村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

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カルロス・ゴーン日産前会長が1119日に逮捕されて2週間余りがたちましたが、東京地検特捜はなぜ逮捕したのかという疑問がますますふくらんできます。
退職時にもらう予定の50億円だか80億円だかの金額を有価証券報告書に記載しなかったということがメインの容疑のようですが、実際にもらったときに記載すればいいというのが世間の常識です。
かりによくないとしても、会社や国民の損害になるわけではありません。
神戸製鋼を初めとする多くの大企業でデータ偽造事件が起きていますが、こちらは国民の損害になると思えるのに逮捕者は出ていません。
 
マスコミはゴーン容疑者が子会社の購入した住宅を自分で使っていたとか、会社の金で家族旅行をしたとか、姉に勤務実態のない契約料が支払われていたとかを次々と報道して、ゴーン容疑者に“強欲”のイメージを植えつけようとしていますが、これも検察に決め手がないからでしょう。
 
 
ゴーン氏が逮捕されたと聞いたとき、多くの人は特捜の動きにはなにか裏があるに違いないと思ったようで、ネットにはいろいろなことが書かれていました。
 
私が最初に目にしたのは、ジャーナリストの田中龍作氏の説で、入管法改正審議で調査結果改ざんが明るみに出て、安倍政権が窮地に陥ったタイミングで逮捕したのではないかというものです。確かにそのとき、入管法の問題点に世間の注目が集まっていましたが、ゴーン氏逮捕のニュースで入管法のことは飛んでしまいました。
 
それから、ゴーン氏逮捕を指揮した森本宏特捜部長は法務省刑事局時代に司法取引導入を主導した人物で、司法取引の有用性を世間に知らしめたかったのだという説もありました。
 
ルノーがフランス政府の後押しで日産と三菱自動車を統合しようとしていたのを阻止するために官邸がゴーン氏逮捕を仕掛けたという説もあります。
ルノーに日産と三菱が吸収されるのを日本政府が防ごうとするのはありうる話で、これがいちばん有力な説でしょうか。
 
あと、トランプ大統領はフランスに怒っており、ルノーがイランでの自動車販売をやめないこともあって、アメリカの意向でゴーン氏を逮捕したという説もあります。
日本一国でフランスに喧嘩を売ることができるかと考えると、この説もありそうです。
 
ともあれ、誰もが特捜の動きの裏を読みたくなるのは、森友事件で特捜が官邸に屈して国有地不当払下げや公文書偽造を立件しなかったからです(森友事件は大阪特捜で、ゴーン氏逮捕は東京特捜ですが)
ゴーン氏逮捕も官邸の意向があるのではないかと疑うのは当然です。
 
ところが、マスコミは特捜の動きの背景をほとんど報道しません。検察批判になるからでしょう。
批判されないと権力は腐ってしまいます。
 
 
もともと法律家を志す人は権威主義的パーソナリティの人が多く、検察官、裁判官となるとなおさらです。
権威主義的パーソナリティとは、「硬直化した思考により強者や権威を無批判に受け入れ、少数派を憎む社会的性格」で、「自分の意見や関心が社会でも常識だと誤解して捉え、外国人や少数民族を攻撃する傾向もよくある」とされます。
 
入管法改正は法務省の管轄で、ここにも権威主義的パーソナリティの問題が出ています。
 
日本の司法は批判されないためガラパゴス化して、取り調べについてだけでも、弁護士の同席ができず、親族との面会も制限され、長期勾留が可能で、可視化も不十分という問題があり、こうした取り調べは拷問だという批判があります。
 
特捜はゴーン氏を再逮捕する方針だという報道がありました。
23日間勾留して、さらに10日から20日勾留を延長しようというわけです。
こんなことをしていると、フランスだけでなく国際社会からも批判されます。
 
森友事件を立件しなかったことで特捜は信用をすっかり失いました。
マスコミが特捜のリークに乗ったゴーン容疑者の“強欲”報道ばかりしていると、国民もいい加減うんざりしてくるのではないでしょうか。

3年余の人質生活から解放され帰国した安田純平氏に対して、またしてもバッシングが起こっていますが、こうした現象は日本特有のようです。
もちろん日本人にもバッシングする人としない人がいます。この違いはどこからくるのでしょうか。
 
危険な紛争地の情報は、危険を冒して現地入りするジャーナリストによってしかもたらされません。そういう意味で安田氏のような存在は貴重です。
しかし、日本人の多くは中東情勢にほとんど関心がありません。そういう人は安田氏の仕事の価値がわからないので、「国に迷惑をかけた」というマイナス面だけ見ることになります。
とりわけ右寄りの人は中東情勢に関心がありません。なぜなら中東情勢の混迷は、主にアメリカとイスラエルがもたらしているものだからです。日本の右翼や保守はアメリカべったりなので、そういうことは見たくないわけです。
 
それから、紛争地からもたらされる情報は、ケガした子どもが病院に運ばれる映像とか、悲惨なものがどうしても多くなります。
右寄りの政治思想を持つ人は、こうした悲惨な映像に拒否反応を示すという科学的研究があります。
 
グロ画像を見た時の脳の反応で政治的傾向が右なのか左なのかがわかる?(米研究)
 
こうしたことから、安田氏をバッシングするのは、紛争地を取材する価値のわからない右寄りの人がほとんどです。
 
 
それから、権力に対する態度も関係します。
国家権力に従順な人は、安田氏が国の決めた渡航禁止地域に入ったことを批判しますが、それだけではありません。
身代金の問題でも安田氏を批判します。
 
日本政府は身代金を払っていないと言っていますが、カタール政府が払ったという報道もあり、間接的にせよ日本政府が身代金を払った可能性は高そうです。
日本政府が身代金を払ったという前提に立って話を進めますが、国民の税金を使わせたのはけしからんと安田氏を批判する人がいます。
しかし、身代金を払ったのはあくまで日本政府です。安田氏に日本政府を動かす力はありません。
ですから、身代金を払うべきでないと考える人は、日本政府を批判するべきです。
ところが、私の見る限りでは、身代金を払ったことで日本政府を批判する人はいません。
また、自己責任だから日本政府は安田氏を救出するべきでないと主張する人もいましたが、安田氏が救出された現在、そのことで日本政府を批判する人も見ません。
 
日本政府は権力があり、安田氏にはまったく権力がないので、権力に従順な人は安田氏のほうを批判するわけです。
 
身代金以外のことでも安田氏を批判する人がいます。
たとえば立川志らく師匠は「謝罪しなかったら人としておかしい」と言い、松本人志氏は「個人的に道で会ったら文句は言いたい」と言いました。
しかし、安田氏は犯罪被害者です。
安田氏を拘束したシリアの武装勢力は、いちがいに悪いとはいえませんし、テロリストともちょっと違います。ただ、ジャーナリストを拘束して誘拐ビジネスをすることについては単なる犯罪行為です。
犯罪被害者に謝罪しろというのはセカンドレイプと同じです。
 
シリアの武装勢力には武力や政治力があり、背後にはイスラム教もありますが、安田氏は単なる個人でなんの力もありません。
権力に従順な人は弱い者を批判する方向に行ってしまいます。
 
結局、安田氏を批判する人というのは、右寄りでかつ権力に従順で、日本政府も批判したくないし、イスラム武装勢力も批判したくないので、いちばん弱い安田氏を批判しているのです。

松本人志氏がまたしてもフジテレビの「ワイドナショー」におけるコメントで炎上しました。
愛媛県の地元アイドルだった大本萌景さん(16)が3月に自殺したのは所属事務所によるパワハラのせいだとして遺族が所属事務所を提訴した件について、「死んだら負けや」と言ったのです。
 
「スポーツ報知」の記事から発言の部分を引用します。
 
「正直言って、理由なんて自殺、ひとつじゃないと思うんですよ。いろんな複合的なことが重なって、許容範囲を超えちゃって、それこそ水がコップからあふれ出ていっちゃうんだと思うんです。これが原因だからってないんです」
「これは突き止めるのが不可能で、もちろん、ぼくは事務所が悪くないとも言えないですし、言うこともできないんですけど、我々、こういう番組でこういう自殺者が出てこういうニュースを扱うときになかなか亡くなった人を責めづらい、責めれないよね。でも、そうなんやけど、ついついかばってしまいがちなんだけど、ぼくはやっぱり死んだら負けやっていうことをもっとみんなが言わないと、死んだらみんながかばってくれるっていうこの風潮がすごく嫌なんです」
「勉強、授業でも死んだら負けやぞっていうことをもっともっと教えていくべきやと」
 
普通に生きている人間には負けたくないという気持ちがありますが、死のうとする人間にそんな気持ちはありません。松本氏は死のうとする人間の気持ちがまったくわかっていません。
「死んだら負け」発言は「自分でなんとかしろ」という意味であり、死を考えている人間を追い詰めます。
しかもこの発言は、パワハラ疑惑の事務所を擁護することにもなります。
炎上したのは当然です。
 
 
松本氏はこれまでも炎上発言を繰り返していますが、その多くは体罰肯定発言です。
前にこのブログでも書いたことですが、繰り返しておきます。
 
昨年、ジャズトランペット奏者の日野皓正氏が男子中学生にビンタしたことが問題になったとき、松本氏は「本当に反省したのであれば指導として正しかったんじゃないかと思う」「我々くらいの世代はすごく体罰を受けた。なぜ今はだめで、昔は良かったんですか」「体罰を受けて育った僕らは、べつに今、変な大人になってないじゃないですか」などと語りました。
また、横綱日馬富士が貴ノ岩を殴ってケガさせたために引退したとき、「僕は引退する必要はなかったと思いますね」「根底にあるのは正義感だったと思ってるんですね」「稽古と体罰って、すごいグレーなところで、それで強くなる力士もいると思うんですね。だから、僕は日馬富士に関しては味方ですね」などと語りました。
 
今回の発言は体罰肯定ではなくパワハラ肯定ですが、基本的には同じようなものです。
 
そして、「死んだら負け」発言が批判されたあと、松本氏はツイッターで「自殺する子供をひとりでも減らすため【死んだら負け】をオレは言い続けるよ。。。」と発言しました。
 
まったく反省がありません。
この調子では体罰肯定論も繰り返しそうです。
 
どうして松本氏は自説を変えないのでしょうか。
松本氏は「我々くらいの世代はすごく体罰を受けた」「体罰を受けて育った僕ら」と発言していますから、実際に体罰を受けたのでしょう。
体罰を受けた人間は脳が萎縮・変形するおそれがあるということは、厚生労働省が展開する「愛の鞭ゼロ作戦」でも明言されています。
松本氏の脳は萎縮・変形しているのではないでしょうか。
松本氏の独特の毒のある笑いはそこからきていると考えられます。
 
脳の萎縮・変形ではなくトラウマやPTSDで説明することもできます。
ひどい暴力を受けた人間は、そのトラウマから人に対して暴力をふるうことがあります。「暴力の連鎖」です。
 
松本氏はマスメディアを使って「暴力の連鎖」「体罰の連鎖」を社会に拡大しています。
それを止めるのはメディアの責任です。
本来なら松本氏自身の責任ですが、脳の萎縮・変形やPTSDがある人間に責任を求めるのは違うかもしれません。
 
松本氏が今後も「ワイドナショー」で体罰肯定・パワハラ肯定発言を繰り返すなら、それはフジテレビの責任でもあります。

上川陽子法相はオウム真理教の7人の死刑執行を発表するとき、国民の理解を得るために「ポア」という言葉を使うべきでした。
「本日、オウム真理教の7人をポアしました。目には目を、歯には歯を、ポアにはポアをです」
ふざけるなという声もありそうですが、上川法相も松本智津夫元死刑囚も同じ人間で、やったことも同じです。
さらに、もうひとつ同じことがあります。
 
オウム真理教はなぜあのような恐ろしい犯罪をしたのかということについていろいろと議論されますが、私の答えは単純です。オウムは疑似国家だったからです。
 
主権国家はどんな犯罪をしても罰せられません。
北朝鮮は拉致事件をみずから認めましたが、罰せられることはありません。アメリカは暗殺やらクーデターやら誤爆による殺人などをいっぱいやっています。ジェームズ・ボンドが殺しのライセンスを持っている設定になっていることを誰も怪しみません。
日本の戦争指導者は東京裁判で裁かれましたが、法的には疑義があります。
 
オウムは1990年の総選挙で惨敗してから国家転覆計画を実行に移し、鉄工所を乗っ取って自動小銃の製造を試みたり、サリンなどの化学兵器、生物兵器の製造をするようになります。1994年には省庁制を始め、科学技術省、自治省、厚生省、諜報省などをつくって疑似国家になります。
殺人を肯定する教義はその前からあったらしく、坂本弁護士一家殺人事件は1989年です。しかし、一家を拉致して山中で殺害するというのはヤクザでもやりそうな犯罪です。
地下鉄サリン事件はまったく違います。これは疑似国家としての行為で、日本国に対する戦争といってもいいでしょう。このスケールの大きさに日本国民はびっくりして、オウム事件は特別な事件になりました。
 
自分を国家と見なすことで、倫理のタガが外れてしまったのです。
 
オウムの教義はヨガや仏教からきているようですが、それだけなら普通の犯罪をする程度です。
しかし、教団が疑似国家となると、まったく違ってきます。
 
現在、オウムの後継団体にきびしい監視の目が向けられていますが、麻原を神格化する程度ではたいした危険はないでしょう。団体が疑似国家になるか否かという点に注意すればいいのではないでしょうか。
 
オウム事件に関しては、高学歴者がなぜあんな事件を起こしたのかということがよく言われます。
しかし、ウィキペディアによるとオウムの公称信徒数は1990年で5000人だということですから、ある程度高学歴者がいるのは当然です。疑似国家を運営するには高学歴者が適任なので抜擢されたのでしょう。
彼らにしてみれば、ヨガや仏教の修行をしようとしていたら、いつの間にか国家の運営をさせられ、犯罪をさせられていたというところです。

オウム事件は、疑似国家の疑似戦争だと理解すると、戦争指導者は松本元死刑囚だけです。ほかの人間は戦時下に国を裏切るわけにはいきません(国家の論理では)。それで死刑になるのは気の毒な気もします。
 
佐川宣寿氏も官僚になり、国家の運営をしていたら、虚偽答弁や公文書改ざんをさせられていました。
上川法相も国家運営の中枢に入ったために、7人もまとめてボアする執行命令をさせられました。
 
上川法相もオウムの死刑囚も、国家の運営に深く関わったために人をポアすることになった点では同じです。
 
もちろん疑似国家と本物の国家の違いはありますが、それだけの違いともいえます。

若者が異常な殺人事件を起こした場合、犯人はほぼ確実に幼児虐待の犠牲者です。それ以外に原因がありえないからです。
 
6月26日、島津慧大容疑者(21歳)は富山市の交番で警官を刺殺して拳銃を奪い、さらに近くの小学校の警備員を射殺するという事件を起こしました。
6月9日には小島一朗容疑者(22)が新幹線車内で刃物で3人を殺傷する事件を起こしていて、このふたつの事件はよく似ています。
 
新幹線殺傷事件については週刊文春が小島容疑者の家庭環境についてけっこう詳しい記事を書いていたので、このブログで紹介したことがあります。
 
小島一朗容疑者の父親像
 
そして、富山市交番襲撃事件についても週刊文春7月12日号が「富山交番襲撃犯 元PTA会長で少年補導員だった父の“鉄拳教育”」という記事を書いていました。

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この記事から何か所か紹介してみます。
 
 
記事によると、島津慧大容疑者の家庭環境は、共働きの両親と姉の4人暮らしです。
地元の小・中学校に通っていたころは親しい友人はあまりいなかったということです。
 
 
中学二年生の途中からは、家にこもりがちになった。その頃、島津家は修羅場と化していた。
「父親が若いときは、玄関先で息子の胸ぐらをつかんで『お前!』と叫びながら、殴っていたのを何回も見ました」(前出・親族)
だが、島津が成長すると、関係は逆転していった。アメフト経験者で身長百八十センチを超える父親も音を上げるほど息子からの暴力は激しくなり、数年前には警察を呼ぶこともあった。
「両親と一緒に出掛けた帰り、車から降りた途端に助手席のドアを蹴っ飛ばしているのを見ました。その強さはボディを凹ませるほどでした。奇声もよく聞こえ、夜中の一時とか二時とか、多いときは何時間か続く時も。両親に対して言っているように聞こえる時もあった。とにかく、『オォォー』とか壁を叩く音が凄かった」(同前)
耐えかねた父と母、姉は近くに別の家を探し、出ていった。一人残された島津は、高校には行かず、およそ三年半の間、自宅に引きこもっていた。
自宅二階のカーテンが引き裂かれるなど、外からでも荒れ具合が見て取れる。
しかし、島津は三年前に一念発起し、自衛隊への入隊を決意する。
「お父さんはとても喜んでいて『おらんとこの息子でも間に合うんかの。行ってくれるゆうからよかったちゃ』と言っていました。この子ならやっていけると思った」(自衛隊関係者)
両親も家に戻り、うまくいくかと思われた。しかし親族の見方は違ったようだ。
「とんでもないところに入ったなと思いました。入れてはいけないヤツを入れてしまったというのは、今回の問題点ですよ」
 

島津容疑者は2年間で自衛隊を辞め、そのころから銃へ強い関心を示すようになって、自宅からはモデルガンや銃器に関する書籍も押収されたということです。一時は電気工事会社に就職しますが、長続きせず、フリーターになります。

 
事件の原因について、親族は父親との関係が影響していると語る。
「子供を捨てたのが失敗だった。思春期に広い一軒家に二年半もひとりで暮らしていたら、おかしくなると思いませんか?」
その父親は島津の通う小・中学校でPTA会長や地域の少年補導員も務めていた。息子が出席していない学校行事で、挨拶する姿も確認されている。
「教育に関する講演もされていました。よく松下幸之助の十カ条をたとえに出すなど教育には熱心だったと思います。ただ、思い込みの激しい一面もあって、人の意見を聞かないところがあった」(元PTA役員)
 
 
父親の職業はこの記事には書いてありませんし、今のところ検索してもわかりません。しかし、「教育に関する講演」もしていたというので、教育関係者かそれなりの社会的地位のある人間かもしれません。
 
親族は二年半ひとり暮らしをさせたのが失敗だったと言っていますが、そのときはすでに島津容疑者の家庭内暴力がひどくて、そうするしかなかったのでしょう。むしろひとり暮らしで少しはまともになって、それで自衛隊に入ろうという前向きの気持ちが出たのではないかと思われます。
 
もちろん問題は、父親の暴力です。幼児期に親から振るわれた暴力は、人格形成にきわめて深刻な影響を及ぼします。
 
幼児期に虐待されたからといって、それだけで犯罪者になるわけではありません。虐待にも程度がありますし、そのほかのさまざまな要素も関係します。島津容疑者にしても、たとえば自衛隊に適応するとか、いい女性との出会いがあるとかすれば、まったく変わっていたでしょう。
 
しかし、普通に育った人間であれば、たとえば離婚して、事業に失敗して、人生のどん底に落ちたとしても、人を殺してやろうという発想にはなりません。
その意味で、「異常な犯罪の最大の原因は、犯人が幼児期に虐待されたことである」ということがいえるのです。
 
しかし、マスコミを初め世の人々はなかなかこの事実を認めようとしません。
今回の事件でも「バイト先でのトラブルが事件の動機だ」といった報道がけっこうあります。
島津容疑者はバイト先のファストフード店で店長を殴って店を飛び出し、その日に犯行に及んだというのは事実のようです。しかし、バイト先でのトラブルは「動機」ではなくあくまで「きっかけ」です。
 
週刊文春は新幹線殺傷事件といい今回の富山交番襲撃事件といい、容疑者の育った家庭内部のことをよく報道しています。
幼児虐待は子どもの心をひどく傷つけるので、それがうまく癒されない限り、のちに重大な問題を引き起こす可能性があるのは当然のことです。

「おねがいゆるして」などとノートに書き残して親に虐待され死亡した東京目黒区の船戸結愛ちゃん(5歳)の事件があまりに悲惨だったことから、安倍首相が関係閣僚会議において緊急対策を指示するなど、政府や自治体で幼児虐待への対策が進められています。
児童相談所間の連絡を密にするとか、法的に親権を制限するとかの議論があって、それも必要なことですが、幼児虐待対策というのは、結局は人です。
幼児虐待に直面した児童相談所の職員や警察官や近所の人などが適切に対応できるか否かがいちばん重要です。
ということは、適切に対応できない人もいるということです。いくら法制度を改善しても、そういう人が現場にいては意味がありません。
 
幼児虐待にうまく対応できない人はどういう人かというと、ちょうどよい見本がありました。
 
 
松本人志、5歳女児虐待死に心痛める「すぐに生まれ変わって、温かい家庭に」
 ダウンタウン・松本人志が10日、レギュラーコメンテーターを務めるフジテレビ系「ワイドナショー」に出演し、「おねがいゆるして」と書き込まれたノートが残された5歳女児の虐待死に関するニュースに心を痛めた。
 「この女の子はすぐに生まれ変わってね、温かい家庭に生まれてくることを願います」。2009年10月に第1子長女が誕生している松本が親の顔をのぞかせた。
 番組で取り上げるニュースのチョイスはスタッフに任せているという松本は、「今週、できたらこのニュースは扱いたくないなと思っていた」と神妙な面持ちを浮かべた。
 「家でテレビを見ていてもこのニュースになるとチャンネルを替えるんですよ。どういうニュースかは知っていますけど、それだけに見たくないんですよ」と沈痛な思いを吐露した。
 ゲスト出演したヒロミも「これはニュースを見ていて本当にムカついた」と怒りをにじませていた。
 
 
松本人志氏は、このニュースを見たくなくてチャンネルを変えるし、自分の番組でも扱いたくないということです。
もし松本氏が児童相談所の職員になってこの事件を担当したら、見たくないし扱いたくないので、「虐待は認められません」と言って逃げてしまうかもしれません。
「生まれ変わって温かい家庭に生まれてくることを願います」というコメントも、無意味というか、なにも言っていないのと同じです。思考停止状態なのでしょう。
 
 
松本氏が幼児虐待に対応できないのは、松本氏の思想に問題があるからです。
松本氏は体罰肯定論者です。テレビでも再三その立場で発言しています。
たとえば昨年、ジャズトランペット奏者の日野皓正氏が指導する男子中学生にビンタしたことが問題になったとき、松本氏は「本当に反省したのであれば指導として正しかったんじゃないかと思う」「我々くらいの世代はすごく体罰を受けた。なぜ今はだめで、昔は良かったんですか」「体罰を受けて育った僕らは、べつに今、変な大人になってないじゃないですか」などと語りました。
また、横綱日馬富士が貴ノ岩を殴ってケガさせたために引退したとき、「僕は引退する必要はなかったと思いますね。なぜ、相撲協会が(引退届を)受理したのか。根底にあるのは正義感だったと思ってるんですね」「稽古と体罰って、すごいグレーなところで、それで強くなる力士もいると思うんですね。だから、僕は日馬富士に関しては味方ですね」などと語りました。
 
体罰というのは、強い者から弱い者への一方的な暴力ですから、幼児虐待と基本的に同じです。体罰肯定論者の松本氏は、幼児虐待の悲惨さを見ると、自分の思想の間違いに気づかざるをえないので、幼児虐待から目をそむけてしまうのです。
 
松本氏みたいな人が幼児虐待対策の現場にいては、対策がうまくいきません。
 
児童相談所の職員というと児童福祉の専門家だと思われるかもしれませんが、そんな職員はごく少数で、ほとんどは一般の公務員が数年のローテーションで児童相談所に異動してきて去っていくだけです。当然その中には松本氏みたいな人もいます。
 
ですから、児童相談所職員はもちろんのこと、幼児虐待の現場に接触しそうな警察官、教師、医師、カウンセラーなどに対して虐待、体罰、しつけなどについての意識調査を行い、幼児虐待に対応できる人とできない人にあらかじめ分けておき、虐待案件と思われるときはそういう人が担当することにすれば、まずい対応は格段に少なくなるはずです。
 
虐待する親と虐待しない親がいるように、虐待に対応できる人と虐待に対応できない人がいるということを踏まえて、幼児虐待対策の法制度を整えていく必要があります。

異常な犯罪には異常な原因があり、多くの場合それは幼児虐待です。
新幹線3人殺傷事件で逮捕された小島一朗容疑者もそうに違いないということを前回の記事で書きましたが、根拠にする記事が限られていたため、あまり説得力がなかったかもしれません。
そうしたところ「週刊文春」6月21日号が実父に取材してかなり詳しい記事を書いていました。
その記事から何か所か引用してみます。
 
 
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記事によると、小島容疑者は愛知県一宮市で育ち、上に姉が一人います。実父であるS氏はいくつもの職業を転々とし、現在は車関係の会社に勤務。母親は団体職員としてNPO施設で働いています。小島容疑者は5歳のころ児童保育所からアスペルガー症候群の疑いを指摘されますが、母親は「そんなの大きくなれば治る」と無視します。父親は「学校の先生に『この子は普通ですよ』と言われた」と言っています。

 
 地元の公立中学校に進学した小島容疑者は、やがて不登校になってしまう。S家を知る人物が語る。
 
「父親は『男は子供を谷底に突き落して育てるもんだ』という教育方針で息子に厳しかった。共働きのS家では同居している(父方の)祖母が食事の用意をしていたようですが、『姉のご飯は作ったるけど、一朗のは作らん』とよく言っていた。実質的に育児放棄されていた。一朗君と家族の会話はだんだんと少なくなっていったようです。そんな彼が唯一慕っていたのが、母方の祖母でした」
 
 小島容疑者は自室に籠もり、インターネットやテレビアニメに夢中になるなど自分の世界に没頭するようになる。食事も自炊をするか、作り置きのものを一人で食べるだけだった。
 
2のときに、後の凶行に繋がる事件が起きる。
 
 この事件について、父のS氏は本誌に次のように証言している。
 
(子供たちが)新学期だから水筒が欲しいと。それで妻が渡したんですが、姉が新品で、彼のが貰い物だった。そうしたら、その日の夜中、彼が障子を蹴破って、私と妻が寝ている寝室に怒鳴りながら入ってきて……。ここが核心に迫るんですけど、ウチにあった包丁と金槌を投げつけてきたんですよ。殺気はなかったですけど、でも刺されるかも、死ぬかもなぁ、と。だけど見当違いのほうに投げたんで、私からヘッドロックのような形で抑えにいって、10分ぐらい揉みあって、(妻に)『おい、はよ警察よべよ!』と」
 
――キレやすかった? 
 
「元々からかわれて、カッとなると手が出ちゃうこともあったけど、そこは子供の喧嘩ですから」
 
 小島容疑者は、駆けつけた警察官に対して、「新品の水筒を貰ったお姉ちゃんとの“格差”に腹が立った」と語ったという。
 
 この事件は父子関係に決定的な亀裂を生んだ。父親は息子を避けるようになり、小島容疑者も父親を嫌悪するようになる。
 
 
これを読むと、たかが水筒のことで包丁を持ち出した小島容疑者が異常であるようですが、「男は子供を谷底に突き落して育てるもんだ」という父親がそれまで虐待を繰り返していて、大きくなって体力的にも対抗できるようになった小島容疑者が初めて反撃に出たということではないでしょうか。
そして、父親はこの出来事をきっかけに“教育の放棄”を宣言します。
 
 
――それ以前に、虐待やネグレクトがあったのか? 
 
「虐待はありえない。この(夫婦の寝室で暴れた)とき、うちの子がお巡りさんに『虐待を受けている』と言ったんですよ。でも、アザとかケガはないから(警察も信じなかった)。その日が、僕が決断した日ですよ。(息子への)教育を放棄した。彼にやりたいことをやらせましょう。外の空気を吸って自立を証明しろ、と」
 
――相談所に預けたことは後悔していない? 
 
「していないですね。仕事を辞めるまでは、よく頑張った。大人になった」
 
――施設に預けたことで、親の愛情が薄かったのではという意見もあるようだ。
 
「放棄と言われたら放棄だし、父親失格という表現になるのもわかる。ただ僕なりにやれることはやった」
 
 
この父親は、虐待するか育児放棄するかの選択肢しか持たないようです(育児放棄も虐待ですが)
 
小島容疑者が今回の事件を起こしたことで母親は、知人に「私は生きていていいですか……」と漏らすなど憔悴しきっているということですが、これは当然の反応です。
しかし、父親は違います。
 
 
事件後、世間の耳目を集めたのが実父S氏の存在だった。
 
 テレビや新聞の取材に応じたS氏は、時折、薄ら笑いを浮かべながら、「私は生物学上のお父さんということでお願いしたい」と語り、小島容疑者のことを赤の他人のように「一朗君」と呼び続けた。
 
 S氏の真意はどこにあるのか。本誌はS氏の自宅で150分にわたり話を聞いた。
 
――「一朗君」という呼び方が波紋を呼んだ。
 
(昨日の囲み取材で)『元息子』と言ったのも、けしからん父親だと炎上しているみたいで。じゃあどういう言葉が正しいんですか。(記者から)『お父さん』と言われると、最初に出ちゃうのが『生物学上の産みの親です』なんですよ」
 
――今でも父親であるという思いはありますか。
 
「はい。じゃあどういう表現をしていいの?」
 
――小島容疑者に食事を与えていなかった? 
 
「一緒に食べないから作らないだけで、彼が自分で料理したものをとりあげたり、冷蔵庫を開けるなと言ったことはない。これを虐待と表現されると難しい」
 
――彼が自分でつくるようになった? 
 
「冷凍食品とかですね。そこはひとつの自立みたいな。僕もこの年になって自分で作ったことない。申し訳ない(半笑い)。だから僕より大人だったんです」
 
(中略)
 
――小島容疑者と最後に会ったのは? 
 
2年前の岡崎での法事のときですね。会社の給料で買った2万円の時計をしていて、『いいじゃん』って。立派になったなって。あの頃が彼のピークだったんじゃないかな」
 
――息子の私物とか、写真は実家にあるのか? 
 
「今はもうない。捨てたと言ったら捨てた。(段ボールや物が積み上げられた室内を見渡しながら)見ての通りのゴミ屋敷ですので()、彼の部屋は今は物置になっていて」
 
 
小島容疑者が発達障害だったとしても、それと犯罪が結びつくものではありません。「発達障害」(文春新書)の著書がある昭和大学医学部岩波明教授はこのように語っています。
 
 
「今回の事件を見ていると、必要な時期に適切な愛情を受けて育たなかったということはかなり決定的な気がします。大切に育てると社会的な予後が違う。犯人は、かなり自分に不全感を持っていて、それは親から見捨てられたという感情から来ているものもあったと思います。自殺も考えたということは衝動的な感情が内に向いていたということ。それが今回は逆に外に向かい暴発したともいえる。自分の内に向かうものが外へ向く、こうしたスイッチはわりと起こりやすい。今回の事件が発達障害の典型例かというとそうではないが、衝動的な行動パターンを選んでしまうというのは一つの特徴ではあります」
 
 
子どものころ虐待されたからといって犯罪をしていいことにはなりませんが、親から愛されなかった人間にまともな人間になれと要求するのも酷です。
 
こうした犯罪をなくすには、世の中から幼児虐待をなくすことと、虐待の被害者の心のケアをする体制をつくることです。これは遠回りのようですが、確実な道です。

6月9日に新幹線車内で1人を殺害、2人にケガを負わせた小島一朗容疑者(22)は「誰でもよかった」と供述しているそうです。
こういう犯罪は防ぎようがありません。新幹線にも持ち物検査を導入すべきだという議論が起きていますが、小島容疑者は新幹線にこだわったわけではないので、的外れの反応です(社会不安を起こすことが目的のテロリストは新幹線を標的にする可能性があるので、その対策としてなら意味があります)
 
対策があるとすれば、「誰でもよかった」という動機はどうして生じたかを解明することです。
 
 
小島容疑者は中学2年生のときに家を出て自立支援施設に入り、その後は祖母の家にいました。どうして親といっしょに暮さなかったのでしょうか。
 
母親が報道機関に発表したコメントにはこんな記述があります。
 
「一朗は小さい頃から発達障害があり大変育てにくい子でしたが、私なりに愛情をかけて育ててきました」
「中学生の時、不登校になり、家庭内での生活が乱れ、将来を心配して定時制高校に入れること、また自立支援施設に入れることを本人に提案したら、素直に応じてくれ」
「昔から岡崎のおばあちゃんに懐いており、一緒に暮らしたいと本人も希望していたので、岡崎へ行かせました。私の提案で岡崎のおばあちゃんと養子縁組をし、居場所を確保しました」
 
母親は本人のためにやったように書いていますが、ほとんど子どもを捨てたのに近いのではないでしょうか。
 
父親はマスコミの前に出て、いろいろなことをしゃべっています。
 
「(小島容疑者が14歳の時)しつけに関しては、何も私はしなくなりました」
 
 また、(愛知県)一宮市に住む容疑者の父親は、「水筒が欲しいというので、中古の水筒を与えたら、「なんで中古の水筒なんだ」と言って刃物を持って私の方へやってきた。
 取り押さえて、警察が来るのを待った。
思ったことはまげない」などと話していました。
 
自立支援施設代表は小島容疑者について、「うちにいたころは非常に真面目で、何か問題をおこすとか一切なかった」と語っています。
父親に対して刃物を持ち出したのは、どちらに問題があったのでしょうか。
 
 
小島容疑者が家を出たのは14歳のときです。まだ一人で生きていけない年齢ですから、親と対等ではありません。なにか問題があったら、すべて親に原因があるといってもいいぐらいです。
 
ところが、マスコミの報道は、まるで親子が対等であるかのような書き方です。
 
「父親とは中学時代から折り合いが悪く、愛知県岡崎市の祖母に引き取られ」
 
「親族によると、小島容疑者は小学校卒業まで、同県一宮市で両親と同居。ただ、中学生の頃から両親らと不仲になり」
 
「実家の両親とトラブルがあったため、2016年4月ごろから愛知県岡崎市の伯父方で暮らすように」
 
「父親とは折り合いが悪く」「両親らと不仲になり」「両親とトラブルがあった」という表現は、すべて対等の関係におけるものです。中学生の子どもと親のものとは思えません。
男と女の関係でセクハラやレイプがあったとき、「二人は折り合いが悪く」と書くみたいなものです。
マスコミはセクハラについては認識を深めてきているようでが、幼児虐待についてはいまだに隠蔽しています。

 
おりから東京目黒区で両親から虐待されて死亡した船戸結愛ちゃん(5歳)がノートに「もうおねがいゆるして」などと書いていたことが人々の涙をさそっていますが、結愛ちゃんの父親は「しつけ」と称して虐待をしていました。小島容疑者の父親が「しつけ」という言葉を使っているのも同じようなものだったのではないでしょうか。
結愛ちゃんが死ななくて成人していたら、そして結愛ちゃんが男の子だったら、いつたいどんな男になるだろうと想像してみたら、小島容疑者のことも理解できるのではないでしょうか。
 
あらゆる出来事には原因があります。
小島容疑者が子どものときに父親に刃物を持ち出したのにも原因があります。
新幹線の中で刃物をふるったのにも原因があります。
それを知ることが対策の第一歩です。 

トランプ政権も世論に押されて銃規制に動きだしました。
具体的に検討されているのは、銃の連射を可能にする改造装置の禁止、銃購入可能年齢の18歳から21歳への引き上げ、購入者の経歴や精神疾患の確認強化といったことです。
殺傷力の強い銃を禁止するのではなくて、購入する人間のほうを規制するという方向です。
 
ある人間が将来犯罪者になるかどうかは予測困難です。差別といわれないためには、犯罪歴とか医者の診断などで判断するしかありません。
 
しかし、統計的に判断するという手もあります。
 
基本的に男性のほうが女性より犯罪率が高く、日本の場合は犯罪者の5人に4人は男性です。
ただ、犯罪の種類によって男女比は違います。

ちょっと古い統計ですが、見やすい図表があったので張っておきます。
 
 
イメージ 1 
 
強盗、傷害、暴行などは、犯人が女性である率は1割以下です。
殺人については女性の率が2割強ありますが、女性が犯す殺人はほとんどが親族関係です。
統計にはありませんが、通り魔のような事件はほぼ100%が男性です。
 
アメリカの銃乱射事件は日本の通り魔事件と同じようなものと思われます。
 
アメリカの主な銃乱射事件を並べたサイトがありました。
 
衝撃!アメリカ銃乱射事件死傷者ランキング
 
これによると、犯人が女性であったのは、ISに賛同して夫婦で銃乱射テロを起こしたケースだけです(2015年、カリフォルニア州サンバーナディーノ郡)
 
ですから、アメリカの銃乱射事件の犯人は、ほぼ100%男性だといってもいいでしょう。
 
となると、銃乱射事件を防ぎたいなら、男性にだけ銃の販売を禁止すればいいわけです。
これは統計的な根拠があるので差別とはいえません。

 
全米ライフル協会は「銃を持った悪いやつらを止めるには、いい人間が銃を持つしかない」と主張していますが、それだとどちらが勝つかわかりません。
「悪いやつら」はつねに男性なのです。
男性に銃を持たせないのがいい対策です。


なお、日本の痴漢などの性犯罪も犯人のほぼ100%は男性です(被害者が男性の場合も加害者は男性です)。
ですから、性犯罪対策は犯人は男性であるという前提でやればよく、女性専用車両などは適切な対策です。

座間市9人殺害事件を見て思うのは、自殺願望の若者がいかに多いかということです。
 
2017年版の自殺対策白書によると、自殺者総数は7年連続で減少していますが、若者については減少傾向が少なく、20歳代未満ではほぼ横ばいです。若者の自殺は国際的にも深刻で、韓国がワースト1、日本がワースト2という格好です。
 
つまり日本は若者の生きにくい国です。もちろんその原因は若者にあるのではなく、そういう国をつくったおとなにあります。
 
学校でのイジメにしても、その原因は子どもにあるのではなく、そういう学校をつくったおとなにあります。
ところが、おとなたちは子どもが原因だと考えて、子どもを指導してイジメをなくそうとしているので、うまくいくわけがありません。
 
「近ごろの若い者はなっていない」というのは、「昔はよかった」というのと並んで、年寄りの決まり文句ですが、どうも近ごろはそれをまじめに信じ込んでいるおとなが多いようです。
 
たとえば、次の記事の80代の老人などもそうです。
 
 
女児、大声で叱られPTSDに 祭り主催の市に賠償命令
 秋祭りでボランティアスタッフの高齢男性に大声で叱られ、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症したとして、当時5歳の女児が、主催者の埼玉県深谷市に約190万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が9日、東京地裁であった。鈴木正紀裁判官は症状との因果関係を認め、約20万円の支払いを同市に命じた。
 判決などによると、女児は両親らと2014年11月に同市内であった秋祭りを訪れた。その際、輪投げ会場の受付の机の上にあった景品の駄菓子を手に取ったことを、80代のボランティア男性に大声で叱られた。女児は駆けつけた父親の前で泣き出し、父親と男性が口論するのを見て、4カ月後にPTSDと診断された。
 裁判で原告側は、叱られた後、女児が両親から離れるのを怖がったり、画用紙を黒く塗りつぶしたりしたと主張。市側は、暴言はなく、症状との因果関係はない、と訴えていた。
 鈴木裁判官は、男性は高齢で耳が悪く、地声が大きかったと指摘。女児の行動を見て「親のしつけができていない」と激高し、相当大声で話したと認めた。その上で、「女児は大きな声で注意された上、口論を見て、強い精神的ショックを受けた」ことが、PTSDの原因だったと認定した。
 一方で、判決は女児のそばにいながら、その行動に注意していなかった親の落ち度なども認め、損害額の2割の支払いを命じた。
 深谷市は「判決を見ていないので現段階でコメントできない」としている。(後藤遼太)
 
 
事件そのものはたいしたことではありませんが、5ちゃんねる(2ちゃんねる)では5歳の女児が悪いという声が圧倒的です。こういう声が世の中を悪くしているのではないかと思って、取り上げました。
 
裁判所が約20万円の支払いを命じたということで結論は出ているわけですが、そもそも5歳の子どもに“私的所有”という概念がどこまで理解できているか疑問ですし、このときは秋祭りで、食べ物などがふるまわれていても不思議ではなく、子どもがお菓子をタダでもらえると誤解したかもしれません。
そして、根本的には、この老人は「これは景品だから、持っていっちゃだめだよ」と優しく言えばよかったわけです。
大声で叱るのがだめなのは当然です。
 
もしこれが5歳の子どもでなくて、中学生ぐらいだったら、大声で叱られてもPTSDになることはなかったでしょう。
幼いほど叱られたショックが大きいのは当然です。
 
ところが、世の中ではまったく逆のことが言われています。
たとえば「近ごろの若者は叱られたことがないので、ちょっと叱られただけですぐ会社をやめてしまう」とよく言われます。
これは、もっと若いうちに叱られたほうがいいという意味でしょう。
しかし、叱られてすぐ会社をやめてしまうような人間は、若いときに叱られたらもっとショックが大きくて、家出したり登校拒否になったり自殺したりするかもしれません。
叱るときは相手に合った叱り方をしなければならないのに、ただ自分の感情だけで叱って失敗したおとなが、自分を正当化するために「近ごろの若者は叱られたことがない」などといい加減なことを言っているのです。
 
報告される幼児虐待の件数は増え続けていますし、学校での体罰事件もあとを絶ちません。若いときに叱られるほどダメージが大きいのは当然で、それが若者の自殺の原因になっているのではないでしょうか。
 
座間市9人殺害事件では、15歳、17歳という被害者がいました。この年齢で死にたくなる原因はなんでしょうか。
周りのおとながPTSDになるような叱り方をしていなければ幸いです。

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