村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

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天皇陛下になるのはたいへんです。言葉づかいから変えなければならないからです。
 
天皇陛下は普通の敬語を使うことができません。丁寧語は使えますが、尊敬語と謙譲語は原則的に使えないのです。
たとえば園遊会などでスポーツ選手と言葉を交わしたとき、最後は「これからもがんばってください」と言うのが普通ですが、天皇陛下の場合は「活躍を祈ります」とか「活躍を期待します」と言わねばなりません。「ください」というのは、自分が下の立場だからです。
同様に「お願いします」という言葉も使えませんし、「ご活躍」「お元気」「ご尽力」のように相手に関して「お」をつけることもできません。
新年の一般参賀のあいさつでも、「新年おめでとう」で、「新年おめでとうございます」とは言いません。
そのため、普通なら「お集まりいただきありがとうございます」と言うところを「きてくれてありがとう」というような、独特の“天皇陛下語”を駆使しなければなりません。
 
こうした“天皇陛下語”を始めたのは昭和天皇のはずです。初めて国民と触れ合ったのが昭和天皇だからです。
昭和天皇の口ぐせは「あ、そう」でした。「そうですか」すら使わなかったのです。
昭和天皇の語法に宮内庁の役人が書いた文章が加わって、独特の“天皇陛下語”が形成されたものと思われます。
なお、海外の国王などを迎えたときのあいさつでは天皇陛下も普通に敬語を使っています。国民に対してだけ“天皇陛下語”になるのです。
 
ただ、昭和天皇と今の上皇のしゃべり方は同じではありません。時代とともに変わり、天皇の人柄によっても変わります。
とすると、新しい天皇の言葉づかいも変わっていいはずです。
 
 
5月4日、即位を祝う一般参賀が行われましたが、その日は気温が高く、参列者で体調を崩す人が続出しました。そのため天皇陛下は6回あいさつしましたが、5回目から臨機応変にあいさつの言葉をつけ加えたというニュースがありました。
どんな言葉をつけ加えたかというと、「またこのように暑い中来ていただいたことに深く感謝いたします」という言葉です。

つけ加わったあとのあいさつがこれです。
 
 この度、剣璽(けんじ)等承継の儀、及び即位後朝見の儀を終えて、今日、みなさんからお祝いいただくことをうれしく思い、またこのように暑い中来ていただいたことに深く感謝いたします。ここに、みなさんの健康と幸せを祈るとともに、我が国が諸外国と手を携えて世界の平和を求めつつ、一層の発展を遂げることを心から願っております。
 
 
「お祝いいただく」と「来ていただいた」と、二度「いただく」という言葉を使っています。
「いただく」というのは謙譲語です。宮内庁のホームページで天皇陛下(今の上皇)の過去のあいさつを見てみましたが、「いただく」という言葉は見つかりませんでした。
 
なお、つけ加えられた言葉の中に「深く感謝いたします」というのもあります。
「いたす」というのも謙譲語です(ただ、「いたします」という言葉は過去にときどき使われています。“天皇陛下語”もそれほど厳密ではないようです)
 
5月1日の「即位後朝見の儀」のあいさつでも、天皇陛下は最後に「希望いたします」と言っています(これはYouTubeでも簡単に確かめられます)
しかし、なぜだか「希望します」と報じたメディアがいっぱいあり、宮内庁ホームページも「希望します」となっています。
ということは、宮内庁が用意した原稿は「希望します」となっていたのを、直前に天皇陛下が「希望いたします」に直したため、多くのメディアや宮内庁ホームページは対応できなかったのではないかと想像されます。
 
正しく「希望いたします」と書いた朝日新聞と、間違って「希望します」と書いた宮内庁ホームページを張っておきます。


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おかしな“天皇陛下語”はやめて、普通の敬語を使うというのが新しい天皇陛下の信念ではないでしょうか。
園遊会などで普通に「がんばってください」という言葉が聞けるかもしれません。
 
なお、日本国憲法では天皇の地位は「主権の存する日本国民の総意に基く」とあるので、天皇が国民に敬語を使っても少しもおかしくありません。
 

毎年、成人式の時期になると、成人式とはなにか、成人(おとな)とはなにかということを考えてしまいます。
 
今年も例によって“荒れる成人式”があって、つくば市の成人式会場では複数の新成人が壇上に上がって騒ぎとなり、うち1人が逮捕されました。
毎年こういうことが起こるということは、成人式そのものに問題があると考えなければなりません。
 
成人式は基本的に地方自治体の主催で、出席者は選択の余地がありません。つまらない成人式だと腹が立って、主催者に文句を言いたくなるのは自然な感情です。騒ぎを起こすのはいただけませんが、“主催者責任”が問われて当然です。
 
成人式ではたいてい、市長など偉い人たちが壇上であいさつし、あいさつだけにとどまらずに人生訓を垂れたりします。いったいどういう資格で人に人生訓を垂れるのでしょうか。
会場にいるのは新成人、つまり壇上の人も会場の人も同じおとななのです。
その資格もないのに偉そうに人生訓を垂れられると、誰でも不愉快になります。
 
そこで最近は、有名人を招いて講演会をしたり、若者に人気のミュージシャンのコンサートをしたりということが多いようですが、誰もが満足する講演会やコンサートはありません。講演や音楽を聞きながら、退屈して時間のむだだと思っている人も多いはずです。
 
そこで、成人式を立食パーティの形式にすればいいのではないかということを、去年このブログで書きました。ほとんどの参加者は成人式の内容などどうでもよくて、友だちと会って、それから遊びにいくことが目的なはずです。だったら、立食パーティがいちばんいいはずです。
 
ただ、これは会費がかかりますし、自治体の主催だとやはり運営に不満の出るおそれがあります。
 
そこで今回考えたのは、成人式の廃止ないし民営化です。
 
 
成人式の起源は元服にあるという説がありますが、元服はたいてい数え年15歳ですし、もともと民間行われていたので、役所が主催する必要はありません。
戦前の日本では、満20歳の徴兵検査でもって男は一人前になるという考え方がありました。成人式は戦後始まり、役所が主催するという形式からして、徴兵検査に代わるものとして始まったと考えるべきでしょう。
 
そうすると、だんだんとその意義も失われてきて、とくに18歳選挙権が実現した今、20歳をもって成人とすることの意味もなくなりました。
無意味なことに税金を使うことは許されません。
 
近年、ハローウィンに仮装で街を歩いたり、パーティをしたりということがひじょうに盛んになってきています。
成人式にもし意味があるなら、ハローウィンと同じように民間で勝手にやるでしょう。
その場合は、「若者が晴れ着を着て街を歩いたりパーティをやったりする日」ということになるはずです(その日を境におとなになるなんていうことはないので)
成人式という意味づけが必要なら、役所が「成人式参加証」みたいなものを発行して、各パーティ参加者に配るという方法もあります。
 
成人式で騒ぎが起こるのは、おとなの権威も役所の権威もなくなっているのに、いまだにおとなや役所が偉そうにするからです。
 

111日は各地で成人式が行われ、早くも成人式にまつわるトラブルがいろいろ報道されています。毎年“荒れた成人式”が問題になるのはどうしてでしょうか。
 
成人式が荒れるのは、式のあり方にも問題があるからではないかと思います。
たとえばこんなニュースがあります。
 
 
成人式「きちんとした服装で」奇抜な衣装に苦情
 
 
北九州市は成人式に参加する出席者に対し、「きちんとした服装」で参加するよう呼びかけを行ったというのです。
「きちんとした服装」の例として、男性はダークスーツ、女性は振り袖などが挙げられています。
 
奇抜な服装の出席者が多いためということですが、それにしても、自治体が主催する会合、それも全員参加が前提の会合に服装について要望するなどありえないことです。自治体主催の講演会とか、PTAの会合に服装を指定されることを考えてみればわかります。
つまり服装について要望するのは、新成人をまだ一人前の人間と認めていないわけです。
 
もっとも、厳粛であるべき成人式に奇抜な服装で参加する非常識な若者がいるのだから、服装を注意するのもしかたないのではないかという意見もあるでしょう。
 
しかし、成人式は厳粛であるべきというのは誰が決めたのでしょうか。
 
成人式が厳粛であってうれしいのは、壇上であいさつする市長とか市会議員とかの偉いさんです。みんながかしこまって聞いてくれるからです。
しかし、成人式の主役はそういう偉いさんなのでしょうか。
 
結婚式の主役は新郎新婦ですから、列席者は、男ならダークスーツ、女性も派手なドレスは避けます。
葬式も主役()は故人ですから、列席者はもっとも地味な服装です。
ノーベル賞などの授賞式では、もちろん主役は受賞者ですから、一般の列席者は失礼のないような服装でなければなりません。
 
もし成人式の主役が壇上であいさつする市長などの偉いさんであれば、新成人はダークスーツなどがいいことになります。
しかし、どう考えても、成人式の主役は新成人です。
だったら、どんな服装でもかまわないはずです。
 
 
成人式の主役が新成人であるとすると、今の成人式のあり方は根本的に間違っていることになります。
 
今の成人式は、若者に人気のある人の講演とかコンサートとかもあるようですが、基本は偉い人のあいさつとか訓示で、新成人は1人が代表として決意表明をするぐらいです。それ以外の新成人はじっと座って聞いているだけです。これでは偉い人のための式です。
正しい式のあり方は、旧成人は1人が代表として祝福の言葉を述べるぐらいで、あと壇上に上がるのは新成人ばかりでよいはずです。
いや、そもそも主役のほとんどがじっと観客席に座っているというのはどうなのでしょうか。
 
ほとんどの参加者は、式そのものには期待せず、式のあと久しぶりに友だちと会って、いっしょに遊びにいくことに期待しているのではないでしょうか。
それならば、式そのものをパーティ形式にすればいいのです。
 
会社の創立記念式典とか文学賞の授与式とかは、たいていパーティ形式で、壇上のあいさつなどは短時間で切り上げて、あとは飲み食いしながらの「歓談の時間」になります。
成人式も、会費を徴収して、パーティ形式にすればいいのです(会費を払いたくないという人のために従来型の成人式も同時にやる必要があるでしょうが)
 
新成人が酒を飲むと、いろいろとトラブルが起きるでしょうが、それもおとなへのステップです。
盛装してパーティに出るという経験は、若い人にとってそれ自体価値があるはずです。
 
とにかく、壇上の偉い人の訓示に価値のあるものなどひとつもないと断言できます。
各自治体は、新成人にとって価値ある成人式を企画するべきです。

1月12日は成人の日でした。今のところ“荒れる成人式”のニュースはないようです。
 
それにしても、成人式というのは妙なものです。自治体が主催して、市長だの市会議員だのが壇上から訓示を垂れます。役所の窓口なら未成年でも1人の市民として遇されるのに、成人式では成人が見下されます。
いや、式の始まりはそれでいいかもしれません。しかし、式の最後には、市長など“偉い”人たちが新成人と入り混じって交歓し、肩を組みながら歌をうたうなどするのが成人式の趣旨にかなうはずです。
 
そうなっていないということは、新成人と壇上の人たちとの間には根強い序列意識とか階層意識があるのでしょう。つまり新成人は、軍隊でいえば入営したばかりの二等兵で、壇上の市長などは部隊長とか将校というわけです。
 
そのように思えば、成人式は荒れたほうが正常のような気がします。
 
ともかくおとなたちは、成人であろうが未成年であろうが、若者に訓示を垂れるのが好きです。
次の朝日新聞の成人の日の社説も、むりやり若者に訓示を垂れようとするためおかしな文章になっています。
 
 
成人の日に考える―答え合わせと黒のスーツ
問いを立てる。
 
 自分なりの答えを出す。
 
 それらを持ち寄り議論する。
 
 政治や社会を動かしていくための、大事な営みだ。
 
 だがどうだろう。いまの日本社会では、問いよりも、答えを出すことよりも、「答え合わせ」に重きがおかれてはいないだろうか。なぜそのような答えを出したかは吟味されず、答えをつき合わせて、同じであれば安心する。でも、ひょっとしたらそれは答えではなく、ただみんなが空気を読んだ結果に過ぎないかもしれない。
 
 きょう、成人の日。
 
 若者をとりまくこの社会のありようについて考えてみたい。
 
■自分の言葉で語る
 
 関東在住の専門学校生、菜々子さん(21)は昨秋、ある医院の就職面接を受けた。「その場で内定をもらって。うれしかった」。その後雑談していたら、恋人とはどこで出会ったの?と聞かれた。どうしよう。でもここでうそをつくのはなんか違うよな、えっと、はい、私は政治に興味があって、彼とはデモを通じて知り合ったんです――。軽い調子で、でも丁寧に言葉を選んだ。大学生ら若者が主催していること。党派性のないカッコいいデモであること。徹底して非暴力であること。
 
 数日後、医院から電話があり、今回はなかったことにしたい、という趣旨のことを言われた。医院側は「正式に働いてもらう約束をしたという認識はなかった」。だが菜々子さんは、「私が政治の話をしたからじゃないかな。どうしても、そう思ってしまいます」。
 
 だって、これまで何度も経験してきたから。原発とか戦争とか政治の話をし始めると一変する場の空気、「そんな話やめろよ」という有形無形の圧力。母親に、就職ダメになったと伝えたら、政治と宗教の話はタブーなのに、何をやっているんだと責められた。
 
 そんなことは知っている。だけど私たちの生活はどうしたって政治につながっていて、私はその話をしただけじゃないか。
 
 怒りがわいてきた。医院にではなく、この社会に対して。
 
 おかしいと思っても、気づかないふりをしないと生かしてくれない社会って何だ。自分の頭で考え、自分の言葉で語ろうとするほど疎外されるこの社会っていったい何なんですか?
 
 若者の政治的無関心を嘆き、叱咤(しった)してきた「大人」は、菜々子さんのこの問いに、怒りに、どう答えたらいいのだろうか。
 
■脱リクルートスーツ
 
 就職活動シーズンに街にあふれる黒のリクルートスーツ。強制されていないのに制服化しているのは、「答え合わせ」を重ねた結果なのかもしれない。
 
 シーズンが終わっても、リクルートスーツを着ている学生は、「就職先未定」という貼り紙を身にまとっているようなものだ。「個性を大切に」と言ってきたはずの学校や企業、社会はなぜ、この真っ黒な世界をよしとしているのだろうか。
 
 そんな現状に、「就職内定率100%」で近年注目を集める、国際教養大学(秋田市)が一石を投じた。昨秋、学内の就職説明会で、黒のリクルートスーツは着なくてもいいと学生に伝え、40社を超える企業からも了解を得たという。
 
 どうしてそんなことを? 
 
 「なぜ黒のスーツでなければならないのかと問われた時、誰も答えられないからです」と、三栗谷俊明・キャリア開発センター長(54)。なぜ黒なのか。ベージュじゃだめなのか。真夏にジャケットを着る必要はあるのか――。学生だけでなく、社会全体が考えるきっかけになればいいと思う。
 
 「グローバル化の時代に、みんなと同じなら安心という感覚はそぐわない。自分で考え、その上で、やっぱりリクルートスーツを着るという答えを出すなら結構なことですよね」
 
 理由は、ほかにもある。
 
 就活において地方の学生は大きなハンディを背負っている。名の通った企業の多くは東京に本社を置く。お金がない学生は8時間以上高速バスに揺られて移動し、インターネットカフェに寝泊まりする。だからせめて、堅苦しいリクルートスーツを、着なくて済むように。
 
■「異物」がいていい
 
 地方の大学が社会に投げ込んだ小さな一石。だが、就活、グローバル化、都市と地方など、照らし出す問題は幅広い。
 
 黒のリクルートスーツを着ずに就活にのぞむ学生は、「異物」扱いされるかもしれない。でもそれによって、新たに見えてくることがきっとあるだろう。その「異物」に触発され、後に続く学生が出てくれば、違う道が開かれる可能性もある。
 
 問いを立てる。自分なりの答えを出す。そうして社会は少しずつ動いていく。その流れが滞っているのなら、考え、動くべきはこれから社会に出ていく若者ではなく、この社会を形づくってきた「大人」の側である。
 
 
デモに参加したと言ったために医院に就職内定を断られた話と、国際教養大学で黒のリクルートスーツを着なくてもいいという指導が行われているという話と、ふたつの具体例が取り上げられています。
 
医院に就職内定を取り消された話は、どう考えても医院の内定取り消しが不当です。『若者の政治的無関心を嘆き、叱咤(しった)してきた「大人」は、菜々子さんのこの問いに、怒りに、どう答えたらいいのだろうか』などと悠長なことを言っている場合でなく、とりあえず内定取り消しをした医院を批判するべきです。
 
菜々子さんに対して、あるいは若者一般に対してなにか言うとすれば、不当な内定取り消しに泣き寝入りせずに戦うべきだということでしょう。
あるいは、今の世の中はこんなものだから、デモに参加したなどという話はするべきでないというのも現実的なアドバイスです。
 
リクルートスーツの話は、若者にとってなにか教訓の得られる話ではありません。
 
だいたい就活生はリクルートスーツを着たくて着ているのではありません。採用担当者の価値観(及び企業文化)に合わせているだけです。普段はちゃんと個性的な服を着ているのです。
 
ですから、ここで注目するべきは国際教養大学です。私はこの大学のことを知りませんでしたが、「就職内定率100%」ということですから、就職戦線では勝ち組の大学なのでしょう。そのような勝ち組だからこそ、リクルートスーツ不要という方針を决め、40社を超える企業から了解を得ることができたのです。
そして、このことは学生にも歓迎されるはずです。「あそこの大学に入れば就活のときリクルートスーツを着なくてもいい」となれば、入学希望者がさらにふえるでしょう。
その結果、学生の質が上がり、大学の評価もさらに上がるかもしれません(もっとも、国際教養大学のこの方針が成功するかどうかわかりませんが)
 
ですから、この話はほかの大学の就職課にとって参考になる話です。
 
ところが、朝日の社説は、一般の就活生に対してリクルートスーツを捨てて「異物」になってみないかと勧めているように読めます。そんなことをすれば、就職に失敗する可能性が大きくなるだけです。
 
全体としてこの社説は、おとなの戒めとなる話を持ち出しているのに、むりやり若者に教訓を垂れようとしているので、わかりにくいし、イヤミな感じになっています。
 
20歳の新成人というのは、おとな社会では序列の最下層です。
成人式もこの社説も、そのことを自覚させるのが目的であるようです。

ノーベル物理学賞を赤崎勇、天野浩、中村修二の3氏が受賞しました。
ニュース番組を見ていると、冒頭からずっとそのことです。しかも内容がもっぱら家族や身近な人の談話などで受賞者の“人となり”を紹介するもので、つまらないのでスイッチを切ってしまいました。
青色発光ダイオードの技術的なことを説明されてもわからないので、そうした人間的な面の報道にかたよるのはしかたないこととは思いますが、報道の量が多すぎると思います。
 
新聞も号外を出しています。「ノーベル賞 号外」で検索すると、朝日、読売、毎日、産経、日経のほか地方紙も号外を出していることがわかりました。
わざわざ号外を出すほどのことでしょうか。
 
日本人のノーベル賞受賞第1号は、1949年の物理学賞の湯川秀樹です。第2号が1965年の朝永振一郎ですから、16年間、日本人の受賞者は1人しかいなかったわけで、希少価値がありました。
しかし、現在はウィキペディアの「日本人のノーベル賞受賞者」という項目によると、今回の物理学賞も含めて受賞者の合計は22人にのぼります(日本国籍でない人も含む)
 
毎回同じような調子で報道するのは“惰性”としかいいようがありません。
惰性”に加えて、“愛国”もありそうです。
日本を持ち上げる報道にはドライブがかかる傾向があります。
 
このことは最近の拉致問題についての報道にも感じました。
 
安倍政権が北朝鮮との対話に乗り出してから、拉致問題についての報道がふえてきました。それは当然ですが、その報道の仕方が昔とまったく同じです。いまだに横田めぐみさんが生きているという前提の報道になっています。
もしかして生きているかもしれませんが、死んでいる可能性が大きいことは、誰もが理解しているはずです。
 
“惰性”と“愛国”の報道はなんの進歩も生みません。
国のあり方を批判してこそ国が進歩するのですが、最近そうした報道は“自虐的”と批判されそうなためか、影をひそめている気がします。
 
今回受賞したカリフォルニア大学の中村修二教授は、現在アメリカ国籍ですが、受賞会見では日本に対してきびしいことを言っています。
昔の日本は、こうした批判の言葉をむしろ歓迎して受け止めていましたが、今の日本はどうでしょうか。
 
 
中村修二教授「開発が偉大でも市場で勝てない」
 【グルノーブル(仏南東部)=石黒穣、サンタバーバラ(米カリフォルニア州)=中島達雄】ノーベル物理学賞の受賞が決まった名古屋大学の天野浩教授(54)、米カリフォルニア大学サンタバーバラ校の中村修二教授(60)の記者会見は以下の通り。
 
 ◆中村氏◆
 
 ――(冒頭発言)
 
 私はこれまでの人生で多くの方々に助けられてきて、とても幸運だ。最初のきっかけは、日亜化学工業の社長だった小川信雄氏が、青色LED開発という私のギャンブルを支持してくれたことだ。カリフォルニア大サンタバーバラ校のヘンリー・ヤン学長の支援にも感謝している。
 
 1993年に高輝度青色LEDの実用化に成功した後、研究活動が爆発的に進展した。多くの研究者がLEDの分野に参入し、携帯電話やテレビ、照明などあらゆる応用に取り組んだ。
 
 ――受賞の知らせを受けた時は、何をしていたか。
 
 眠っていた。少し神経質になっていたので、30%は寝ていたが、70%は神経が高ぶっていた。
 
 ――照明がないような発展途上国で、LEDの技術はどう使われているか。
 
 アフリカの一部のように電力がない国々では、太陽電池を充電し、夜間、LEDで照明を使うことができる。このため、発展途上国で非常に人気が高い。
 
 ――LEDの研究を始めた当時、今のような状況を想像したか。
 
 まったく想像しなかった。勤めていた会社で10年間にわたって赤色LEDを開発したが、既に大手の会社が製造していたので、販売成績は悪かった。会社が私にキレて、私もキレた。そこで私は社長室に行き、青色LEDを開発したいと直談判した。すると、社長はこう言った。「オーケー。やっていい」。それまで会社は研究開発費を出してくれなかったが、社長に500万ドル必要だと言うと、彼はそれもオーケーだと言った。
 
 当時、私は海外に出たことがなかったので、海外に行きたかった。そこで、社長に青色LEDを開発するには、フロリダ大学で学ぶ必要があると言った。1年間留学し、帰国して青色LEDの開発に取り組んだ。
 
 ――日本の多くの教授が海外での研究を目指し、頭脳流出ではないのか。
 
 米国は研究者にとって、多くの自由がある。必死で努力すれば、誰でもアメリカンドリームを手にするチャンスがある。日本ではそのチャンスはない。年齢による差別、セクハラ、健康問題での差別があり、米国のような本物の自由がない。
 
 日本では大企業のサラリーマンになるしかない。企業が大きな事業をやっていても、社員は平均的なサラリーマンだ。米国では、何でも好きにやれる。
 
 ――今回の受賞が日本にとって持つ意味は。
 
 3人のノーベル賞受賞者が出るというのは、日本にとって躍進だと思う。ただ、日本で開発が行われても、日本企業はグローバル化で問題を抱えている。開発が偉大でも、市場では勝てない。携帯電話技術や太陽電池で、日本の製品は当初、非常に優れていた。しかし、グローバル化に失敗した。LEDも同じだ。日本で開発されたが、すべての市場を失っている。
 
 ――現在、何に取り組んでいるのか。
 
 LEDの効率を高めることに取り組んでいる。

8月15日、全国戦没者追悼式が日本武道館で開かれ、天皇陛下と安倍首相がそれぞれ式辞を述べました。
安倍首相が昨年に続いて加害責任に言及しなかったことが批判されています。しかし、これは「全国戦没者追悼式」なのですから、国外のことについて必ずしも言及する必要はなく、それに前任者と同じことを言ったのでは、それこそ「コピペ」として批判されかねません。
批判するところはもっとほかにあると思います。
 
天皇陛下のお言葉と安倍首相の式辞はこちらで読めます。
 
「全国戦没者追悼式」天皇陛下のお言葉全文
 
「全国戦没者追悼式」安倍首相の式辞全文
 
このふたつを読み比べると、戦没者のとらえ方が違うことがわかります。
 
本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々と、その遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。(天皇陛下のお言葉)
 
戦没者の皆様の、貴い犠牲の上に、いま、私たちが享受する平和と、繁栄があります。そのことを、片時たりとも忘れません。(安倍首相の式辞)
 
天皇陛下は「かけがえのない命」と言い、安倍首相は「貴い犠牲」と言っています。
天皇陛下は「命」をたいせつにし、安倍首相は「犠牲」すなわち「死」をたいせつにしていて、対照的です。
 
「死」を「犠牲」と言い換えることはよく行われています。「大震災の犠牲者」とか「交通事故の犠牲になった」とか、さらには「犯罪の犠牲者」とも言います。
ですから、安倍首相の「犠牲」という言葉の使い方に疑問を持つ人は少ないかもしれません。
 
しかし、「犠牲」という言葉の本来の意味は、「神、精霊などをまつるときに供える生き物。いけにえ」ということです(goo辞書」より)
神に供えられるなら、死んでもそれなりの価値があります。そういうことから、「死」を美化した表現として「犠牲」という言葉がよく使われるわけです。
もっとも、「大震災の犠牲」というのはまだ理解できますが、「犯罪の犠牲」という言い方はかなりへんだと思います。
 
安倍首相は「死」を「犠牲」と言い換えた上に、さらに「貴い」という言葉もかぶせて、死を美化しています。
いや、それだけでなく、「貴い犠牲の上に、いま、私たちが享受する平和と、繁栄があります」と死に平和と繁栄を結びつけています。
 
「戦死者の犠牲の上に今の平和がある」というのはよく言われることです。しかし、戦死者と平和の因果関係はそのように簡単に表現できるものではありません。もっと早くに平和がきていれば戦死者の数は少なくてすんだわけですし、そもそも戦死者が生じる事態(戦争)が平和を壊しているわけです。
むしろ戦死と平和は相反するものです。
そう考えると、「戦死者の犠牲の上に今の平和がある」という表現はむりにも戦死を美化するものといわざるをえません。
 
ちなみに「英霊」も、戦死者の霊を一般の霊と区別して美化するものです。
もちろん安倍首相は「英霊」という言葉を好んでいます。
安倍首相は、戦死を美化する気持ちが強いようです。
 
一方、天皇陛下のお言葉は簡明です。「かけがえのない命」という言葉を使い、それが失われたことを「深い悲しみ」と表現しておられます。
死を美化するものはなにもありません。
 
安倍首相の「貴い犠牲」という表現は明らかに間違っています。「貴い命」というのが正しい表現です。
「貴い命が無残にも失われた」というのが先の戦争についての正しい認識です。天皇陛下は明らかにそういう認識でおられます。
 
ふたつの式辞を読み比べると、天皇陛下と安倍首相は戦死について正反対の認識を持っていることがわかります。
「命の貴さ」を理解していない首相をいただいていることこそ最大の問題でしょう。

赤穂浪士討ち入りの1214日が近づいてきました。日本人は「忠臣蔵」が大好きです。どうして大好きなのか、考えてみましょう。
元禄14年(1701年)、赤穂藩主の浅野内匠頭が吉良上野介に江戸城松の廊下で刀で切りつける事件を起こし浅野内匠頭は即日切腹、赤穂藩は改易となり、翌年、赤穂浪士が仇討のために吉良邸に討ち入ったというのは史実ですが、「忠臣蔵」はそれをもとにした人形浄瑠璃や歌舞伎などの総称であり、フィクションです。もちろんこのフィクションは史実を踏まえてはいるのですが、大幅に変更されています。
 
125日の「朝日新聞」朝刊に「はじめての忠臣蔵」という記事が載っていました。そこに「史実を研究する中央義士会の中島康夫理事長は『97%は虚構』だと話す」とあります。
この記事から具体的なエピソードを引用してみます。
「例えば、リーダーの大石内蔵助が京都から江戸へ向かう場面。あだ討ちの意図を悟られないように偽名を使って寄宿すると、同名の男に遭遇してしまう。だが男は内蔵助だと悟り武士の情けで見逃す。
別の若い浪士は、討ち入りに必要な吉良邸の図面を手に入れるために出入りの大工の娘に取り入る。娘はあだ討ちの意図を見抜くが、愛した浪士のために図面を渡す」
これは誰が見てもフィクションだと思うでしょう。みんながいかに赤穂浪士を応援していたかを示すエピソードです。
 
しかし、そもそもの発端である浅野内匠頭の刃傷事件は、どう見ても殿中で刀を抜いて一方的に切りつけた浅野内匠頭に非があり、また、切腹と浅野家取りつぶしを命じたのは将軍ですから、吉良邸に討ち入ったのも筋違いです(正しくは将軍家に討ち入るべきでしょう)。吉良上野介は殿中で切りつけられた上、浪士に殺されると、二度も被害にあったことになります。
そこで、ここにもフィクションが加えられることになります。浅野内匠頭がなぜ吉良上野介に切りつけたのかはまったくの謎ですが、「忠臣蔵」においては、吉良上野介は浅野内匠頭に賄賂を要求し、清廉な浅野内匠頭がそれを断ったために、吉良上野介はことあるごとに浅野内匠頭にいやがらせをし、満座で恥をかかされるなどのことが重なったために、たまりかねて刀を抜いたということになりました。ここは重要なところで、このくだりがないと逆に浅野内匠頭が悪者で、赤穂浪士は逆恨みした人たちということになってしまいます。
 
なぜこのようなフィクションが加えられたのでしょうか。
戦うことが武士の本分ですが、長く続いた太平の世の中で、武士はまったく武士らしいことをしなくなりました。とくに江戸の旗本はすっかり武士の気概をなくし、幕末に薩長と戦うときにはまったく戦力になりませんでした(と司馬遼太郎の本に書いてありました)
一方、江戸の庶民たちは経済力も文化力も身につけるようになっていました。彼ら庶民は、いばるだけの武士たちにひそかに不満や軽蔑の念を募らせていたでしょう。
そこに起こった討ち入り事件は、久しぶりに武士が武士らしいことをした事件です。当時の庶民は驚くと同時に、彼らを義士として絶賛しました。
なぜ絶賛したかというと、彼らを絶賛することがほかの武士たちの当てつけになったからです。
赤穂藩浅野家には士分だけでも300人以上いて、討ち入りに参加したのは2割足らずということになります。討ち入り組が義士として讃えられれば讃えられるほど、不参加組は肩身の狭い思いをすることになりました。
それだけではありません。一般の武士も肩身の狭い思いをしたでしょう。自分たちは刀を抜いて戦ったことが一度もないからです。
 
討ち入りの浪士を絶賛するのは、忠や義という封建道徳の観点からなので、胸を張ってできることです。
つまり彼らを義士と讃えると、堂々と一般の武士たちにいやがらせができるわけです。
それで江戸の庶民はこぞって討ち入りの浪士を讃えました。
 
ただ、讃えるにはそれにふさわしい存在でなければいけません。そのためにどんどんフィクションが加えられていきました。
そうして赤穂浪士の姿を理想化すればするほど、一般の武士の姿はみすぼらしくなるというわけです。
つまり「忠臣蔵」に描かれた理想的な武士の姿は、江戸時代の庶民の階級的怨恨の産物なのです(というのが私の考えです)
 
現在、私たちは「忠臣蔵」に理想化された武士の姿を見て、それに感動しますが、それをつくりだした庶民の階級的怨恨のことはすっかり忘れています。

運動会の季節になりました。最近の運動会は、子どもが傷つかないようにかけっこの順位づけをしないという話があります。ゴール前で手をつないで一斉にゴールするという話もあります。こうしたことには圧倒的に反対の意見が多いようです。実社会には競争があって、負ければ傷つくのだから、学校でもそうするべきだというわけです。
しかし、私の考えは違います。実社会の競争と運動会の競走はまったく別ですから、運動会の競走にはなんの意味もないばかりか、むしろマイナスになるという考えです。
 
確かに世の中にはきびしい競争がいっぱいあります。たとえば司法試験に受かろうと思えば、めちゃめちゃ勉強しないといけません。私は小説雑誌の新人賞をきっかけに作家としてデビューしましたが、小説雑誌の新人賞はどこも千倍ぐらいの競争率です。タレントオーディションもきびしくて、国民的美少女コンテストには十万人の応募があるそうです。
しかし、このような実社会の競争は、敗者がさらしものになることはありません。小説雑誌の新人賞は一次選考通過者、二次選考通過者と名前が誌上に発表されますが、落選者の名前は発表されませんから、黙って応募していれば恥をかくことはありません。美少女コンテストも履歴書と写真で多くは落とされますが、そのことは誰にもわかりません。司法試験も、不合格者の名前と点数が発表されるということはありません。
つまりきびしい競争というのは、競争そのものがきびしいのであって、敗者がさらしものになるというきびしさは普通はありません。
運動会のかけっこは、順位づけしないといっても、遅い子の姿は誰の目にもさらされます。つまり、競争そのもののきびしさというより、敗者がさらしものになるきびしさがあるのです。
 
それに、実社会の競争には自分の意志でエントリーするわけですから、当然自分の得意な分野を選びます。勉強嫌いで、記憶力の悪い人が司法試験を目指すことはありません。競争に負ければ傷つきますが、自分が選んだことだからと、自分を納得させることができます。
運動会のかけっこは、走るのが得意な子にはいいですが、得意でない子にとっては、いやいや走らされて、恥をかかされるわけですから、大いに傷つきます。
ですから、運動会のかけっこやその他の競争は、むしろ競争嫌いの子をつくってしまう可能性があるわけです。
 
対策としては、順位づけしないことではなく、自分の得意な競技にだけ参加できるようにして、どれも得意でないという子はどれも参加しなくていいようにすることでしょう。

終戦記念日の決まり文句に、「尊い犠牲の上に今の平和が築かれた」というのがあります。
今年の8月15日の全国戦没者追悼式での菅首相の式辞にも「先人の尊い犠牲とご労苦」という言葉が出てきます。
ちょいと検索してみると、小泉進次郎議員の公式ブログにも「今日は終戦記念日。今日の平和と繁栄が、尊い犠牲の上にあることに思いを馳せ」とあります。
 
しかし、「尊い犠牲」という表現は間違っています。
尊いものは命なのです。犠牲が尊いわけではない。これを混同してはいけません。
「尊い命が犠牲になった」というのが正しい表現です。
厳密にいうと、「犠牲」という言葉も死を美化していますから、「尊い命が失われた」といったほうがいいと思います。いちばん正確なのは、「尊い命がむごく失われた」という表現でしょう。
「尊い犠牲」という表現を肯定してしまうと、戦争でたくさん人が死ぬほど尊いものがふえていくことになります。これでは戦争をしたほうがいいという結論が導かれかねません。
 
「尊い犠牲の上に今の平和が築かれた」という表現の、犠牲と平和の関係も、よく考えると不可解です。
戦争で多くの人が死に、そののちに平和が訪れたという時間軸上の変化があるのは事実ですが、では、多くの人が死ななかったら平和はなかったのでしょうか。もっと早く降伏していれば、あるいはそもそも戦争をしていなかったらどうでしょうか。たくさんの死者がなくても平和は築けたのではないでしょうか。
もっとも、そんなことを考えると、300万人以上の死者はむだ死にだったのかということになります。それはあまりにもむごすぎます。だから、誰もが「尊い犠牲の上に今の平和が築かれた」という決まり文句に安住し、思考停止を決め込んでいるのです。
 
私たちは平和を望んでいます。それは戦争があまりにもむごいからです。戦争のむごさを直視することは平和につながります。
ところが、私たちはむごいことは直視したくありません。そのため戦争を美化し、戦死者を美化します。中でも若くして死んだ特攻隊員の死はいちばんむごい。そのため特攻隊員の死はいちばん美化されます。
しかし、こうしたことは戦争を招き寄せることにつながります。
戦争のむごさや愚かさを直視する精神の強さを持つことこそが平和の礎です。
 

終戦記念日が近づき、戦争体験と平和への誓いが語られる季節となりました。日本人ほど平和への願いが強い国民はいないでしょう。しかし、それは素朴な感情だけで、平和主義とか反戦思想といったレベルのものではなく、そもそも論理的でもありません。
たとえば、戦争体験者は戦争の悲惨さを語り、平和のたいせつさを若い人に訴えます。その悲惨な体験は胸を打ちますが、それは論理的に平和のたいせつさにはつながりません。
なぜなら、戦争体験者の語る「戦争の悲惨さ」は実は「敗戦の悲惨さ」だからです。
圧倒的な戦力差で多くの戦友が死んだ、補給がなくて飢えた、シベリアに抑留された、命からがら満州から逃げた、空襲で家を焼かれたなど、これらは基本的に戦争に負けたがゆえのことです。だから、「敗戦の悲惨さ」というべきです。
 
いうまでもなく、戦争は勝つと負けるとでは天国と地獄です。私が知る限り、戦争に勝って反省した国民はいません。もちろん日本国民もです。日清戦争、日露戦争、一次大戦、満州事変、上海事変、支那事変と、勝つたびに大喜びしてきたのです。支那事変は勝ったわけではありませんが、南京陥落は提灯行列で祝いました。そして、1回負けただけで豹変し、平和のたいせつさを訴えるようになったわけです。
戦争に勝てば戦利品、領土、賠償金などが得られます。もちろん勝つことそのものが喜びです。勝ち戦には麻薬のような魅力があるようです。アドレナリンや脳内麻薬が出まくるのでしょう。勝つと戦争がやめられなくなるのは、たとえばジンギス・カン、ナポレオン、ヒットラー、それに大日本帝国などが挙げられるでしょう。このような戦争中毒は一度負けなければ治りません。
たとえば、アメリカは戦争に勝ち続けてきた国ですが、ベトナム戦争に勝てなくて、ようやく反省しました。しかし、多数の国の支援を受けることで戦争する勇気を得、湾岸戦争をやりました。これに勝って戦争中毒がぶり返し、アフガン戦争、イラク戦争へと突き進み、なかなか勝利することができなくて、今また反省しつつあります。
 
要するに今の日本人の平和主義というのは、1回戦争に負けたがゆえのものです。ですから、アメリカが湾岸戦争に勝ってまた戦争中毒がぶり返したように、またなにかのきっかけで中毒がぶり返さないとも限りません。たとえば、アメリカが北朝鮮と戦争し、自衛隊も少し戦闘に参加するというようなことがあると、その自衛隊の戦闘はマスコミに大々的に報道され、国民は大興奮し、あっというまに日本人の平和主義が吹き飛んでしまうということは十分に考えられます。
 
終戦記念日はお盆と重なりますので、日本人は敬虔な気持ちになります。戦争体験者が語る「戦争の悲惨さ」実は「敗戦の悲惨さ」も、今のところ多くの人は敬虔な気持ちで聞いています。しかし、若い人の中には、「そんなに悲惨になったのは戦争のやり方があまりにも下手くそだったからだ。戦争をちゃんとやればいいのだ」と考える人もいるでしょうし、そうした人を説得する理論は今のところありません。
 
日本人は、いつまでも「敗戦の悲惨さ」を語るのではなく(そのうち語る人もいなくなります)、勝ち戦も負け戦も含めた戦争を否定する平和の論理を構築しなければなりません。

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