村田基の逆転日記

親子関係から国際関係までを把握する統一理論がここに

タグ:人種差別

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川口駅東口駅前

「川口市クルド人問題」というのがあります。
埼玉県川口市という狭いエリアで、少数のクルド人に関する問題ですが、ヘイトスピーチをしたい人たちが騒いでいます。

きっかけは昨年7月、川口市でクルド人同士の喧嘩があり、クルド人約100人が市立医療センター周辺に集まり、機動隊が出動する騒ぎがあったことです。このときにトルコ国籍の男2人が暴行と公務執行妨害の疑いで逮捕されました。
この事件では計7人が殺人未遂の疑いで逮捕されましたが、全員が不起訴処分となりました。

これ以降、とくに産経新聞が熱心に川口市のクルド人問題を取り上げました。
産経新聞のつくった出来事のリストがあります。

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産経新聞としては、こんなにいろいろなことが起こっているのに、ほかのメディアがほとんど取り上げないのはけしからんと言いたいのでしょう。
しかし、よく見ると、事件らしい事件といえるのは次のことぐらいです。

・大型商業施設で煙幕を出す花火を投げつけた中学生を逮捕。
・ジャーナリストを「殺す」などと脅したクルド人を逮捕(のち不起訴処分)。
・デモの際、日本クルド文化協会関係者が「日本人死ね」とも聞こえかねない発言をしたと指摘され、同協会が釈明、謝罪。
・コンビニ駐車場で女子中学生に性的暴行をしたとしてクルド人を逮捕。

病院周辺で100人が集まって騒いだというのは大きな事件ですが、川口市のクルド人はグループに分かれて対立しているということが背景にあったようです。

「殺す」などと脅されたのはフリージャーナリストの石井孝明氏です。石井氏は川口市クルド問題に取り組んでいたようですが、差別的な投稿で名誉を傷つけられたとしてクルド人などから慰謝料500万円を求めて訴えられています。


もともと川口市は外国人居住者の多い街で、外国人の多さでは東京都新宿区と1位、2位を争ってきました。
川口市のホームページによると、川口市の外国人住民は約4万人で、市人口の約6.7%だということです。
中でも芝園団地という巨大団地は、住民約4500人のうち半分以上が外国人で、その大半が中国人です。
外国人とのトラブルが起こっているのではないかという懸念からか、テレビのニュース番組が何度か取材していましたが、たいしたトラブルはなかったので、そのうちマスコミから無視されるようになりました。
西川口駅周辺は中国人経営の中華料理店が多く、チャイナタウンと呼ばれているというのが少し話題になったぐらいです。

川口市の隣の蕨市にも外国人が多く、市の人口の約10%が外国人です。
川口市と蕨市にクルド人が約2000人住んでいるとされますが、数としては少ないので、メディアが注目しないのは当然です。

クルド人といっても、ほとんどはトルコ国籍で、トルコのパスポートを持っていますから、「トルコ人」と見なすのが普通です。わざわざ「クルド人」とするところになにかの意図があります。


クルド人というのはトルコ、イラク北部、イラン北西部、シリア北東部などに住む民族で、国を持たない最大の民族といわれます。
トルコにおいては、差別されたクルド人が独立運動を起こし、クルド労働者党はトルコ政府からテロ組織認定をされています。
そのため、トルコから日本にきたクルド人の多くは難民申請をしていますが、認められたのは一人だけです。

したがって、クルド人についてはふたつの見方があると思われます。
テロリストのように危険な人間という見方と、中国でいえばウイグル族のように政府から人権侵害されている気の毒な人たちという見方です。
クルド人にヘイトスピーチをしている人間は、クルド人はテロリストかテロリストに準じる人間と見ているのかもしれません。

クルド人は国を持たない民族なので、どうしても差別されがちです。
しかし、日本人はそもそもクルド人とほとんど縁がなく、クルド人に対する差別意識もありませんでした。
なぜ急にクルド人に対するヘイトスピーチが行われるようになったのでしょうか。


今、ヨーロッパでは極右政党が勢力を伸ばしています。6月初めに行われる欧州議会では、現在127議席の極右勢力が184議席になるという予測があります。
極右が支持される主な理由は、移民排斥の主張が共感を呼んでいるからです。
アメリカでも、トランプ氏の移民排斥の主張にバイデン大統領も引きずられています。

日本の右翼保守勢力も、欧米にならって移民排斥を訴えて支持を伸ばしたいところです。
ところが、なかなかうまくいきません。
国民の反移民感情が高まるのは移民による犯罪が目立つからです。
ところが、日本では外国人の数は増えているのに、外国人の犯罪は減少しています。

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つまり日本では外国人との共生がうまくいっているのです。

問題は欧米のほうにありそうです。
欧米で移民との共生がうまくいかないのは、白人至上主義者が移民を差別してるからです。外国人を労働力として入れるものの、仕事は低賃金の汚れ仕事で、住む場所も劣悪な環境に固まって住むことを余儀なくされます。差別されているので犯罪も起きます。

日本人は白人みたいな人種差別意識がないので、うまくいっているのです。

ちなみに欧米の経済の専門家に日本経済復活の処方箋を求めると、ほぼ例外なく日本は移民を入れるべきだとアドバイスします。彼らはローマ帝国が奴隷労働で発展したことが頭にしみついているのです。


移民(外国人)との共生がうまくいっている日本で、移民排斥の主張は共感を呼びません。
ただ、あえて主張するならベトナム人を対象にすればいいかもしれません。
「外国人摘発、ベトナムが最多3400人…9年前の3倍・来日後の生活苦要因」という記事から一部を引用します。
 警察庁によると、昨年の来日外国人の摘発は1万4662件で、前年比1231件減少。摘発人数も同1129人減だった。国籍別ではベトナムが最多の3432人で、次いで中国が2006人だった。
 9年前の2013年は、来日外国人全体の摘発人数が9884人で、うちベトナム人は1118人だった。全体の摘発人数が減る中、ベトナム人の摘発は約3倍に増えていた。

外国人犯罪がへる中で、ベトナム人の犯罪だけが増えているのですから、ヘイトスピーチの対象としてはこれしかありません。
しかし、たとえば産経新聞がベトナム人排斥のキャンペーンをすれば、ベトナム人労働者に頼っている日本企業から反発が起きますし、なによりもベトナム政府やベトナム国民からも反発が起きます。

その点、クルド人を排斥の対象にすれば、トルコ政府は文句を言わないでしょう。
それに、せいぜい2000人と数が少ないので、あまり影響もありません。
そこで産経新聞や保守派は「クルド人差別」をあおるキャンペーンを展開しているというわけです。

ともかく、日本人は意外と外国人との共生をうまくやっているということは認識しておく必要があります。

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トランプ前大統領が共和党の大統領候補になるのは確実な情勢です。
「もしトラ」――もしトランプ氏が大統領になったら――ということを真剣に考えなければいけません。

しかし、トランプ氏の行動を予測するのは困難です。
2020年の大統領選でトランプ氏の負けがはっきりしたとき、トランプ氏は「選挙は盗まれた」と言って負けを認めず、支持者を扇動してホワイトハウス襲撃をさせました。
民主主義も国の制度も平気で壊します。

もしトランプ氏が次の大統領選に出たらたいへんです。負けた場合、負けを認めるはずがないからです。またしても大混乱になります。
それを防ぐには、トランプ支持者による特別な選挙監視団をつくって、選挙を監視させるという方法が考えられますが、それをすると、その選挙監視団がまた問題を起こしそうです。
かりにトランプ氏が正当に当選しても、果たして4年で辞任するかという問題もあります。大統領の免責特権がなくなるので、むりやり憲法を改正してもう1期続けることを画策するに違いありません。


マッドマン・セオリーという言葉があります。狂人のようにふるまうことで、相手に「この人間はなにをするかわからない」と恐れさせるというやり方です。
しかし、トランプ氏は戦略としてマッドマン・セオリーを採用しているとは思えません。やりたいようにやっている感じです。
そして、そこにトランプ氏なりのセオリーがあります。

トランプ氏は保守派で白人至上主義者です。その点に関してはぶれません。
ですから、保守派で白人至上主義者のアメリカ国民も、ぶれずにトランプ氏を支持し続けるわけです。
支持者にとっては、トランプ氏が大統領職にとどまってくれるのが望ましく、正当な選挙で選ばれたかどうかは二の次です。


アメリカの白人至上主義者はアメリカを「白人の国」と思っています。
アメリカ独立宣言にはこう書かれています。

「われわれは、以下の事実を自明のことと信じる。すなわち、すべての人間は生まれながらにして平等で あり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられているという こと」

「すべての人間は生まれながらにして平等」とありますが、先住民や黒人奴隷にはなんの権利もなかったので、先住民や黒人奴隷は「人間」ではなかったわけです。
また、白人女性に参政権がなかったことから、白人女性も「人間」とされていなかったかもしれません(「すべての人間」は英文では「all men」です)。
「創造主(Creator)」という言葉も出てきます。これは当然キリスト教由来の言葉です。異教徒にもこの宣言は適用されるのかという疑問もあります。

ともかく、独立宣言には「すべての人間」に人権があるとしていますが、実際には「白人成年男性」にしか人権はなかったのです。
このときうわべの理念と中身のまったく違う国ができたのです。そのことがのちのちさまざまな問題を生みます。


「白人成年男性の人権」を「普遍的人権」にする戦いはずっと行われてきました。

女性参政権は1910年から一部の州で始まりましたが、憲法で「投票権における性差別禁止」が定められたのは1920年のことです。

アメリカは世界でもっとも遅く奴隷制を廃止した国です。
リンカーン大統領は黒人奴隷を解放した偉大な大統領とされていますが、実際はやっとアメリカを“普通の国”にしただけです。

黒人参政権は、奴隷制の廃止にともなって1870年に憲法で認められ、実際に黒人が投票権を行使して、州議会だけでなく14人の黒人下院議員、2人の黒人上院議員が誕生しました。
しかし、そこから白人の巻き返しが始まり、さまざまな理由をつけて黒人の選挙権は奪われます。
黒人の投票権が復活したのは1964年の公民権法の成立以降のことです。

現在、共和党の支配する州では、非白人の有権者登録を妨害するような制度がつくられています。たとえば、有権者登録には写真つきの身分証が必要だとするのです。貧困層は写真つきの身分証を持っていないことが多いからです。また、車がないと行けないような場所に投票所や登録所を設けるとか、黒人の多い地域では何時間も並ばないと投票できないようにするといったことが行われています。

白人至上主義者にとっては、黒人やヒスパニックが選挙権を得たときにすでに「選挙は盗まれた」のです。
ですから、トランプ氏が「選挙は盗まれた」と言ったときに簡単に同調できたわけです。

アメリカの人口構成で白人はいずれ少数派になりそうです。そこに黒人のオバマ大統領が出現して、白人至上主義者はますます危機感を強めました。その危機感がトランプ氏を大統領に押し上げました。

「ラストベルト」における“しいたげられた白人”の不満がトランプ当選につながったと日本のマスコミはしきりに報道していました。しかし、テレビに出てくる白人を見ていると、失業者はいなくて、大きな家に住み、広い土地を持っています。ぜんぜん“しいたげられた白人”ではありません。そもそも黒人世帯の所得は白人世帯の所得の60%ですし、白人世帯の資産は黒人世帯の資産の8倍です。
日本のマスコミは白人側に立っているので、アメリカの人種差別の実態がわかりません。

アメリカの先住民は、先住民居留地に住むという人種隔離政策のもとにおかれています。先住民女性の性的暴行にあう確率はほかの人種の2倍です。「町山智浩のアメリカの今を知るTV」によると、ナバホ族は居留地に独自の“国”をつくっていますが、連邦政府と交渉しても水道や電気がろくに整備されないということです。
日本のマスコミは先住民差別についてはまったくといっていいほど報道しません。


アメリカは今でも人種差別大国で、白人至上主義はいわばアメリカの建国の理念です。
アメリカの外交方針も基本は白人至上主義です。
「ファイブアイズ」と呼ばれる、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドによって成り立つ情報共有組織があります。この5か国はアングロサクソンの国です。1950年ごろに結成され、長く秘密にされていましたが、2010年の文書公開で明らかになりました。
人種によって国が結びつくというのには驚かされます。ここにアメリカの本質が現れています。

第二次大戦後、アメリカが白人の国と戦争をしたのはコソボ紛争ぐらいです。あとベトナム、イラク、アフガニスタンのほか、数えきれないくらい軍事力を行使していますが、すべて非白人国が対象です。

同じ白人国でも、西ヨーロッパの国は文化が進んでいますが、東ヨーロッパの国は遅れているので、東ヨーロッパは差別されています。
東西冷戦が終わって、ロシアが市場経済と民主主義の国になったのに、NATOがロシア敵視を続けて冷戦に逆戻りしたのも、東ヨーロッパに対する差別があったからというしかありません(あと東方教会という宗教の問題もあります)。

パレスチナ問題も、イスラエルは白人の国とはいえませんがヨーロッパ文化の国であるのに対し、パレスチナはアラブ人とイスラム教の地域です。そのためアメリカは公平な判断ができません。


アメリカ国内は保守派とリベラルの「分断」が深刻化しています。
単純化していうと、保守派は人種差別と性差別を主張し、リベラルは反人種差別とフェミニズムを主張しています。
もっとも、保守派は表立って人種差別と性差別を主張するわけではありません。本人たちの主観では「道徳」を主張しています。
つまり保守思想というのは「古い道徳」のことです。

自民党の杉田水脈衆院議員が国会で「男女平等は絶対に実現し得ない反道徳の妄想です」と発言したことがあります。この発言は保守思想の本質をみごとに表現しています。「良妻賢母」や「夫唱婦随」といった古い道徳を信奉する人間は必然的に男女平等に反対することになります。

公民権法が成立する以前のアメリカでは、バスの座席も待合室も白人と黒人で区別されていました。黒人は黒人として扱うのが道徳的なことでした。もし白人が黒人を連れてレストランに入ってきたら、その行為はひどく不道徳なこととして非難されました。公民権法が成立したからといって、人間は急に変われません。黒人を黒人として扱うのが道徳的なことだと思っている人がいまだに多くいて、そういう人が差別主義者です。
ですから、差別主義者というのは要するに「古い人間」です。
自分の親も祖父母も黒人を黒人として扱っていた。自分も幼児期からそれを見て学んで、同じようにしている。自分は家族と伝統をたいせつにする道徳的な人間だ――そのような自己認識なので、差別主義者の信念はなかなか揺るぎません。

ですから、差別主義を克服するということは、自分の親や祖父母のふるまいを批判するということであり、自分が幼児期から身につけたふるまいを否定するということです。
もちろんこれはむずかしいことです。
リベラルはこのむずかしいことから逃げて、安易な“言葉狩り”に走ったので、人種差別も性差別もそのまま温存されています。
そのため、保守とリベラルの分断は深まるばかりです。


トランプ氏は過激なことばかり主張しているようですが、実はアメリカがもともと隠し持っていたものを表面化しているだけです。
ですから、バイデン政権とそれほど異なるわけではありません。日本はすでにバイデン政権の要求で防衛費GDP比2%を約束しました。もしかするとトランプ政権が成立すると3%を要求してくるかもしれませんが、その程度の違いです。

とはいえ、トランプ政権になると要求が露骨になり、これまで隠してきた屈辱的な日米関係が露呈するかもしれません。
そのときに日本政府は、国民世論をバックに、中国やグローバルサウスと連携することでトランプ政権とタフに交渉できればいいのですが、これまでの日本外交を考えると、残念ながらとうていできそうにありません。

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人種差別問題で揺れるアメリカにおいて、ハリウッドは人種差別反対に熱心だとされています。
ハリウッドの大勢はリベラルで、反共和党、反トランプですし、最近はマイノリティに配慮した映画づくりをしているようです。
そして、9月9日、アカデミー賞の作品賞の新しい選考基準が発表され、そこでもマイノリティに配慮した基準が示されました。

『アカデミー賞、作品賞の新基準を発表 「主要な役にアジアや黒人などの俳優」「女性やLGBTQ、障がいを持つスタッフ起用」など』

これに対して「ハリウッドはリベラルに乗っ取られた」「ポリコレばかりの映画はつまらない」「アカデミー賞が黒人ばかりになってしまう。逆差別だ」などの声が上がっています。

こんなことを言う人は、これまでのアカデミー賞が白人ばかりのものだったことが見えていないのでしょう。
というか、ハリウッド映画は人種差別、性差別を助長するようなものばかりでした。

ですから、私などは、ハリウッドがマイノリティ尊重だとか言っても、うわべだけではないかと疑ってしまいます。

たとえば、社会における女性の地位向上を反映して、最近はハリウッド映画でも会社や組織で高い地位についている女性がよく登場します。主人公(男性)の上司が女性であるというケースもしばしばです。
ところが、こうしたケースはたいてい、女性上司は冷酷なもうけ主義者だったり陰謀をたくらんでいたりする悪役です。
こうしたケースはあまりにもありふれていて、今、具体的なタイトルが思い浮かびませんが、「あるある」と納得する人が多いのではないでしょうか。

映画会社の偉い人は、女性軽視と見られないために高い地位の女性を登場させなければならなくなったとき、「そうだ、この悪役を女性に演じさせよう」といった感じで、自分の性差別意識をもぐり込ませるのでしょう。

映画の中で高い地位の女性が悪役ばかりだと、女性が高い地位につくのはよくないという風潮が形成されかねません。


今回作成された新基準は、A、B、C、Dと4つあって、そのうちの2つを満たせばいいことになっています。映画の内容に関する基準はAだけで、あとの3つはスタッフにマイノリティを起用するといったものです。

そのAの基準は次のようなものです。

(A)作品のキャスティングやテーマ

 ・主役または重要な助演俳優に、少なくとも1人は、アジア人、ヒスパニック系、黒人・アフリカ系アメリカ人、ネイティブ・アメリカン、中東出身者、ハワイ先住民含む太平洋諸島出身者など、人種または民族的マイノリティーの俳優を起用しなければならない。

 または

 ・二次的およびマイナーな役の少なくとも30%は、女性、人種/民族的少数派、LGBTQなどの性的マイノリティー、障がい者のうち2つのグループの俳優を起用しなければならない。

 または

 ・作品のストーリーやテーマが、女性、人種/民族的少数派、LGBTQなどの性的マイノリティー、障がいを持つ人などをあらわすものである。


重要な助演俳優にマイノリティを起用するというのは、すでにかなり行われていますから、それほどきびしい基準ではありません。
それに、Aの基準を満たさなくても、B、C、Dのうちの2つを満たせばいいので、かなり甘い基準といえます。

ただ、煩雑な基準ではあります。「ポリコレにはうんざりだ」と言いたい人の気持ちがわからないではありません。


映画で重要なのは主役です。主役が男性か女性か、白人か黒人かで、その映画はまったく変わってきます。
ところが、この新基準は「主役または重要な助演俳優」となっていて、しかも「マイナーな役の少なくとも30%」をマイノリティにすればいいという抜け道があるので、すべての主役を白人男性にすることが可能です。


2008年制作の「グラン・トリノ」(クリント・イーストウッド監督・主演)という映画があります。ウィキペディアを参考に物語を紹介します。
デトロイトに住むコワルスキー(クリント・イーストウッド)は長年自動車工場で働いて今は引退し、グラン・トリノ(古きよきアメリカ車)を愛車にしていますが、街には日本車があふれ、住人もアジア系が多くなっています。がんこさゆえに息子たちにも嫌われ、限られた友人たちと悪態をつつき合い、国旗を掲げた自宅のポーチで缶ビールを飲んですごしています。今の典型的なトランプ支持者のような設定です。
隣家にモン族(中国やベトナム原住)の姉弟が住んでいますが、差別主義者のコワルスキーは相手にしません。しかし、不良にからまれているのを助けたことから親しくつきあうようになり、最後は凶悪なギャングから姉弟を救い、感謝と敬意を捧げられます。
コワルスキーは最初から最後まで差別主義者のままなのですが、最後は自分が差別している相手から感謝と敬意を捧げられるという、なんとも好都合な展開になっています。

クリント・イーストウッドは、マイノリティに配慮しなくてはいけないというハリウッドの空気を敏感に察知してこの映画をつくったのでしょう。
登場人物の多くは隣家の姉弟、不良、ギャングというアジア系なので、「マイナーな役の少なくとも30%」をマイノリティにするという基準は楽にクリアしています。
しかし、いくらマイノリティがたくさん登場しても、みんな主人公の引き立て役と敵役です。

「ダイ・ハード」シリーズや「ランボー」シリーズには、中東のテロリストを殺しまくるのがありますが、これもマイノリティが一定数以上登場するという基準に合っていることになります。

エンターテインメントのストーリーの基本は、善人が悪人に苦しめられているところに正義のヒーローが登場して、悪人をやっつけ、善人を救うというものです。
正義のヒーローからすれば、善人は引き立て役、悪人は敵役です。
引き立て役や敵役にマイノリティが多くいても、たいした意味はありません。

正義のヒーローがつねに白人男性であることこそハリウッドは改めるべきです。


「黒人俳優ランキング」で調べると、トップはウィル・スミスであるようです。
ウィル・スミスの主演作はいっぱいありますが、たとえば「メン・イン・ブラック」シリーズは、敵役が人間でなくエイリアンです。「アイ・アム・レジェンド」は、地球最後の男という設定ですし、「アフター・アース」は人間のいない異星で息子とともにサバイバルする物語です。
正義のヒーロー役はあまりやっていないのではないでしょうか。
少なくともブルース・ウィリスやシルベスター・スタローンのように悪人を殺しまくる役はやっていません。

白人俳優は正義のヒーローとして人を殺す役ができるが、黒人俳優に同じ役ができないとすれば、これは白人至上主義にほかなりません。

ハリウッドはリベラルだといっても、所詮は白人富裕層が支配するところです。

「マイナーな役の少なくとも30%」をマイノリティにするなどという基準はほとんど意味がなく、むしろごまかしです。
ハリウッドが人種差別撤廃に本気なら、「マイノリティが主役の映画を少なくとも30%にする」という基準をつくるべきです。

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アメリカで歴史上の偉人とされる人物の像が引き倒されたり撤去されたりする動きが加速しています。
南軍のリー将軍の像が倒されるのはわかりますが、サンフランシスコで6月19日に北軍のグラント将軍(第18代大統領)の像も倒されました。奴隷の所有者だったというのが理由のようです。
同時に、同じ理由でアメリカ国歌「星条旗」の作詞者であるフランシス・スコット・キーの像も引き倒されました。

ニューヨーク市のアメリカ自然史博物館にある第26代大統領セオドア・ルーズベルトの像も撤去されることが決まりました。ルーズベルトが先住民族とアフリカ系男性を両脇に従えるようにして馬にまたがっている像で、人種差別と植民地主義を美化するものだとかねてから批判されていました。
オレゴン州ではワシントン大統領の像も破壊されましたし、コロンブス像の撤去も各地で進んでいます。

5月25日にミネソタ州ミネアポリス近郊で黒人男性のジョージ・フロイド氏が白人警官に首を膝で押さえられて殺害された事件をきっかけに人種差別反対運動が盛り上がったことの影響が大きいのはもちろんですが、そういう一時的なことではなく、もっと深いところでアメリカの歴史の見直しが進んでいるようです。


小田嶋隆氏の『「日本人感」って何なんだろう』というコラムは、水原希子さんがSNSで差別的な攻撃を受けていることを主に取り上げたものですが、Netflixの『13th -憲法修正第13条-』というドキュメンタリー映画も紹介していて、この映画がたいへんすばらしかったので、私もこのブログで紹介することにします。

現在、この映画はNetflixの契約者以外にもYouTubeで無料公開されていて、誰でも観ることができます(期間限定かもしれません)。




これはNetflixが2016年に制作した1時間40分のドキュメンタリー映画です。これを見ると、現在「Black Lives Matter」をスローガンにした運動が盛り上がっている背景がわかります。

私はマイケル・ムーア監督の「ボウリング・フォー・コロンバイン 」に匹敵する映画だと思いました。
「ボウリング・フォー・コロンバイン 」は銃規制を軸にしてアメリカ社会の病理を描いた映画で、「13th -憲法修正第13条-」は刑務所を軸にしてアメリカ社会の病理を描いた映画です。「ボウリング――」のほうは、マイケル・ムーア監督がエンターテインメントに仕上げていて、おもしろく観られますが、「13th -憲法修正第13条-」のほうは硬派のドキュメンタリーなので、観るのに少し骨が折れるかもしれません。しかし、観ると「そうだったのか」と、目からうろこがぼろぼろ落ちる気がします。

内容については小田嶋隆氏が要約したものを引用します。

 視聴する時間を作れない人のために、ざっと内容を紹介しておく。
 『13th』というタイトルは、「合衆国憲法修正第13条」を指している。タイトルにあえて憲法の条文を持ってきたのは、合衆国人民の隷属からの自由を謳った「合衆国憲法修正第13条」の中にある「ただし犯罪者(criminal)はその限りにあらず」という例外規定が、黒人の抑圧を正当化するキーになっているという見立てを、映画制作者たちが共有しているからだ。

 じっさい、作品の中で米国の歴史や現状について語るインタビュイーたちが、繰り返し訴えている通り、この「憲法第13条の抜け穴」は、黒人を永遠に「奴隷」の地位に縛りつけておくための、いわば「切り札」として機能している。

13条が切り札になった経緯は、以下の通りだ。

1.南北戦争終結当時、400万人の解放奴隷をかかえた南部の経済は破綻状態にあった。
2.その南部諸州の経済を立て直すべく、囚人(主に黒人)労働が利用されたわけなのだが、その囚人を確保するために、最初の刑務所ブームが起こった。
3.奴隷解放直後には、徘徊や放浪といった微罪で大量の黒人が投獄された。この時、修正13条の例外規定が盛大に利用され、以来、この規定は黒人を投獄しその労働力を利用するための魔法の杖となる。刑務所に収監された黒人たちの労働力は、鉄道の敷設や南部のインフラ整備にあてられた。
4.そんな中、1915年に制作・公開された映画史に残る初期の“傑作”長編『國民の創生(The Birth of a Nation)』は、白人観客の潜在意識の中に黒人を「犯罪者、強姦者」のイメージで刻印する上で大きな役割を果たした。
5.1960年代に公民権法が成立すると、南部から大量の黒人が北部、西部に移動し、全米各地で犯罪率が上昇した。政治家たちは、犯罪増加の原因を「黒人に自由を与えたからだ」として、政治的に利用した。
6.以来、麻薬戦争、不法移民排除などを理由に、有色人種コミュニティーを摘発すべく、各種の法律が順次厳格化され、裁判制度の不備や量刑の長期化などの影響もあって、次なる刑務所ブームが起こる。
7.1970年代には30万人に過ぎなかった刑務所収容者の数は、2010年代には230万人に膨れ上がる。これは、世界でも最も高水準の数で、世界全体の受刑者のうちの4人に1人が米国人という計算になる。
8.1980年代以降、刑務所、移民収容施設が民営化され、それらの産業は莫大な利益を生み出すようになる。
9.さらに刑務所関連経済は、増え続ける囚人労働を搾取することで「産獄複合体(Prison Industrial Complex)」と呼ばれる怪物を形成するに至る。
10.産獄複合体は、政治的ロビー団体を組織し、議会に対しても甚大な影響力を発揮するようになる。のみならず彼らは、アメリカのシステムそのものに組み込まれている。
 ごらんの通り、なんとも壮大かつ辛辣な見立てだ。


アメリカを語るときに「軍産複合体」ということがよく言われますが、ここには「産獄複合体」がキーワードとして出てきます。
刑務所システムそのものが大きなビジネスになっていて、しかも受刑者の労働力が産業に利用されて利益を生み出します。
そのため受刑者が増えるほど儲かるわけです。

1970年に35万人ほどだった受刑者は、80年には50万人、90年には117万人、2000年には200万人という恐ろしいスピードで増え続け、14年には230万人を突破しました。
アメリカもヨーロッパ諸国も同じような文明国ですが、アメリカだけ犯罪大国である理由が、この映画を観て初めてわかりました。

受刑者をふやすためのひとつの仕掛けが“麻薬戦争”です。
アメリカが長年“麻薬戦争”をやっていて、少しも成果が上がらないのを不思議に思っていましたが、「受刑者をふやす」というほうの成果は上がっているのです。

犯罪者の97%は裁判なしに刑務所送りにされているということも初めて知りました。
私の知識では、アメリカでは裁判官の前で罪を認めるとその場で刑が言い渡され、無実を主張すると陪審員つきの裁判に回されるのですが、実際は容疑者が検察官と取引して刑を認めているのです。容疑者が裁判を要求すると、印象を悪くして刑が重くなる可能性が大きいので、97%が裁判なしになります。

犯罪者だから刑務所に入るのではなく、刑務所に入る人間をふやすために犯罪者を仕立て上げていると考えるとよくわかるでしょうか。

刑務所送りになるのは黒人が多く、それが現在の「Black Lives Matter」の運動につながっているというわけです。

Netflixがこういう根源的なアメリカ批判の映画をつくって、しかも今回無料公開していることは大いに称賛に値します。


ところで、アメリカがこういう国であることは同盟国である日本にも当然影響してきます。

日本はヨーロッパから文句を言われながらも死刑制度を維持し、特定秘密保護法、共謀罪をつくり、司法取引を導入してきましたが、これは要するに司法のアメリカナイズをしているわけです。
幸い日本は犯罪はへり続けていますが、果してアメリカを手本に司法改革をしていていいのか、考え直さないといけません。

それから、この映画には出てきませんが、“テロ戦争”も“麻薬戦争”と同じなのではないかと思いました。
“テロ戦争”は産獄複合体と軍産複合体を同時に儲けさせる仕掛けと考えられます。

日本は同盟国の正体をしっかりと見きわめて、国のかじ取りを誤らないようにしないといけません。

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人種差別反対運動で「Black Lives Matter」というスローガンが使われていますが、これをどう訳すかが問題になっています。

「 Matter」は、名詞だと「問題」とか「事柄」という意味ですが、ここでは動詞なので、「問題である」とか「重要である」という意味になります。
一般には「黒人の命はたいせつだ」とか「黒人の命もたいせつだ」と訳されていますが、これでは本来の意味が表現できていないという声があります。
そこで「黒人の命こそたいせつだ」という訳が考えられましたが、これでは黒人の命を特別扱いしているみたいです。

そうでなくても、「Black Lives Matter」は逆差別だと主張する人たちがいます。
そういう人たちは「All Lives Matter」と言います。

「Blue Lives Matter」という言葉もあります。
ブルーはアメリカでは警官を象徴する色だということで、「警官の命もたいせつだ」という意味になります。
警官が黒人を殺す事件が人種差別反対運動盛り上がりのきっかけになっているのに、それを否定するような言葉です。

日本で痴漢対策に女性専用列車があることに対して、「女性専用列車は男性差別だ」と主張する人がいるみたいなものです。

で、「Black Lives Matter」をどう訳すかという問題ですが、朝日新聞の『(後藤正文の朝からロック)黒人の命「は」「も」「こそ」』というコラムに、ピーター・バラカンさんによる「黒人の命を軽く見るな」という訳語が紹介されていて、これがいいのではないかと思いました。

「黒人の命を軽く見るな」という言葉だと、黒人の命が軽く見られている現状への抗議だということがわかります(「黒人の命を無視するな」のほうがよりいいかもしれません)。
「黒人の命はたいせつだ」とか「黒人の命もたいせつだ」では、差別的な現状が見えてきません。


ともかく、「黒人差別反対」という声を上げると、「それは白人差別だ」という声が上がり、「女性差別反対」の声を上げると、「それは男性差別だ」という声が上がり、議論が混乱するのが常です。
こうしたやり方が天才的にうまいのがトランプ大統領です。

6月12日、ジョージア州アトランタ市で、駐車場の車の中で寝ていた黒人男性が飲酒運転で逮捕されるときに抵抗し、警官のテーザー銃を奪い、警官が黒人男性に拳銃を3発撃って射殺するという事件がありました。撃った白人警官は殺人罪で訴追されましたが、白人警官が血を流して倒れている黒人男性を蹴りつけている映像があり、白人警官への批判がいっそう高まりました。
トランプ大統領は米Foxニュースのインタビューで、この事件に言及し、「私は彼(被告の白人警官)がフェアな扱いを受けることを願う。わが国では、警察はフェアな扱いを受けてこなかったから」「あのように警察官に抵抗してはいけない。それでとても恐ろしい対立に陥ってしまい、あの終わりようだ。ひどい話だ」と語りました。

トランプ大統領にかかると、フェアな扱いを受けてこなかったのは黒人ではなく警官で、撃った白人警官より抵抗した黒人男性が悪いということになってしまいます。

トランプ大統領は外交関係でも同じやり方です。
たとえば5月29日の会見でも「中国は何十年もの間、米国を食い物にしてきた。私たちの仕事を奪い、知的財産を盗んできた」と言いました。
トランプ大統領はつねにこの調子で、「アメリカは食い物にされてきた」「アメリカは利用されてきた」「日米安保は不公平だ」と言います。
どの国も超大国のアメリカを食い物にすることなどできるわけがないのですが、ともかくトランプ大統領は、アメリカは食い物にされていると主張し、相手国と交渉するわけです。


つまりトランプ大統領は「公平」という基準が普通の人と違うのです。
いや、トランプ大統領だけでなく、白人至上主義者はみな同じです。
彼らは、今のアメリカは黒人やヒスパニックやアジア系がのさばって、白人は不当にしいたげられていると思っていますし、アメリカは中国や日本に食い物にされていると思っています。
彼らの内心の思いを政治の表舞台で言語化することで支持を集めたのがトランプ大統領です。


トランプ大統領や白人至上主義者は、議論の出発点が違うので、一般の人が議論するとどうしてもかみ合いません。
たとえばテニスの大坂なおみ選手は、差別問題に積極的な発言をしていますが、ツイッターで「日本には差別はない。引っかき回すな(There is no racism in Japan. Do not make a disturbance)」と反論されたことがありますが、これなど典型です。
もし日本に差別がないなら、差別反対の声を上げる大坂選手は愚か者ということになりますが、もちろん日本に差別はあるに決まっています。

「日本には差別はない」というのはまだかわいいほうです。
本格的な差別主義者は、「在日は特権を享受していて、日本人は差別されている」と主張します。

歴史修正主義者も同じ論法を使います。
自虐史観の人間が歴史をゆがめているので、自分たちはそれを正しているだけだというわけです。

差別主義者と戦うために土俵に上がったときは、仕切り線がちゃんと真ん中に引かれているか確かめないといけません。

バンクシー
「Banksy (@banksy) • Instagram photos and videos」より

上の絵は覆面アーチストのバンクシーによる新作です。
イギリス南部のサウサンプトン総合病院に届けられ、救急病棟近くのロビーに飾られました。
バンクシーの「あなた方のご尽力に感謝します。白黒ではありますが、この作品で少しでも現場が明るくなることを願っています」というメモが添えられています。
今秋まで同病院に飾られ、その後はNHS(国民保健サービス)の資金を調達するためにオークションにかけられるということです。

マスコミは、新型コロナウイルスの感染拡大で過酷な仕事を強いられている医療従事者への感謝を表現した絵というふうに報じています。
看護師の人形のほかにバットマンやスパイダーマンの人形もあるので、「看護師はヒーローである」ということを表現しているという解釈です。

しかし、バンクシーのことですから、そんな単純なことではなく、なにかの皮肉や寓意があるはずです。

バットマンやスパイダーマンの人形が入っているカゴは、どう見てもごみ箱です。
子どもはバットマンやスパイダーマンに飽きて、ごみ箱に捨て、今は看護師人形で遊んでいますが、いずれ看護師人形にも飽きて、ごみ箱に捨てることを暗示しています。


イギリスの看護師には外国からきた非白人の人が多いそうです(たいていのヨーロッパの国はそのようですが)。
日本でも医者と看護師は差別的関係にありますが、イギリスではそこに人種差別も加わるわけです。

「note」でそのことを指摘している人がいました。

今日はフランスのニュースで、バンクシーが新しく描いた絵が病院に飾られたという話をしていました。これを見た人たちは絶賛しているんです。
この絵は白人の男の子が、今までのヒーローはカゴに捨てられているように置かれている中、黒人の看護師が新たなヒーローとして遊ばれている絵です。
皮肉すぎませんか。それを白人の病院関係者の方が絶賛している姿がものすごく違和感です。この絵を見た時に私はいろんな感情が自分の中で渦巻きました。
https://note.com/momusplay/n/nf2c1cead3a6e

バンクシーのメモに「白黒ではありますが」という言葉が入っているのは、人種問題を暗示していそうです。
つまりこの絵は、過酷な現場で奮闘する看護師をヒーローとしてたたえつつも、看護師の多くが非白人であるという差別構造を皮肉っていると解釈できます。


ただ、私はそれだけではないと思います。

まずひとつは、捨てられたバットマンやスパイダーマンは、悪と戦うヒーローだということです。
というか、ヒーローというのは悪と戦うと決まったものです。
しかし、看護師のヒーローは悪とは戦いませんし、おそらくなにとも戦いません。
そういうヒーロー像の転換ということもバンクシーは言いたかったのではないかと思います(この絵のタイトルは「ゲームチェンジャー」というようです)。


そして、いちばん肝心なのは、子どもは看護師のヒーロー人形で遊ぶことにいずれ飽きるだろうということです。

現在、多くの人が医療従事者を持ち上げ、つまりヒーロー扱いして、感謝の言葉を述べています。
本気で言っているかどうかは誰にもわかりません。

たとえば、安倍首相は5月4日の記者会見でこのように語りました。
 各地の病院で集団感染が発生している状況を大変憂慮しています。しかし、医師、看護師、看護助手、そして病院スタッフの皆さんは、そのような感染リスクと背中合わせの厳しい環境の下で、強い使命感を持って、今この瞬間も頑張ってくださっています。全ては私たちの命を救うためであります。医療従事者やその家族の皆さんへの差別など、決してあってはならない。共に心からの敬意を表したいと思います。
https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2020/0504kaiken.html
「心からの敬意」という言葉で医療従事者を持ち上げていますが、本気でそう思うなら、医療従事者に特別手当を支給すればいいのです。
現に大阪府では、基金を設けて寄付を募り、吉村知事は早ければ5月中にも、府内の病院で新型コロナ感染症の入院患者の治療にあたる医師など医療従事者に一律20万円を支給する考えを表明しています。

言うのはタダですから、いい人に見られたいために、うわべだけで医療従事者をヒーローとしてほめたたえる人もいます。
そういう人は、コロナ禍が過ぎ去れば、子どもがオモチャに飽きるように、医療従事者のことなどすっかり忘れてしまうだろう――バンクシーはあの絵にそういう皮肉を込めたのだと思います。

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