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「マクドナルドがある国同士は戦争をしない」という言葉があります。
アメリカのコラムニストが1996年に書いた言葉だそうです。
マクドナルド・チェーンが進出するのは、ある程度資本主義経済が成功して、政治も安定している国なので、そういう国は戦争という愚かな行為はしないはずだということです。
しかし、ロシアにもウクライナにもマクドナルドはあったので、この論理は破綻しました(実際は2008年のロシア・ジョージア戦争のときに破綻していました)。


経済と戦争の関係はどうなっているのでしょうか。
交易の始まりは物々交換です。
山の民は獣の肉は食べ飽きて、海の民は魚を食べ飽きているので、互いに獣の肉と魚を交換すれば双方に利益があります。
交換せずに略奪すればもっと利益がありますが、それは戦争になるので、うまくいくとは限りません。
ただ、「交易か略奪か」ということはつねに天秤にかけて判断していたでしょう。
やがて略奪だけでなく、負かした相手を奴隷にして働かせて利益を得るということも行われるようになり、また、植民地を獲得して利益を得ることも行われるようになりました。
ローマ帝国やモンゴル帝国のような戦争に強い集団は、限りなく戦争をして略奪し、領土を広げ、奴隷を獲得しました。
つまり戦争はつねに利益を求めて行われました。

しかし、産業が高度化すると、奴隷制も植民地支配もあまり利益を生まなくなりました。
第二次世界大戦後は、人権や民族自決権という考え方が広がり、戦争に勝っても領土も植民地も賠償金も得られません。
戦争をするより互いに貿易や投資をしたほうが利益が得られる時代になりました。
そういうことから
「マクドナルドがある国同士は戦争をしない」という言葉も出てきたわけです。
これからも世界経済が成長し、各国の経済的つながりが緊密化するとともに戦争の危機は減少していくものと思われました。

ですから、プーチン大統領の今回の戦争の判断にはほとんどの人が驚きました。
プーチン大統領はどうしてウクライナに攻め込んだのかというと、経済的利益のためではなく、自国の安全保障のためでしょう。
NATOの拡大に脅威を感じていたというのは嘘ではないと思います。

「自国の安全のために他国を侵略する」というのは論理的におかしい気もしますが、「自国の安全」を絶対と思えば、成立しないわけではありません。
たとえば、アメリカがアフガニスタンを侵略したのはアフガン政府が9.11テロを実行したアルカイダをかくまったというのが理由ですし、イラク侵略のときはイラクが大量破壊兵器を持っているというのが理由でした(その情報は捏造でしたが)。

北朝鮮も、貧乏な国なのに核兵器とミサイルの開発に金をかけて攻撃能力をつけているのも、「自国の安全」のためでしょう。
自民党が「敵基地攻撃能力」をつけようとしているのも、
「自国の安全」のためという理屈です。


しかし、「自国の安全のために他国を攻撃・侵略する」というのは、やはり間違っています。
どこが間違っているかというと、「自国の安全」ばかり考えて、「他国の安全」を考えていないところです。
自分の利益しか考えない我利我利亡者は、周りの人間から嫌われて結局利益を失います。
それと同じで、「自国の安全」しか考えない国は、結局「自国の安全」をも失うものです。

もっとも、アメリカのようなスーパーパワーは例外です。やりたい放題が可能です。
アメリカがロシアを追い詰めたという面は否定できません。

トランプ政権はNATO加盟国に対して軍事費をGDP比2%以上にするように要求しました。これはバイデン政権も受け継いでいます。
もともとアメリカの軍事力は突出しているのに、NATO加盟国の軍事力も強化されたら、ロシアは自国の存続が風前の灯と感じても不思議ではありません。

ちなみに世界主要国の軍事費はこうなっています。
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「諸外国の軍事費・対GDP動向をさぐる(2021年公開版)」より

プーチン大統領は核兵器使用の可能性に何度も言及して、世界の顰蹙を買いましたが、NATOとロシアでは圧倒的な軍事力の差があるので、核兵器の威嚇に頼るしかなかったとも言えます。

ともかく、NATOとロシアはもともと著しく軍事力のバランスを欠いている上に、NATOは加盟国をふやし、さらに各国の軍事力も強化しようとしていたのです。
まさに「自国の安全」だけ考えて「ロシアの安全」を考えないという自己中心的な態度でした。
NATOが少しでもロシアの言い分を聞いていれば、また違った結果があったでしょう。


アメリカは日本にも防衛費を
GDP比2%以上にするように要求しています。
日本では中国の軍拡がいかにも脅威であるかのように喧伝されています。
しかし、アメリカの軍事費は中国の軍事費の約3倍です。
米中の適正な軍事力バランスを考えるのが先決です。

ともかく、ここまでのロシア・ウクライナ戦争を見ていると、戦争がなんの利益も生まないことは誰の目にも明らかです(アメリカだけは兵器を売って利益を得ているかもしれません)。
世界経済が成長するとともに戦争の危機は減少するという流れはやはり変わらないと思われます。


ところが、新たに「経済安保」という考え方が出てきました。
一般のマスコミは書きませんが、これもアメリカに要請されたものです。

「選択」4月号の『醜聞続き「経済安全保障」の暗部』という記事の冒頭部分を引用しておきます。

国会では現在、経済安全保障推進法案について議論が進んでいる。岸田文雄首相の肝煎りで今国会の重要法案と言われているが、実は安倍晋三政権時代に動き出した経済安保政策に、大した政策のない岸田首相が乗っかっただけに過ぎない。
そんな経済安保をめぐってはこれまでさまざまな思惑が渦巻いてきた。そもそも経済安保とは、米国が強く唱えてきたことだ。中国企業排除を念頭に、米国のNIST(米国立標準技術研究所)が定める技術安全標準などを強調して米国製品を日本政府に調達させようというもの。米国系コンサル企業が積極的に働きかけてきた。

経済安保推進法案は5月11日に成立しました。

この法律の目的は、中国などを敵性国と見なして、ハイテク分野などで経済の規制を強めようというものです。
その結果、日本経済はアメリカ依存を強めることになります。

アメリカはアフガン戦争とイラク戦争の経験から、戦争をやっても利益が得られないことを知り、軍事力の優位を利用して利益を得る戦略に転換したのかもしれません。

このように考えると、アメリカは世界でいちばんうまく立ち回っている国です。
しかし、膨大な軍事費を支出しているので、世界でいちばん損をしている国という見方もできます。