村田基の逆転日記

親子関係から国際関係までを把握する統一理論がここに

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ウクライナ戦争が始まって2月24日で丸2年になりましたが、着地点がまったく見えません。
そもそも現在の戦況すらよくわからないので、問題を整理してみました。

ロシア軍は2月17日、激戦地のドネツク州アウディイフカを完全制圧したと発表し、ゼレンスキー大統領も戦略的判断による撤退を認めました。
また、各地でロシア軍は前進しているということです。
どう考えてもロシア軍有利の戦況になっていますが、報道は「ウクライナ軍有利」を思わせるようなものがほとんどです。

「ウクライナ空軍はここ数日でロシアのSu-34戦闘爆撃機など7機を撃墜した」
「早期警戒管制機A50を先月と今月と立て続けに2機撃墜した」
「ウクライナ軍はロシア軍のミサイル艇を撃沈、大型揚陸艦を撃沈、黒海艦隊の3分の1を無力化した」
「ウクライナ軍は2月15日、ロシア軍の最新鋭戦車T-90Mを4両破壊した」
「ウクライナ軍はアウディイフカから撤退を強いられたにもかかわらず消耗戦では勝ちつつある」

これらのニュースを見ていると、「ロシア軍が前進している」というニュースがかき消されてしまいます。
ウクライナ国内で国民と兵士の士気を高めるためにこうした“大本営発表”が行われるのはわかりますが、日本で行われるのは不可解です。誰がメディアを操作しているのでしょうか。


こうしたことは開戦当初から行われていました。
開戦直後、アメリカを中心とした国はロシアにきびしい経済制裁をしました。

・石油ガスなどの輸入禁止
・高度技術製品などの輸出禁止
・自動車メーカーやマクドナルドなど外国企業の撤退
・国際的決済ネットワークシステムであるSWIFTからの排除

これらの制裁によってロシア経済は大打撃を受け、財政赤字が拡大し、ハイテク兵器がつくれなくなるなどと喧伝されました。
しかし、ロシアのGDP成長率は、2022年こそ-1.2%でしたが、2023年は3.6%のプラス成長でした。兵器もかなり製造しているようです。
全然話が違います。

経済制裁は、北朝鮮やイランやキューバに対してずっと行われていますが、それによって情勢が変わったということはありません。
ロシアへの経済制裁の効果も大げさに宣伝していたのでしょう。


ロシアからドイツへ天然ガスを送る海底パイプライン「ノルドストリーム」が2022年9月に爆破されるという事件がありました。
西側はロシアの犯行だとしてロシアを非難し、ロシアは西側の犯行だと反論し、激しい応酬がありました。
1か月ほどしたころ、ニューヨーク・タイムズが米情報当局者らによる情報として、親ウクライナのグループによる犯行だということを報じました。
独紙ディ・ツァイトは、爆発物を仕掛けるのに使われた小型船はポーランドの会社が貸したヨットだとわかったとして、ヨットの所有者は2人のウクライナ人だと報じました。
さらに独誌シュピーゲルは、ウクライナ軍特殊部隊に所属していた大佐が破壊計画の調整役として中心的役割を担ったと報じ、ワシントン・ポストは米当局の機密文書に基づき、ウクライナ軍のダイバーらによる破壊計画を米政府が事前に把握していたと報じました。
流れは完全にウクライナの犯行のほうに傾きました。
ところが、このころからぱたっとノルドストリーム爆破に関する報道はなくなりました。当然、ウクライナはけしからんという声も上がりません。
ウクライナにとって不都合なことは隠されます。


しかし、戦況がウクライナ不利になっていることは隠せなくなってきました。
なぜウクライナ不利になっているかというと、主な原因は砲弾の補給がうまくいっていないことです。

東京で行われたウクライナ復興会議に出席するため来日したウクライナのシュミハリ首相はNHKとのインタビューで「ウクライナも自国での無人機の製造を100倍に拡大したほか、弾薬の生産にも取り組んでいますが、必要な量には達していません。ロシアは大きな兵器工場を持ち、イランや北朝鮮からも弾薬を調達していて、ウクライナの10倍もの砲撃を行っているのです」と語りました。
この「10倍」というのは話を盛っているかもしれません。ほかの報道では、ロシアはウクライナの5倍の砲弾を補給しているとされます。

現代の戦争では、銃撃で死ぬ兵士は少なく、ほとんどの兵士は砲撃と爆撃で死にます。
ウクライナ軍の砲弾不足は致命的です。

なぜこんなことになっているのでしょうか。
EUは昨年3月、1年以内に砲弾100万発を供給する計画を立てましたが、約半分しか達成できていないということです。
EUの各国に砲弾製造を割り当てればできるはずです。
できないのは、よほど無能かやる気がないかです。
ゼレンスキー大統領は激怒してもいいはずですが、さすがに支援される立場ではそうもいかないでしょう。
代わって西側のメディアが砲弾供給遅れの責任を追及するべきですが、そういう報道もありません。“支援疲れ”などという言葉でごまかしています。


なぜEUは砲弾の供給を計画通りにやらないのかと考えると、本気で勝つ気がないからと思わざるをえません。
これはアメリカやNATOも同じです。
ロシアは勝つために必死で砲弾やその他の兵器を増産しているので、その差が出ていると考えられます。

アメリカ、ドイツ、フランス、イギリスなどが新鋭戦車をウクライナに提供したのは、開戦からかなり時間がたってからで、しかも数量が限定的でしたから、ゲームチェンジャーにはなりませんでした。
F-16の提供も遅れたために、今はまだパイロットの訓練中です。
多連装ロケット砲のハイマースや155ミリ榴弾砲も供与されていますが、肝心の弾が不足です。
ロシア領土に届くような長距離ミサイルは供与されていません。
つまり「戦力の逐次投入」をして、しかもその戦力が不足です。
アメリカなどの支援国が本気で勝つ気なら、勝つためにはどれだけの兵器が必要かを計算して、最初から全面援助しているのではないでしょうか。

なぜアメリカなどに勝つ気がないかというと、理由は単純で、ロシアを追い詰めると核戦争になるかもしれないからです。
このところ通常兵器の戦闘が続いているので、核兵器の存在を忘れがちですが、核兵器抜きに戦争は論じられません。

プーチン大統領は開戦初期に何度も核兵器の使用の可能性に言及しました。
この発言は「核による脅し」だとして各国から批判されましたが、その発言の効果が十分にあったようです。
アメリカなどがウクライナ支援を限定的にしていることがわかってからは、プーチン大統領は核について発言することはなくなりました。

ウクライナにとっての理想は、開戦時点の位置までロシア軍を押し戻すことでしょう。
しかし、そんなことになればロシアは多数の戦死者をむだ死にさせたことになるので、プーチン大統領としては絶対認められません。
そのときは核兵器を使うかもしれません。
戦術核を一発使えば、ウクライナ軍に対抗手段はないので、総崩れになるでしょう。

そのとき、アメリカは弱腰と言われたくなければ、「もう一発核を使えばアメリカは核で報復するぞ」と言わねばなりませんが、これは最終戦争につながるチキンレースです。

このチキンレースでアメリカとロシアは対等ではありません。
ロシアはウクライナと国境を接して、NATOの圧力にさらされているので、日本でいうところの「存立危機事態」にありますが、アメリカにとってはウクライナがどうなろうと自国の安全にはなんの関係もありません。
ですから、トランプ元大統領のウクライナ支援なんかやめてしまえという主張がアメリカ国民にもかなり支持されます。

ともかく、アメリカとしては「ロシアに核兵器を使わせない」という絶対的な縛りがあるので、ロシアを敗北させるわけにいかず、したがってウクライナはどこまでいっても「勝利」には到達できないのです。
このことを前提に停戦交渉をするしかありません。
最終的に朝鮮半島のように休戦ラインをつくることになるでしょうか。


アメリカは東アジア、中東、ヨーロッパと軍隊を駐留させて、支配地域を広げてきました。
まさに「アメリカ帝国主義」です。
しかし、戦争においては、進撃するとともに補給や占領地の維持が困難になり、防御側も必死になるので、いずれ進撃の止まるときがきます。それを「攻勢限界点」といいます。
アメリカ帝国主義もヨーロッパ方面では「攻勢限界点」に達したようです。
核大国のロシアにはこれ以上手出しできません。


もっとも、アメリカ人は自国を帝国主義国だとは思っていないでしょう。
「自由と民主主義を広める使命を持った国」ぐらいに思っています。
現実と自己認識が違っているので、ウクライナ支援をするか否かということでも国論が二分してしまいます。

トランプ氏再登板に備えて、日本人もアメリカは帝国主義か否かという問題に向き合わなければなりません。

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ウクライナとパレスチナで同時進行している戦争を見ていると、戦争の残酷さ、愚かさ、虚しさが身にしみて、早くやめてもらいたいとしか思えません。
ところが、世の中にはもっと戦えと主張する人がいます。
そういう人たちの頭の中はどうなっているのでしょうか。

さすがにストレートに「戦争賛成」と言う人はいません。
代わりに、イスラエルのガザ攻撃について「テロをしたハマスが悪いのだから、イスラエルが攻撃するのは当然だ」というふうに言います。
しかし、ハマスのテロによって約1400人が殺されましたが、その後のイスラエルの攻撃によってすでに10倍以上の人が殺されています。
それに、ネタニヤフ首相は「ハマスの殲滅」を目的にすると言っていますが、明らかに自衛権の範疇を超えています。

イスラエルを支持するのはどういう人かというと、要するに安倍元首相を支持していたような保守派の人です。保守派はほぼ完全にイスラエル支持です。
日本がイスラエルを支持してもなんの国益にもなりません。むしろ中東産油国をたいせつにしたほうが国益です。
もっとも、日本の同盟国であるアメリカは強力にイスラエルを支持しているので、保守派の人の頭の中は完全にアメリカにシンクロしているのでしょう。


ウクライナ戦争は、完全に戦線が停滞しています。第一次世界大戦や朝鮮戦争と同じで、双方が塹壕と地下陣地で守りを固めて、前進できないのでしょう。このままでは双方の損害が増大するばかりですから、停戦するしかない状況です。
ところが、日本では「侵略したロシアが悪いのだから、侵略開始時点へ押し戻すまでウクライナは停戦するべきでない」という声があります。
勝利の展望があるなら戦い続ける選択肢もありますが、勝てないばかりかウクライナが劣勢になり、ロシアがますます占領地域を広げる可能性もあります。
そして、戦い続けろという声はやはり保守派から上がっています。
これもアメリカがウクライナを支援しているからでしょう。

つまり戦争継続を主張している人は、ほとんどが保守派で、アメリカに同調してイスラエルとウクライナを支持しているのです。
しかし、イスラエルとウクライナは保守派が支持できる国でしょうか。


ネタニヤフ首相は11月28日にイーロン・マスク氏と対談した際、戦前のドイツと日本を「有毒な体制( the poisonous regime)」と称し、それらの国々が辿った末路のようにハマスを殲滅させるべきだと主張しました。さらに、マッカーサー元帥が日本にしたように、ハマスに対しても「文化的改革」を行う必要性があると述べました。

ゼレンスキー大統領は昨年3月16日に米連邦議会でオンライン演説をした際、「真珠湾攻撃を思い出してほしい。1941年12月7日、あのおぞましい朝のことを。あなた方の国の空が攻撃してくる戦闘機で黒く染まった時のことを」と語り、さらに9.11テロとも関連づけました。

日本の保守派はいまだに戦前の日本の体制を美化し、理想としています。
こうはっきり戦前の日本を否定する指導者のいる国を支持していいのでしょうか。


ともかく、戦争するどちらかの国に肩入れすると、「勝利か敗北か」という発想になり、平和や停戦を目指そうということになりません。
ですから、第三者の立場から双方を公平に見ることがたいせつです。

しかし、そこに「自分」が入ってくるとむずかしくなります。
自分と相手の関係を客観的に公平に見るのは容易ではないということです。

たとえば日本と北朝鮮の関係について、日本人はどうしても日本につごうよく考えてしまいます。
北朝鮮は11月末に軍事偵察衛星の打ち上げに成功したと発表し、日本にとって脅威だと騒がれています。
しかし、日本はこれまでに19機の偵察衛星を打ち上げていますし、アメリカはもっとです。
公平な立場からは、北朝鮮が偵察衛星を持つことを非難することはできません。
また、北朝鮮は核兵器とICBMを開発して、これも日本とアメリカにとって脅威だとされていますが、アメリカの核兵器は北朝鮮にとってはるかに脅威です。
北朝鮮は自衛権があり、抑止力を持つ権利もあり、2003年に核拡散防止条約を脱退しているので核武装の権利もあります。
ですから、アメリカは北朝鮮の核兵器開発を防ぐために、北朝鮮が核兵器開発を断念する代わりにアメリカが軽水炉を提供するという「米朝枠組み合意」を締結したのですが、アメリカ議会が軽水炉の予算を承認しなかったために、合意は崩れてしまいました。

中国の軍拡も脅威だとされていますが、中国はGDPに合わせて軍事費を増やしているだけです。
今でもアメリカの軍事費は中国の軍事費の3倍あります。
アメリカにとって中国が脅威であるよりも、中国にとってアメリカが脅威であることのほうがはるかに大きいといえます。

自国中心主義を脱すると、世界のあり方が正しく見えてきます。


人類が高度な文明を築けたのはどうしてかというと、互恵的利他主義によって互いに協力してきたからだとされます。
互恵的利他主義というのは、あとの見返りを期待して行われる利他行動のことですが、遺伝子レベルに組み込まれているので、見返りを期待しないで行われることも多いものです。
互恵的利他主義だと「こちらは軍事費を削減してそちらを安全にするから、そちらも軍事費を削減してこちらを安全にしてくれ」ということになり、双方が利益を得られます。
ところが、互恵的利他主義は共同体から機能社会にまで広がっていますが、まだ国際社会には広がっていません。そのため、どの国も軍事費を増大させて財政を苦しくし、戦争になったときの損害を大きくしています。
日本国憲法前文が「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」となっているのは、互恵的利他主義を前提としたものと思われますが、国際社会はまだその段階に達していません。

国際社会に互恵的利他主義を広めるには、まず自国中心主義を脱し、世界を公平に見る視点を確立しなければなりません。



なお、イスラエルを支持する人は決まって、ハマスは「テロ」をしたからイスラエルが攻撃するのは当然だと主張します。
ウクライナを支持する人は、ロシアは「侵略」をしたからウクライナは撃退するまで戦い続けるべきだと主張します。
つまり向こうはテロや侵略などの「悪」であり、それと戦うこちらは「正義」だということです。
このように「悪」と「正義」のレッテル張りをすると、もう自分と相手を公平に見ることはできません。

善悪や正義を頭の中から消去することが世界を公平に見るなによりのコツです。

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ウクライナのゼレンスキー大統領が3月23日、日本の国会でオンライン形式で演説をしました。
アメリカ議会での演説では真珠湾攻撃を取り上げたので、日本の国会ではヒロシマ、ナガサキや東京大空襲などに言及するのではないかという予想があり、私自身は、ソ連が日ソ中立条約を破ったことや日本兵捕虜のシベリア抑留などに言及するのではないかと予想しましたが、そういうのはありませんでした。
きわめて穏当な内容でした。
ゼレンスキー大統領にとって日本は「復興資金を出してくれるATM」というところかもしれません。

2014年、クリミア半島をロシアが併合しそうになっているとき、オランダのハーグでウクライナを支援するためカナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、イギリス、アメリカの7か国による会議が行われ、安倍首相は約1500億円の経済支援を表明しました。
NATOとロシアが角突き合わせているとき、NATO以外で唯一日本が参加して金を出すとは、日本外交の愚かさを見せつけられた気分でした。
ですから、ウクライナにとって日本はATMという認識であっておかしくありません。


ゼレンスキー大統領は演説の中で「ウクライナへの残忍な侵略のツナミ」という言葉を使いました。
ほかに「世界のほかの潜在的な侵略者」「地球上のすべての侵略者たち」とも言っています。
「侵略」がキーワードです。

ロシアがやっているのは「侵略戦争」で、ウクライナがやっているのは「防衛戦争」です。
これほどわかりやすいことはありません。ですから、世界からロシア非難とウクライナ支援の声が上がっています。

しかし、国際政治の世界では「侵略」と「防衛」というわかりやすい区分がありません。「集団的自衛権」があるからです。
プーチン大統領は今回の戦争を、ウクライナ東部にある「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」をウクライナの攻撃から守るための集団的自衛権の行使だと主張しています(「ネオナチとの戦い」だとも言っています)。

バイデン大統領はプーチン大統領のことを「侵略者」だけでなく「残忍な独裁者」や「戦争犯罪者」とも呼んで、問題をわかりにくくしています。
「侵略」と「防衛」というわかりやすい区分を使うと、アメリカにとって不都合なことがいっぱいあるからです。
安倍首相も「侵略の定義は定まっていない」と発言したことがあります。日本の戦争を侵略と認めたくなかったからです(安倍氏にロシアの行為は侵略ですかと聞いてみたいものです)。


今のところウクライナ軍は善戦しているようですが、その主な理由は、ウクライナにとっては防衛戦争で、ロシアにとっては侵略戦争だからです。
防衛戦争をする兵士は士気が上がりますが、侵略戦争をする兵士は士気が下がります。
これは動物の本能によって説明できます。

なわばりを持つ動物は、基本的には互いのなわばりを尊重して争わないようにしていますが、ときどき食料や異性を探して、ほかのなわばりに侵入することがあります。
そのとき、なわばり主が侵入者を発見すると、侵入者に猛然と襲いかかります。侵入者は自分のほうが強い場合でも、ほとんど闘わずに逃げ出します。

このときの動物の“心理”のメカニズムを、日高敏隆著『日高敏隆選集Ⅱ 動物にとって社会とはなにか』は次のように説明しています。

「他人の」なわばりに入りこんでいるな、と感じた個体(むしろ、ここは自分のなわばりでないなと感じている個体)は、あえて擬人化すればそのやましさのゆえに、なわばり所有者から攻撃されるとすぐ引きさがってしまう。そこではけっして組んずほぐれつの闘いなどおこらない。だが問題はこれですむほど単純ではない。なわばりの所有者は引きさがっていく侵入者を追いかけてゆく。しかし深追いは動物においても危険である。なぜなら、追跡が進む間に、両者の心理状態が刻々と変化していってしまうからだ。
動物の「闘志」は、なわばりの中心すなわち巣からの距離に反比例する。なわばりの境界近くまで侵入者を追いかけていった所有者には、もはや攻撃のはじめほどの闘志はわいてこない。闘志と同じくらい逃避の衝動が強くなっているのである。
この比例関係は、自分のなわばりに逃げこんだ動物についてもあてはまる。そこでこちらのほうは、自分の巣に近づくにつれて、闘志がみなぎってくるのである。
深追いしすぎて相手のなわばりに侵入した追跡者は、相手ががぜん反攻に転じると急いで後退して自分のなわばりへ逃げこむ。もし相手がそこまで深追いしてくると、事情が逆転する。こうしてしばしば一対の動物は、ふりこのようにふれながら、ついになわばりの境界線でとまることがある。

人間は集団で狩りをするサルで、集団でなわばりを持ちます。そのなわばりが拡大したものが国家です。
ですから、ウクライナのなわばりに侵入したロシア兵はあまり闘志がなく、深く侵入するほど闘志がなくなります。
反対にウクライナ兵は、なわばりを守るために最初から闘志が盛んで、ロシア軍に押し込まれればますます闘志が高まります。

闘志があるのは兵士だけではありません。非戦闘員である国民も同じです。
つまり防衛戦争というのは、兵士と国民が一体となって戦われるものです。


ここが従来の戦争の常識と違うところです。
従来の戦争は戦闘員と非戦闘員が明確に区別されるものでした。制服や徽章などで外見からも区別されなければなりません。
これがはっきりと変わったのがベトナム戦争です。
南ベトナム解放民族戦線は農民と同じ服装でゲリラ戦をしました。
兵士と農民の区別がむずかしいからといって米軍が無差別に攻撃すると、民衆の反発が高まり、国際社会からも非難されます。
結局、ベトナム戦争は泥沼化して、アメリカ軍は敗退しました。

解放戦線と北ベトナムにはソ連や中国の支援もありましたが、世界最強のアメリカ軍が敗れたのは、アメリカがしたのは侵略戦争で、ベトナムがしたのは防衛戦争だったからです。

ベトナムからアメリカ軍が撤退した6年後、ソ連はアフガニスタンに侵攻しましたが、これも泥沼化し、10年後にソ連は敗退しました。
ソ連がアメリカと同じ失敗を繰り返したのは不思議です。

そして、9.11テロをきっかけに今度はアメリカがアフガニスタンに侵攻し、これは20年にわたって戦いを続けましたが、結局敗退しました。
今度はアメリカがソ連と同じ失敗を繰り返したわけです。

イラク戦争も、実質的にアメリカ軍の敗退です。

アフガニスタンでもイラクでも、武装勢力と民衆の区別が、銃を持っているか否かぐらいでしかつきません。銃を持たない自爆テロ犯の見分けはきわめて困難です。
侵略者の目には民衆すべてが敵に見え、しばしば無差別攻撃をして民衆の反感をさらに高めるということの繰り返しで自滅しました。


ウクライナ戦争においても、ウクライナ軍と民衆は一体化しています。
民衆は火炎瓶をつくって、実際にロシア軍の車両に投げつけている映像もありました。
ゼレンスキー大統領は、市民に銃を取って戦うように呼びかけました。

そして、「民間人が武器を使ってロシア兵を殺害しても罪に問わない」とする法案が可決されたというニュースがありました。

ウクライナのジャーナリストであるIllia Ponomarenko氏は3月10日、「新しい法案は、ウクライナに配備されたロシアの軍人を民間人が殺害することを公式に完全合法化します」というキャプション付きで、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領が署名した法案のスクリーンショットを投稿しました。文書の日付は2022年3月3日となっており、Newsweekは法令の発効が「公布の翌日から」となっていると述べています。
法令の内容は、ウクライナに対して武力侵攻を行っている者に対して、ウクライナの民間人や滞在中の外国人が銃器を使用して排除したとしても、その刑事責任を問わないというもの。法令が有効なのは戒厳令が出されている間であり、その間は民間人も銃器の使用が許可されるものの、戒厳令が終了したら当局に銃器を引き渡す必要があるとのこと。
https://gigazine.net/news/20220311-ukraine-bill-legal-kill-russian-soldiers/

このように市民の武装を公然と認めると、今度はロシア軍に市民を攻撃する口実を与えることになります。
とはいえ、ロシア軍が無差別に市民を攻撃すると、やはりロシア軍が非難されるので、ロシア軍は苦しいところです。


ロシア側は、ウクライナは“人間の盾”を使っていると非難しています。

人間の盾というのは、「戦争や紛争において、敵が攻撃目標とする施設の内部や周囲に民間人を配置するなどして、攻撃を牽制すること」と説明されます。
だいたいは捕虜や人質を盾にするというイメージでしょう。
そういうことは行われていないはずです。

しかし、ウクライナ軍は都市を防衛拠点としていて、そこに住民がいます。
その住民は、ロシア軍から見れば人間の盾になります。都市を攻撃すれば住民に被害が出るのは確実だからです。
今のところロシア軍は主要都市を占領していません。
意図せざる人間の盾があるからかもしれません。

ウクライナ側のやり方に対しては、住民のいる都市を防衛拠点にするなという批判もあります。
あらかじめすべての住民を避難させるべきで、それができないならその都市に関して「無防備都市宣言」をするべきだというのです(ハーグ陸戦条約やジュネーブ条約に規定があります)。
つまり戦わずしてその都市を敵に明け渡すわけです。
第二次世界大戦のとき、ドイツ軍の侵攻を受けたフランス政府はパリに関して無防備都市宣言を行い、パリを戦火から守りました。

しかし、都市というのは防衛拠点に最適です。
独ソ戦においてはソ連軍はスターリングラードやレニングラードを防衛拠点にし、ドイツ軍は攻めきれなくて、結局ここが戦局の転換点になりました。
ただし、住民のいる都市での市街戦は悲惨です。

ロシアはウクライナ東南部の港湾都市マリウポリに対して降伏するように勧告しましたが、ウクライナ側は拒否しました。
どうやら徹底抗戦するようです。

そうするとロシア側の判断もむずかしくなります。本格的に攻撃すれば、スターリングラードやレニングラードの悲劇を逆の立場から演じることになり、国際的な非難を浴びます。


ともかく、ウクライナでは軍と市民が一体となって戦っています。
戦闘員と非戦闘員を厳密に区別するべきという戦時国際法は、騎士や傭兵だけが戦争を担った伝統の上に、列強が植民地獲得戦争をするときに現地の武装勢力と民衆の区別がつかなくて困るという必要性から生まれたものです。
国民国家が総力戦をする時代には合わなくなっています。


ロシア軍の総兵力は約90万人、ウクライナ軍は約26万人です。
軍事費については、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、2020年のロシアは約617億ドル(約7兆970億円)で、約59億ドル(約6780億円)のウクライナとは10倍以上の差があります。

それでもロシア軍が苦戦し、ウクライナ軍が善戦しているのは、侵略戦争と防衛戦争の違いからです。

これはある意味、天下分け目の戦いです。
ウクライナが勝利すれば、今後ロシアやアメリカのような侵略戦争をしようという国はまず出てこないでしょうから、世界は平和になります。



近代兵器を使った大規模な戦争も、所詮は動物のなわばり争いが発展したものです。
高度な文明も、人間の動物としての本能を土台として築かれています。
文明と本能の関係については「道徳観のコペルニクス的転回」で論じています。

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