ハタコトレイン・給料


ハタコトレイン


阪急電鉄が6月1日から運行を始めた「ハタコトレイン」が大炎上して、運行中止になりました。
ハタコトレインというのは、企業ブランディングを手がけるパラドックスという会社と阪急電鉄とのコラボ企画で、働くことに関する経営者などの名言を車内に掲示するというものです。

炎上のきっかけになったのは、次の言葉です。

毎月50万円もらって
毎日生き甲斐のない生活を送るか、
30万円だけど仕事に
行くのが楽しみで
仕方がないという生活と、
どっちがいいか。
研究機関/研究者・80代


月30万円ももらえない人も多いという労働環境のきびしさがわかっていないということで炎上したのかと思いました。
しかし、そういう単純なことではありませんでした。

私たちの目的は、
お金を集めることじゃない。地球上で、いちばん
たくさんのありがとうを集めることだ。
外食チェーン/経営者・40代


この言葉は、ワタミ創業者の渡邉美樹氏の言葉と同じだと言われていますが、ブラックに通じる精神主義がうかがえます。
成功者の上から目線、説教くささ、それが炎上の原因のようです。

おもしろいので、ほかの言葉も集めてみました。

甲子園に行きたかったら、
朝から晩まで、土日だって練習するでしょう。
でも、社会に出たとたんに、
それは「ブラック企業」になってしまう。
人材サービス/経営者・50代

転職や再就職も恐れることなんてないんですよ。
日本の中で、ちょっと人事異動しただけなんです。
人材サービス/営業・30代

格差社会だ。
でも、ある意味実力社会だ。
広告/コピーライター・30代


どれもブラックを推進するような言葉です。
教訓の言葉もありますが、教えられるというよりもいやみのほうが強い感じです。

お金持ちになって、銀剤の高級ブランド店で、
「ここからここまで全部くれ」って本当に
やってみた。その時、やっぱりわかったんだ。
お金は安定はくれるけど、幸せはくれないって。
情報処理/経営者・40代

人のために、という使命感のある人は、
どんどん成長していく。
建設業/役員・20代

部下の役目は、上司を育てること。
人材派遣/営業・20代

お客様は怒ってるんじゃない。
困ってるんです。
インターネット事業/コールセンター主任・30代

まずは、おおまかなものでいい。
人生の設計図を描いてみてほしい。
建設・土木業/経営者・50代


中にはこれらの言葉に感動したとか教えられたという声もありますが、批判のほうが圧倒的に多かったようです。「ブラック企業の朝礼みたいだ」という言葉が的確です。

こうした言葉は企業の中で、つまり上司が部下に言っている限り問題になりません。言われるほうは不愉快でも、力関係で受け入れざるをえないからです。

ところが、阪急電鉄が車内に掲げたのは問題でした。鉄道会社と乗客は、むしろ客のほうが上の立場だからです。
「なんで鉄道会社にまで説教されなきゃならないんだ」という反応が出たのは当然です。

これら説教や教訓などの大もとにあるのは「道徳」です。
道徳は上下関係の中で成立します。部下が上司に道徳を説くとか、子どもが親に道徳を説くということがありえないことを考えればわかるはずです。

ところが、タテマエでは道徳は普遍的な人間の生き方を示す指針とされるので、ときどき勘違いする人が出てきます。
たとえば、田中角栄首相は、前の佐藤栄作首相が不人気だったこともあって、首相に就任すると庶民宰相として大人気になりました。それで調子に乗ったのか、「五つの大切、十の反省」という道徳をつくって、国民に教えようとしたので、国民の大反発を受けました。総理大臣は国民の上に君臨していると勘違いしたのでしょう。民主主義国では政治家より有権者のほうが上です。

自民党は今でも勘違いしていて、改憲草案などに道徳を盛り込んで、国民の不興を買っています。
学校での道徳の教科化など道徳教育の推進は実現しましたが、これはおとなの有権者には関係ないからでしょう。

道徳はあくまで上下関係、権力関係の中で成立するものです。
これを忘れるとハタコトレインみたいに炎上します。