していると、そのときみっともないことになります。

アメリカであれ中国であれ、覇権主義に反対するというのが日本外交の基本でなけれはなりません。

覇権主義に代わるものは「法の支配」です。
日本は人権、平和、法の支配といった価値観で世界から信頼される国になるしかありません。

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アメリカ大統領選挙はトランプ大統領対ジョー・バイデン元副大統領の対決となりました。

バイデン候補は、無難ですが、これという魅力がありません。
一方、トランプ大統領は、よくも悪くも人を引きつけます。

トランプ大統領の強みは、なんといっても人を攻撃する言語能力がずば抜けていることです。この点で対抗できる人は誰もいません。

そして、自分自身が人から攻撃されても平気です。カエルの面にションベン状態です。
2月、3月ごろ、トランプ大統領は「暖かくなればウイルスは奇跡のように消えてなくなる」とか「4月になればウイルスはなくなると思う」などと言っていました。そのことは当然批判されましたが、トランプ大統領は平気です。7月になっても「ウイルスは消える。最後に正しいのは私だ」と言っています。

人を攻撃する力は強くて、人から攻撃されても平気――これは戦う上では最強です。
トランプ大統領はこの能力でライバル候補を全部なぎ倒して大統領になったのです。

ですから、現時点の世論調査ではバイデン候補がトランプ大統領をリードしていますが、これから選挙運動が本格化していくと、トランプ大統領が巻き返すということが十分にありえます。


トランプ大統領を一言でいえば、「ウルトラ利己主義者」です。
ひたすら自分の利益を追求し、(不正な手段も含めて)それを実現してきました。
普通の人は利己主義者とはつきあいませんが、トランプ大統領が利益を得ると、その周辺にいる人間も利益を得ることができるので、寄ってくる人間もいます。


トランプ大統領のスローガンは「アメリカ・ファースト」です。
これは「アメリカ利己主義宣言」みたいなものです。

トランプ大統領は「公正」とか「公平」とか「対等」とか「平等」とかいう言葉を言ったことがありません(どこかで言っているのでしょうが、私は聞いたことがない)。

トランプ大統領がいつも言うのは、中国や日本やメキシコに「アメリカは食い物にされてきた」ということです。
「今度はアメリカが食い物にする番だ」とは言いませんが、心の中ではそう思っているに違いありません。
ウルトラ利己主義者の辞書に「平等互恵」とか「共存共栄」という言葉はなく、あるのは食うか食われるかだけです。


日本とアメリカの関係でいうと、アメリカはTPPを離脱し、日米で二国間の貿易協定を昨年末に改定し、今年1月1日から発効しました。
これによって日本はアメリカ産の牛肉や乳製品の関税を引き下げる一方、日本が要求していたアメリカにおける自動車関税の引き下げは先送りとなりました。
日本側も合意した以上、「不平等だ」とは言いませんが、二国間協議では力のあるほうが有利なので、実質は不平等に違いありません。

アメリカはカナダ、メキシコとの自由貿易協定NAFTAを再交渉してUSMCAを締結し、今年7月1日に発効しました。
アメリカはまた、韓国との自由貿易協定(米韓FTA)を改定し、2019年1月に発効しました。

トランプ政権が「アメリカ・ファースト」を掲げている以上、これらはすべてアメリカの利益になるように改定されたに違いありません。
ということは、これらはトランプ政権の実績です。

大統領選の最大の争点は、トランプ大統領があおってきた人種差別的な分断の評価であるかのような報道がされていますが、有権者の最大の関心は経済です。
トランプ政権によりアメリカ国民も利益を得ています。トランプ政権がある程度の支持を得ているのもそのためです。


「アメリカ・ファースト」というスローガンは、1940年にアメリカが対ドイツ戦に参戦するのを阻止するために唱えられたのが最初だということです。
 1992年の大統領選挙の予備選挙では、共和党右派のパトリック・ブキャナンが主張しました。

自国第一とか国益優先というのは、どこの国の政治でも言われることですが、基本的には国内向けに言うことです。
しかし、トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」は、「アメリカを再び偉大に」とともに基本戦略ですから、対外的にも主張されていると見るべきです。
ですから、2016年の大統領選の段階で、世界各国は「アメリカといえども法の支配に従うべきで、われわれは『アメリカ・ファースト』など認めない」と言うべきでした。
トランプ大統領が当選してからは、安倍首相みたいにトランプ大統領にすり寄る国家指導者もいて、国際社会はまとまることができませんでした。


結局、ウルトラ利己主義者がアメリカ大統領になったので、アメリカはウルトラ利己主義国家になり、世界が迷惑をしています。
以前からアメリカは利己主義国家だったとはいえますが、表向きは「法の支配」とか「自由と民主主義」ということを押し立てていたので、そうひどいことはしませんでした。
トランプ大統領にそうした理念はなく、露骨な利己主義があるだけです。


これまでは経済のことばかり言ってきましたが、トランプ大統領はパリ協定離脱、イラン核合意離脱、中距離核戦力(INF)全廃条約離脱などを行ってきました。
これも「アメリカ・ファースト」の一環のようですが、果してアメリカの利益になっているのかはわかりません。
ただ、世界の不利益であるのは間違いありません。


バイデン候補は「アメリカ・ファースト」の否定を選挙の争点に持っていくということはしていないようですが、実質的には大きな争点でしょう。
バイデン候補が当選すれば、アメリカは「アメリカ・ファースト」を捨てて、まっとうな国として国際社会に復帰するはずです。

日本のメディアがアメリカの分断に比重を置いて報道しているのはおかしなことです。アメリカの分断はあくまでアメリカの国内問題です。
アメリカが「アメリカ・ファースト」を捨てるか否かは、世界にとっても日本にとっても重大事です。

それにしても、日本で「アメリカ・ファースト」を批判する人をほとんど見かけないのは、なんとも不思議なことです。

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8月6日の広島原爆投下の日に『日本に「大きな責任」求める 駐日大使指名ワインスタイン氏―米上院委』というニュースがあったので、アメリカはまだ原爆投下の責任を日本になすりつけようとしているのかと思いましたが、それは私の勘違いで、次期駐日大使のワインスタイン氏が日本に同盟国としてのより大きな責任を求めると米上院で証言したというニュースでした。

原爆投下の責任でなくても、アメリカが日本に責任を求めることに変わりはなく、米軍駐留経費の負担や兵器の購入などで日本はさらに出費を求められそうです。


アメリカは日本に原爆投下を謝罪することもありませんし、日本がアメリカに謝罪を求めることもありません。
もっとも、日本がアメリカに原爆投下の謝罪を求めると、アメリカは「日本はパールハーバーの謝罪をしろ」と言ってきそうです。
日本も真珠湾攻撃の問題をうやむやにしてきました。


アメリカ人は真珠湾攻撃を「卑怯なだまし討ち」と思っています。
真珠湾攻撃のとき、日本政府の宣戦布告が攻撃開始から1時間遅れました。
もともと宣戦布告ないし最後通牒ののちに開戦するという国際慣習がありましたが、1907年の「開戦に関する条約」の第1条に「締約国は理由を付したる開戦宣言の形式、または条件付開戦宣言を含む最後通牒の形式を有する、明瞭かつ事前の通告なくして、其の相互間に戦争を開始すべからざることを承認す」とあるので、明白な国際法違反です。

ただ、自衛戦争の場合は宣戦布告の必要はありません。
靖国神社の遊就館には、大東亜戦争は「自存自衛」の戦争だったという展示がされています。
おそらく日本の保守派は自衛戦争だと見なして宣戦布告の遅れを無視してきたのかもしれませんが、「真珠湾攻撃は日本の自衛戦争だった」という理屈が、アメリカに対してもどこに対しても通じるわけがありません。

結局、日本は「卑怯なだまし討ち」をしたのに謝罪しない国ということになっています。

安倍首相は2015年4月29日、日本の総理大臣として初めて米国上下両院の合同会議でスピーチを行いました。
このときなど真珠湾攻撃について謝罪する絶好のチャンスでしたが、「私たちの同盟を希望の同盟と呼びましょう」などと空疎な言葉を述べただけでした。



宣戦布告の遅れの問題は誰でも知っていますが、もうひとつ、先制攻撃の問題はあまり認識されていないのではないでしょうか。

第一次世界大戦の反省から1928年に成立したパリ不戦条約では、戦争は禁止され、違法行為となりました。ただ、自衛戦争は合法であるという抜け道があり、制裁の規定もありませんでした。
日本が上海事変、満州事変と言って、「戦争」の言葉を使わなかったのは、このパリ不戦条約があったからです。
ドイツがポーランドに侵攻したときも、ポーランドが先に攻撃してきたという理由をつけました。
ただ、これに対してイギリス、フランスなどがドイツに宣戦布告したのは、パリ不戦条約からはありえないことで、このときにパリ不戦条約は有名無実化したのかもしれません。
さらにドイツが相互不可侵条約を破ってソ連に侵攻し、世界は無法状態になりました。

しかし、どんな無法の世界でも基本的な倫理というのは不変です。
それは、「喧嘩は先に手を出したほうが悪い」というものです。

決闘は、どちらが先に手を出してもかまわないというルールですが、たとえば西部劇のヒーローは、自分から先に銃を抜くことはありません。先に手を出すのは悪いという共通認識があるからです。

太平洋戦争は、日本が先に手を出した戦争ですから、日本が悪いに決まっています。パリ不戦条約があるので、法的にも違法です。
侵略か自衛かでいえば、日本が侵略、アメリカは自衛です。

アメリカ人も、宣戦布告の遅れなどは大して問題にしていなくて、先に手を出したことと不意討ちだったことで怒っているのです。

ですから、日本はむしろ宣戦布告の遅れよりも先制攻撃を謝罪しなければなりません。
そうすれば日本は原爆投下や都市無差別爆撃などでアメリカに謝罪を要求することができますし、さかのぼって黒船による砲艦外交で不平等条約を押し付けられたことも問題にできます。



ところで最近、敵基地攻撃能力の議論があって、その中に先制攻撃論もあります。
敵がわが国を攻撃することが明らかなときは敵基地を先制攻撃しようという議論です。
しかし、敵がわが国を攻撃するか否かを事前に察知することは至難の技で、それは真珠湾攻撃を振り返ってもわかります。

海軍航空隊は真珠湾攻撃の場合に備えて、地形のよく似た鹿児島湾を真珠湾に見立てて訓練をしていました。もしアメリカのスパイがそのことを察知すれば、日本にアメリカ攻撃の意志ありと判断したでしょう。
そして、南雲中将率いる機動部隊が出撃したことを察知すれば、攻撃行動に出たと判断して、もし可能ならアメリカ軍が機動部隊に対して先制攻撃をしたかもしれません。
しかし、実際は日本政府もぎりぎりまで日米交渉の妥結を目指していて、妥結すれば機動部隊は途中から引き返すことになっていました。艦隊が真珠湾に向かっているからといって、確実に攻撃するというわけではありません。

日本が敵国に攻撃の意志ありと判断して先制攻撃をしたところ、敵国は攻撃する意志も準備もなかったということが明らかになったとします。その場合、日本は敵国に対して謝罪して、先制攻撃で与えた損害の賠償をするのが筋ですが、そこまで考えているでしょうか(もっとも、アメリカは大量破壊兵器があると言ってイラクを攻撃し、大量破壊兵器がないことが明らかになっても、謝罪も損害賠償もしていませんが)。

ともかく、真珠湾攻撃を思い出せば、先制攻撃論の危うさがわかります。


ところで、なぜ今敵基地攻撃能力が議論されるかというと、イージス・アショアの配備が中止になって、代わりにアメリカからなにか高額な兵器を買わなければならないからです。
もちろんイージス・アショアの代わりになにかを買う義務はないのですが、日本は「卑怯なだまし討ち」をしたことを大目に見てもらっているという負い目があるので、対等な交渉ができません。
そういう意味でも真珠湾攻撃の謝罪をすることは重要です。


もっとも、日本がアメリカに真珠湾攻撃の謝罪をすると、中国や韓国やその他のアジア諸国も日本に謝罪を求めてきて、パンドラの箱を開けたみたいなことになりそうです。
確固とした歴史認識がないとできないことではあります。

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アメリカで歴史上の偉人とされる人物の像が引き倒されたり撤去されたりする動きが加速しています。
南軍のリー将軍の像が倒されるのはわかりますが、サンフランシスコで6月19日に北軍のグラント将軍(第18代大統領)の像も倒されました。奴隷の所有者だったというのが理由のようです。
同時に、同じ理由でアメリカ国歌「星条旗」の作詞者であるフランシス・スコット・キーの像も引き倒されました。

ニューヨーク市のアメリカ自然史博物館にある第26代大統領セオドア・ルーズベルトの像も撤去されることが決まりました。ルーズベルトが先住民族とアフリカ系男性を両脇に従えるようにして馬にまたがっている像で、人種差別と植民地主義を美化するものだとかねてから批判されていました。
オレゴン州ではワシントン大統領の像も破壊されましたし、コロンブス像の撤去も各地で進んでいます。

5月25日にミネソタ州ミネアポリス近郊で黒人男性のジョージ・フロイド氏が白人警官に首を膝で押さえられて殺害された事件をきっかけに人種差別反対運動が盛り上がったことの影響が大きいのはもちろんですが、そういう一時的なことではなく、もっと深いところでアメリカの歴史の見直しが進んでいるようです。


小田嶋隆氏の『「日本人感」って何なんだろう』というコラムは、水原希子さんがSNSで差別的な攻撃を受けていることを主に取り上げたものですが、Netflixの『13th -憲法修正第13条-』というドキュメンタリー映画も紹介していて、この映画がたいへんすばらしかったので、私もこのブログで紹介することにします。

現在、この映画はNetflixの契約者以外にもYouTubeで無料公開されていて、誰でも観ることができます(期間限定かもしれません)。




これはNetflixが2016年に制作した1時間40分のドキュメンタリー映画です。これを見ると、現在「Black Lives Matter」をスローガンにした運動が盛り上がっている背景がわかります。

私はマイケル・ムーア監督の「ボウリング・フォー・コロンバイン 」に匹敵する映画だと思いました。
「ボウリング・フォー・コロンバイン 」は銃規制を軸にしてアメリカ社会の病理を描いた映画で、「13th -憲法修正第13条-」は刑務所を軸にしてアメリカ社会の病理を描いた映画です。「ボウリング――」のほうは、マイケル・ムーア監督がエンターテインメントに仕上げていて、おもしろく観られますが、「13th -憲法修正第13条-」のほうは硬派のドキュメンタリーなので、観るのに少し骨が折れるかもしれません。しかし、観ると「そうだったのか」と、目からうろこがぼろぼろ落ちる気がします。

内容については小田嶋隆氏が要約したものを引用します。

 視聴する時間を作れない人のために、ざっと内容を紹介しておく。
 『13th』というタイトルは、「合衆国憲法修正第13条」を指している。タイトルにあえて憲法の条文を持ってきたのは、合衆国人民の隷属からの自由を謳った「合衆国憲法修正第13条」の中にある「ただし犯罪者(criminal)はその限りにあらず」という例外規定が、黒人の抑圧を正当化するキーになっているという見立てを、映画制作者たちが共有しているからだ。

 じっさい、作品の中で米国の歴史や現状について語るインタビュイーたちが、繰り返し訴えている通り、この「憲法第13条の抜け穴」は、黒人を永遠に「奴隷」の地位に縛りつけておくための、いわば「切り札」として機能している。

13条が切り札になった経緯は、以下の通りだ。

1.南北戦争終結当時、400万人の解放奴隷をかかえた南部の経済は破綻状態にあった。
2.その南部諸州の経済を立て直すべく、囚人(主に黒人)労働が利用されたわけなのだが、その囚人を確保するために、最初の刑務所ブームが起こった。
3.奴隷解放直後には、徘徊や放浪といった微罪で大量の黒人が投獄された。この時、修正13条の例外規定が盛大に利用され、以来、この規定は黒人を投獄しその労働力を利用するための魔法の杖となる。刑務所に収監された黒人たちの労働力は、鉄道の敷設や南部のインフラ整備にあてられた。
4.そんな中、1915年に制作・公開された映画史に残る初期の“傑作”長編『國民の創生(The Birth of a Nation)』は、白人観客の潜在意識の中に黒人を「犯罪者、強姦者」のイメージで刻印する上で大きな役割を果たした。
5.1960年代に公民権法が成立すると、南部から大量の黒人が北部、西部に移動し、全米各地で犯罪率が上昇した。政治家たちは、犯罪増加の原因を「黒人に自由を与えたからだ」として、政治的に利用した。
6.以来、麻薬戦争、不法移民排除などを理由に、有色人種コミュニティーを摘発すべく、各種の法律が順次厳格化され、裁判制度の不備や量刑の長期化などの影響もあって、次なる刑務所ブームが起こる。
7.1970年代には30万人に過ぎなかった刑務所収容者の数は、2010年代には230万人に膨れ上がる。これは、世界でも最も高水準の数で、世界全体の受刑者のうちの4人に1人が米国人という計算になる。
8.1980年代以降、刑務所、移民収容施設が民営化され、それらの産業は莫大な利益を生み出すようになる。
9.さらに刑務所関連経済は、増え続ける囚人労働を搾取することで「産獄複合体(Prison Industrial Complex)」と呼ばれる怪物を形成するに至る。
10.産獄複合体は、政治的ロビー団体を組織し、議会に対しても甚大な影響力を発揮するようになる。のみならず彼らは、アメリカのシステムそのものに組み込まれている。
 ごらんの通り、なんとも壮大かつ辛辣な見立てだ。


アメリカを語るときに「軍産複合体」ということがよく言われますが、ここには「産獄複合体」がキーワードとして出てきます。
刑務所システムそのものが大きなビジネスになっていて、しかも受刑者の労働力が産業に利用されて利益を生み出します。
そのため受刑者が増えるほど儲かるわけです。

1970年に35万人ほどだった受刑者は、80年には50万人、90年には117万人、2000年には200万人という恐ろしいスピードで増え続け、14年には230万人を突破しました。
アメリカもヨーロッパ諸国も同じような文明国ですが、アメリカだけ犯罪大国である理由が、この映画を観て初めてわかりました。

受刑者をふやすためのひとつの仕掛けが“麻薬戦争”です。
アメリカが長年“麻薬戦争”をやっていて、少しも成果が上がらないのを不思議に思っていましたが、「受刑者をふやす」というほうの成果は上がっているのです。

犯罪者の97%は裁判なしに刑務所送りにされているということも初めて知りました。
私の知識では、アメリカでは裁判官の前で罪を認めるとその場で刑が言い渡され、無実を主張すると陪審員つきの裁判に回されるのですが、実際は容疑者が検察官と取引して刑を認めているのです。容疑者が裁判を要求すると、印象を悪くして刑が重くなる可能性が大きいので、97%が裁判なしになります。

犯罪者だから刑務所に入るのではなく、刑務所に入る人間をふやすために犯罪者を仕立て上げていると考えるとよくわかるでしょうか。

刑務所送りになるのは黒人が多く、それが現在の「Black Lives Matter」の運動につながっているというわけです。

Netflixがこういう根源的なアメリカ批判の映画をつくって、しかも今回無料公開していることは大いに称賛に値します。


ところで、アメリカがこういう国であることは同盟国である日本にも当然影響してきます。

日本はヨーロッパから文句を言われながらも死刑制度を維持し、特定秘密保護法、共謀罪をつくり、司法取引を導入してきましたが、これは要するに司法のアメリカナイズをしているわけです。
幸い日本は犯罪はへり続けていますが、果してアメリカを手本に司法改革をしていていいのか、考え直さないといけません。

それから、この映画には出てきませんが、“テロ戦争”も“麻薬戦争”と同じなのではないかと思いました。
“テロ戦争”は産獄複合体と軍産複合体を同時に儲けさせる仕掛けと考えられます。

日本は同盟国の正体をしっかりと見きわめて、国のかじ取りを誤らないようにしないといけません。

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参院選が始まりましたが、争点はなんでしょうか。

安倍首相は改憲問題を争点にしたいようで、「憲法について、ただただ立ち止まって議論をしない政党か、正々堂々と議論する政党か、それを選ぶ選挙だ」と言いました。
しかし、「改憲をする・しない」ではなくて、「改憲を議論する・しない」ですから、明らかに後退しています。

自民党は3月に「改憲4項目」の素案というのを出しましたが、九条改正、緊急事態条項、参院選「合区」解消、教育の充実と並べているので、優先順位がわかりません。
本来なら九条改正を前面に打ち出すべきでしょう。
しかし、自民党の九条改正案は、「自衛隊」は明記されても、「戦力の不保持」はそのままですから、かえってわかりにくくなっています。改憲派も盛り上がっていません。
九条の議論から逃げるために4項目を並べたのではないかと思えます。

憲法施行から72年たって、改憲論議は後退しているのですから、もう終わりにするべきでしょう。


7月3日付朝日新聞が「各党の公約 特徴と主張」と題して、争点をわかりやすく示していました。


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消費増税については、与野党で賛否が分かれています。
これがわかりやすい争点かもしれません。

「年金」という項目がありませんが、年金制度の改革を巡って対立しているわけではないので、争点にはならないのかもしれません。

「外交」という項目もありません。
その代わりに「沖縄」という項目があります。これは辺野古移設に賛成か反対かというものです。
辺野古移設問題は、対米関係をどう考えるかという問題と直結しているので、これが「外交」に近いのかもしれません。

外交についての国論は、日本はアメリカ依存を続けるべきだという主張と、日本はアメリカ依存を脱するべきだという主張とで二分されます。

この対立は、トランプ政権の誕生でより深刻化しました。
対米依存派は「アメリカファースト」の踏み絵を踏まされたからです。
安倍首相は踏み絵を踏んで、トランプ大統領から言われるままにさまざまな武器を買い、アメリカとの二国間通商交渉にも応じています。
ブッシュ政権やオバマ政権にはある程度の良識がありましたが、トランプ政権にそういうものはないので、対米依存の道は日本を危うくします。

こうした安倍外交こそ参院選の争点であるべきです。

もっとも、「安倍外交」を論じるより「トランプ政権」を論じたほうが盛り上がるでしょう。トランプ大統領のキャラが立っているからです。

これから各党の党首は、「トランプ政権」をどう評価するかを語ってほしいものです。

訪韓した安倍首相は2月9日、文在寅大統領と会談し、日韓合意について「国と国との約束であり、政権が変わっても約束を守るのは国際的かつ普遍的に認められた原則だ」と強調し、「合意の約束を全て実行してほしい」と述べたということです。
ずいぶんと偉そうに言っていますが、トランプ政権はオバマ政権の約束を破ってTPPからもパリ協定からも離脱しています。そのとき安倍首相はトランプ大統領になにか言ったでしょうか。
強い者にへつらい、弱い者に威丈高になるという情けない姿です。
 
日本の政治家は、アメリカにさえ気に入られるようにしていれば安泰です。安倍首相が長期政権を維持してきたのも、そのツボを押さえていたからです。
 
河野太郎外相もそのへんのことがわかってきたようです。
河野外相は8日の衆院予算委員会で、米国の「核戦略体制の見直し」(NPR)に関連して、「小型の戦術核の開発を進め、利用しようとしているのはロシアだ。(小型核運用は)米側に欠如している部分を埋めようとしているものだ」と述べ、ロシアから反論されました。
 
 
河野太郎外相、ロシアの反発はお門違い 米核戦略めぐる発言で
 河野太郎外相は9日午前の記者会見で、米国の新たな核政策指針「核戦略体制の見直し」(NPR)をめぐる自身の発言に、ロシア政府が反発している状況について「それは米国に言ってほしい。私がNPRの作成に関与したわけではない」と、ロシアの指摘は“お門違い”との認識を示した。
 河野氏が8日の衆院予算委員会で「小型の戦術核の開発を進め、利用しようとしているのはロシアだ」と発言した件に、露外務省は「平和条約締結問題の協議を含む二国間関係に悪影響を及ぼす」と反発している。
 これに対し、河野氏は「(予算委での発言は)NPRが述べていることを紹介しただけだ」として、露側に反論した。
 
 
最初は自分の認識として発言したのに、ロシアから抗議されるとアメリカが述べていることを紹介しただけだと弁解しました。
そこには、アメリカと同じ意見を言っている限りは問題にならないだろうという認識がうかがえます。
しかし、国内では問題にならなかったとしても、ロシアなど外国には通用しません。

それにしても、「それは米国に言ってほしい」というのは、いかにも属国の外務大臣らしいセリフです。
 
 
安倍政権の属国根性はどんどん深化していっています。
安倍政権をどのメディアよりも支持する産経新聞の「誤報」にもそれが表れています。
 
昨年12月に沖縄市内の高速道路で多重事故があり、1人の米海兵隊員が重体となりましたが、産経新聞は海兵隊員は日本人を助けて自分が事故にあったのだという自己犠牲の美談として報じ、この美談を報道しない沖縄2紙を「報道機関を名乗る資格はない。日本人として恥だ」と批判しました。しかし、海兵隊員が日本人を助けたという事実は確認されず、産経新聞は誤報であることを認めて謝罪しました。
産経新聞は最初、「海兵隊員の勇敢な行動がネット上で称賛されている」という情報を入手し、海兵隊員の夫人のフェイスブックや米NBCテレビの報道を確認した上で、海兵隊に取材しましたが、県警と助けられたという日本人と沖縄2紙には取材しませんでした。
つまりアメリカ側だけ取材して、日本側は取材せずに記事を書いたのです。
その記事は、米兵の“美談”を称賛し、沖縄メディアを批判するものでした。
これは誤報以前に、産経新聞は売国メディアないし反日メディア化していると言わざるをえません。
 
 
安倍首相は「全ての選択肢がテーブルの上にあるとのトランプ大統領の立場を支持する」と語っています。
これは売国政治家でなければ言えないセリフです。
安倍首相の認識としては、アメリカがゲームのプレーヤーで、日本は将棋の駒みたいなものなのでしょう(安保法制が成立しているので日本は駒のように動くことができます)
 
北朝鮮問題もだいじですが、日本にとっては「日米関係の正常化」が先決です。
 

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