村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

タグ:その他恋愛

ベッキーとゲスの極み川谷氏との不倫問題があまりにも大ごとになったので、その影響がいろんなところに及んでいます。
 
たとえば育休不倫問題で議員辞職に追い込まれた宮崎謙介議員は「ゲス不倫議員」とか「ゲス宮崎」と呼ばれました。「ゲス」はあくまで川谷氏のバンドの名前であって、宮崎議員とは関係ないのですが。
もしベッキー・川谷の不倫騒ぎがなければ、議員辞職にまでならなかったかもしれません。
 
丸山和也議員も黒人差別発言が問題になったときに不倫が発覚しました。週刊誌は差別発言とは関係なしに不倫を追っていたのでしょう。本来なら丸山議員の不倫などたいしたネタではないはずですが、ベッキー・川谷の不倫があまりにも騒がれるので、週刊誌はこれも受けると判断したのではないかと思われます。
 
宮崎議員や丸山議員は政治家ですから、ある程度のモラルを要求されてもしかたありませんが、桂文枝師匠の場合はどうなのでしょうか。
 
「フライデー」は「師匠、あなたもゲスだったのか」と題して、文枝師匠は38歳の演歌歌手と20年間にわたってつきあっていると報じました。
これは演歌歌手が告白したものです。告白は売名行為ではないかと言われていますが、少なくとも今告白すると話題になるだろうという計算はありそうです。
 
芸人の場合、昔は女遊びは“芸の肥やし”などと言われて、本人だけでなく世間も問題にしませんでしたが、こうした流れの中ではやはり「ゲス」にされてしまうようです。
 
今後、不倫ネタはマスコミの好むところとなって、みんな「ゲス」とされてしまうのかもしれません。
それは決してよいことではありません。世の中からまたひとつ寛容が失われたということですから。
 
そもそもベッキー・川谷の不倫は、本来ならベッキー・川谷・妻の三者で解決するべき問題です。「週刊文春」が報道しなければそうなっていたでしょう。
考えてみれば、みんな「週刊文春」にあやつられているわけです。

シリーズ「横やり人生相談」です。今回は、婚約者の異様な行動に困惑する女性からの相談です。
つきあって親密な関係になると、それまで見えなかったものが見えてきます。これは、礼儀などがはがれ落ちたことで現れるものですから、その人のより真実に近い姿ということになります。
しかし、完全な真実の姿とも限りません。それもまたつくられたものである可能性があるからです。
 
一人でいることを異様に嫌がる彼氏  邦子 20121116 11:58
 彼氏(29歳)私(30歳)で、2年前から結婚を前提に同棲を始めました。
私にはある目標があり、結婚は待ってもらっています。あと半年はかかりそうです。
 
この彼氏なのですが、一人でいることを異様に嫌がります。
普段は仕事ですが、帰宅してから少しでも私の姿が見えないと「邦子どこ?」と探し回ります。
お風呂に入っていてもわざわざ見に来て、私がいるのを確かめます。トイレもノックをして確かめます。
私が仕事で家を空けるのも辛そうです。夕飯の用意や家事云々の問題ではなさそうで、とにかく私の存在が家にいないと安心しないようです。
 
最初は子供のようで可愛いと思っていましたが、私の生活に支障が出るようになってきました。
例えば、私の仕事で2ヶ月海外に行かないといけないことがあったのですが「邦子は僕を家に一人で置いても全然悲しくないんだね」「邦子がよければ行ったら良いけど、僕は辛い」と毎日のように言われ続け、結局このプロジェクトから降りました。
幸い、私の仕事は専門技術が必要な分野なので、かろうじて今も会社に置いてもらえていますが・・・
 
家では常に私の頭皮の臭いを嗅いでいるか、私の足を触ったりにおいだりしています。
この彼氏の癖が本当に嫌で、最初は「やめて!」と私が怒ると、彼氏はキレて口をきいてくれなくなるので、最近は諦めて放っています。私の頭皮と足の臭いを嗅ぐと落ち着くのだそうです。
家にいる時は四六時中、休みの日はそれこそ「常に」のレベルです。
ちなみに、人前に出るとむしろ冷たい態度を取ります。家では正反対です。
 
結婚するために全てを受け入れなければと思ってましたが、最近は不安になってきました。
結婚を待ってもらっている理由である「目標」も危うくなってきました。
 
どうすればもう少し自立してくれるでしょうか。
家計は2:1で彼が多く負担しています。食事家事は私負担です。
 
恋人関係になると、男女を問わず、赤ちゃん言葉になって相手に甘えるというケースは少なくありませんが、そのこと自体は大した問題ではありません。子ども時代に十分に親に甘えられなかったということも想像できますが、恋人関係の中で足りなかったものを補えばいいわけです。それができることが恋人関係や夫婦関係のいいところだとも言えます。
 
この相談の場合も、相手の男性は幼児返りしているように見えます。だから、相談者も「最初は子供のようで可愛いと思っていました」と書いています。
しかし、度がすぎているようです。いや、単に度がすぎているだけではありません。「束縛」という問題が加わっています。
 
「甘える」というのは、子どもが母親にする態度です。「束縛」というのは、上の立場から支配しようとすることですから、両者は異質のことと言えます。
この相談のケースでは、「甘える」よりもむしろ「束縛」のほうが主体だと思われますが、異質のものが混在しているのでややこしいことになっています。
 
この相談は「発言小町」という掲示板からの引用です。
これに対するレスは、そんな気持ちの悪い人とは別れなさいというものが圧倒的です。この男性はストーカーになるタイプですという指摘もあります。
ただ、これを「甘え」と解釈した人からはこんなレスもあります。
 
うちも同棲当初はべたべたひっついたりひっつかれたりしていました。
けど5年くらいたったころから、少しずつ適切な距離が開き始めました。
なのでトピ主さんところも大丈夫だと思うけど…。たぶん…。
 
ともかく、これが人生相談だとすれば、別れなさいというのが回答であることは間違いないでしょう。とくにこの男性は、束縛のあまり女性の海外行きを妨害し、女性の会社での立場を悪くしています。あまりに自己中心的で、女性の幸せを考えていないことは明らかです。
 
ただ、この男性はどうしてこのような不可解な行動をするのかということが気になります。できれば、それを理解した上で対処したいものです。
この相談者(トピ主)はそのあとも書き込みをしていて、そこに有力な手がかりがありました。
 
母親との関係を指摘してくださっている方がいらっしゃいましたが、私の目から見ると、彼と母親との関係は良くもなく悪くもなく普通のものであると思います。
 
ただ気になることが2つあります。
一つは彼の弟です。彼の弟は2つ違いで今年27歳なのですが、私が彼の実家に挨拶に行くと、必ずと言って良いほど母親の後ろをついて回っています。
たまに母親に抱きついたりするので、母親が露骨に嫌がっているのを何度も見かけました。
当初、ふざけあっているのかと微笑ましく見ていたのですが、その回数の多さと母親の露骨な嫌がり方、嫌がられた後の弟の反応(部屋に閉じ籠もります)に疑問を覚えるようになりました。
 
二つ目は、彼と父親との関係です。
彼は私のパソコンやメールアドレス、ネット口座などを管理していますが、全く同じことを彼は自分の父親からされており、それをとても嫌がっています。
彼がお金をおろすとすぐに父親から「何を買った?」と電話がかかってきます。
 
しかしこの2点以外は、まるで絵に描いたような、大変仲の良い一家です。
私のことも非常に大事にしてくれているので感謝しています。
 
これを読むと、かなりわかってきます。弟の行動は婚約者の行動と基本的に同じと思われます。
27歳にもなっているのに、必ずといっていいほど母親のあとをついて回り、たまに抱きついて嫌がられているというのは、かなり異様です。
なぜこのような行動パターンが形成され、持続しているのでしょうか。
 
普通は、そんな大きな息子に抱きつかれると母親は拒絶します。そして、母親から何度か拒絶されたら、もう抱きつくのはやめます。
ですから、この母親は最初のうちは拒絶しないのでしょう。「当初、ふざけあっているのかと微笑ましく見ていた」という記述からもそう判断できます。ところが、ある一線を越えると拒絶するのです。
これは息子にしてみれば、母親に甘えようとしたら、甘えさせてくれそうになるのだが、結局は甘えさせてくれないということになります。蛇の生殺しというか、蒲焼きの匂いだけかがされて蒲焼きは食べさせてくれないみたいなものです。
おそらく息子が小さいときから母親はこうした行動をとっていたのでしょう。そのためこの兄弟は「今度こそ甘えさせてくれるのではないか」という期待を抱いては裏切られるということの繰り返しで、甘え欲求が満たされたことがなかったのでしょう。
そして、弟は今も母親に対して同じ行動をとっているが、兄は婚約者という新しい甘えの対象を見出したというわけです。
 
なぜ母親はこうした行動をするかというと、ひとつには自分も母親に甘えさせてもらえなかったということがあるのでしょう。そして、もうひとつには、夫婦関係がうまくいっていなくて、子どもが自立してしまうと孤独になるので、子どもを自立させないための“戦略”なのでしょう。
そして、父親も子どもを自立させないために「束縛」という単純な“戦略”を採用しているというわけです。
 
夫婦間にふれあいがないと、その代償として親と子のふれあいが密になります。そして、このふれあいはしばしば子どもの自立を阻むことになります。
 
こういうややこしい家庭で育ったために、この婚約者は女性に甘えつつ束縛するという行動をとるものと思われます。
 
もし相談者の女性がひじょうに愛情深い人であれば、このややこしい婚約者を十分に甘えさせ、束縛してきたらやんわりとたしなめるというやり方で、しだいに婚約者をまともにしていくということも可能ですが、この女性はまったくそういう人ではなく、自立していない点では婚約者と同じようなレベルと思われ、そのために婚約者に束縛されてしまっています。
ですから、この女性にアドバイスするとすれば、とにかく別れなさいというしかないでしょう。
 
 
さて、私としては、婚約者や配偶者に不可解なところがあるときは、たいてい実家を見れば理解できるはずだということを教訓にしてこの記事を終わらせるつもりだったのですが、実はこのあと相談者が婚約者と別れようとしたら、婚約者はストーカーと化して、双方の家族まで巻き込んで、まるでホラー小説のような展開になっていきます。むしろこちらのほうが問題が大きいので、収まりが悪くなってしまいました。
相談者はあまりにも自立心がなく、そうすると相談者の家族にも問題があるのかと想像されますが、ただその証拠になるようなことはなにもありません。
 
このあとの展開は、レスを省いた「トピ主のみ」を見てもわかります。

一般に「教育」というのはよいこととされていますが、それは大いなる誤解です。人間は生まれつき学習意欲や好奇心が備わっており、それ以上に教育すると害が出ます。
学習環境が劣悪な途上国で学校をつくるのはもちろんよいことで、こういう場合は教育もよいことになりますが、今の日本ではもうすでに教育が過剰になっていますから、これ以上教育しようとすると害が拡大するだけです。
 
「しつけ」についても同じようなことが言えます。子どもが発達とともに身につけていくべきことを、親が発達よりも早くしつけようとすると当然害が生じます。
 
 
過剰教育や過剰しつけの害はいたるところに見られます。たとえば、次に紹介するのは、掲示板「発言小町」にあったもので、若い女性が婚約中の男性についての愚痴を書いたものです。
 
関白宣言…な彼に…(愚痴)   ナスカ 2012118 12:15
 一年後に結婚予定のナスカと申します。
彼は5歳年上。
大人の魅力に溢れた素敵な人でした。
 
ところが、結婚が決まった瞬間から、関白宣言さながらの俺様ぶり。
何か意見など言おうものなら、「はいって言えばいいんだ」…と怒涛の如く怒鳴り「これまで甘やかしてきたのがいけなかった、俺の責任でもある」などと言い私を教育してます。
 
先日は怒られ中に辟易してしまい、どこか遠いところを眺めてしまっていたのですが…「聞きたくないなら、それで構わない。今すぐここから出ていきなさい」「聞けるようになったら、来なさい」などと言われてしまいました。
 
近頃は反抗し、休みの日に会わずにいたりしていますが、「浮気をしたら別れる。お前がその気にならない限りそういう間違いは起きないのだから」と持論を展開。
 
結婚前にこんな関白宣言。予定外でした。
彼は、どこらへんまで突っ走るんだろうか…。
と…不安です。
 
長~い愚痴に付き合っていただきましてありがとうございました。
 
この書き込みに対するレスは圧倒的に「別れなさい」と助言するものです。そのうちDVに変わるだろうという意見も多くあります。
 
それにしても、結婚が決まったとたんに豹変するというのも困ったものです。私は、ある女性が2年ほど同棲して結婚したら男がDV男に豹変したという話を聞いたことがあります。結婚する前に相手をよく見きわめなさいといっても、そうなるとどうしようもありません。
 
この男性は、婚約するまでは礼儀ということを心がけていたのでしょう。婚約したとたんに、もう身内だから礼儀はいらないとなって、ほんとうの姿が出てしまったわけです。
 
ともかく、「私を教育してます」という言葉があるように、本来対等であるべき男女関係に「教育」が入り込んでしまったので、この男女関係は誰が見てもだめなものになってしまいました(もちろんこういう関係からみずから抜け出そうとしない女性のほうにも大いに問題があります)。
 
 
これは男女関係に「教育」が入り込むとだめになるといういい例だと思いますが、では、親子関係ではどうでしょうか。
同じ「発言小町」の掲示板に、子どもを教育・しつけしようとして悩む親の書き込みがありました。
 
何度同じことを注意させるのか。疲労コンパニオンの母です  あおざかな 2012924 9:07
 小学2年生の息子です。親がどんなに注意しても、いっこうに直そうとしません。見てて思うに、とにかく、テキトーな性格&物事を感覚でこなしてしまい、人の話を聞いてないといった感じで、注意しても、我流を通してしまいます。生活面では挨拶です。とにかく、挨拶をしません。いったい何万回「挨拶をしないさい」といったことか。。言うと、頑なに挨拶をしなくなってしまったので、今は、ひたすら、親の私が、挨拶をする姿を見せています。いつか、子供が「挨拶は大事なコミニケーションの一つなんだ」と気が付いてくれるのをひたすら待つしかないと思っています。
勉強についても、たとえば、漢字の書き順。。注意した、その瞬間から、間違った書き順を書き始めます。楽器の習い事をしていますが、先生からも注意をされています。「なぜ、この練習をしているか考えながらやりなさい。何を注意されたの?」っと。。。家では、先生に注意されたことを本人の口で説明させてから、練習させます。ゆっくり練習させて、何度も音階を練習し、さて、曲をやらせると・・・。はぁ・・・。まったく、直ってません。。(超脱力です)いつも、この繰り返し。。主人に言わせると、「注意されたことをすぐにできる子供なんていない。やろうとしてる気持ちはあってもできないんだよ。あれぐらいの年齢の男なんて何も考えてないんだから。」といいます。いったいどうしたらいいのかわかりません。習い事も勉強も、こっちが放り投げ当てしまえば、どれだけ親子喧嘩が減ることか。親は細かいことをイチイチ言わず、子供にまかせて、それがたとえ我流を通す事になっても、将来的に自己肯定感に結びつき、自信をもって人生を歩んでいけることになるのでしょうか?今朝はあまりに同じことの繰り返しで、頭をひっぱたいてしまいました。
なんで、直そうしないんだろう・・何も考えないんだろう。。。
 
この書き込みに対するレスは、ほとんどがもっと肩の力を抜いてとか、息子さんのだめなところばかり見ずいいところを見てあげてくださいといったものですが、うちも同じだというものもあります。
 
とにかく、これが過剰教育・過剰しつけの典型的な例だと思います。子どもの発達よりも親の期待が先に行きすぎてしまっているのです。
言い換えれば、この親は子どもに合わせるということができなくて、子どもを自分に合わせようとしているのです。
こうしたことは広く行われていると思います。
 
 
ところで、掲示板のふたつの書き込みを並べて紹介したのは、このようにして教育・しつけされた男の子が将来、婚約者に対して強圧的な態度で教育するような男性になるのではないかということを示したかったからです。
 
「疲労コンパニオン」の母親は、息子に必死であいさつをさせようとしていますが、あいさつや礼儀ができるようになってもよい人間になるわけではありません。そもそもあいさつや礼儀は他人とのつきあいに有効なだけで、恋愛関係や夫婦関係をうまくやっていくにはあまり役に立ちません。いや、逆にあいさつを強要するようなやり方が恋愛関係や夫婦関係に出てきてしまって、マイナスになります。
つまり子どもへの過剰教育が、婚約者を教育するような人間をつくるというわけです。
 
いい親子關係が築ければ、その子は将来いろんな人といい関係を築けるようになるはずです。
教育・しつけが親子関係を阻害しているのでは、本末転倒もいいところです。

このページのトップヘ