トランプ前大統領が共和党の大統領候補になるのは確実な情勢です。
「もしトラ」――もしトランプ氏が大統領になったら――ということを真剣に考えなければいけません。
しかし、トランプ氏の行動を予測するのは困難です。
2020年の大統領選でトランプ氏の負けがはっきりしたとき、トランプ氏は「選挙は盗まれた」と言って負けを認めず、支持者を扇動してホワイトハウス襲撃をさせました。
民主主義も国の制度も平気で壊します。
もしトランプ氏が次の大統領選に出たらたいへんです。負けた場合、負けを認めるはずがないからです。またしても大混乱になります。
それを防ぐには、トランプ支持者による特別な選挙監視団をつくって、選挙を監視させるという方法が考えられますが、それをすると、その選挙監視団がまた問題を起こしそうです。
かりにトランプ氏が正当に当選しても、果たして4年で辞任するかという問題もあります。大統領の免責特権がなくなるので、むりやり憲法を改正してもう1期続けることを画策するに違いありません。
マッドマン・セオリーという言葉があります。狂人のようにふるまうことで、相手に「この人間はなにをするかわからない」と恐れさせるというやり方です。
しかし、トランプ氏は戦略としてマッドマン・セオリーを採用しているとは思えません。やりたいようにやっている感じです。
そして、そこにトランプ氏なりのセオリーがあります。
トランプ氏は保守派で白人至上主義者です。その点に関してはぶれません。
ですから、保守派で白人至上主義者のアメリカ国民も、ぶれずにトランプ氏を支持し続けるわけです。
支持者にとっては、トランプ氏が大統領職にとどまってくれるのが望ましく、正当な選挙で選ばれたかどうかは二の次です。
アメリカの白人至上主義者はアメリカを「白人の国」と思っています。
アメリカ独立宣言にはこう書かれています。
「われわれは、以下の事実を自明のことと信じる。すなわち、すべての人間は生まれながらにして平等で あり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられているという こと」
「すべての人間は生まれながらにして平等」とありますが、先住民や黒人奴隷にはなんの権利もなかったので、先住民や黒人奴隷は「人間」ではなかったわけです。
また、白人女性に参政権がなかったことから、白人女性も「人間」とされていなかったかもしれません(「すべての人間」は英文では「all men」です)。
「創造主(Creator)」という言葉も出てきます。これは当然キリスト教由来の言葉です。異教徒にもこの宣言は適用されるのかという疑問もあります。
ともかく、独立宣言には「すべての人間」に人権があるとしていますが、実際には「白人成年男性」にしか人権はなかったのです。
このときうわべの理念と中身のまったく違う国ができたのです。そのことがのちのちさまざまな問題を生みます。
「白人成年男性の人権」を「普遍的人権」にする戦いはずっと行われてきました。
女性参政権は1910年から一部の州で始まりましたが、憲法で「投票権における性差別禁止」が定められたのは1920年のことです。
アメリカは世界でもっとも遅く奴隷制を廃止した国です。
リンカーン大統領は黒人奴隷を解放した偉大な大統領とされていますが、実際はやっとアメリカを“普通の国”にしただけです。
黒人参政権は、奴隷制の廃止にともなって1870年に憲法で認められ、実際に黒人が投票権を行使して、州議会だけでなく14人の黒人下院議員、2人の黒人上院議員が誕生しました。
しかし、そこから白人の巻き返しが始まり、さまざまな理由をつけて黒人の選挙権は奪われます。
黒人の投票権が復活したのは1964年の公民権法の成立以降のことです。
現在、共和党の支配する州では、非白人の有権者登録を妨害するような制度がつくられています。たとえば、有権者登録には写真つきの身分証が必要だとするのです。貧困層は写真つきの身分証を持っていないことが多いからです。また、車がないと行けないような場所に投票所や登録所を設けるとか、黒人の多い地域では何時間も並ばないと投票できないようにするといったことが行われています。
白人至上主義者にとっては、黒人やヒスパニックが選挙権を得たときにすでに「選挙は盗まれた」のです。
ですから、トランプ氏が「選挙は盗まれた」と言ったときに簡単に同調できたわけです。
アメリカの人口構成で白人はいずれ少数派になりそうです。そこに黒人のオバマ大統領が出現して、白人至上主義者はますます危機感を強めました。その危機感がトランプ氏を大統領に押し上げました。
「ラストベルト」における“しいたげられた白人”の不満がトランプ当選につながったと日本のマスコミはしきりに報道していました。しかし、テレビに出てくる白人を見ていると、失業者はいなくて、大きな家に住み、広い土地を持っています。ぜんぜん“しいたげられた白人”ではありません。そもそも黒人世帯の所得は白人世帯の所得の60%ですし、白人世帯の資産は黒人世帯の資産の8倍です。
日本のマスコミは白人側に立っているので、アメリカの人種差別の実態がわかりません。
アメリカの先住民は、先住民居留地に住むという人種隔離政策のもとにおかれています。先住民女性の性的暴行にあう確率はほかの人種の2倍です。「町山智浩のアメリカの今を知るTV」によると、ナバホ族は居留地に独自の“国”をつくっていますが、連邦政府と交渉しても水道や電気がろくに整備されないということです。
日本のマスコミは先住民差別についてはまったくといっていいほど報道しません。
アメリカは今でも人種差別大国で、白人至上主義はいわばアメリカの建国の理念です。
アメリカの外交方針も基本は白人至上主義です。
「ファイブアイズ」と呼ばれる、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドによって成り立つ情報共有組織があります。この5か国はアングロサクソンの国です。1950年ごろに結成され、長く秘密にされていましたが、2010年の文書公開で明らかになりました。
人種によって国が結びつくというのには驚かされます。ここにアメリカの本質が現れています。
第二次大戦後、アメリカが白人の国と戦争をしたのはコソボ紛争ぐらいです。あとベトナム、イラク、アフガニスタンのほか、数えきれないくらい軍事力を行使していますが、すべて非白人国が対象です。
同じ白人国でも、西ヨーロッパの国は文化が進んでいますが、東ヨーロッパの国は遅れているので、東ヨーロッパは差別されています。
東西冷戦が終わって、ロシアが市場経済と民主主義の国になったのに、NATOがロシア敵視を続けて冷戦に逆戻りしたのも、東ヨーロッパに対する差別があったからというしかありません(あと東方教会という宗教の問題もあります)。
パレスチナ問題も、イスラエルは白人の国とはいえませんがヨーロッパ文化の国であるのに対し、パレスチナはアラブ人とイスラム教の地域です。そのためアメリカは公平な判断ができません。
アメリカ国内は保守派とリベラルの「分断」が深刻化しています。
単純化していうと、保守派は人種差別と性差別を主張し、リベラルは反人種差別とフェミニズムを主張しています。
もっとも、保守派は表立って人種差別と性差別を主張するわけではありません。本人たちの主観では「道徳」を主張しています。
つまり保守思想というのは「古い道徳」のことです。
自民党の杉田水脈衆院議員が国会で「男女平等は絶対に実現し得ない反道徳の妄想です」と発言したことがあります。この発言は保守思想の本質をみごとに表現しています。「良妻賢母」や「夫唱婦随」といった古い道徳を信奉する人間は必然的に男女平等に反対することになります。
公民権法が成立する以前のアメリカでは、バスの座席も待合室も白人と黒人で区別されていました。黒人は黒人として扱うのが道徳的なことでした。もし白人が黒人を連れてレストランに入ってきたら、その行為はひどく不道徳なこととして非難されました。公民権法が成立したからといって、人間は急に変われません。黒人を黒人として扱うのが道徳的なことだと思っている人がいまだに多くいて、そういう人が差別主義者です。
公民権法が成立する以前のアメリカでは、バスの座席も待合室も白人と黒人で区別されていました。黒人は黒人として扱うのが道徳的なことでした。もし白人が黒人を連れてレストランに入ってきたら、その行為はひどく不道徳なこととして非難されました。公民権法が成立したからといって、人間は急に変われません。黒人を黒人として扱うのが道徳的なことだと思っている人がいまだに多くいて、そういう人が差別主義者です。
ですから、差別主義者というのは要するに「古い人間」です。
自分の親も祖父母も黒人を黒人として扱っていた。自分も幼児期からそれを見て学んで、同じようにしている。自分は家族と伝統をたいせつにする道徳的な人間だ――そのような自己認識なので、差別主義者の信念はなかなか揺るぎません。
ですから、差別主義を克服するということは、自分の親や祖父母のふるまいを批判するということであり、自分が幼児期から身につけたふるまいを否定するということです。
自分の親も祖父母も黒人を黒人として扱っていた。自分も幼児期からそれを見て学んで、同じようにしている。自分は家族と伝統をたいせつにする道徳的な人間だ――そのような自己認識なので、差別主義者の信念はなかなか揺るぎません。
ですから、差別主義を克服するということは、自分の親や祖父母のふるまいを批判するということであり、自分が幼児期から身につけたふるまいを否定するということです。
もちろんこれはむずかしいことです。
リベラルはこのむずかしいことから逃げて、安易な“言葉狩り”に走ったので、人種差別も性差別もそのまま温存されています。
そのため、保守とリベラルの分断は深まるばかりです。
トランプ氏は過激なことばかり主張しているようですが、実はアメリカがもともと隠し持っていたものを表面化しているだけです。
ですから、バイデン政権とそれほど異なるわけではありません。日本はすでにバイデン政権の要求で防衛費GDP比2%を約束しました。もしかするとトランプ政権が成立すると3%を要求してくるかもしれませんが、その程度の違いです。
とはいえ、トランプ政権になると要求が露骨になり、これまで隠してきた屈辱的な日米関係が露呈するかもしれません。
そのときに日本政府は、国民世論をバックに、中国やグローバルサウスと連携することでトランプ政権とタフに交渉できればいいのですが、これまでの日本外交を考えると、残念ながらとうていできそうにありません。
リベラルはこのむずかしいことから逃げて、安易な“言葉狩り”に走ったので、人種差別も性差別もそのまま温存されています。
そのため、保守とリベラルの分断は深まるばかりです。
トランプ氏は過激なことばかり主張しているようですが、実はアメリカがもともと隠し持っていたものを表面化しているだけです。
ですから、バイデン政権とそれほど異なるわけではありません。日本はすでにバイデン政権の要求で防衛費GDP比2%を約束しました。もしかするとトランプ政権が成立すると3%を要求してくるかもしれませんが、その程度の違いです。
とはいえ、トランプ政権になると要求が露骨になり、これまで隠してきた屈辱的な日米関係が露呈するかもしれません。
そのときに日本政府は、国民世論をバックに、中国やグローバルサウスと連携することでトランプ政権とタフに交渉できればいいのですが、これまでの日本外交を考えると、残念ながらとうていできそうにありません。