村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

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安倍首相によるトランプ大統領の“おもてなし”ぶりは涙ぐましいほどでした。
それがトランプ氏の譲歩を引き出して、通商交渉が有利に進むなら、やった意味はありますが、トランプ氏はまったく譲歩する気配はありません。逆にトランプ氏は「日本は新型戦闘機F35105機購入する意向を示してくれた。日本はF35を最も多く保有する同盟国になる」と自分の成果を誇示しました。安倍首相のほうが譲歩しているのです。
 
いや、トランプ氏はツイッターで通商交渉について「7月の選挙まで待つ」と言って、参院選を控える安倍首相に配慮しました。これは安倍首相がトランプ氏の譲歩を引き出したといえます。
しかし、これは日本の国益とは関係ありません。安倍首相の政権維持のためです。
 
安倍首相においては、国益は二の次、三の次です。
安倍首相は「トランプ大統領とは完全に一致しました」とか「日米は完全に一致しました」ということを繰り返し言っています。
「アメリカファースト」を掲げるトランプ大統領と「完全に一致」したら、安倍首相は「アメリカファースト」を受け入れたということになります。
 
ということは、安倍首相においては、アメリカ第一、自分第二、日本第三という順番になると思われます。
 
安倍首相だけでなく、日本の保守や右翼はほとんどが「アメリカファースト」です。
 
たとえば、トランプ氏が大相撲を観戦して退場する際、近くの升席にいた作家の門田隆将氏、評論家の金美齢氏、ジャーナリストの櫻井よしこ氏と握手するシーンがテレビに映り、この3人は安倍首相のお友だちと見られるだけに、「コネを使ってトランプと握手した」とか「安倍首相のお友だち優先」とかの批判の声が上がりました。
 
それに対して門田氏は、升席は自費で確保したものだとブログで反論しています。
 
 
産経新聞がトランプ氏の大相撲観戦の予定をスクープしたのは、4月12日朝刊だった。記事を見た私は、即座にコミッションドクターとしてボクシング界やプロレス界といった格闘技界、あるいは自身が慈恵医大の相撲部だったこともあり、大相撲界にも広い人脈を持つ旧知の富家孝医師にすぐ連絡し、マス席を確保してもらった。
さすがに普段より値段が高く、かなりの金額だった。私は富家氏と相談し、いつもお世話になっている金美齢さん、櫻井よしこさんのお二人をご招待することにしたのだ。
マス席は西方だったが、通路のすぐ横だった。それはトランプ氏らが出入りする通路。朝乃山関への表彰が終わって退場する時、思わず、4人が「Mr.President!」と声をかけるとトランプ氏がニコニコしながら近づいてきて、金美齢さんと握手をしてくれた。
私も手を出すと、大きな手でぐっと握ってきた。カサカサしていて、アスリートのような手だった。私は、野球選手の手のようだと思ったが、考えたらトランプ氏はゴルフの腕前がシングルなので、それはゴルフ選手の手だったのだろう。私のあと櫻井さんも握手したが、富家氏だけがしそびれてしまった。
 
 
まるで偶然握手できたかのようですが、一般人との接触はSPが止めるはずで、やはり仕組まれていたものではないでしょうか。
 
いずれにしても、門田隆将、金美齢、櫻井よしこという日本の保守を代表する論客が、わざわざトランプ氏のくる日に大相撲観戦に行き、自分から手を出してトランプ氏と握手したのは事実です。
まるでアイドルのファンのような行動です。
日本の保守にとってトランプ氏は崇拝の対象であるようです。
 
安倍首相がいくらアメリカから戦闘機を買っても保守や右翼から批判の声は上がりません。辺野古埋め立てにも保守や右翼は賛成です。
 
「親米右翼」や「親米保守」という言葉がありますが、「売国右翼」や「売国保守」といったほうが適切です。
 
少なくともトランプ氏と握手して喜んでいるような人間は、右翼とも保守とも言えません

皇族は、国民からすれば雲の上の人です。
そのため、国民は皇族に人間的な共感が持てないということがあります。
 
そのことに改めて気づいたのは、次の記事を目にしたときです。
 
 
悠仁さま「驚かれた様子だった」 刃物事件の報告受け
 お茶の水女子大学付属中(東京都文京区)で秋篠宮家の長男悠仁(ひさひと)さま(12)の机に刃物2本が置かれた事件で、宮内庁は10日、事件の報告を受けた悠仁さまが「驚かれた様子だった」と明かした。
 秋篠宮ご夫妻も他の生徒や保護者らへの影響を案じており、同庁は学校側や警察当局と警備態勢を見直しているという。
 秋篠宮ご一家を支える加地隆治・皇嗣職大夫が同日の定例会見で明らかにした。事件は4月26日に発生した。悠仁さまは26日夕から地方旅行に出かけていたが、27日に事件の報告を受けて速やかに帰京した。事件後、学校は休校になっていたが、13日から授業が再開される。悠仁さまが通学に不安を訴える様子はなく、宮邸では普段通り生活しているという。(長谷文)
 
 
「驚かれた様子だった」というのは、表面的なことで、悠仁さまの心中はまったくわかりません。
 
逮捕された長谷川薫容疑者は「刺すつもりだった」と供述しています。たまたま悠仁さまが教室にいなかったので、被害がなかったわけです。
 
中学1年生の少年が自分の命を狙われたと知ったとき、どんな思いがするのでしょうか。自分が狙われたのは、自分が天皇家の跡継ぎだからだと思うでしょう。政治家がテロリストから狙われたときは、自分の主張を曲げるとか、政治家を辞めるとかの対処法がありますが、天皇家の跡継ぎという立場から逃れることはできません。
 
テロ行為をするのは特殊な人間ですが、天皇制に反対の国民は一定数います。
悠仁さまは今、赤坂御用地の秋篠宮邸とお茶の水女子大学付属中学校が生活の場で、一般国民と触れ合う機会はほぼないでしょうが、一般国民に対して恐怖心や不信感をいだいてもおかしくありません。
 
普通なら悠仁さまにカウンセリングを行うなど心のケアをするところですが、そういう報道はありません。
みんなして悠仁さまを無視というか放置しているのではないでしょうか。
 
 
皇族に対して無視や放置ならまだしも、逆に人間的にひどい扱いをしてしまうことがあります。
 
たとえば、このところ小室圭さんはメディアからものすごいバッシングを受けています。普通の若者に対してひどすぎると思っていましたが、考えてみれば「普通の若者」ではなくて「半ば皇族」なわけです。
 
また、小室圭さんを批判することは、小室圭さんを選んだ眞子さまを批判することでもあるのですが、そんなことは誰も気にしていないようです。
 
佳子さまも、眞子さまと小室圭さんの婚約問題について「姉の一個人としての希望がかなう形になってほしい」と述べただけで批判されています。

秋篠宮さまも最近マスコミにひどくバッシングされていて、週刊文春は『皇太子が漏らされた秋篠宮さまへの憂慮「抗不安薬」「千鳥足」』という記事で、秋篠宮さまがストレスのため抗不安薬を飲んでいると書いています。
それが事実だとしても、どんな薬を飲んでいるかは完全なプライバシーです。
 
また、女性セブンは昨年9月の『小室さんの件を受け悠仁さまに「皇太子ご夫妻下で帝王学」計画』という記事で、悠仁さまは秋篠宮さまのもとでは帝王学を学べないので、悠仁さまを皇太子夫妻に預けて育てるべきだと書いています。親子関係を切り離せというとんでもない記事です。
 
秋篠宮家を集中的に攻撃しろという指令がどこかから出ているのかと疑わざるをえませんが、それはともかくとして、こうした状況を悠仁さまはどう見ているのでしょうか。
 
悠仁さまは「雲の上の人」ではなく「人の子」です。
「机に刃物」事件でショックを受けている上に、このようにメディアに攻撃されれば、国民全体が敵に見えてもおかしくありません。
国民と触れ合う機会があったとき、国民に向かって笑顔で手を振ることができるか疑問です。

今はメディアがこぞって“逆帝王学”を教えている格好で、これは天皇制の危機でもあります。

最近、女性天皇容認論が力を増していますが、この論は肝心のことを無視しています。
それは女性皇族の意志です。
女性天皇というのは、現実には愛子さまが天皇になるということですが、いざ制度改革をしようとしたとき、愛子さまが「私は天皇には絶対なりたくない」と言いだしたら、どうするのでしょうか。それでも制度改革を強行するのでしょうか。
 
女性宮家容認論についても同じことが言えます。眞子さまにしても佳子さまにしても、「私は結婚して一般国民になりたい」と言うかもしれません。
 
女性天皇や女性宮家を容認する人は、女性の権利を尊重する人でもあると思われますが、女性の意志を無視して議論しているのは気になるところです。
 
 
日本国憲法は国民に基本的人権を保証しているのに、皇族には表現の自由も職業選択の自由もありません。「人権のない人」が日本に存在するわけです。
憲法学者の長谷部恭男氏はこれを「身分制の飛び地」と表現しています。
近代憲法というのは、前近代的な身分制を破壊して、すべての人が平等な更地にしたが、一か所だけ天皇制という「身分制の飛び地」が残ったというわけです。
 
これは皇族を特権階級と見なした考え方のように思われます。確かに皇族は豊かな生活をし、人々から尊敬される立場ですが、人権が制限され、公務をする義務があり、最近はメディアやネットで批判されることが多くなっています。今では特権階級というよりも、「人権の制限される不自由な人」という感覚ではないでしょうか。
 
ともかく、日本国民の中に「人権のない人」がいるというのは困った状況です。
これをなんとかするには、ひとつしか方法がありません。それは皇籍離脱の自由を認めることです。
本人がさまざまな制約を受け入れることを承知で皇籍に残れば、それは人権侵害ではありません。
旧皇族など天皇家の血縁者を新たに皇族に入れる場合も、制約を受け入れることを条件にすればいいわけです。
こうすれば皇族は「人権のない人」ではなくなります。
 
天皇についても同じことです。天皇の役割は皇族よりもはるかに重いので、天皇に即位するときは本人の同意を条件にするべきです。同意なしに天皇に即位させることは、「その意に反する苦役に服せられない」という憲法十八条違反になります(今でもすでに本人の同意なしに天皇に即位させることはできないという学説があります)
 
こうすると誰も天皇のなり手がいないという事態が起こるかもしれません。
そうなるかならないかはまさに「国民の総意」によります。
 
 
考えてみれば、なぜ日本国憲法に「身分制の飛び地」が残ったのかというと、戦前の天皇制があまりにも重くて、急に廃止できなくて、妥協の産物として「象徴天皇制」にしたからです。
日本国憲法において象徴天皇制は「帝国憲法の飛び地」なのです。
ですから、民主、平和、人権が世の中に定着してくると、象徴天皇制も廃止の流れになるのは当然です。
 
誰も天皇のなり手がいないという事態になったときは、天皇制廃止の憲法改正をすればいいわけです。
改憲派はやっと夢を果たせます。

4月23日のフジテレビ系「バイキング」を見ていたら、一般人を対象に「小室圭さんを応援するか・しないか」というアンケートをやっていました。
その結果は、正確な数字は忘れましたが、「応援する」は約4分の1で、「応援しない」は約4分の3でした。
 
おかしなアンケートです。小室圭さんは誰にとっても赤の他人ですから、「応援する」人が少ないのは当たり前です(4分の1でも多い気がします)
どうせアンケートをするなら、「眞子さまを応援するか・しないか」にするべきです。眞子さまは皇族ですから、国民にとって他人ではありません。
要するにこのアンケートは、小室圭さんたたきをするのが目的としか考えられません。
 
最近、佳子さまもたたかれています。大学卒業に際して発表した文書で「私は、結婚においては当人の気持ちが重要であると考えています。ですので、姉の一個人としての希望がかなう形になってほしいと思っています」と述べたのが原因です。
佳子さまの考えは当たり前のことで、批判するほうがどうかしています。
とくに佳子さまの立場では、姉が自分の選んだ人と結婚できないと、自分も結婚相手を選べないということになるので、自分自身のためにも主張したいところです。
 
このようなマスコミの小室圭さんたたき、佳子さまたたきには、政府や宮内庁の意向があるに違いありません。
これは眞子さまが自分の結婚についての意志表示をすれば、すべて終わってしまう問題だからです。
宮内庁が眞子さまの発言を封じているのがいちばんの問題です。
 
秋篠宮さまが「兄が80歳のとき、私は70代半ば。それからはできないです」と語り、即位辞退の意向を表明したと報道され、これも批判されています。
しかし、今の天皇が高齢を理由に退位するのですから、同じ理由で即位辞退をしてもいいはずです。
秋篠宮さまは昨年の誕生日会見で、大嘗祭について「宗教色が強いものを国費で賄うことが適当かどうか」と発言されました。政府の決定に異を唱えたということで、これも批判されました。
 
要するに皇族がなにか意見を言うと批判されるわけです。
 
皇族の人権は制限され、たとえば政治的発言などは許されません。
しかし、自分自身のことや皇室のことについては、意見表明の権利はあるはずです。
ところが、眞子さまは自分の結婚について語ることができませんし、雅子さまはかつてひどいバッシングにさらされましたが、そのころ記者会見などで意見表明する機会はまったくありませんでした(今も同じです)
 
このブログの前々回の記事「いじめ防止法の欠陥とはなにか」で、子どもに意見表明権があるのにその機会がまったく与えられていないということを書きました。
皇族も同じ状況に置かれています。
 
秋篠宮さまや佳子さまは珍しく意見表明をしましたが、そうすると批判されてしまいます。
 
批判する主体は、皇室を思い通りにしたい保守派や安倍政権でしょう。
彼らは直接批判するわけにいかないので、マスコミに批判させているわけです。
そうしてマスコミが連日のように皇族批判をするという異常事態になっています。
その結果、皇族の権威がどんどん低下しています。
 
前回に「私物化すると価値が下がる法則」という記事を書きましたが、それと同じことです。
保守派は天皇制を利用することしか考えていなくて、皇族への敬意や人権感覚がないので、結局天皇制や皇族の価値を下げてしまうのです。
 
もっとも、天皇制や皇族の価値が下がることは、日本の民主主義にとっていいことかもしれません。

麻生財務相は4月9日、紙幣のデザインを刷新すると発表しました。
4月1日の新元号の発表と日が近いこともあって、どうしても両者を比較してしまいます。
そうすると、そこに日本のかかえる問題が浮き彫りになってきました。
 
新元号「令和」は、それまで漢籍を典拠としてきたのと違って、初めて万葉集という国書を典拠としたことが売りです。
もっとも、万葉集の典拠となったその部分は漢文であり、しかも漢籍の名文とされる表現をなぞったものでした。そもそも元号制度も漢字も中国からきたものです。
それでも、安倍政権は“国書”にこだわることで、日本文化のすばらしさをアピールしたかったようです。
 
新紙幣のデザインに採用された人物は、1万円札が渋沢栄一、5千円札が津田梅子、千円札が北里柴三郎でした。
この人選には、日本文化のすばらしさをアピールするものがまったくありません。
というか、むしろ日本文化の否定です。
 
渋沢栄一は幕末の1867年に将軍の名代である徳川昭武の随員としてパリ万博に行き、その後もヨーロッパ各国を歴訪して産業・軍備を学び、帰国後はフランスで学んだ株式会社制度を実践するなどして実業家として成功し、「日本資本主義の父」とも呼ばれます。
 
津田梅子は1871年に6歳にして岩倉使節団に随行して渡米、語学のほか自然科学、心理学、芸術を学び、1882年に帰国しますが、そのときは通訳が必要なほど日本語ができなくなっていたといいます。英語教師や通訳として働いていましたが、1889年に再び渡米、生物学、教育学などを学び、そのときに日本の女性教育に関心を持ったとされます。1892年に帰国し、1900年に現在の津田塾大学の前身の女子英字塾を設立して、日本における女子教育の先駆者とされます。
 
北里柴三郎は東京医学校(現在の東京大学医学部)を卒業して、内務省衛生局に勤務、1886年から6年間ドイツに留学、ローベルト・コッホに師事し、破傷風に対する血清療法を確立して世界的な名声を博し、のちにはペスト菌も発見、伝染病研究所や北里研究所などを設立して、「日本の細菌学の父」とされます。
 
要するに3人とも、欧米に行って向こうの文化や学問を学び、日本に広めた人です。その業績は日本にとっては価値がありますが、世界的に見ると、右のものを左に移しただけのことです。
したがって、世界に対して誇れる人ではありません(北里柴三郎の業績は別ですが)
 
日本人が海外旅行をしたときもそうですが、その国の紙幣に出ている人物は誰かということには興味があるものです。どこの国でも“建国の父”みたいな人か、世界的に知られる偉人を紙幣にしています。ベトナムだとホーチミン、イギリスだとダーウィンという具合ですが、世界的な偉人もいないし、“建国の父”も有名でない国の紙幣は、「これ、誰?」ということになります。
そういう意味で、紙幣の肖像を見るとその国のレベルがわかります。
軍人風の人物か文化人風の人物かで、その国の思想も少しはわかります。
 
外国人観光客が日本に来て、紙幣の渋沢栄一、津田梅子、北里柴三郎を見たとき、知っているという人は誰もいないでしょう。こういう人物だと説明を聞かされれば、日本人は日本文化よりも欧米の文化を尊重しているのかと思うはずです。
 
紙幣の肖像は、外国人に日本文化をアピールするのに格好の手段です。
ただ、日本に世界的に知られる偉人はあまりいません。葛飾北斎か黒澤明監督ぐらいでしょうか。
しかし、ビジュアルでアピールすることを考えれば、たとえば相撲の横綱とか、歌舞伎役者とか、三百年の平和を築いたショーグンの徳川家康とか、ラストサムライの西郷隆盛とか、柔道の嘉納治五郎とかでいいわけです。その人物のことを説明すれば日本文化のアピールができます。あるいはゴジラとか鉄腕アトムといった手もあるかもしれません。
 
渋沢、津田、北里の人選には、日本文化をアピールするという要素がまったくありません。
そういう意味では、新元号が国書典拠をアピールしたのとまったく逆です。
 
いや、元号の場合は、日本対中国の問題でした。
紙幣の肖像は、日本対欧米の問題です。
つまり安倍政権は、中国に対しては日本文化を誇りますが、欧米に対しては日本文化を誇らないのです。
 
これは安倍政権だけでなく、日本の右翼とか保守派に共通する問題です。中国韓国には優越感、欧米には劣等感を持っています。
そのため、中国韓国には歴史認識などでトラブルを起こしますが、アメリカには従属するだけです。ロシアにもなにも言えません。
 
新紙幣の渋沢、津田、北里を選んだ人たちの頭の中には、鹿鳴館時代の価値観が今も生き続けているようです。

水道事業への民間企業の参入を可能にする改正水道法が成立しました。
日本人は水に独特の思いを持っているので、もっと強い反対の声が上がるかと思いましたが、そうでもありませんでした。
 
水道のような競争原理の働かない分野に民間企業を入れるのはおかしなことですが、「鉄道や電力のような競争原理の働かない分野で民間企業がちゃんとやっているではないか」という反論がありました。
しかし、鉄道会社や電力会社は日本の企業で、これからもずっと営業を続けていきます。
水道事業の場合は、コンセッション方式といって、運営権だけを一定期間民間企業に売却するものです。
しかも、そこに参入するのは水メジャーといわれる外資系企業と見られます。
まさに“ハゲタカ”にむさぼられるわけです。
 
もっとも、これについても水道事業について高度なノウハウを持っている水メジャーに任せたほうがうまくいくという説もあります。
 
三大水メジャーとされるのは、フランスのヴェオリア、スエズ、イギリスのテムズウォーターと、欧米系企業です。
日本人は欧米系に甘いために危機感がないと思われます。
これが中国系の企業だったらどうでしょうか。
 
水道民営化を推進してきた内閣府の民間資金等活用事業推進室にフランス系のヴェオリア社日本法人から職員が出向していたという事実が明らかになりました。水メジャーの力を借りて法案をつくっていたのでしょう。
中国系企業の職員が日本の政府機関に入っていたとしたら、大問題になっていたでしょう。
 
 
数年前、中国人が日本の水源地の土地を買い占めているということがメディアでかなり報道されました。
しかし、水源地を買っても、水を中国に持っていけるわけではありません。なんのために水源地を買うのかと疑問に思っていたら、これはフェイクニュースだとわかりました。今ではこういう報道はありません。
 
関東大震災のときに「朝鮮人が井戸に毒を入れた」というデマが広がったことがあります。「中国人が水源地の土地を買い占めている」というのもこれと同じです。日本人は水源が失われることに強い危機感を持っているので、こういうデマに踊らされるのです。
 
そういう意味では、水道事業が外資系企業に買われることにもっと危機感を持っていいはずですが、やはり日本人は欧米系に甘いようです。
とくにひどいのが、右翼、保守派です。こういう人たちこそハゲタカに危機感を持っていいはずですが、むしろ逆です。
 
右翼、保守派、そして安倍首相らの頭の中は、欧化政策、脱亜入欧の明治時代のままです。
移民政策を進める入管法改正も、要するに欧米の真似をしたものです。
こういうことをしていると、日本のよさがどんどん失われていきます。
 
一方、中国や韓国に対しては、植民地主義時代のままに見下しているので、なかなか外交関係がうまくいきません。
 
日本は「戦後レジームからの脱却」をする前に「明治レジームからの脱却」をしないといけません。

安倍政権は外国人労働者を増やす入管法改正をゴリ押ししています。
安倍政権がなにかの法案をゴリ押しするときは、たいてい背後にアメリカの要請があるものですが、今回その可能性はなさそうです。
もっぱら財界の要請に応えているのでしょう。
経団連は2016年に23億円余りの献金を自民党にしているので、自民党としてはその要請を無視するわけにいきません。
 
新聞各社が入管法改正についてどのような論調であるかということを次の記事が書いていました。
 
【論調比較・入管法】 外国人の人権案ずる朝毎・東京 治安悪化懸念の産経
 
日経と読売は入管法改正に基本的に賛成です。日経は企業側に立って、読売は自民党側に立っているので、当然でしょう。
 
朝日、毎日、東京は入管法案に反対です。その主な理由は、外国人労働者の受け入れ環境整備が不十分だということです。
 
産経も反対ですが、その理由は「日本社会の変質」への懸念です。外国人が増えると地方参政権を求める声が強まり、社会の混乱や治安の悪化が生じるということです。

朝日、毎日、東京は外国人労働者を思いやり、産経は外国人労働者をヘイトしています。
しかし、日本人単純労働者のことを無視しているのはどちらも同じです。
 
外国人労働者がふえると、それと競合する日本人単純労働者の賃金が上がりません。
これからやってくる外国人労働者の待遇を心配するより、今いる日本人労働者の待遇を心配するほうが先でしょう。
 
安倍政権は「アベノミクスにより最低賃金・失業率・株価は軒並み改善しており、これからアベノミクスの果実が全国津々浦々に届けられ、実質賃金も上昇し、デフレから脱却できる」と繰り返してきました。しかし、外国人労働者を大量に入れれば、日本人労働者の賃金は上がりませんし、デフレからの脱却もできません。
入管法改正は、アベノミクスの恩恵がしたたり落ちてくるのを待っていた日本人労働者への裏切りです。
 
日本の新聞がこの問題を無視する理由はわかります。日本人の低所得層はほとんど新聞を読まないからです。
低所得層は自民党に献金もしないし、新聞も購読しないので、誰も味方がいないというわけです。
 
低所得層の中心をなすのは、バブル崩壊後の就職氷河期世代、いわゆるロストジェネレーションです。正社員になれないまま、今では「中年フリーター」と呼ばれています。
彼らが貧困なのは自分のせいではありません。しかし、ちょうど社会主義思想が力を失った時代で、彼らの味方をする思想がありませんでした。
そのため彼らは新自由主義思想を頼り、在日特権批判、生活保護受給者批判、自己責任論が横行しました。“弱者がより弱者をたたく”というパターンです。
 
低所得層や単純労働者はみんな入管法改正に反対しているはずですが、その声はまったく聞こえてきません。「弱者が団結して世の中を変える」という発想がなくて、自己責任論ばかり言ってきたので、今さら声を上げられないのでしょう。
 
では、彼らの不満はどこに向かうかというと、外国人労働者への憎悪でしょう。
産経がもうその道筋をつけています。
産経は入管法改正に反対する主な理由に治安悪化を挙げています。
 
実際は外国人犯罪はへっていて、このブログの「日本人を分断する移民政策」という記事でも「来日外国人の検挙件数は2005年が4万7865件とピークで、2015年には1万4267件と三分の一以下にへっています」と書いたことがあります。
 
ところが、産経系列の「FNNプライムニュース」の「来日ベトナム人による事件急増! 技能実習生が犯罪者へ転落する日本」という記事では、2017年のベトナム人の検挙件数が5140件になって中国人の検挙件数の4701件を抜いたということを取り上げて、こう主張しています。
 
外国人が増えると、犯罪も増える。
残念ながら、それは事実だ。
不安払しょくのため、国会では、しっかりとした議論を求めたい。
 
外国人犯罪の総検挙件数は大幅にへっているのに、ベトナム人の検挙件数が中国人の検挙件数よりもふえたということだけをとり上げて、あたかも外国人犯罪がふえたかのように思わせているのです。
 
とはいえ、産経は低所得層の不満を認識して、不満のはけ口をつくっているということもいえます。
朝日、毎日、東京は低所得層への配慮がありません。
こうしたことも世の中の右傾化やヘイトスピーチの増大を生んでいると思えます。

今年のノーベル平和賞に決まったコンゴの婦人科医デニ・ムクウェゲ氏とイラクのナディア・ムラド・バセ・タハさんは、どちらも戦時下の性暴力と戦ってきた人です。
「戦時下の性暴力」といえば、日本の場合は従軍慰安婦の問題がありますが、これがひじょうに情けないことになっています。
 
吉村洋文大阪市長は、10月2日付けで姉妹都市の解消を通告する公開書簡をサンフランシスコ市長宛てに送付しました。姉妹都市を解消する理由は、サンフランシスコ市の市有地に慰安婦像と碑が設置されたことです。
 
その公開書簡は次で読めます。
 
サンフランシスコ市長宛公開書簡(参考和訳)
 
吉村市長は書簡の中で「女性の尊厳と人権を守る活動については大いに取り組むべき」と述べていますが、やっていることはまったく逆で、人権感覚のなさを世界に発信しています。
 
そもそも慰安婦問題は日本と韓国の問題ですが、いつのまにか大阪市とサンフランシスコ市の問題になっています。
しかも、「慰安婦」問題ではなく、「慰安婦像」問題になっています。
すっかり矮小化されているのです。
 
 
矮小化といえば、旭日旗問題もそうです。
韓国の済州島で1011日に開かれる国際観艦式で、韓国は自衛艦に旭日旗を掲揚しないよう日本に要請してきましたが、日本はそれを拒否し、観艦式に参加しないことを決めました。
これもほんとうに小さな問題です。
自衛艦が旭日旗を掲揚しようがしまいが、国益になんの関係もありません。
 
韓国が旭日旗にこだわるのは、いまだに植民地支配の屈辱があるからだろうと想像できます。
では、日本が旭日旗にこだわるのはどうしてでしょうか。
いまだに軍国主義時代を正当化したい人たちがいるからということもあるでしょう。
しかし、それだけとは思えません。
やはり日本人にも屈辱があるからです。
 
日本人は外交でつねに屈辱を感じています。
アメリカに関しては、最近のことに限っても、辺野古にアメリカの基地をつくらされ、そこまでしても自動車に関税をかけるぞと脅かされて、二国間交渉を飲まされました。
ロシアに関しても、日本は経済協力はしても北方領土返還の約束は得られず、プーチン大統領に前提なしに平和条約を締結しようと言われても安倍首相はニヤニヤ笑いを浮かべるだけです。
 
欧米には卑屈で、アジアには傲慢というのが日本人の伝統的な態度でしたが、最近は中国の力が強くなってきたので、中国に対して傲慢な態度はとりにくくなりました。
ですから、日本人が傲慢になれるのは北朝鮮と韓国に対してだけです。
 
日本と韓国は間接的な同盟国であり、経済的にも密接につながっているので、決定的に対立するわけにはいきません。
その点、慰安婦像や旭日旗はあくまでシンボルですから、日韓ともに屈辱を晴らす材料としてはちょうどいいわけです。
 
それにしても、日本は韓国の旧宗主国ですから、同じレベルで対立しているのは情けないことです。
いや、韓国とのことはそれほど重要ではありません。
問題は対アメリカです。
 
日本政府はオリンピックに備えて羽田空港の国際線の発着便をふやそうとしましたが、アメリカが認めないためにうまくいかないということをNHKがスクープしました。
 
 
羽田空港 新飛行ルート 日米の調整難航で運用できないおそれ
2018104 442
東京オリンピック・パラリンピックに向けて、羽田空港の国際便の発着便を増やすための新たな飛行ルートをめぐって、日本とアメリカの間の調整が難航し、運用できないおそれが生じていることがわかりました。政府内からは、外国人旅行者を2020年までに4000万人にするという目標に影響が及ぶことを懸念する声も出ています。
東京オリンピック・パラリンピックに向けて、政府は、羽田空港の国際線の発着便を大幅に増やそうと、先に東京都心の上空を通過する新たな飛行ルートを2020年までに設ける方針を決め、関係自治体などを対象に説明会を開くなどして理解を求めています。
 
一方、この新たな飛行ルートは、在日アメリカ軍横田基地が航空管制を行う空域を一時的に通過することから、政府は、羽田空港を発着する航空機の上空通過を認めるとともに、航空管制も日本側が行うことを前提に、アメリカ側と調整を続けてきました。
 
しかし、アメリカ側が、ことし夏ごろになって、上空通過も日本側が航空管制を行うことも認められないという意向を伝えてきたため、飛行ルートが運用できないおそれが生じていることが政府関係者の話でわかりました。
 
このため政府は、危機感を強めアメリカ側との協議を続けていますが、事態打開の見通しはたっておらず、政府内からは、安倍政権が掲げる外国人旅行者を2020年までに4000万人にするという目標に影響が及ぶことを懸念する声も出ています。
 
これは日本の国益の問題です。
私はこのニュースを受けて、「アメリカはけしからん」という声が上がるかと思いました。その声が大きければ、日本政府の後押しになって、交渉が有利に運ぶということがありえます。
しかし、そうした声はほとんど上がりません。
日本政府だけでなく、日本人もアメリカに対して卑屈であるようです。
日本人がこういうメンタリティーである限り、沖縄の基地問題の解決も遠そうです。
 

トランプ大統領は6月にホワイトハウスで安倍晋三首相と会談した際「真珠湾攻撃を忘れないぞ」と前置きした上で、通商問題の協議を始めたということです。
相手の後ろめたいところをつくのは交渉術のひとつです。昔の中国は日本企業と交渉するとき、南京事件を初めとする日本軍の残虐行為を持ち出して交渉を有利に運ぼうとしたといわれますが、トランプ大統領のやり方もそれと同じです。
 
アメリカファーストのトランプ大統領と安倍首相が通商問題で対立するのは当然です。
ところが、菅官房長官は「指摘のような事実はない」と否定していますし、「官邸は火消しに必死」という報道もあります。
「トランプ大統領とタフに交渉する安倍首相」をアピールすればいいのに、そういう発想はないようです。
 
それにしても、トランプ大統領に「真珠湾」を持ち出されたとき、安倍首相はなんと反応したでしょうか。
 
当時、日本軍は宣戦布告をした直後に真珠湾攻撃を開始する予定でしたが、外務省のミスによりアメリカ政府への通告が遅れ、結果的に“だまし討ち”になってしまいました。
ところが、日本の右翼は、あの戦争は自存自衛の戦争だったとか、アジア解放の戦争だったとか言って、ひたすら日本を正当化しています。宣戦布告の遅れについても同じです。
「外務省の事務方のミスで、日本は悪くない」という「秘書がやった」的弁解、さらに「アメリカは暗号を解読して攻撃を知っていた」とか「アメリカやコミンテルンの謀略で日本は戦争に引き込まれた」とか主張して、だまし討ちではなかったということにしようとします。
ですから、日本の右翼はだまし討ちについてアメリカに謝ったことがありません(左翼はもともと日本の戦争は悪という立場です)
 
右翼の親玉たる安倍首相も同じです。
 
安倍首相にはアメリカに謝るいい機会がありました。
安倍首相は2015年4月にアメリカ議会上下両院合同演説会で演説し、「自らの行いが、アジア諸国民に苦しみを与えた事実から目をそむけてはならない」とアジアへの罪は認めましたが、アメリカとの戦争に関しては「真珠湾、バターン・コレヒドール、珊瑚海、メモリアルに刻まれた戦場の名が心をよぎり、私はアメリカの若者の、失われた夢、未来を思いました。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。私は深い悔悟を胸に、しばしその場に立って、黙祷を捧げました」と感傷的な言葉を並べただけで、日本の罪は認めていません。
 
201612月にはオバマ大統領とともに真珠湾を訪れ、演説をしましたが、だまし討ちについての謝罪はありませんでした。
 
もっとも、だまし討ちを謝罪するだけでは不十分です。「先制攻撃」についても謝罪しなければなりません。真珠湾の先制攻撃により日米の戦争は、日本の侵略戦争、アメリカの防衛戦争ということになりました。
 
もちろん私が言いたいのは、日本は謝るべきところは謝って、それからアメリカに対して主張するべきところは主張せよということです。
 
 
安倍首相に限らず日本政府がアメリカに謝罪しないので、日本人はアメリカに対してずっと後ろめたい思いをいだいています。
それはアメリカにとって好都合なことですから、アメリカも日本に謝罪を迫るこことはなかったのでしょう。
 
ところが、トランプ大統領はなにも考えずに「真珠湾」を持ち出してきます。
ということは、日本人にとっても日米関係を考え直すチャンスです。
ところが、安倍政権はトランプ発言を否定しています。いつまでも偽りの日米関係を続けたいようです。
 
安倍首相は「戦後レジームからの脱却」を言っていますが、いくら憲法改正をしても、日米関係が変わらない限り戦後レジームは終わりません。

山本真千子大阪地検特捜部長は公文書改ざんについても国有地不正払下げについても不起訴にすると発表しました。
その記者会見にテレビカメラは入っていません。「ちゃんと顔をさらして発表しろよ」と思いましたが、地検特捜部が記者会見をしたこと自体が特別の配慮だそうです。
山本特捜部長は、安倍政権への遠慮はなかったかと記者に問われて、「政治的な意図というものはまったくございません」と言ったそうですが、どんな顔で言ったのか見たかった気がします。
 
人間は顔を見れば、嘘をついているかどうかだいたいわかるものです。日大アメフト部の宮川選手の記者会見と、内田監督、井上コーチの記者会見を見比べれば歴然です。
 
加計学園の渡辺良人事務局長は愛媛県庁を訪れ、加計理事長と安倍首相の面会はなかったとして謝罪しましたが、誰が嘘を言ったのかと質問され、「あのメンバーならぼくしかいない」「その場の雰囲気で、ふと思ったことを言った」「うそというか、そういう思いをもって説明したんだと思う」などと、曖昧な言葉を並べ立てました。しかも、そのときの表情が、立憲民主党の枝野幸男代表が言うように「ヘラヘラ笑いながら」でしたから、誰が見ても嘘だとわかります。
 
しかし、意外と「嘘をつくな」といったストレートな反応はありません。「安倍首相と加計理事長が面会していないとすると整合性がとれない」といった反論が主です。
渡辺事務局長はおそらくまじめな人なのでしょう。加計理事長から「自分が嘘をついたと言ってこい」と言われて愛媛県庁に出向いただけです。監督やコーチから言われて悪質タックルをした宮川選手みたいなものです。
ですから、渡辺事務局長を批判するのも気の毒ではあります。悪いのは渡辺事務局長に指示したと思われる加計理事長ですが、加計理事長はまったく表に出てきません。
 
日大の田中英寿理事長も表に出てきませんが、内田前監督、井上前コーチは完全に嘘つき認定されて、日大の経営陣に対する批判が高まっています。
それに対して、森友加計問題における佐川氏、柳瀬氏、そして今回の渡辺事務局長は、明らかに嘘をついているのにそれほど批判されず、安倍政権も内閣支持率は落ちているものの、それほど追い詰められていません。
 
この違いはなにかと考えると、日大の田中理事長、内田前監督は権力者であるとはいえ、それは日大内部のことです。一般の国民には関係のないことですから、遠慮なしに批判できます。
ところが、安倍政権は日本全体を支配する立場にあり、とりわけ読売新聞、産経新聞、日経新聞、そしてすべてのテレビ局は政権の走狗と化すか意向を忖度するかしています。また、検察も今回、政権の支配下にあることがわかりました。
安倍首相は玉木雄一郎議員に対して、「嘘つき」と言われたと言ってキレたり(実際には玉木議員は「嘘つき」とは言っていません)、福島瑞穂議員が安倍首相と加計理事長の関係を追及したとき、安倍首相は「特定の人物の名前を出した以上、確証がなければその人物に対してきわめて失礼ですよ。あなた責任とれるんですか」と恫喝したりしています。これはパワハラです。日本人は権力に弱い傾向があるので、こうしたパワハラに萎縮する人もいるかもしれません。
今回の大阪地検特捜部の決定に対しても、国民から怒りの声はそれほど上がりません。
 
日大アメフト部の部員たちは声明文を発表しましたが、きわめて優等生的な作文で、コーチ陣の入れ替えなどの要求はありませんでした。日大内部にいるとこうしたことになってしまいます。
日本国民も安倍政権下にいるので、日大アメフト部員みたいになっているのではないでしょうか。
いわば日本国の日大アメフト部化です。
 
もちろん日大アメフト部と日本国はまったく違います。運動部の部員は監督の支配下にあるかもしれませんが、民主主義国家の国民はむしろ首相を支配する立場にあります。
日大の田中理事長や加計学園の加計理事長を批判するよりももっと遠慮なしに安倍首相を批判すればいいのです。

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