村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

タグ:ダーウィン

charles-robert-darwin-62911_1920

自民党広報がつくった四コマ漫画が、進化論を根拠にして改憲を訴えたために物議をかもしています。

これは「教えて!もやウィン」というタイトルの四コマ漫画のシリーズで、現在、第1話「進化論」3編、第2話「憲法とは」3編が公開されています。
登場人物は「ケント」「ノリカ」「もやウィン」の3人で、ダーウィンを模した「もやウィン」があとの2人に憲法について講義するという形式です。

進化論を根拠にして社会問題を論じるのは、基本的に全部だめですが、この漫画はそれ以前の間違いを犯しています。

Ea3HmZWUwAAJmgF
ここには三つの問題が指摘できます。

第一に、ダーウィンは「唯一生き残ることが出来るのは変化できる者である」などとは言っていません。
ケンブリッジ大などによる研究班「ダーウィン・コレスポンデンス・プロジェクト」によると、この言葉は有名な六つの誤用例のひとつで、米ルイジアナ州立大の教授が1963年、ダーウィンの著作「種の起源」から誤って引用したのが始まりということです。

ダーウィンの発言でない
https://www.darwinproject.ac.uk/people/about-darwin/six-things-darwin-never-said#quote1

第二に、ダーウィンがこの言葉を言おうが言うまいが、内容が間違っています。
変化することで生き残る場合もありますが、変化する方向が違えば生き残れない場合もあり、変化しないことで生き残る場合もあります。

第三に、進化論は進化のメカニズムを説明するだけで、それを根拠に社会のあり方や人間の生き方を論じるのは間違っています(これはあとで説明します)。


こうした批判に対する自民党の対応はというと、朝日新聞の記事によると、『自民党の広報本部は「憲法改正について、国民の皆様にわかりやすくご理解していただくために、表現させていただきました」と回答した』ということで、どうやら訂正などは行わないようです。

自民党の二階俊博幹事長は6月23日の記者会見で「何を言っても、そういうご意見が出るところが民主主義の世の中であって、この国の良さだ。おおらかに受け止めていったらいいんじゃないか」「学識のあるところを披瀝したのではないか。ダーウィンも喜んでいるでしょう」と言って、やはり批判には対応しない態度です。

進化論についてはいろいろな考え方があるかもしれませんが、ダーウィンがその言葉を言ったか否かは事実に関することですから、間違いは認めて訂正しなければいけません。
公文書改ざん、虚偽答弁、記録廃棄を続けてきて、自民党は平気で事実を軽視する体質になったようです。


もっとも、自民党が訂正しない理由がわからないでもありません。
この漫画シリーズは、ダーウィンを模した「もやウィン」が講師役となって改憲の必要性を講義するもので、第1話が「進化論」となっていますから、そこの間違いを認めてしまうと、シリーズの根幹が成り立たなくなってしまいます。

ということは、自民党はこのシリーズそのものをやめるしかないのではないでしょうか。


科学を軽視するのは自民党の体質かもしれません。
麻生財務相は、日本では新型コロナウイルスによる死亡率が低いとした上で、外国首脳とのやりとりについて、「『お前らだけ薬持っているのか』とよく電話かかってきたもんですけども、『おたくとは、うちの国とは国民の民度のレベルが違うんだ』っていつも言って、言ってやるとみんな絶句して黙るんですけど、そうすると後の質問が来なくなるんで、それが一番簡単な答えだと思って」と語りました。
相手は死亡率が低い科学的な理由を知りたがっているのに、「国民の民度が違う」と答えて得意になっているところに科学軽視が現れています。

安倍首相も緊急事態宣言解除をするときの記者会見で、「日本モデルの力を示した」と語りましたが、これも同じです。「日本モデル」はどういうものかを具体的に示し、外国で応用する方法を示すぐらいでないといけません。

首相や国会議員が靖国神社に参拝したり、森元首相が「日本は神の国」と発言したり、教育勅語をありがたがったりと、自民党には科学的、合理的とは言えない傾向が昔からあります。



進化論やダーウィンの権威を利用するのは、自民党に限らず社会ダーウィン主義者や優生思想の持主がよくやることです。
もっとも、これについてはダーウィンの側に多くの責任があります。

「優生学」という言葉をつくったフランシス・ゴルトンは、ダーウィンのいとこにあたります。ダーウィンは著作の中で何度もゴルトンの説に言及しているので、優生思想に共鳴していたと見なしても間違いではないでしょうし、社会ダーウィン主義とほぼ同じ考えも有していました。
それはダーウィンの次の文章からも明らかです。

人類の福祉をどのように向上させるかは、最も複雑な問題である。自分の子どもたちが卑しい貧困状態に陥ることを避けられない人々は、結婚するべきではない。なぜなら、貧困は大きな邪悪であるばかりか、向こう見ずな結婚に導くことで、それ自体を増加させる傾向があるからである。一方、ゴールトン氏(引用者注・フランシス・ゴルトンのこと)が述べているように、慎み深い人々が結婚を控え、向こう見ずな人々が結婚したならば、社会のよくないメンバーが、よりよいメンバーを凌駕することになるだろう。人間も他の動物と同様に、その速い増殖率からくる存続のための争いを通じて、現在の高い地位に上ったことは疑いない。そして、もしも人間がさらなる高みへと進むべきなのであれば、厳しい競争にさらされ続けていなければならない。そうでなければ、人間はすぐに怠惰に陥り、より高度な才能に恵まれた個人が、そうでない個人よりも、存続のための争いで勝ち残るということはなくなってしまうだろう。(ダーウィン著「人間の由来/下」講談社学術文庫490ページ)



ダーウィンにおいては、進化論も優生思想も社会ダーウィン主義もいっしょでした。
そのため進化論が社会に広がるとともに優生思想と社会ダーウィン主義も広がっていったわけですが、弱肉強食、弱者切り捨ての社会はよくないという反省が起き、進化論から優生思想と社会ダーウィン主義を切り離そうという動きが起きました。

そこで利用されたのが「ヒュームの法則」です。
ウィキペディアにはこう説明されています。

ヒュームの法則(ヒュームのほうそく、Hume's law)、またはヒュームのギロチン(Hume's guillotine)とは、「~である」(is)という命題からは推論によって「~すべき」(ought)という命題は導き出せないという原理である。


進化論のような科学が明らかにするのは「ある」という事実であって、そこから「べき」という価値観や思想を導くことはできないということです。

この説は18世紀半ばのものですが、G.E.ムーアは20世紀初めに同様の説を唱え、「ある」から「べき」を導くことを「自然主義の誤謬」と名づけました。

「ヒュームの法則」と「自然主義の誤謬」は一体となって使われます。
たとえば、「生物は生存闘争をする」ということを根拠に「人間は生存闘争をするべきである」と主張すると、それは「ヒュームの法則」に反するとされ、「自然主義の誤謬」と呼ばれて葬り去られます。
脳科学の知見をもとに社会のあり方を論じたりするのも、たいてい「自然主義の誤謬」だとされます。

このやり方はたいへん有効なので、「ヒュームのギロチン」と呼ばれるようにもなりました。


ところで、デイビッド・ヒュームは、「法則」と呼べるほどこのことを強く主張したわけではありません。おそらく本人は軽い気持ちで書いただけでしょう。
その部分を引用します。


どの道徳体系ででも私はいつも気がついていたのだが、その著者は、しばらくは通常の仕方で論究を進め、それから神の存在を立証し、人間に関する事がらについて所見を述べる。ところが、このときに突然、である、ではないという普通の連辞で命題を結ぶのではなく、出会うどの命題も、べきである、べきでないで結ばれていないものはないことに気づいて私は驚くのである。この変化は目につきにくいが、きわめて重要である。なぜなら、このべきである、べきでないというのは、ある新しい関係、断言を表わすのだから、これを注視して解明し、同時に、この新しい関係が全然異なる他の関係からいかにして導出されうるのか、まったく考えも及ばぬように思える限り、その理由を与えることが必要だからである。(ヒューム著「人性論」中公クラシックス188-189ページ)


要するに、「である」と「べきである」を区別しない著者がいるのを見て驚いたと述べているだけです。
ただ、「ある」と「べき」を対比するというやり方はおそらく初めてであり、いい発想だったとは言えます。

ムーアはこの古い説を引っ張り出し、「倫理学原理」という著作で「自然主義の誤謬」という言葉をつけて世の中に出したところ、世の中のニーズに合って、つまり進化論から優生思想や社会ダーウィン主義を切り離したいという人が多くいたために、「ギロチン」と言われるまでになったと思われます。


現在、進化論をもとに社会問題を論じると「自然主義の誤謬」だとされるので、そういうことはほとんどなくなりました。

進化論をもとに優生思想を主張するのも「自然主義の誤謬」として否定されます。
ただ、進化論と無関係に優生思想を主張するのは、人権思想で否定するしかありません。人権思想の強度が試されることになります。


ダーウィンは社会ダーウィン主義者で優生思想の持主であっただけでなく、人種差別主義者でもありました。
それは次の文章からも明らかでしょう。

未開人は女性の意見を尊重しないので、たいていの場合、妻は奴隷と同じように扱われている。ほとんどの未開人は、赤の他人の苦難にはまったく無頓着で、むしろそれを見るのを喜ぶ。北アメリカのインディアンでは、敵を拷問するのに女子どもも手伝ったということはよく知られている。未開人のなかには、動物を残酷に扱うことに恐ろしい喜びを感じるものがあり、彼らの間では、慈悲などという美徳はまったく存在しない。(「人間の由来/上」124ページ)



現在、アメリカでは奴隷の所有者であったなどの理由で歴史上の偉人の像が引き倒されていますが、ダーウィンの像が引き倒されても少しも不思議ではありません。

自民党広報の「教えて!もやウィン」は、ダーウィンの言ってもいない発言を持ち出し、進化論を曲解していますが、それ以前に、ダーウィンを模した「もやウィン」から改憲のような社会問題について講義を受けるという設定自体が間違っています。

revolution-30590_1280


アメリカの民主党の大統領予備選挙で、ウォール街への課税や公立大学の無償化などを掲げるバーニー・サンダース候補が善戦しています。
アメリカのアカデミー賞では、韓国の格差社会を描いた「パラサイト 半地下の家族」が作品賞を受賞し、ニューヨークを模したゴッサムシティの格差社会を描いた「ジョーカー」も過去最多の16部門でノミネートされ、主演男優賞などを受賞しました。
どうやらアメリカでは格差社会問題が大きなトレンドになっているようです。

格差社会問題とはなんでしょうか。


昔、社会主義思想にまだ力があったころは、よく「富める者はますます富み、貧しき者はますます貧しくなる」と言ったものです。
この言葉は、新約聖書のマタイによる福音書に「持っている者は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない者は、持っているものまで取り上げられるであろう」と書かれていることからきているので、「マタイの法則」とも呼ばれます。
しかし、この言葉は誇張だったようです。

トマ・ピケティは2013年に著した「21世紀の資本」において、資本主義社会では一般的に「資本収益率>経済成長率」という法則が成立すること、つまり資産家の収入の増加は労働者の収入の増加よりも大きいということを膨大なデータから明らかにしました。つまり、「富める者はますます富み、貧しき者は少ししか富まない」というのが正しいということです。
この法則が成立すると、大規模な戦争や革命がない限り、富める者と貧しき者との差はどこまでも拡大していくことになります(ですから、「貧しき者はますます貧しくなる」は実感としては正しいかもしれません)。

この法則のもとでは、親から多くの資産を受け継ぐ者は少なく受け継ぐ者よりも豊かになるので、生まれによって社会階層が決まる傾向が強まり、階級社会化が進むことになります。

「21世紀の資本」は世界的なベストセラーになり、とくに否定や反論はされていません。
「資本収益率>経済成長率」の法則は、格差社会の実態を可視化しました。
最近、格差社会問題が注目されるようになったひとつの原因です。


多くの人は、格差がどんどん拡大していくことは好ましくないと思うでしょう。
ピケティも富裕層への課税強化を国際的に連携して行うべきだと提言しています。

しかし、格差社会を肯定したい人もいます。
これまで格差社会を肯定したい人は、「貧富の差は能力の差である」という説に依拠してきました。「能力のある者が多くの収入を得るのは当然だ」という主張には、それなりの説得力があります。しかし、人間の能力というのは基本的に一定なので、貧富の差が年々拡大していくことは、能力の差によっては説明できません。

そこで最近は、「貧富の差は努力の差である」という説が採用されています。「努力した者が多くの収入を得るのは当然だ」ということです。裏を返せば、「貧困層は努力しない者だ」ということです。
努力やそれに類する概念は、誰もが日常会話の中で、「お前は努力が足りない」とか「もっとがんばれ」とか「やる気を出せ」というように使っているので、「貧富の差は努力の差である」という説は、賛成反対は別にして、誰でも理解できます。そのため、「貧富の差は努力の差である」という説は、世の中に一定の広がりを見せています。とりわけ福祉制度を攻撃する際に、「怠け者に税金を使うな」という形でこの説が利用されています。

この説によれば、世の中には努力する人間と努力しない人間がいることになります。
その違いはどこからくるのかというと、「自由意志」によるとされます。

自由意志とはなんでしょうか。
自由意志のひとつの意味は、「人為による強制・支配・拘束を受けない状況での意志決定のあり方」をいいますが、このことは問題ではありません。
もうひとつの意味は、「自然法則や自然界の因果律の影響を受けない状況での意志決定のあり方」をいい、このような意志決定が可能かどうかについては、昔から哲学上の問題として議論されてきました。

ですから、「お前が貧乏なのは努力しないせいだ」とか「怠け者に税金を使うな」と主張する人に反論しようとすると、哲学論議をしなければなりません。
しかし、哲学論議というのは、いくらやっても結論が出ないので、余裕のある人が暇つぶしでするものです。格差社会をどうするかという切実な問題に直面しているときにやっていられません。

そのため、「お前が貧乏なのは努力しないからだ」とか「怠け者に税金を使うな」という主張に対しては誰も正面から反論せず、その主張が通った格好になります。
その結果、自由意志を前提とした主張が世の中を支配しています。

たとえば、「アメリカンドリーム」というのは、恵まれない環境にいる人間でも努力すれば夢がかなえられるというものです。したがって、いつまでも貧しい人間は、努力しない者だということになります。

竹中平蔵教授は、貧乏になるのも自由意志だと主張しました。

私が、若い人に1つだけ言いたいのは、「みなさんには貧しくなる自由がある」ということだ。「何もしたくないなら、何もしなくて大いに結構。その代わりに貧しくなるので、貧しさをエンジョイしたらいい。ただ1つだけ、そのときに頑張って成功した人の足を引っ張るな」と。
以前、BS朝日のテレビ番組に出演して、堺屋太一さんや鳥越俊太郎さんと一緒に、「もっと若い人たちにリスクを取ってほしい」という話をしたら、若者から文句が出てきたので、そのときにも「君たちには貧しくなる自由がある」という話をした。
https://toyokeizai.net/articles/-/11927?page=2

経済学は経済人や合理的経済人という人間観をもとにした学問なので、みずから貧しくなる人間というのは想定されません。経済学者とは思えない発言です。
しかし、こんな暴論でも、議論して言い負かすことはむずかしいので、なんとなく通ってしまいます。

ちなみに「自己責任」というのも、自由意志を前提としています。最善の判断をすることができたのに、悪い判断をして悪い結果を招いたのだから、その結果は全部自分で負えということです。

刑事司法の世界も自由意志を前提としています。
「犯意」は基本的に自由意志と見なされ、自由意志によらない部分については情状酌量が認められますが、その部分はわずかです。中世の人は、水たまりや汚物などからボウフラやウジ虫が文字通り“わく”と信じていたといいますが、犯意も外部と無関係にその人間の心の中から“わく”とされるので、それと同じです。刑事司法の世界はいまだに中世段階です。
脳科学の進歩により、凶悪犯の脳に異常があることが多いという事実がどんどん明らかになっていますが(たえばジョナサン・H. ピンカス著「脳が殺す―連続殺人犯:前頭葉の“秘密” 」など)、そうした科学の成果が裁判に取り入られることはありません。

ちなみに昔の社会主義者は、社会の矛盾が犯罪を生むので、貧困をなくし福祉を充実させれば犯罪をへらすことができると考えていました。

マルクス主義は唯物論ですから、人間の意志決定は脳という物質の働きによるとされ、社会も自然法則に従って変化するとされます。当然、自由意志などは認めません。「存在が意識を規定する」という言葉が端的にそれを表現しています。


仏教思想も、人間を自然法則に従う存在と見なします。
仏教思想の核心は次の三行で表現されます。

諸行無常
諸法無我
涅槃寂静

これを私なりに現代語にすると、次のようになります。

すべてのものは変化する。
変化の法則を人間が左右することはできない(人間もまた法則に従い変化する)。
そのことを理解すれば静かな安らぎの境地に至れる。

こんな理解で静かな安らぎの境地に至れるとは思えないので、この理解は浅すぎるのでしょう。あくまで自然法則と人間の関係について私なりに解釈したということです。


このような議論はすべて哲学上のものです。
すでに述べたように、これはいくら議論しても結論が出ません。
ですから、ここは“科学”の観点を導入する必要があります。

evolution-297234_1280


人間を科学の視点で見ることは、ダーウィンが進化論を発表したときから始まりました。これは「ダーウィン革命」とか「第二の科学革命」と言われます。

ダーウィン革命がどのようなものであったかは、次の文章がわかりやすく示しています。


ダーウィニズムはたんに神を殺害しただけではなく、「神の死」以後の西欧の新しい価値観を再創造するうえでも、これまたけっして小さくない役割を果たすことになる。
すなわち十九世紀後半の西欧の歴史観、世界(自然)観、人間観、道徳観は、そのすべてがいったんキリスト教的基盤をうしなったのちに、進化論的基盤のうえにおきなおされるのである。終末論的歴史観から進化主義的歴史観へ、超自然的世界観から自然主義的世界観へ、アダムに由来する人間というキリスト教的人間観から類人猿に由来する人間という進化論的人間観へ、キリスト教道徳から進化論的道徳へ――ふつう「ダーウィン革命」と呼ばれる思想的革命は、そのような意味において十九世紀末にニーチェが告知した「あらゆる価値の価値転換」の重要な一部分と見なされなければならないであろう。(丹治愛著「神を殺した男」)

ダーウィン自身はまったく革命的な人間ではありませんでした。宗教に関しても、若いころは神学校に進んで将来は牧師になろうと思ったくらいで、普通程度の信仰心を持っていました。しかし、進化論を思いついたことで唯物論へと向かうことになります。

このような、彼が言うところの「心的暴動」は、自然界に霊的または神的な力は存在せず、ただ物質があるのみとする哲学的教養である物質主義の道へ、彼を導いていった。もしもすべてのものの創造を否定するならば、人間はどこに位置し、救済の望みはどこへ行くのだろう? われわれの思考は、単に脳の分泌物ではないか、と彼は断言した。「ああ、なんという物質主義者!」と彼は叫んだ、半ば自分自身の大胆さに感激しながら。(ジャネット・ブラウン著「ダーウィンの『種の起源』」)


ダーウィンが「種の起源」を発表すると、古い体制と古い価値観を打ち壊そうとしていた革命家はこぞって歓迎しました。

カール・マルクスはダーウィンとほぼ同時代人です(ダーウィンは1809年生まれ、マルクスは1818年生まれ)。マルクスは「種の起源」を読んで感銘を受け、「資本論」の第一巻をダーウィンに献本しています。原始共産制、奴隷制、封建制、資本制、共産制へと社会が進化していくという唯物史観は、明らかに進化論の影響でしょう。
無政府主義者のピョートル・クロポトキン(1842年生まれ)はダーウィンの進化論の強い影響を受けましたが、進化論が生存闘争の原理を強調することに疑問を抱き、相互扶助の原理の重要性を説いて、「相互扶助論」を著しました。
日本でも、無政府主義者の大杉栄は、「種の起源」の翻訳をしています。

社会主義者の幸徳秋水は、「生存競争と社会主義」という文章で、このように述べています。
ダーウィン氏の生物進化の学説が、ひとたび発表されて、旧来の科学とたたかい、哲学とたたかい、宗教とたたかいはじめると、向かうところをなぎたおし、すべての独断をうちこわし、もろもろの迷信をうちやぶるありさまは、くさった木をくだき、かれた木をひきさくようないきおいで、世界の思想・学術は、そのために面目を一新した。
 いまや、生命進化の法則は、人間の知能のおよぶかぎりにおいて、うたがうことのできない一大真理として、なにの学、なにの説、なにの研究、なにの弁証であることに関係なく、あらゆる学問の領域にわたって、すべてがこれを基礎・根底にしなくてはならないようになってきた。
 そして、われわれ社会主義者もまた、心からよろこんで、ダーウィンの一信者であることを明示せずにはおられないのである。(幸徳秋水「生存競争と社会主義」)
革命思想とダーウィンの進化論はほとんど一体のものとして理解されていました。少なくとも革命家の側はそう思っていました。

もっとも、それは体制側も同じでした。進化論の社会への影響力はきわめて大きかったので、体制側も進化論を利用しようとしました。いわば革命側と体制側が進化論を巡って綱引きをしたわけです。

そして、ダーウィンは体制側を選択しました。
それはダーウィンの出身階級からすれば当然のことではありました。

ダーウィンは裕福な医者の家系に生まれ、父方の祖父は詩人で、初期の進化論者でもあり、母方の祖父は大手陶磁器製造会社ウエッジウッドの創業者でした。五年間のビーグル号の航海中、ダーウィンは無給でしたが、父親が経済的援助をしてくれました。ビーグル号の航海を終えたダーウィンはロンドンに住みましたが、松永俊男著「チャールズ・ダーウィンの生涯」はその生活をこのように描いています。


独身の若者ダーウィンが、研究と学会活動だけで満足しているはずがない。イギリスのジェントルマンの生活に欠かせないのがクラブである。その一つ、アシニアム・クラブは、現在でも当時のまま、クラブの建物が並ぶペル・メル街の一角にある。イギリスの最も格式の高いクラブで、各界のトップクラスの人々が会員に選出される。ダーウィンは立候補もしていなかったのに、一八三八年六月二一日に会員に選出された。これはダーウィン本人にとっても驚くべきことだった。独身時代は殺風景な住居からのがれて息抜きする場所だったが、結婚後も利用し、政治家や実業家たちとも親しく交際した。クラブの雑誌や図書は科学以外の分野に知見を広げるのに役立った。


ジェントルマンの生活に欠かせないことの一つが夜会だったが、ダーウィンはライエル邸の夜会のほか、有名なバベジの夜会の常連でもあった。バベジはケンブリッジの数学教授だったが、講義をせず、ロンドンに住んだままであった。土曜に開かれるバベジ邸の夜会は、学者だけでなく、各界の著名人が呼ばれ、女性も参加していた。


研究の息抜きには、航海中のミルトン『失楽園』に代わって、コールリッジとワーズワースの詩を愛読していた。兄エラズマスと近くのパブでおしゃべりするのも楽しかった。独身二九歳のダーウィンは、世界都市ロンドンで、研究、学会活動、そして余暇に充実した生活を送っていた。(松永俊男著「チャールズ・ダーウィンの生涯」)


当時のイギリスは、十八世紀後半からの産業革命でいち早く工業化を達成し、多くの植民地を獲得して、経済的繁栄を誇っていましたが、国内では矛盾も拡大し、長時間労働、児童労働、農村から都市への人口流入による住環境の悪化、社会保障の欠如などで民衆の不満は高まっていました。1832年に第一回選挙法改正が行われ、産業資本家が選挙権を得ましたが、労働者には選挙権は与えられなかったので、選挙権を求めるチャーチスト運動が起き、暴動によって死者が出ることもありました。
ダーウィンとマルクスは同時期にイギリスに住んでいたことがありますが、ダーウィンの見ていたイギリスと、マルクスの見ていたイギリスはまったく違ったかもしれません。

それに加えて、ダーウィンは人種差別主義者であり、「優生学」という言葉をつくったフランシス・ゴルトンはダーウィンの従兄弟で、思想的にも互いに影響し合っていました(ダーウィンの人種差別思想と優生思想については、このブログで「優生学の起源」として書いたことがあります)。


ダーウィンは「種の起源」の12年後に「人間の由来」を著し、進化論から見た人間について論じました。
本来ならそこで、階級対立や奴隷制や人種差別や戦争などが生存闘争の一環としてとらえられるはずでした。しかし、ダーウィンはそうした人間社会の負の面にはまったくといっていいほど言及せず、人間社会を協調的な社会としてとらえたのです。
動物は生存闘争をする一方で、子どもの世話をしたり、仲間を助けたりという利他行動もしますから、ダーウィンの人間観や社会観もそれなりに進化論的に見えました。
しかし、生物は生存闘争によって進化すると主張しながら、人間については利他性や協調性のことばかり述べるのは、やはり矛盾しています。

ダーウィンは体制側の人間として、“体制翼賛”をし、みずからダーウィン革命の幕引きをしたのです。

その結果、進化論を根拠に強者の支配を正当化する社会ダーウィン主義と、やはり進化論を根拠に弱者の排除を正当化する優生思想が社会の支配的な思想になっていきました。一方、マルクス主義は科学的社会主義を標榜しましたが、進化論と切り離されることでしだいに力を失い、ソ連・東欧圏の崩壊によって完全に破産した思想と見なされるにいたりました。

現在、進化論を根拠にして社会のあり方を論じるのは「自然主義の誤謬」であるとして批判されるので、社会思想と進化論が結びつけられることはめったにありませんが、言語化されない底流では結びついています。新自由主義も社会ダーウィン主義の流れをくむものです。優生思想もことあるごとに表面化します。


ダーウィンが体制側を選択したために、ダーウィン革命は失速し、挫折しました。
現代のわれわれは、ダーウィン革命と言われてもピンとこないのではないでしょうか。人間は神によって創造されたと信じていた人にとっては進化論は革命的だったかもしれませんが、それ以外の人にとっては人間観が変わることはなく、別段革命的ではありません。

ダーウィン革命が挫折して、科学的人間観が確立されなかったので、人間の心にはボウフラのように自由意志がわくとされます。
人間が貧乏になるのも自由意志のせいだという理屈で、支配層はさらに利益を追求して、われわれは格差社会の問題に直面しているというわけです。

したがって、格差社会問題を解決するには、挫折したダーウィン革命を救出し、革命を完遂させ、科学的人間観、科学的社会観の確立を目指さなければなりません。
人間が互いに生存闘争をする中で、強者が弱者を支配して奴隷制、階級社会、人種差別、性差別などが生みだされたというのが科学的人間観、科学的社会観です。


なお、生物学界はダーウィンの間違いを意識的に隠ぺいしているかのようです。
ダーウィンの著作はむずかしいし、時代遅れでもあるので、進化論を学ぼうとする人は、進化論の解説書を読むことになります。そうすると、そこにはダーウィンがいかに家族思いの人格者であったかということが必ず書かれています。人種差別主義者であったことも書かれていますが、それを打ち消すように奴隷制廃止論者であったことも必ず書かれています。相対性理論や古典力学の解説書を読んでも、アインシュタインやニュートンの人柄についてはそれほど書かれていません。科学の理論と、それを発見した人の人格とは関係ないからです(ニュートンはかなり偏屈な人だったようですが、だからといってニュートン力学の値打ちが下がることはありません)。

ダーウィンの人格のよい面ばかり書くのは、ダーウィンの失敗を隠ぺいする意図ではないかと疑われます。
もしダーウィンの人格を書くなら、その出身階級のことと人種差別のことをもっと書くべきです。そうすれば、ダーウィンの失敗が見えてくるでしょう。

このページのトップヘ