村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

カテゴリ: 対米従属ニッポン

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アメリカ・テキサス州の小学校で5月26日、銃乱射事件が起き、21人が死亡し、犯人の18歳の少年は射殺されました。

アメリカでは銃乱射事件が起きるたびに銃規制をするべきだという議論が起きますが、結局うまくいきません。
銃規制反対派の力が強いからです。

銃規制に反対する論理のひとつは、「身を守るために銃は必要だ」というものです。
しかし、護身用なら小さな拳銃で十分です。アメリカでは突撃銃のような殺傷力の強い銃が容易に手に入ります。

「銃は人を殺さない。人が人を殺すのだ」という論理もあります。
しかし、銃がなければ、つまりナイフなどではそれほど人を殺せません。銃規制をすれば殺される人の数がへるのは明らかです。

銃規制のないアメリカと銃規制のある国々を比べてみれば、銃規制のある国のほうが銃による死者数が少ないのは明らかです。

もっとも、そういう数字とは関係ない論理もあります。
5月27日、全米ライフル協会の総会がテキサス州で開かれ、トランプ前大統領が出席して、「銃を持った悪人を止める唯一の方法は銃を持った善人である」と語りました。
この論理は前から言われているものです。
これは善悪の問題ですから、銃による死者数では説得できません。「悪人をはびこらせていいのか」という反論があるからです。

このような善悪や正義の問題になると誰もが思考停止に陥ってしまいます。
しかし、私は進化倫理学ないし科学的倫理学を標榜しているので、その立場から説明することができます。


まずひとつ言えるのは、「銃を持った善人」は必ずしも「銃を持った悪人」を止めることはできないということです。
人間と人間が戦えば、善悪は関係なく強いほうが勝ちます。
ハリウッド映画では最後には悪人が必ず負けますが、それは映画だからそうなるので、現実は違います。
ということは、「銃を持った悪人」を止めるには、その悪人より強力な銃を持った人間が必要だということです。

ですから、銃規制反対派は強力な銃を容認するのです。


つまりトランプ前大統領の言う「銃を持った悪人を止める唯一の方法は銃を持った善人である」というのは、実は力の論理にほかなりません。

この力の論理はアメリカの歴史を貫いてきました。
独立戦争、先住民との戦い、黒人奴隷の支配のために、白人は銃を手離せませんでした。
銃規制反対派はアメリカの歴史を背負っているので、それだけ強力です。


このような銃規制反対派の力の論理はアメリカ全体をおおって、アメリカの外交安保政策も力の論理になっています。
「正義のアメリカが悪の国を止める」というのが基本なので、アメリカはどこよりも強力な軍事力を持っています。
アメリカも名目は「安全保障」と言っていますが、安全保障なら自国を守るだけの(護身用の銃みたいな)軍事力でいいはずなのに、実際は安全保障を超えた(突撃銃のような)軍事力を持って、世界中に展開できる体制になっています。

日本もアメリカの論理に巻き込まれて、防衛力と言いながら他国を攻撃する能力を持とうとしています。


たいていの人間は、自分を悪人ではなく善人だと思っています。
この観点から「銃を持った悪人を止める唯一の方法は銃を持った善人である」という論理を批判することもできます。
ヘイトクライムで銃を乱射する犯人は、自分は悪人を止める善人だと思っているに違いありません。

善悪や正義を持ち出すと、客観的な基準がないので、結局力の論理になってしまいます。
人類は長年の経験からそのことを理解して、「法の支配」をつくりだしました。
法は明文化されているので、客観的な基準になります。「法の支配」によって人間社会は安定しました。

アメリカはもちろん「法の支配」の国ですから、トランプ前大統領は「銃を持った悪人を止める唯一の方法は銃を持った警官である」と言えばよかったのです。
警官なら訓練されて数も多いので、銃を持った悪人を確実に止められます。
「銃を持った善人」はなにをするかわかりません。
アメリカは「銃を持った善人」が野放しになっているのです。


アメリカの銃規制反対派が「法の支配」に目覚め、警察に治安をゆだねれば、アメリカの治安は大いに改善されます。
そして、アメリカの外交安保政策も変わるでしょう。
アメリカが世界に「法の支配」を行き渡らせれば、世界は大いに平和になります。

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アメリカ国旗である星条旗は、建国のときは星の数が13個しかありませんでした。
州の数がふえるたびに星の数も増え、現在はハワイ州が加わったときの50個となっています。
これまでに26回デザインが変更されたそうです。

デザインの変更が前提とされている国旗はほかにないでしょう。
まるで撃墜王が敵機を撃墜するたびに機体にマークを書き込んでいくみたいです。

こうしたアメリカの膨張主義は、北米大陸に関してはフロンティア・スピリット、開拓者魂などと言われていました。
北米大陸から外に出るようになるとアメリカ帝国主義と言われました。

帝国主義というと、レーニンの『帝国主義論』に書かれているように、国家独占資本主義が経済的利益を求めて植民地獲得をしていくというイメージです。
イギリス帝国主義は確かにそのようなものでした。ですから、イギリスは第二次大戦後、植民地獲得が不可能になると帝国主義国でなくなりました。
ところが、アメリカは戦後も朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争など数々の戦争をしてきたので、帝国主義国と呼ばれ続けています。ただ、その目的は植民地獲得のためとは思えません。
そこで、軍産複合体の利益のためだなどといわれました。

さらには、宗教的な説明も行われました。アメリカは選ばれた「神の国」なので、世界を導こうとしているのだというわけです。

私はそれに加えて道徳的な説明もできると思ってきました。
つまりアメリカは「正義の国」なので、「悪の国」をやっつける“使命”を持っているというわけです。
ハリウッド映画の主流は、正義のヒーローが悪人をやっつける物語です。
アメリカ人はあれほど正義のヒーローが好きなのですから、アメリカという国が正義のヒーローとしてふるまうのは当然です。

ただ、アメリカだけが特別に正義のヒーローが好きな国になった理由が説明できませんでした。
そうしたところ、図書館でC・チェスタトン著『アメリカ史の真実』という本を見かけました(C・チェスタトンは「ブラウン神父」シリーズで有名な作家のG・K・チェスタトンの弟)。



表紙に「なぜ『情容赦のない国』が生まれたのか」という惹句があり、渡部昇一の「監修者まえがき」に「アメリカには中世がないため騎士道精神がない」という意味のことが書かれていて、興味をひかれて読んでみました。


西欧には古代ギリシャ・ローマの社会を理想とし、中世キリスト教文化を抑圧的なものと見なす考え方があって、「ギリシャ・ローマの昔に返れ」という文化運動が繰り返し行われてきました。14世紀にイタリアに始まったルネサンスはその代表的なものです。

「コロンブスの航海のような冒険は(中略)、ルネサンス精神に充ち溢れていたのである。そしてこのルネサンスこそ、アメリカ文明の起源なのだ」とチェスタトンは書いています。
「そこで再び姿を現したのが、野蛮人には人間の魂が宿らないとする、あの露骨なまでの異教的反感だった」
「ルネサンスによってヨーロッパ人に開放されたこれらの新領地では、ただちにあの制度が再び出現したのだ。(中略)つまり『奴隷制』である」

チェスタトンは書いていませんが、アメリカ人が先住民を殺戮したのも「野蛮人には人間の魂が宿らない」とする考え方のゆえでしょう。

アメリカの公共建築物の様式も古代ギリシャ・ローマ風のものになり、国章が鷲の図柄であるのもローマ帝国と同じです。
つまりアメリカは復活した古代ローマ帝国みたいなものです。

古代ギリシャ・ローマを理想とする考え方はヨーロッパの国々にもありました。しかし、ヨーロッパの国には長い「中世」の歴史があり、そこからなかなか自由になれません。
しかし、アメリカには「中世」がありません。そこがアメリカとヨーロッパの最大の違いです。

『アメリカ史の真実』にはもっといろいろなことが書かれていますが、ここではアメリカ帝国主義の起源を知るのが目的なので、省略します。

渡部昇一は、ヨーロッパには騎士道、日本には武士道があるが、アメリカにはないということに着目し、日露戦争で旅順陥落のあと、乃木大将はステッセル将軍に武士道精神で敬意を持って接したが、マッカーサーは本間雅晴大将や山下奉文大将を処刑したと書いています。これが「情容赦のない国」という表現のもとになったのでしょう。渡部昇一はほんとうは東京裁判の不当性を主張したかったに違いありません。

ヨーロッパの騎士や日本の武士は、限られた土地の中で勝ったり負けたりを繰り返していたので、「勝敗は兵家の常」とか「勝負は時の運」という考え方になります。自分もいつ敗者になるかわからないので、敗者にひどい仕打ちはしません。ハーグ陸戦条約とかジュネーブ条約もその精神から生まれたものでしょう。
しかし、ローマ帝国は野蛮人と戦い、戦うたびに領土を拡大していきました。ですから、敗者への配慮などはありません。
東京裁判とニュルンベルク裁判で敗者を裁いたのも、アメリカ帝国主義の発想です。
アメリカは日本やヨーロッパと原理が違うのですから、「日本は東京裁判で不当に裁かれた」などと泣き言をいってもアメリカにはまったく通用しません。

アメリカとしては敗者などどう扱ってもいいのですが、表向きは道徳的な理由づけをして、ナチズムや日本軍国主義は悪で、アメリカは正義ということで裁きました。
アメリカはその後も、共産主義、イスラム原理主義、テロリスト、テロ支援国家、独裁国家などを悪と見なしてきました。
もはや騎士道も武士道もなく、正義と悪の戦いがあるだけです。


現在、アメリカの軍事費は中国の2.7倍、ロシアの12倍あって、世界中に米軍基地を設けています。
スウェーデンとフィンランドがNATOへの加盟申請をして、今のところトルコが反対していますが、いずれ加盟するでしょう。
スウェーデンとフィンランドが加盟したがるのはわかりますが、NATOが加盟を認めるのはなんのためでしょうか。

東方においては、アメリカは日米豪印のクワッドなる枠組みをつくって、中国を封じ込めようとしています。
クワッドには「抑止力を高める」などという理由づけがされていますが、抑止力が必要なのはアメリカの脅威にさらされている中国や北朝鮮のほうです。


アメリカ帝国主義は、レーニンのいう帝国主義ではなくて、古代ローマ帝国と同じ帝国主義です。
しかし、古代ローマでは地球が丸いという知識はなく、どこまでも領土を拡大していけると考えていたはずです。
アメリカ帝国主義はどこまで勢力を拡大するつもりでしょうか。

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ロシア・ウクライナ戦争は、ロシアの侵略から始まったので、ロシアが悪いことは明白です。
しかし、無から有が生じないように、無から悪も生じません。
ロシアが悪くなったのにはそれなりの理由があります。

バイデン大統領は3月26日、訪問先のポーランドで演説し、プーチン大統領について「この男が権力の座にとどまり続けてはいけない」と言いました。
これがアメリカはロシアの体制転換を狙っているのではないかと問題になりました。
その後、バイデン大統領自身が「道徳上の憤りを表現しただけで、政策を意味するのではない」と釈明しましたが、発言は取り消しませんでした。

この発言が問題なのは、ロシアとウクライナが停戦交渉をしているさ中の発言だということです。
バイデン大統領はほかにもプーチン大統領のことを「虐殺者」「人殺しの独裁者」「生粋の悪党」とも言っています。
停戦交渉を妨害しようとしているとしか思えません。

バイデン大統領は早い段階でウクライナ戦争に武力介入をしないと言明して、「腰が引けている」などと批判されています。しかし、自分は手を出さない代わりに、火に油を注ぐようなことを言い続けています。


バイデン大統領に限らずアメリカは一貫して「ロシア敵視政策」をとってきました。
冷戦が終わったとき、ロシアは「普通の資本主義国」になりました。ですから、NATOにもEUにも入れていいはずです。
しかし、結局、ロシアはNATOに入りませんでした。
NATO側が門戸を閉ざしたのか、ロシア側に入る意志がなかったのかはむずかしい問題です。どちらも相手に非があったと主張するからです。
しかし、当時のロシアは資本主義も民主主義も未熟で、極貧状態の国でした。西側はどのようにでもロシアを導くことができたはずです。
今日の事態になったのは、西側とりわけアメリカに大きな責任があります。


そもそも冷戦が始まったことについても、オリバー・ストーン監督は『オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史』において、アメリカとソ連は大戦中に深い絆で結ばれていたので対立する必要はなかった、冷戦はアメリカが望んだものだ、と述べています。
大戦直後は、ほぼ戦禍のなかったアメリカは超大国の足場を固める一方、ソ連は甚大な戦争被害を受けていたので、主導権はアメリカの側にありました。


もっとさかのぼって、アメリカにおいて白人が先住民族、いわゆるインディアンを大量虐殺したのは、インディアンが悪かったのか、白人が悪かったのか、どちらでしょうか。

西部劇といってもいろいろありますが、より昔のものでは、インディアンは奇声を上げながら白人を襲ってくるだけの存在として描かれていました。
また、インディアンは白人を捕らえると頭の皮を剥ぐとされていました。
「頭の皮を剥ぐ」というのがインディアンの残忍さの象徴だったわけです。
しかし、そもそも「頭の皮を剥ぐ」というのは、インディアンを殺すと賞金が出たので、その証拠とするために白人が始めたもので、インディアンはそれをまねたのでした。

なお、アメリカ合衆国では白人はインディアンを殺しながら土地を奪っていきましたが、カナダではインディアンの殺戮というのはほとんどありませんでした。


アメリカは犯罪大国でもあります。
先進国では概して犯罪は減少傾向にあるものですが、アメリカは別で、1970年に35万人ほどだった受刑者は、80年には50万人、90年には117万人、2000年には200万人という恐ろしいスピードで増え続け、14年には230万人を突破しました。

なぜこんなことになるのかということを、Netflix製作の「13th -憲法修正第13条-」というドキュメンタリー映画が明快に説明していました。

この映画はYouTubeで無料で公開されています。



映画の内容を簡単に紹介すると、アメリカには“刑務所ビジネス”というものがあるのです(もっと詳しいことは「なぜアメリカは犯罪大国になったのか」に書いています)。
奴隷解放後のアメリカでは、奴隷に代わる労働力が必要でした。金を払って人を雇うのでは利益が出ないので、受刑者の労働力が利用されました。徘徊や放浪といった微罪で黒人を逮捕して刑務所送りにし、受刑者を働かせたのです。実質的な奴隷制の継続です。警官が黒人を見ると職質したり逮捕したりするのは、このとき以来の“伝統”です。
1980年代以降、刑務所や移民収容施設が民営化され、“刑務所ビジネス”のために犯罪が量産されるようになりました。

警官が黒人を殺す事件が起きると、人種差別だとして「Black Lives Matter」のような運動が盛り上がりますが、一方で、「警官に抵抗した黒人が悪い」という声も上がります。
警官が悪いのか、黒人が悪いのか、どちらでしょうか。


アメリカはまた麻薬大国でもあります。
麻薬の消費者がいるので、麻薬を提供する麻薬犯罪組織が生まれます。
メキシコ、コロンビアなどは麻薬犯罪組織が国家を支配するような巨大な存在になっています。
アメリカは麻薬犯罪組織を取り締まるようにメキシコ政府やコロンビア政府に圧力を加えていますが、ある意味では、アメリカが麻薬犯罪組織をつくっているともいえます。
麻薬を消費する者が悪いのか、麻薬を供給する犯罪組織が悪いのか、どちらでしょうか。


二人が争っているとき、双方の言い分を聞いても、どちらが悪いかわからないことがあります。
たとえば関係がこじれてしまった夫婦の場合を考えればわかります。

しかし、親子の場合は容易に判断できます。
親が子どもを叱っている場合、その言い分を聞くと、いろいろ言うでしょう。「この子は親の言うことを聞かない」とか「嘘をついた」とか「物を壊した」とか「食べ物を粗末にした」とか「行儀が悪い」とか。
子どもの言い分は聞くまでもありません。
自分の子どもを悪く言う親が悪いのです。
「悪い子ども」というのはいません。「悪い赤ん坊」がいないのと同じです。

白人が悪いのか、インディアンが悪いのかも同じです。
白人が悪いのか、黒人が悪いのかも同じです。

力のある者、支配的な立場にある者が「悪」を生み出しているのです。


「悪い子ども」はいませんが、親がいつも理不尽な叱り方をしていると、子どもの性格がひねくれて、ほんとうに「悪い人間」になることがあります。
アメリカや西側がロシア敵視政策を続けているうちに、プーチン政権が独裁化したという面があります。

どんな国でも外国の脅威を感じると、体制を強化するために国民を統制しようとし、独裁制に傾斜します。
その典型が北朝鮮です。異様な独裁制国家が三代にわたって続いているのは、朝鮮戦争が休戦状態で、アメリカ軍と韓国軍と対峙するという緊張状態にずっと置かれているからです。
キューバも同じようなもので、かつてCIAの支援を受けた亡命キューバ人の部隊に軍事侵攻されたことがあり、そのあともアメリカによってずっと強力な経済制裁を受けています。その結果、共産党の一党独裁体制がずっと続き、フィデル・カストロから弟のラウル・カストロへと継承されました(今はミゲル・ディアス=カネルが国家元首)。


現在、バイデン大統領は「民主主義国対権威主義国」という図式を描いて中国とロシアを敵視する政策を進めています。
これは中国の習近平体制をますます独裁化させるだけです。

相手を敵視すると、相手もこちらを敵視します。

世界が平和にならない最大の責任はアメリカにあります。

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私はロシアのウクライナ侵攻はありえないと思っていたので、いざ本格侵攻が始まったときにはびっくりしました。
世界のほとんどの人がそうだったでしょう。なにしろウクライナ国民も、国外脱出も食料の買いだめもしていなかったのですから。

アメリカだけはかなり早い段階からキエフを攻撃するような本格侵攻があると言い続けていました。
侵攻計画はプーチン大統領とロシア軍の上層部ぐらいしか知らないはずですから、CIAはそこまで食い込んでいたのです。
そして、プーチン大統領は情報がアメリカに筒抜けになっていることを知りながら、当初の計画通りに侵攻したのです。

これはひじょうに奇妙なことです。
なにがあったのか考えてみました。
おそらくロシアは早い段階でアメリカに対して「われわれはウクライナに侵攻することを考えている。そのときアメリカはどうするのか」と打診したのです。
バイデン大統領は「武力介入もありうる」と言ったでしょう。プーチン大統領は「だったら第三次世界大戦になる」と言ったかもしれません。
つまりお互いの腹のさぐりあいがあったのです。

アメリカはもちろん第三次世界大戦は避けたいし、アフガニスタンとイラクで失敗したので国民の厭戦気分が高まっているという事情もありました。
プーチン大統領はアメリカの軍事介入はないと判断して、計画通りに侵攻しました。

このように考えると、アメリカだけがロシアの侵攻を早くから正確に予想していたことが説明できます。


それにしても、プーチン大統領のウクライナ侵攻の判断は異常です。
健康状態や精神状態を懸念する声もあります。

プーチン大統領は2000年に大統領に就任してから、途中首相だった時期もありますが、22年間にわたって権力者の座に居続けています。側近はイエスマンばかりになり、不都合な情報は上がってこなくなっているのでしょう。
「権力は人を酔わせる。酒に酔った者はいつかさめるが、権力に酔った者は、さめることを知らない」という言葉もあります。

習近平氏も2012年に国家主席の座についてすでに10年です。最近は独裁ぶりに磨きがかかってきました。いずれプーチン氏みたいになるかもしれません。
トランプ前大統領も、もし2期目があったら、そうとうおかしくなっていた気がします。
軍事大国の指導者が異常になることほどおそろしいことはありません。


ともかく、軍事大国同士が第三次世界大戦を避けるために「密約」をするということはありえます。
アメリカが日本のために戦ってくれるとは限りません。

外務省のホームページには、安保条約について「第5条は、米国の対日防衛義務を定めており、安保条約の中核的な規定である」と解説されていますが、実際の第5条には「義務」という言葉はありません。
第五条 各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動することを宣言する。
「自国の憲法上の規定及び手続に従つて」という文言がありますが、合衆国憲法では宣戦布告の権限は議会にあります。大統領が議会に諮らずに参戦することもできますが、参戦したくないときは議会に諮って否決されるという筋書きもありえます。

アメリカは日本を助けないかもしれないので、米軍なしで日本の防衛は大丈夫かということになります。

ところが、そういう議論は行われていません。
代わりに「憲法九条で国は守れるのか」というような議論が行われています。
これは憲法論であって防衛論ではありません。

また、安倍晋三元首相は、米国の核兵器を自国領土内に配備して共同運用する「核共有(ニュークリア・シェアリング)」について議論すべきだと語りました。
これも防衛論というよりも核論議です。


今議論するべきは「日本はウクライナみたいなことにならないのか」ということです。
具体的には、中国軍が日本海側のどこかに上陸してきて、自衛隊を撃破し、中国のかいらい政権を樹立するというようなことにならないのかということです。
もちろん米軍が助けてくれるなら、そういうことにはなりません。
米軍の助けがなかったとしたらどうかということです。

これは重要な問題です。
ところが、こういう議論は昔からほとんど行われたことがありません。

防衛省ホームページの「中国情勢(東シナ海・太平洋・日本海)」という項目を見ると、中国は国防費を年々増加させ、東シナ海での活動を活発にし、太平洋へも進出し、日本海における海上戦力と航空戦力を拡大させていると書かれていますが、日本に上陸する戦力についての言及はありません。
なぜなら中国軍にそんな戦力はないからです。

中国軍は台湾に上陸して占領する戦力もありません。ただ、このまま軍拡を続けていくと、2025年ごろにはそれが可能になるという説があります。
そのことから最近「台湾有事」ということが言われるようになりました。しかし、侵攻する能力があることと、実際に侵攻することとは別です。「台湾有事」というのはなにかのプロパガンダでしょう。

グローバル・ファイヤーパワーによる世界の軍事力ランキングで、日本は5位、台湾は22位です。
日本の面積は台湾の約10倍で、人口は約5倍です。
日本が中国軍に占領されて中国の支配下になるということはまったく考えられません。

ただ、日本が中国のミサイル攻撃を受けたり空爆されたりということはありえます。
航空戦力の比較はむずかしいので、空爆の可能性はどの程度かよくわかりませんが、ミサイル攻撃を防ぐことは困難です。通常弾頭ならたいしたことはありませんが、核弾頭なら悲惨なことになります。
しかし、冷静に考えれば、中国が日本をミサイル攻撃してもなにも利益はなく、国際的非難を浴びるという不利益があるだけです(日本が敵基地攻撃能力などを持つと話は違ってきます)。
北朝鮮によるミサイル攻撃にしても同じです。

このように具体的に考えると、米軍の助けがなくても、日本がウクライナのようになるということはまったくありえないことがわかります。
これは島国であることのありがたさです。
かりに尖閣諸島を巡って日中の武力衝突が起きても、それだけで終わるでしょう。


そうすると、日米安保条約は必要ないのではないかということになります。
自衛隊の戦力で十分に国は守れます。
むしろ世界5位の軍事力は過剰ではないかと思われます。
しかし、日本の適正な防衛力はどの程度かという議論はありません。

なぜ日本にはまともな防衛論議が存在しないのでしょうか。
それは自衛隊の歴史を見ればわかります。


自衛隊の前身の警察予備隊は1950年、マッカーサーの要請により創設されました。朝鮮戦争で在日米軍が手薄になったのを補うためで、共産革命を防ぐ治安維持が目的でした。
自衛隊になってからは国防も目的となりました。
しかし、安保条約があり、駐留米軍がいるので、自衛隊がなくても国は守れます。
では、なんのための自衛隊かというと、たとえば朝鮮半島で戦争があったときに米軍を助けるためです。
つまり自衛隊創設の最大の目的は米軍を助けることでした。

自衛隊はソ連の侵略を想定して北海道で演習していましたが、「国防」らしいことはそれぐらいです(ソ連が北海道に攻めてくることもあまり考えられません)。
自衛隊を巡る論議はつねに「国防」ではなく「海外派兵」に関することでした。

ホルムズ海峡防衛とかマラッカ海峡防衛とかシーレーン防衛とかもよく議論されましたが、これもいわば海外派兵です。
湾岸戦争のときはアメリカから「ショー・ザ・フラッグ」と言われ、イラク戦争のときは「ブーツ・オン・ザ・グラウンド」と言われ、結局、湾岸戦争では金だけ出し、イラク戦争のときはサマワに自衛隊を派遣しました。
アフガン戦争のときは、自衛隊はインド洋で米軍などへの給油活動をしました。
2011年にはジブチ共和国に初の海外基地を設け、現在、自衛隊員約400人が駐留しています。
2015年に新安保法制が成立したとき、当時の安倍晋三首相は朝鮮半島有事のときに日本の民間人が乗った米艦を自衛隊が護衛するというケースを例に挙げて、新安保法制の必要性を訴えました。
近ごろ議論されている敵基地攻撃能力も国防とは違います。


自衛隊の目的は、第一が米軍を助けることで、第二が国防です。
第一と第二は逆かもしれませんが、いずれにしても、米軍を助けるという目的をごまかしているので、日本ではまともな防衛論議が存在しないのです。
国防に限定すれば、安保条約は必要ないばかりか、自衛隊はすでに過剰な戦力を持っています。

ところが、日本人はあまりにもアメリカへの依存心が強いので、自衛隊だけで国を守ろうという気持ちになれないようです。
世界を見渡せば、ほとんどの国は日本よりも低い軍事力しかなく、核の傘にも入っていませんが、それでもちゃんとやっています。

ロシア・ウクライナ戦争をきっかけに、まともな防衛論議が起きてほしいものです。

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ウクライナ危機についてなにか書こうと思いましたが、事態が流動的なのでやめました。
代わりに政治家やコメンテーターの発言について書くことにします。

ウクライナ危機は日本にとっては“対岸の火事”なので、政治家やコメンテーターは適当なことが言えます。
とりわけウクライナ危機と日本の安全保障政策を関連させるときにでたらめな発言が出るようです。


自民党安保調査会長でもある小野寺五典元防衛相は2月20日、フジテレビ系「日曜報道 THE PRIME」に出演し、そのときの発言が『「日本もウクライナと同じことになる」と小野寺元防衛相』という記事に載っていましたが、その記事の最後の部分を引用します。

松山キャスター:
G7外相会合では「ロシアへの制裁を含む甚大なコストを招く」とのメッセージを発信した。実際に効果のある制裁は発信できるか。

小野寺元防衛相:
経済制裁といっても、クリミア侵攻の時には何もできなかった。簡単な選択肢はない。ウクライナはNATOに入れば守ってもらえる、だからNATOに入りたい。でも、それに対してNATOはいやいやと。ウクライナとしてはどうしようもない。本来、ゼレンスキー大統領は、自国は自分たちで守ると。それがあって初めて周りの応援がくる。日本も同じだ。この問題は必ず日本に影響する。基本的に自国は自国で守るというスタンスがなければ、(ウクライナと)同じようなことになってしまう。私は大変心配している。


日本とウクライナはまったく違います。
小野寺元防衛相は「日本には安保条約があり、日米には深い信頼の絆があるので、ウクライナみたいなことにはなりません。安心してください」と言うところです。

それから、「自国は自国で守るというスタンスがなければ、(ウクライナと)同じようなことになってしまう。私は大変心配している」と言っていますが、これは国民に対して言っているのでしょうか。
日本国民は鉄砲の撃ち方も知らないので、国民に言っても無意味です。
もし自衛隊に対して言っているのだとすれば、自衛隊員には国を守る気がないかもしれないということになり、自衛隊の存在価値が疑われます。
「国民の覚悟のことを言っているのだ」という意見があるかもしれませんが、そんな精神論で国は守れません。だから高い防衛費を払って自衛隊を保持しているのです。

安全保障の専門家が日米安保も自衛隊も信用できないと言っているのですから、ひどいものです。


橋下徹氏は矛盾したことを平気で言っているので驚きます。
「ウクライナ危機、日本として考えておきたいこと」という記事から引用します。

橋下徹氏(元大阪市長、弁護士):ウクライナ危機は遠い国のことのように感じるが、日本の問題に直結している。ロシアの武力行使を容認してロシアに利益を与えるようなことがあれば、そのことを中国はじっと見ている。自国の安全保障を他国に委ねることの愚かさ、危険性を痛切に感じる。ウクライナには旧ソ連の核兵器が集積されていた。旧ソ連から独立する際に各国から核兵器の放棄を迫られ、それと引き換えに米英露がウクライナに安全保障を提供する「ブタペスト合意」が1994年に結ばれた。その後、どうなっているか。大国はいい加減だ。ウクライナの安全は守られていない。やはり自国の安全、防衛は自分たちの力でやらないとならない。ウクライナに憲法9条があれば平和になるのか、そんなことはない。日本もいつの間にかウクライナと同じような状況になる。

木原誠二氏(内閣官房副長官):主権と領土の一体性はしっかり守らなければならない。我々の周辺の安全保障環境は非常に厳しい。ウクライナ問題は遠い国の話ではない。我が国の、我がこととして考えなければいけない。そのことは全く同感だ。日米同盟をさらに強固にして抑止力、対応力を上げていくことが非常に重要だ。年末に向けて安全保障の三つの文書を書き換えていく。自衛隊の予算も伸ばしている。自らの対応能力を上げていくことが非常に重要だと改めて感じている。 

橋下氏:集団的自衛権がどれだけ大切かを、集団的自衛権に反対する人たちもわかったと思う。ウクライナはNATO(北大西洋条約機構)の加盟国ではない。集団的自衛権は絶対に必要だ。

橋下氏は「やはり自国の安全、防衛は自分たちの力でやらないとならない」と言った舌の根も乾かないうちに、「集団的自衛権がどれだけ大切かを、集団的自衛権に反対する人たちもわかったと思う」「集団的自衛権は絶対に必要だ」と言いました。どう見ても矛盾しています。

それから、「ウクライナに憲法9条があれば平和になるのか、そんなことはない。日本もいつの間にかウクライナと同じような状況になる」というのもおかしな理屈です。
ウクライナは憲法9条がないのに危機を防げませんでした。ということは、論理的には、日本が憲法9条をなくすと同様の危機に見舞われる可能性があるということです。

木原誠二内閣官房副長官は「日米同盟をさらに強固にして抑止力、対応力を上げていくことが非常に重要だ」と言っていますが、日本は安倍政権、菅政権、岸田政権と一貫して「日米同盟の強化」や「日米の絆の深化」に努めてきました。
しかし、まだ強固にし足りないようです。どこまで強固にすればいいのでしょうか。
政府関係者や安全保障の専門家が「日米同盟はもう十分に強固になりました」とか「このところ日米の絆は深くなりすぎたので、これから少しアメリカと距離をとることにします」と言うのを聞いてみたいものです。

これらの人は、理由はなんでもいいので国民の危機感をあおりたいのです。
新型コロナ問題では、メディアや専門家は危機感をあおりすぎではないかと批判されましたが、安全保障問題でメディアや専門家が危機感をあおりすぎると批判されるのを見たことがありません。


以上のようなおかしな発言は、結局日米関係の問題からきています。
日本とアメリカは、主権国家同士の合理的な関係ではなくて、日本のアメリカに対する心理的依存関係になっています。
これは日本人に広く見られる心理ですが、とりわけ親米右翼に強く見られます。それでいて勇ましいことを言うので、矛盾が生じるのです。

橋下氏の矛盾した主張は、実は「天は自ら助くる者を助く」と言いたかったのでしょう。「日本が国を守ることに一生懸命になればアメリカが助けてくれる」ということです。アメリカは日本にとって「天」なのです。


親米右翼の典型的な論理がジャーナリスト有本香氏が書いた『岸田首相の「適切な蛮勇」に期待 弱腰の米国、さらに増長する中国・ロシア 「ウクライナ侵攻」を止められるのは日本だけか』という記事に見られます。
ちなみに有本香氏は産経新聞などによく執筆しているネトウヨの典型のようなジャーナリストです。

最近の世論調査では、58%ものウクライナ人が、ロシアの侵攻に「自ら武器を取って戦う」と答えたという。民兵組織を合法化する法律も成立させた。強国ロシアにひるまないウクライナだが、頼みの米国と欧州にはウクライナ防衛のためロシアと戦う気がない。

ジョー・バイデン米大統領に至っては12月、「軍事力行使の選択肢はない」と発言する体たらくである。

わが日本の岸田文雄首相は、ウクライナ情勢についてこう述べている。

「重大な懸念をもって注視している。G7(先進7カ国)の枠組みなどを重視し、国際社会と連携して適切に対応していく」

ナザレンコ氏は言う。

「ロシアが国境に集めた13万もの部隊の中には、極東から移動した部隊が含まれます。日本は絶対に攻めてこないから容易に移せるのです」

仮にここで、岸田首相が「わが国は、地球上のいかなる『力による現状変更』も許さない」と宣言し、北海道での自衛隊と米軍との軍事演習にでも言及したら、ロシアはどう出るか。

ウクライナと中国、北朝鮮のつながりを懸念し、「ウクライナに騙されるな」という日本国内の親ロ派の声もあるが、所詮、他国はどこも腹黒い。日本がいま優先して警戒すべきは、弱腰の米国を見て中国とロシアがさらに増長することだ。その牽制(けんせい)のためにも、岸田首相の「適切な蛮勇」を期待する。ウクライナ危機を止めることができるのは日本だけかもしれないのだ。

「北海道での自衛隊と米軍との軍事演習にでも言及したら、ロシアはどう出るか」と言っていますが、ロシアはどうも出ないでしょう。日本が北海道でなにをしようがロシアにとって脅威でもなんでもないからです。
アメリカも欧州もウクライナのために戦う気がないときに、日本がなにかしたら、よほどのおせっかいか暇人かということになります。
なにか勇ましいことを言っただけのようです。

もっとも、その勇ましいことというのは、「軍事演習にでも言及」することです。「軍事演習」をするわけではないのです。
その軍事演習も「自衛隊と米軍との軍事演習」です。自衛隊単独ではないのです。
「弱腰の米国」と見なしながらその米国から離れられないとは、まさに心理的依存です。


「力による現状変更」という言葉も出てきます。
岸田首相も「主戦場は欧州諸国と言いながらも、力による現状変更を許せば、アジアにも影響が及ぶことを十分考えておかなければならない」と語っています。
つまりロシアの動きが許されれば、中国も真似をして台湾の武力統一をするかもしれないというわけです。
ウクライナと台湾を結びつけて論じる人はいっぱいいます。

しかし、こうした認識にも日米関係のゆがみが反映しています。
確かに「力による現状変更」は許されません。
アメリカはアフガニスタンとイラクにおいて「力による現状変更」をしました。
アメリカは好き勝手に「力による現状変更」をしても許されています。
ロシアはそれを見て真似したのです。
もしかすると中国も真似をするかもしれません。

アメリカが覇権主義国として好き勝手にふるまい、ロシアや中国がその真似をしようとしているのが現状です。
アメリカをそのままにしてロシアと中国だけを抑えようとしてもうまくいかないでしょう。

これについてはメディアの偏向もあります。
ウクライナ東部の「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」をプーチン大統領は国家として承認しましたが、このふたつの「共和国」を「かいらい政権」と報じるメディアがあります。
しかし、アメリカがアフガニスタンでタリバン政権を倒してから打ち立てた政権を「かいらい政権」と称したメディアはありません。
メディアはまだ冷戦時代を引きずっています。

日本政府は同盟国であるアメリカの「力による現状変更」は許し、ロシアや中国の「力による現状変更」は許さないという方針かもしれませんが、そんな方針は世界の危機を深めるだけです。

ウクライナ危機は日本にとって“対岸の火事”ですが、その明かりは遠く日本の足元を照らしてくれました。

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アメリカが主催した「民主主義サミット」が12月9日、10日に、111の国と地域が参加してオンライン形式で行われました。

「民主主義サミット」と名乗るぐらいですから、その運営も民主的なものかというと、そうではありません。
参加国はアメリカが一方的に決めて、議長国もアメリカです。来年第2回が対面式で行われる予定ですが、それもやはりアメリカ主催です。
G7のサミットの場合は、議長国は持ち回りで、参加国は対等で、会議もたいてい円卓方式で行われますから、それと比べると、民主主義サミットはアメリカによる専制的運営ということができます。

民主主義は国内政治だけでなく国際政治にも適用されるものです。
アメリカが民主主義を世界に広めていきたいなら、民主主義サミットの運営も民主的にして、手本を示すべきでした。

国連の運営も同じです。常任理事国の五大国に拒否権があるというのはまったく民主的でないので、アメリカはまずここを改革するべきです。

もちろんアメリカにそんな気持ちはありません。民主主義サミットを開催したのは、一党独裁の中国に対して優位に立つためには民主主義を持ち出すのがいいと判断したからで、すべては米中覇権争いのためです。

そもそもアメリカの民主主義はそれほどのものではありません。
アメリカで黒人の選挙権が認められたのは1965年ですから、アメリカは先進民主主義国の中でもっとも普通選挙の実施が遅かった国です。最近も保守的な州で、黒人の投票を制限するために身分証明の方法を厳格化する法律が制定されたりしています。さらに、トランプ前大統領は大統領選の結果を認めないと主張しています。日本人がアメリカを民主主義国の手本のように思っているのは愚かなことです。


バイデン大統領は民主主義サミットの開会あいさつにおいて、「みずからの民主主義を強化するとともに、専制主義を押し返す」と述べて、世界を民主主義国と専制主義国に二分する考えを示しました。
これは一神教由来の善悪二元論の考え方でしょう。
民主主義というのは、それぞれ意見は違っても、根底はみな同じ人間だという考えです。善悪二元論とは相容れません。

アメリカは、専制主義国を次々と民主化していくことで民主主義国陣営が勝利するというシナリオを目指しているのでしょうが、これではその国に外国が民主主義を押しつけることになります。
どんな国民でも外国の押しつけは嫌うので、これはうまくいきません。

うまくいかないだけでなく、マイナスになる可能性もあります。
専制主義国で民主化運動をしている人たちが「アメリカの手先」という汚名を着せられてしまうからです。

第一次世界大戦ごろまで、各国の社会主義政党は社会主義インターナショナルという国際組織をつくっていましたが、ソ連が成立してからいわゆるコミンテルンが組織され、ソ連が社会主義運動を指導するようになると、やはり社会主義者は「ソ連の手先」とされて、かえって反共主義が勢いを増す結果となりました。
民主主義サミットはコミンテルンもどきです。



では、専制主義国をどうして民主化すればいいかというと、それはその国民に任せるしかありません。
その国の民主化運動を外から支援する場合は、民間団体か国際機関によるべきです。国家がやると内政干渉になります。

「草の根」という言葉がありますが、民主化は草の根運動によってなされるものです。大地から出た小さな芽がだんだんと育っていくようなもので、かなりの時間がかかります。

イギリスで選挙制度が始まったのは15世紀ですが、そのときは地主階級だけが参加するものでした。やがて産業資本家、労働者階級へと広げられて、普通選挙が実現したのは1918年でした。
日本で大日本帝国憲法のもとで初めて選挙が行われたのは1890年で、参加できたのは全国民の1%の高額納税者だけでした。その後、少しずつ選挙権が拡大され、男子普通選挙が実現したのは1925年です。
2011年にイスラム圏で「アラブの春」と呼ばれる広範な民主化運動が起きましたが、民主化が成功したのはチュニジアだけだとされます。ほかの国では内戦が起きて混乱したり、強権的な政権が復活したりしています。

アメリカはアフガニスタンに“民主的”な政府を押しつけましたが、20年たって失敗に終わりました。


そもそも民主主義を理想の政治体制と見なすのはヨーロッパの考え方です。ヨーロッパでは古代ギリシャ・ローマ文明のものをなんでも理想としますが、古代ギリシャ・ローマでは民主制が行われていたということからです。
日本人は割とすんなりとヨーロッパ由来の考え方を受け入れましたが、中国人は中国文明に自信を持っているので、民主主義を理想とは思っていないでしょう(おそらく孔子の「仁」の政治を理想としているのではないかと思います)。
イスラム圏の人も民主主義を理想とは思わないので、なかなか民主化が進みません。

もちろん民主主義には価値があります。
「権力は腐敗する」というのは絶対的な法則です。腐敗を防いだり、腐敗に対処したりするには、民主主義がいちばんいい方法です。
それから、専制政治で失政があると、国民は為政者を恨むだけですが、民主政治で失政があると、国民は少しは反省して向上します。
ただし、国民が向上するにはかなりの時間がかかります。おそらく一世代、二世代というスパンです。
民主主義だからよい政治が行われるなどと期待してはいけません。うまくいって民衆と同じレベルの政治です。


アメリカは、中国が経済的に発展すればいずれ民主化するだろうと見て、中国の経済発展を許容していたとされます。しかし、いっこうに民主化しないので、今では中国にきびしく対処するようになったということです。
しかし、これはアメリカをよく見せる表現です。実際のところは、中国の経済成長はアメリカの利益になったので許容していたが、中国がアメリカと肩を並べそうになってきたので許せなくなったということです。

もし中国の民主化を期待するなら気長に待つしかありません。

世界の頂点であり続けたいというアメリカの覇権主義は、幼稚な考えですが、それ自体に害はありません。しかし、覇権のために民主主義や人権を持ち出すので害が生じます。

人権についても民主主義と同じことが言えます。
アメリカが中国に人権問題で圧力をかけると、中国国内の人権活動家が「アメリカの手先」とされてしまいます。
人権問題は国際機関が前面に出て対処するべきです。


アメリカにおいては善悪二元論の発想はとうそう根深いようです。
二大政党制もそうですし、東西冷戦もそうです。
東西冷戦が終わると、イスラム圏対西側世界という分断政策になり、イラクとアフガンで失敗すると、今度は民主主義対専制主義という分断政策になりました。
国内でも保守とリベラルによる分断がますます深刻化しています。

日本としては、アメリカに加担するのも中国に加担するのも愚かです。
米中覇権争いを高みの見物するしかありません。

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護衛艦いずも

このところ「失われた30年」ということがよく言われます。
日本はこの30年間ずっと経済的に停滞して、個人所得では韓国に抜かれ、今や後進国なのではないかという認識が広がっているようです。
しかし、そこから抜け出す方法が示されません。
それを考えるのは政治の役割ですが、マスコミが政治の足を引っ張っている面もあります。

たとえば、このところ東京のワイドショーは木下富美子都議の問題を毎日のように取り上げています。
木下都議は選挙期間中に無免許運転で衝突事故を起こし、また、2018年から2021年にかけて5回も免許停止になっていたというおかしな“運転癖”のある人です。都民ファーストの会から除名され、都議会から2度の辞職勧告決議を受けても居座って、こんな議員にボーナスまで出るのはおかしいという声が高まり、とうとう11月22日に記者会見し、議員辞職を表明しました。
しかし、これはあくまで個人の問題です。なんの思想的背景もありません。
それに、これは東京都の問題です。ワイドショーを見ている神奈川県民とか埼玉県民はしらけているのではないでしょうか。いや、ワイドショーは関東以外にも放送されているはずです。
東京のマスコミの傲慢さを感じます。

ともかく、マスコミは小さな問題で大騒ぎしています。

小さな問題といえば、国会の文通費の支給を日割りにするという問題も同じです。
日割りにしたからといって、日本の政治がよくなるわけではありません。国会議員の取り分が少しへるだけです。

マスコミがこうしたどうでもいい問題で騒ぐのは、それをやっている限り無難だからです。
文通費の日割りよりももっと大きな金額の問題を追及すると、既得権益者から反撃される可能性があります。


岸田文雄首相は11月13日、拉致問題の国民大集会に出席し、「拉致問題は岸田内閣の最重要課題です。わたしの手で、必ず拉致問題を解決しなければならないと強く考えている」と語りました。
まったく空疎な言葉です。こんな言葉が通用するなら、政治家も楽なものです。

拉致問題は一種の“聖域”になっていて、マスコミはなにがあっても批判しません。

批判されないのをいいことに、政府はこんなことをしていたのでした。
めぐみさん拉致現場で若年層の啓発強化 松野長官
横田めぐみさん(57)=拉致当時(13)=が昭和52年11月15日、新潟市で北朝鮮に拉致されて44年となるのを前にした14日、問題解決を誓う集会が同市で行われ、拉致問題担当相の松野博一官房長官が出席した。拉致現場を訪れた松野氏は「強い憤りを感じた」と述べ、若年層への啓発活動を強化する考えを強調した。
(中略)
政府の拉致対策本部はここ数年、各地での集会や家族らの講演、中高生を対象にした作文コンクールなどを通し啓発を進めている。平成30年には拉致問題担当相と文部科学相の連名で、啓発アニメ「めぐみ」を学校教育で活用するよう教育委員会などに要請。教職員向けの研修や、教職課程を履修する大学生を対象にした拉致現場の視察なども行っている。

ただ、「めぐみ」をめぐっては、令和元年の産経新聞の調査で、都道府県や政令市の約半数が各地域内の公立小中高校での上映状況を把握していないなど十分に浸透していない実態が浮かんだ。問題解決に取り組む自民ベテランは「被害者の帰国など、象徴的な出来事を目の当たりにしていない世代が増えた。国家主権の重大事としてしっかりと継承すべきだ」と訴える。
(後略)
https://www.sankei.com/article/20211115-6JB6GG6SKJO4PBT7RIXFPLEVWM/

政府は拉致問題の「解決」ではなく「利用」に力を入れているのでした。
若者に拉致問題を啓発して、なんの意味があるのでしょうか。
要するに反共プロパガンダに利用しているのです。
拉致被害者家族がこうした政府のやり方をどう思っているのか知りたいところですが、マスコミが報じることはありません。

反共プロパガンダというと、私は北方領土返還運動を思い出します。
昔、左翼が沖縄返還運動をやっていたので、対抗するために政府は北方領土返還運動を始めたのですが、最後まで官製運動のままで、盛り上がりませんでした。しかも、二島返還は当たり前なので、ソ連が飲みそうもない四島返還要求をしたために、結果的に二島返還もほとんど不可能になりました。領土問題を政治利用した報いです。

マスコミが批判しないのは拉致問題だけではありません。最近は外交安保問題全般について批判しないので、外交安保も大きな聖域になっています。


小泉政権は「聖域なき構造改革」を掲げました。
高齢化社会に伴い社会保障費が増大するので、それ以外の歳出の削減は必至でした。
そのひとつとして公共事業費の見直しが行われ、公共事業費は1998年をピークに下がり続け、現在は約半分になっています。

防衛費も小泉政権時代から民主党政権にかけて減少を続けましたが、第二次安倍政権になってから増加に転じました。

スクリーンショット 2021-11-28 022256
https://www.nippon.com/ja/features/h00196/

このグラフは下が切れているので、見た目ほど防衛費が増えているわけではありません。GDP1%以内に収まっています。

その結果、現在の国の歳出はこうなっています。

スクリーンショット 2021-11-28 021546
国税庁ホームページより

公共事業費と文教科学振興費と防衛費がだいたい同じくらいです。

公共事業でインフラを整備すれば、それによって生活が便利になったり経済活動が活発化したりしますし、文教科学振興費が国の発展につながるのはいうまでもありません。
しかし、防衛費で戦車や戦闘機をつくっても、国民生活にはなんのプラスもなく、戦車や戦闘機は最終的にスクラップになるだけです。つまり公共事業で車の通らない道路や利用者のいないハコモノをつくるのと同じです。

日本が「失われた30年」から脱して経済成長しようとすれば、防衛費をたとえば半減させて、それを文教科学振興費に回すことです。
文教科学振興費が5割増しになれば目に見える効果が出てくるはずです。
これがすぐにできて確実に効果のある方法です(防衛費の半減には何年かかかりますが)。


防衛費を半減させて日本の防衛は大丈夫かということになりますが、安保条約があって、日本に米軍が駐留していれば大丈夫です。どこかの国が日本を攻撃することは、アメリカと戦争するのと同じだからです。

もともと日本は、安保条約があるので軽武装でよかったから高度経済成長ができたと言われてきました(軽武装といわず、沿岸警備隊程度の武力でいいはずです)。
その日本がどんどん防衛費を増やして、今では軍事費の額で世界第9位となったのは、アメリカに要求されたからです。
アメリカが自衛隊を増強するよう要求したのは、日本防衛のためではなく、なにかのときに自衛隊を米軍に協力させるためであり、日本に兵器を買わせるためです。

日本がアメリカの要求を拒否すると、「だったらもう日本を守ってやらない」と言われるので、拒否するわけにいきません。
憲法九条や世論などを盾にしてアメリカの要求を値切ってきたというのがこれまでの歴史です。


日本が防衛費を半減させると、当然イージスアショアやその他の兵器も買わないことになり、アメリカが認めるはずがありません。
日本は安保条約を廃棄する覚悟がないと防衛費を削減できません。

安保条約を廃棄して日本の防衛は大丈夫かというと、ぜんぜん大丈夫です。

「戦争のない時代がきている」にも書きましたが、今では国家間の戦争はほとんどなくなりました。あるのは内戦とテロですが、その死者数も減少の一途をたどっています。
とくにアメリカがやったアフガン戦争とイラク戦争を見ると、戦争は損失ばかりでなんの利益も生まないということが誰の目にも明らかになりました。

明治時代には日本が植民地化されるのは現実の脅威でしたから、必死で富国強兵をしなければなりませんでしたが、戦後は植民地化されるおそれはなく、島国の日本を防衛するのは容易です。


ところが、自民党は先の衆院選において、防衛費の半減どころではなく、「GDP比2%以上も念頭に増額を目指す」という公約を掲げました。
現在の2倍以上ですから、冗談としか思えない数字です。
しかし、マスコミはまったく批判しません。防衛費は聖域だからです。

さらに、自民党の高市早苗政調会長は「敵基地を一刻も早く無力化した方が勝ちだ。使えるツールは電磁波や衛星ということになる」と言って、存在しない電磁波兵器に言及し、さらに、敵のミサイルに対して「サイバー攻撃を仕掛けて無力化する」とも言いました。
高市氏は軍事に無知ではないかとバカにされましたが、実はこれには裏がありました。

前駐日米大使のウィリアム・ハガティ上院議員は朝日新聞の取材に対して、「米国はGDP比で3・5%以上を国防費にあて、日本や欧州に米軍を駐留させている。同盟国が防衛予算のGDP比2%増額さえ困難だとすれば、子どもたちの世代に説明がつかない」と言って、日本の防衛予算のGDP比2%への引き上げを早期に実現するように求めました。
また、次期駐日大使に指名されたラーム・エマニュエル氏は上院外交委員会の公聴会において、自民党が衆院選公約で「防衛費はGDP比2%以上も念頭に増額を目指す」と書いたことについて、「それが日本の安全保障や我々の同盟に不可欠だ」と述べました。
つまり前駐日大使も次期駐日大使も、防衛費GDP比2%以上を要求しているのです。

自民党の選挙公約はそれを受けたものだったのです。
しかし、GDP比2%以上はとうてい不可能な数字なので、高市政調会長は電磁兵器の研究開発やサイバー攻撃の研究にお金を使おうと考えたのでしょう。

アメリカの財政赤字は対GDP比1.27倍ですが、日本の財政赤字は対GDP比2.56倍と、ほぼ2倍です。
財政赤字が深刻な日本に対して、そう深刻でないアメリカが防衛費増額を要求するとは、パートナーシップに欠けた態度です。
そして、その要求に従う自民党は、売国政党というしかありません。

「失われた30年」のほんとうの原因は、自民党という売国政党にあるのかもしれません。


ともあれ、防衛費を大幅に削減し、文教科学振興費を大幅に増額するというのは、日本復活のための確実な方法です。

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9.11テロから20年がたち、アフガニスタン戦争が終結したこともあって、現在さまざまな論考が行われていますが、あまりにも見方が偏っています。

たとえばタリバン政権が成立したアフガン情勢の報道は、女性キャスターが追放されたとか、デモ隊にタリバン兵が発砲して死者が出たとか、暫定政権の主要閣僚はタリバンの男性ばかりで「包括的」でなく、米政府がテロリスト認定して指名手配した人間も含まれているとか、女子教育が制限されるのではないかとか、否定的なことばかりです。

実際は、肯定的なこともあるはずです。
なによりも内戦が終わり平和になりました(反タリバン武装勢力は北東部パンジシール州で最後の抵抗をしていましたが、ほぼ制圧された模様です)。
自爆テロに巻き込まれたり、米空軍の誤爆にあったりという心配がなくなったことは、アフガン国民にとって大きなプラスです。すべてのマイナスを打ち消して余りあるのではないでしょうか。
また、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は8月27日、2021年末までに最大50万人が難民として国を離れる可能性があると発表しましたが、今のところ難民の流出はとくになさそうです。


どうしてマスコミはタリバン政権に否定的なのでしょうか。

私は第一次タリバン政権が成立したころのことをよく覚えています。
アフガン情勢など新聞の国際面にもめったに出ませんが、タリバンという「謎の勢力」が現れ、急速に勢力を伸ばしているという小さな記事が目につきました。
当時、アフガンは1989年にソ連軍が撤退してから各地に軍閥が群雄割拠する内戦状態にありました。1994年ごろからタリバンが現れ、たちまち支配地域を広げ、1996年にカブールを占領して政権を樹立したのです。
タリバンはパキスタンの支援を受けているという説もありました。「タリバン」というのは「神学生」という意味で、戒律を厳格に守り、腐敗したほかの勢力とは一線を画していて、それが民衆の支持を得たといわれていました。
私自身は、日本の戦国時代に織田信長が現れて天下統一したみたいなものかと思っていました。
タリバンは原理主義的で、過激でしたが、戦乱の中ではいちばん過激なものが勝ち抜けるものです(織田信長もそうです)。

ともかく、タリバンが天下統一し、まだ地方には軍閥が残っていましたが、1979年にソ連軍が侵攻してから20年ほど続いた内戦がようやく終結し、アフガンに平和が訪れました。

タリバン政権はイスラム原理主義とされ、国際社会から警戒されました。
バーミヤンの石仏を破壊したときは世界的に非難されましたが、そのときタリバン政権の広報官が「アフガン人がいくら死んでもなんの関心も示さなかった国際社会が、石仏が壊れただけで大騒ぎするのには驚いた」という意味の発言をしたのは、なかなか辛辣な指摘で、記憶に残っています。

タリバン政権が過激なのは内戦が20年も続いたからで、しばらく平和が続けば、だんだんと穏健になっていくだろうと私は思っていました。


ところが、アメリカが2001年にアフガンに侵攻し、平和は破壊されました。
9.11テロの首謀者とされたオサマ・ビンラディンをタリバン政権がかくまったというのが侵攻の理由ですが、そこからまたもや20年も内戦が続いたわけです。

アメリカはタリバン政権を倒して、新たな政権をつくりましたが、これは明らかな「武力による現状変更」ですから、タリバン政権のほうに正統性があります。
アメリカは「民主的」な政権をつくったと言いますが、選挙からタリバンは排除されていましたから、「民主的」とはいえないでしょう。
米軍撤退とほとんど同時にタリバン政権が復活したのは、国民もタリバンを支持していたからです。


タリバンは女性の権利を認めないので、アメリカがタリバン政権を倒したのは正しいし、撤退もするべきでなかったという意見があります。
女性の権利はたいせつですが、権利意識は国によって違うものです。

ヤフーニュースの『「タリバンは残虐なテロリスト」って本当? 現場を知るNGOスタッフの答え』という記事から一部を引用します。

長谷部:まずは、私の体験からお話しますね。2005~2012年に私が支援活動をしていたのは、カブールから東に約150km離れた、ジャララバードを中心とする「ナンガルハル州」というところでした。そこでは、その当時でも成人の女性がひとりで街や村の外を歩くということはなく、家族とともに外出している女性はブルカを着用していました。
 家に招かれた客人は、「ゲストルーム」という離れの一室ですごすことになっていて、家の女性とは一切会うことはありません。例外は長老の許可があったときだけ。そのときだけ、地域の女性と会うことができました。

西牟田:アメリカが統治していた時代でも、地方はそんな感じだったのですね。タリバンが統治していた1998年、私がジャララバードへ行ったときと大差がない。一方、カブールは違っていそうですね。私が行ったときは、地元の女性は全員がブルカを着けていました。仕事が一切できないからか、バスターミナルにブルカ姿の物乞いがかなりいました。

長谷部:私がいたころはカブールに出ると、頭にヘジャブを巻いて顔を出して独りで歩いている女性がたまにいたりして。カブールのような都会と私が活動していた田舎ではずいぶん違うので、めまいがしそうなくらいでした。

西牟田:カブールでアメリカナイズされた人たちや外国人と、それ以外の地方の人とでは文化がまったく違うし、捉え方も違うのですね。

「女性の権利」というような価値観は、外国が力で押しつけるものではありません。
日本も、男尊女卑の自民党が政権の座にありますが、日本国民が解決するべき問題です。

民主主義についても同じです。
アフガンは、一部の都市を除いてほとんどは部族社会です。
「部族社会における民主主義」というのは想像できません。長老の意見に従うのが当然と思っている人たちに一人一票の投票権を与えても意味がなく、長老会議で物事を決めたほうが効率的です。

人権や民主主義が価値あるものなら、いずれ人々はそのことに気づくはずで、力で強要するのは間違いです。


アメリカの愚かな間違いがもたらした結果は重大です。
人的被害だけに関しても、ウィキペディアの「アフガニスタン紛争 (2001年-)」にはこう書かれています。

ブラウン大学の「コスト・オブ・ウォー」プロジェクトによると、2021年4月時点で、アフガニスタンでの死者は17万1,000〜17万4,000人、アフガン民間人が4万7,245人、アフガン軍・警察が6万6,000〜6万9,000人、反対派の戦闘員が少なくとも5万1,000人となっている。


アメリカ側の人的被害はというと、8月19日時点で、米軍の死者数は2452人、イギリス、カナダ、ドイツなどNATO加盟国の死者を含めると3596人になります。
9.11テロの死者数は2977人です。


現在、アフガン戦争と対テロ戦争についての反省点がいろいろ議論されていますが、どれもアメリカ側に立ったものです。
たとえば、9.11テロ後のアフガン戦争とイラク戦争などでの米軍の戦死者は7000人超ですが、自殺者は3万人超になるということで、帰還兵の傷ついた心理に焦点を当てたルポルタージュがいくつも目につきます。これらは戦争の悲惨さを伝えているようです。
しかし、17万人超のアフガン人の死者は無視されています。

マスコミは、アフガン人に17万人超の死者が出たということすらまず報道しません。
米兵の死者数や9.11テロの死者数は報道します。
アフガン人とアメリカ人の命に軽重をつけているのです。
米空軍が民間人の誤爆を繰り返したのも、アフガン人の命を軽く見ているからです。
おそらくはイスラム教徒への差別と人種差別によるものです。

アメリカの侵攻と占領のせいで、アフガンは17万人超の死者を出しただけでなく、国土が荒廃し、経済が停滞しました。
私が思うに、アフガン政府はアメリカ政府に対して損害賠償を請求していいはずです。
トランプ前大統領は、新型コロナウイルスを流出させたとして中国政府に多額の賠償金を求めると息巻いていましたが、ウイルスは自然界のもので、アメリカのアフガン侵攻は意図的行為ですから、こちらのほうが罪が大きいのは明らかです。
実際はアメリカが賠償金を払うことはないでしょうが、アメリカの「戦争責任」を追及する議論は行われるべきです。

それから、戦争が終われば「戦後復興」ということになり、国際社会はアフガンの戦後復興に手を差し伸べなければなりません。
ところが、そういう議論がまったく起きていません。
タリバン政権にけちばかりつけているのは、戦後復興に金を出したくないからでしょうか。


世の中にはさまざまな価値観があって、それが偏見を生みます。
偏見を脱するために、間違った価値観と格闘するのはなかなかたいへんです。
それよりも簡単な手があります。
それは、死者の数(命の数)を数えることです。
死者の数の多いほうが悲惨な目にあっていて、おそらくそこに差別すなわち偏見があります。

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アフガニスタンから米軍が撤退し、タリバン政権が復活する過程を見ていると、報道があまりにもアメリカ寄りなのにあきれます。

報道や論評の中で「民族自決(権)」という言葉を見たことがありません。
2001年に米軍がアフガンに侵攻し、タリバン政権を崩壊させ、カルザイ政権を成立させたのは、明白な民族自決権の侵害です。
したがって、米軍撤退とともにタリバン政権が復活したのは、本来の姿に戻ったことになります。
アメリカが20年にわたって多額の戦費を使い、約2500人の人的損害を出しながら、なにひとつ得るものがなかったのも、民族自決権を侵害した当然の報いです。

もっとも、アメリカがアフガンに侵攻したのは、9.11テロで痛手をこうむって、なにかの報復をしないではいられないという国民感情があるところに、タリバン政権が9.11テロの首謀者とされたオサマ・ビンラディンをかくまったので、タリバン政権が格好の標的になったからです。

世界もテロ被害にあったアメリカに同情していたので、民族自決権の侵害には目をつむったところがあります。
しかし、民族自決権の尊重は国際社会の大原則です。
大原則を破ったため、アメリカ人もアフガニスタン人も大損害をこうむりました。


それから、宗教に関する報道がほぼ皆無なのにも驚きます。
そもそもこれはキリスト教国であるアメリカがイスラム教国であるアフガニスタンを侵略し、支配したという出来事です。
2001年から2014年までアメリカとともにアフガンに駐留した国際治安支援部隊には43か国が参加しましたが、そのうちイスラム教国と見なせるのはトルコとアラブ首長国連邦だけです。
キリスト教とイスラム教の対立は根深いにもかかわらず、宗教対立という観点からの報道や論評を見たことがありません。

アメリカがアフガンに侵攻したとき、十字軍的意識がなかったとはいえないでしょう。
侵攻後、ビンラディンの捜索をまともにやろうとしなかったのは、ビンラディン逮捕は単なる侵攻の名目だったからではないでしょうか(ビンラディンは2011年に米軍特殊部隊が殺害)。
アメリカが2003年にイラクに侵攻したときも、イラクが大量破壊兵器を所有し、アルカイダと連携しているという理由がつけられましたが、どちらもアメリカのでっち上げでした。

つまりアフガン戦争もイラク戦争も、アメリカの侵攻の理由はいい加減です。
ということは、アメリカの侵攻の真の理由は、キリスト教国であるアメリカがイスラム教国を打ち負かし、支配するという十字軍意識によるものではないかということになります。
ただ、これについてはアメリカ人自身も半ば無意識かもしれません。
しかし、アフガン人やイラク人は意識しています。そのためにアフガン統治もイラク統治もうまくいきません。
米軍撤退とともに、あっという間にアフガン政府が崩壊したのも当然です。

しかし、ほとんどのマスメディアは、こうした宗教問題も民族自決権のことも取り上げないので、なぜアフガン政府があっという間に崩壊したのかさっぱりわかりません。


「かいらい政権」という言葉もメディアは使いません。
アメリカに忖度しすぎでしょう。

現在、アフガンから海外逃亡を目指す人が空港に押し寄せて混乱が起きていますが、今のところ混乱は限定的です(南ベトナム政権が崩壊したときはインドシナ三国から144万人の難民が出たとされ、一部はボートピープルになりました)。
かいらい政権が倒れるときはいつも起こることであり、フランスがナチスドイツから解放されたときはナチス協力者がひどい迫害を受けました。


新たなタリバン政権は、女子教育を認めないのではないかと懸念されています。
しかし、多くのイスラム教国ではイスラム法を理由に性差別政策を行っています。
サウジアラビアでは、女性は外出時はアバヤという顔をおおう服を義務づけられ、就労もきわめて制限され、自動車の運転はやっと最近認められてニュースになりました。それに、国王がすべてを支配する絶対君主制の国です。
しかし、サウジアラビアは親米国なので、こうしたことはあまり問題にされず、タリバン政権のことばかり問題にされます。

今後、タリバン政権が女子教育や女性就労の禁止などを行うとすれば、大いに問題ですが、これはアフガン国民が解決するべき問題です。外国が武力でなんとかする問題ではありません(タリバンが過激なイスラム原理主義になったのにもそれなりの理由があり、時間をかければ解決可能です)。



アメリカではアフガン政権崩壊を見て、米軍撤退が性急すぎたのではないかとバイデン政権への批判が起きています。
しかし、これは米軍撤退が早いか遅いかの問題ではなく、米軍が撤退するとすぐに崩壊するような政権しかつくれなかったという問題ですから、バイデン政権を批判しても始まりません。
アメリカ人自身もなにもわかっていないようです。

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アメリカ大統領選挙を通してわかったのは、日本に盲目的なトランプ信者がかなりいるということです。
彼らはいまだに「民主党が選挙を盗んだ」というトランプ大統領の吹聴する陰謀論を信じていたりします。
こんなにトランプ信者がいるのは、アメリカ以外では日本ぐらいではないでしょうか。

日本のトランプ信者のほとんどが保守派、右翼、ネトウヨです。
彼らは一応愛国者を自認しているので、それに合わせてトランプ支持の理由づけをしています。
それは、「トランプは中国にきびしいから」というものです(「バイデンは中国の手先だ」という陰謀論も信じていそうです)。

トランプ氏でもバイデン氏でも対中国政策にそれほど変わりはないだろうというのが一般的な見方ですが、とりあえず今は、おそらく新型コロナウイルスによる被害を中国に責任転嫁するために、トランプ政権が中国にきびしく当たっているのは事実です。


反中国の感情は、ネトウヨに限らず日本人に広く蔓延しています。
11月17日に発表されたNPO法人「言論NPO」などによる日中共同の世論調査によると、中国への印象が「良くない」「どちらかといえば良くない」とした日本人は89・7%で前年比5ポイント増だったということです。
習近平政権は独裁色を強め、香港の民主化運動を弾圧しているので、それが反映されたのでしょう。

しかし、今では日本にとって中国は最大の貿易相手国です。
日中関係をこじれさせるわけにいきません。
ほとんどの日本人はそのことがわかっていますし、自民党政権も同じです。

しかし、わかろうとしない人もいます。
かつて日本の経済力が中国を上回っていたころ、中国を見下していた人たちです。
中国経済が次第に日本に追いついてきても、「中国経済はもうすぐ大崩壊する」などという本や雑誌記事を読んで信じていました。

しかし、中国のGDPが2010年に日本を超え、その差が年々拡大してくると、「中国経済は崩壊する」という説は見なくなりました。
また、「南京虐殺はなかった」というのは、「従軍慰安婦の強制連行はなかった」というのと並んでネトウヨの主張の定番でしたが、最近「南京虐殺はなかった」という主張はとんと見なくなりました。

今では中国のGDPは日本の3倍近くになっています。
ネトウヨも反中国の旗をおろさざるをえなくなって、もっぱら慰安婦像問題や徴用工問題などで反韓国の旗を振るしかないというときに、トランプ大統領が強硬な反中国政策を取り始めたのです。
ネトウヨは大喜びしたでしょう。
アメリカが中国をやっつけてくれて、日本もアメリカの威を借りる形で中国に強く出られそうだからです。

そうしてネトウヨはトランプ信者になったというわけです。


もともと多くの日本人は、強いアメリカに媚び、弱い中国や韓国や北朝鮮に威張るという精神構造をしていました。
この精神構造は、半島と大陸を植民地化したことからきていますが、若い人の場合、学校でのいじめとも関係しているかもしれません。
クラスで強い者が弱い者をいじめるという現実の中で育ってきて、国際社会も同じようなものだと思っているのではないでしょうか。

しかし、アメリカの覇権はいつまでも続くとは限りません。将来は覇権が中国に移るということは十分に考えられます。
日本がアメリカの威を借りて中国に対処していると、そのときみっともないことになります。

アメリカであれ中国であれ、覇権主義に反対するというのが日本外交の基本でなけれはなりません。

覇権主義に代わるものは「法の支配」です。
日本は人権、平和、法の支配といった価値観で世界から信頼される国になるしかありません。

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